私は昔からビビりで怖い話や幽霊に関するものは苦手です。しかし苦手と言いながら、幽霊番組をしていたら見ていたし、夜中にホラー映画を見てトイレに行けなくなったりしていました。子供なんてみんなそんなもんだと思います。観たあとの夜は必ず眠れなくなるのはわかっているのに観てしまう。
その頃は好奇心旺盛のただの普通の少女でした。今も別にただの少女と言える年齢ですが。

あ、自己紹介がまだでした。
改めましてこんにちは。普段は恋愛モノを綴っている夜瀬ちると言います。勿論名前はペンネームです。
モキュメンタリーなんて手を出したことがなく、初の試みです。ましてやホラーなんて、あぁおぞましい。

ではなぜ私は今回、この文を書こうと思っているのか。それは私が体験したことを1人でも多くの人に知ってもらいたいからです。人の体験話は案外面白味のあるものです。よかったらここに書き記すことを真剣に考えてくださると幸いです。

私は、今思い出すだけでも鳥肌がたつほどの体験を幼い頃にしました。


あの体験をしたのは私がまだ幼い頃。

私はとある小さな村で次女として産まれました。それはそれは元気に泣く赤ん坊だったそうです。
私には2つ上の姉と13つ上、少々年の離れた兄がいました。姉の名を詩乃、兄の名を海と言います。姉は村中の男が2度ふりかえってしまう程の美貌を持ち、おまけに人当たりも良いので村のみんなから好かれていました。兄は顔については言及しませんが心穏やかで、秀才の持ち主だったそうです。
それに比べ、私は出来損ないの娘でした。勉強もできず、容量も悪い。唯一の取り柄は姉によく似た、瓜二つと言っても過言では無い顔を持っていたことです。そのおかげで私は村人から姉と共に気に入られていました。
姉はとても優しく、寛容な心の持ち主でした。いつも幼子のように「××ちゃん、××ちゃん」と私の名前を呼びます。「なぁに姉さん」と毎回問いますが、姉さんの回答は必ず「なんでもないわ、呼んでみただけなの」と微笑みます。姉は長女とは思えないほど甘い笑顔を振りまいて私に頼りました。姉は私がずっと1番でした。
そんな可愛らしい姉を見て、他の男達と同様に私も心揺らされることもありました。
兄は、よくわかりません。先程兄について説明した時「だったそうです」と私は書き記しました。それは私が兄を知らないからです。兄は16歳、私がまだ3歳の頃に行方不明になったそうです。なので私は兄を知りませんし、兄も私のことを差程知っていないと思います。
会いたいといった感情は生まれませんでした。
私が住んでいた村は小さいながらも子供は結構いました。多くといっても同い年の子が15人ほどです。田舎にしたら多い方だと思っています。
田舎の子供、ましてや15人なんて皆んな仲の良い友達になれる、なんて思う人は少なくないと思います。しかしそれは不可能でした。少なくともこの村では。


あぁ、そういえばこの村にはとある噂があったんです。

『神隠し』

皆さん1度は聞いたことある言葉じゃないでしょうか。ご存知の通り、神隠しとは人が行方不明になった時、神様に隠された、と解釈することです。
色んな都市伝説とかホラー映画とかで出演する神隠し。
それがまさか身近な存在だったと知ったのは10歳の頃。不可解な出来事が起こりました。仲の良かった年上の女の子が行方不明になったんです。女の子、ここではKちゃんとします。
Kちゃんが行方不明になったのは21時頃。最後に目撃されたのは家のリビング。母親とのんびりとテレビを見ていたそうです。母親はお手洗いに行ってくる、と言いその場を離れました。その時間、約10分。母親は腹痛に襲われ、中々トイレから出れませんでした。その10分の間でKちゃんは忽然と姿を消しました。

村人たちは全員口を揃えて、“ありえない”と言います。まぁ実際、10分、それも家にいる時に攫うなんて到底できないと考えるでしょう。しかもKちゃんの悲鳴も何も聞こえなかったそうです。
人の仕業なら有り得ない。しかし、人ではない何かの仕業だったらどうだろう。
この村はそういう村です。村人たちはこれを『神』の仕業だろうと結論づけました。だから大事にせず、何も無かったかのように日常に戻りました。
しかし、そんな日常はKちゃんの母親は認めれませんでした。母親は四六時中泣いて喚いて暴れました。
関係の無い人たちの家に訪問しては

「Kちゃんいますか?」

と言い回りました。
そして村唯一のとても小さい警察署に被害届を出そうとしましたが、警察官はそれを受理しませんでした。なぜなら事件性がないと判断したからです。警察官も『神』の仕業だと考えていました。
母親は、もう涙も枯らしてしまいました。
昔のように美しい黒髪を纏い、うるうるとした唇をもった彼女は、廃人のようになり、もう誰も相手にしませんでした。娘を失った可哀想な母親だと囲っていた人々も母親から離れ、陰口を言っていました。

その後、Kちゃんの母親は行方不明になりました。
とある日を境に全く見かけなくなったKちゃんの母親を不審に思ったのか隣人が尋ねたところ、家はもぬけの殻だったそうです。
母親はこの村を出ていったのか、どこかに隠れているのか、はたまた神隠しにあったのか。誰にもわかりません。
私も私で、仲の良かった友達がいなくなったので一晩中探しました。それでもKちゃんは見つからず、当時10歳だった私は泣く泣く断念しました。今では強く後悔しています。
もしかしたらあの時、もっと強く粘って探し続けていたらKちゃんを見つけれたかもしれない、と。

次に行方不明になったのはNさんでした。Nさんは当時15歳だった姉さんの1つ上の恋人でした。
とても誠実な方で、品も良く、お似合いだと周りから持て囃されていました。2人はそれを聞いて恥ずかしそうに照れながら、互いに満更でもなさそうな顔をしていました。
そんな仲睦まじい2人をみて、微笑ましいと同時に醜い感情がうずうずと私の心を巻きました。
Nさんは私の大事な姉さんの大切な人。姉さんは私の大事な家族。
どちらも取るに足らない存在。しかし、私はNさんに対して、“私から姉を奪った人”という認識でした。
当時の私は、自分のことが醜く、とても自分の人格を肯定できるものではありませんでした。
けれども私は2人を引き離すことも、殺すこともできない。
姉さんとNさんは段々とその距離を詰めていきました。
そんな矢先のこと。
姉さんがNさんとデートをして、満面の笑みで家に帰ってきました。いつにも増して笑顔だったので

「姉さん、今日はそんなにいいことがあったの?」

と問いました。
姉さんはその笑顔を崩すことなく言います。

「今日はねNさんの誕生日だったの。一緒にお祝いをして、過ごして。そして最後にね」

そこまでは母にも聞こえるほどの声量だったのですが、最後の言葉は私の耳元だけで囁かれました。

「キスしたの」

姉さんはそう言った後顔を手で覆い、手からはみ出た耳は可愛らしく真っ赤に染っていました。

私は、そんな姉さんを他所にフツフツとした何かが込み上げてきて、ぶっきらぼうな返事しかできませんでした。姉さんは困惑した表情を見せましたが、私はそれに気づかぬ振りをし、自室へ戻りました。背後から聞こえた「××ちゃん」という声も聞こえない振りをしました。
どうせ、「なんでもない」と言うだけなのですから。

枕に顔を埋め、静かに1人で涙を流したことを今でも覚えています。なんとも言えない、怒りかもわからないこの感情をどこにぶつけていいものか、と。

Nさんは姉さんの綺麗な唇に口付けをしたのか。
姉さんはそれを受け入れたのか。
姉さんの照れている顔、その顔はNさんにも見せたのか。

自分でもありえない感情を姉に抱いていたと自覚しています。恋愛感情とは別に姉に対してはまた違った何かを抱いていました。

結局、私の怒りはNさんに向きました。その夜は、Nさんを呪うかのように、ずっと、ずっと“死んじゃえばいいのに”と思っていました。


翌日、Nさんは行方不明となりました。
姉とのデートの後、Nさんは自宅に帰らなかったそうです。
姉はNさんのことを聞いた瞬間、その場に泣き崩れました。崩れた衝撃で純白で綺麗なワンピースは泥の着いた茶色のワンピースに成り果てました。凛としている美しい花のような普段の顔とは程遠い、目はしおれて、唇は噛んでいるのか、真っ赤な血がたらりと垂れていました。
両親も姉と共に酷く悲しんでいました。
身近な人が居なくなるという恐怖は実際に体験したことのある人にしか分からないと思います。
当時の私は確かに悲しみや恐怖といった感情が支配していましたが、それとは別に、Nさんが居なくなって“安心”という感情も持ち合わせていました。
姉を置いてどこかに消えてしまったNさん。対して、幼い頃からずっと一緒にいる私。姉はどちらを取るかなんて一目瞭然だと考えていました。
どうせすぐに私の方に戻ってきてくれると。私が1番だ、そう、いつも通りに頼ってくれると考えていました。

しかし、姉は何日経っても部屋にひきこもり、顔を一切見せなくなりました。
部屋のドアを叩いてもガサガサと雑音が小さく聞こえるだけで姉の声はしませんでした。
自分の安易な考えに落胆しましたが、まずは姉を部屋から出さなければいけないと思い、早速行動に移しました。
まずは姉の大好物のチョコレートケーキを買いました。
小さな村ですが、ケーキ屋だけはあり、村の人達はよくそこで誕生日ケーキやクリスマスケーキを買っていました。素朴な村に似つかないケーキ屋に不可思議だと感じていましたが、当時は細かいことは気にせず利用していました。今は、ケーキ屋にあんな意図があったと思うと未だにゾッとします。

「姉さん、姉さんの好きなチョコレートケーキ買ってきたよ。一緒に食べよう?」

私はそう問いましたが、返事はありません。この作戦は失敗に終わりました。
その後、両親と私で部屋の前で声をかけ続ける、姉の友達を呼ぶ、など色んな策を試しましたが、全て失敗に終わりました。結局、姉は部屋から出てきませんでした。実際にはトイレに行ったりお風呂に行ったりしているんでしょうが、どうにもその時間帯が掴めずにいました。
しかし、何ヶ月も大好きな姉の顔を見ないなんて耐えれずにいました。
私は最終手段に出ました。ただ、純粋な気持ちで姉に会いたく、また一緒に笑い合いたいと心から願った結果です。

私はドアの向こうにいる姉に言いました。

「縺医〓さん、かえってきたよ」

たった数秒。私の声がやっと姉に届いたのか、ギシ、ギシと床を這い蹲うような重たい音が中から聞こえてきました。
ドアノブがぐるんと回り、ドアが開きました。

そこに立っていたのは、以前とはまた違った、しかし可憐で美しい姉がおりました。
見た途端私は姉に抱きつき、姉もまた私の背中に腕を回しました。

「姉さん。あぁ、私の姉さん」

今までの不安がどっと流れていくように、私はみっともなく大粒の涙をぼろぼろと流しました。
そんな私とは対照的に姉は微動にしませんでした。

「詩乃、あなた、あなたなの...?」

姉を見た母は泣きそうになるのを堪えながら弱々しく姉にしがみつき、父は呆然としてその場に突っ立っていました。
なぜ母や父がそのような悲しい顔をするのか、当時の私は理解出来ず、引きこもっていた姉がようやく顔を出してくれたのだから喜ぶべきだろう。そう思っていました。しかし異常な反応を示したのは私の方だったと後に知ることになりました。
それもそのはず、実際の姉は長く伸びきった真っ暗な髪の毛は何も整っておらずぐちゃぐちゃで、爪はほとんどが折れて血溜まりが出来ていたり、顔も体も骸骨のように痩せていたのです。
私は姉が出てきてくれた喜びから現実逃避をしていたのでしょう。こんなみすぼらしい格好をした人が姉の訳がないと。どんな時でも綺麗であった、あの姉ではないと。
私の大切な人はいつもどこかにいってしまうのです。

それからというもの姉は

「縺医〓さんはどこ?」

と言うようになりました。
心から愛した人の死を受け入れていない姉を無理やり連れ出したのは私。しかも私は“かえってきた”と言ってしまったことを後悔しました。後悔をしたと同時に、ずっとあの人のことを考えてる姉に苛立ちを覚えていました。
もう戻ってこない、故人を想っても仕方の無いことなのに。
それでも私は姉のことが大切でした。私は姉の身の回りの世話をしました。着替えやご飯、外に連れ出す時は周囲の目が気になりましたが、何を言われようと私は姉のために全力を尽くしました。
母と父はあれ以来姉に最低限近づこうとはしませんでした。否、近づけませんでした。姉が母と父を拒絶していたのです。姉は精神的に弱っていて私以外の人が近づこうとすると泣いたり、喚き出したりしました。
姉は、私に縋りつくようになりました。

ずっと、ずっと

「××ちゃん」

と。



あれから月日が経ちました。
姉の体調は少しづつですが回復に向かっているように感じられました。母や父であれば、近づく距離が縮まっているような気もするのです。

そしてまた不可解な出来事が起こりました。
あれは姉の誕生日、16歳を迎えた大事な節目の日でした。その日は私と姉で留守番をしていました。
母と父が姉のためにケーキを買ってきてくれると言うのです。
家族全員でお祝いはできませんが、せめて私だけでも姉と一緒にお祝いをしなければ、と思っていました。

私は姉の部屋で飾り付けをするため、リビングにいる姉に伝えました。
姉は寂しそうな顔をして、小さく口を動かしたように見えましたが、何も聞こえなかったので気にもとめずに2階へ上がりました。

飾り付けなんて久しぶりなものですから腕がなりました。
どっちの色をつけよう、やっぱりこのハートはこっち側につけるべきかな、なんて。1人ながらウキウキして飾り付けをしていました。

“1人”

それが地獄の門を開く最悪のトリガーでした。

家にいるのは私と姉だけということ。
私は2階に上がり、1人だということ。
私が1人だということは、姉もまた1人だということ。

そして、姉に何かあった時、助けられない可能性が高いこと。


1階から姉の悲鳴が聞こえました。
初めは母と父が帰ってきて近づきすぎたんだろう、と軽く考えていましたが、どうにもおかしいのです。

声が大きすぎる。

普段、2人が近づいただけなら小さく泣いたり、嗚咽するくらいに収まっていました。しかし、聞いた悲鳴は本当の悲鳴。耳がキーンとするような甲高い声でした。
私は只事ではないと思い、1階に下りました。

真っ先に目に入ったのは玄関の扉が開いていること。
そして玄関の先に、姉と、姉を車に積もうとしている全身黒い男とと、車に乗っている母と父が目先に入りました。

私は、わかりませんでした。
アイツは誰なのか、どうして母と父がこんなことをするのか、何かのサプライズなのか、驚かせようとしているのか、ではなぜ私に言ってくれなかったのか、姉はあんなに拒絶し、嫌がっているのにどうしてやめてあげないのか。

私の頭は色んな考えが浮かんでパンク寸前でした。そんな私を他所に車は考える間もなく猛スピードで出発しました。
私はハッと我に帰り、近くにあった自分の自転車に跨り、車を追いかけました。勿論差は開きましたが、これでもか、と言うほど漕ぎ続けたのです。

ふくらはぎがパンパンに腫れ、息が切れ、髪も乱れた先にあったのはなんてことの無い、田んぼが広がっていました。
無我夢中に走っていたせいで前がよく見えず、いつの間にか車を見失っていたのです。

「あ、あぁ...ぁ...」

もう漕ぐ体力すら残ってない私はあぜ道に放り投げるように自転車から降りました。

私は疲れ切ってしまいました。
意識が遠のいていく、あの感覚を私は一生忘れないでしょう。

私の大切だった姉は姿が豹変し、それでも私は愛しました。大好きでしたから、いくら周りの人を拒絶しようとも私だけは拒絶しない姉のことを。

××ちゃん、××ちゃん

頭の中で私の名前を呼ぶ、姉の声が響き渡りました。
なんとも寂しそうな声で、同時に愛おしく思いました。
私の姉はずっとそばに居て、ずっと私の宝物だ。









「××ちゃん...!はやく逃げて!この村から出るの!」


ハッキリとした姉の声が耳に届きました。
私は気が付かぬ間に意識を手放していたようで、自転車とともに倒れていました。

「姉さん!」

体を起こし、姉の姿を探しましたがどうにも見当たりません。
しかし、姉と同じくらいの歳の人でしょうか。少々霞んで見えますが、誰かが立っているのです。

そして、村の方へ私を呼ぶように手招きをしています。

嫌な予感がしました。冷や汗がたらりと垂れ、一気に呼吸が浅くなりました。
直感でしたが、あれはヒトではなかったと思います。

恐ろしくなり、足腰が震えて立てず、ただその場に座り込むしかありませんでした。そうしている間に、“誰か”がこちらにゆっくり、ゆっくり近づいてきているのです。
あぁ、もう一度意識を手放したい。
あの時は正常な判断ができず、自分でも異常なことをしようとしたと思います。
自分の舌を噛みちぎろうとしたのです。


痛い

いたい

いたい

イタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイ


じわ、と口の中に鉄の味が徐々に広がり、あともう少しと言うところで、また。

「××ちゃん!」

と、姉の声が聞こえました。
そのせいで力を入れていた口が緩んでしまい、舌を噛みちぎることができませんでした。

“姉さん”

そう呼ぶ体力すら残らず、ただ口に広がる味を感じ続けなければなりませんでした。



初めて、姉が憎いと感じました。





はやく、殺させてくれ。





カーン、カーンとけたたましい音が村中に響きました。これは村の鐘で、村の危険を知らせる鐘でもありました。急に鳴るものですから、何事か、と私は村に視線を向けました。


火が、見えるのです。
真っ赤に染まっている炎が、夜でもわかる黒い煙が立ち上っているのが、私はこの目でしかと見ました。

あの夜、火事が起こりました。

火事元は、誰もいないはずの私の家だったそうです。


“逃げて”

姉の言葉を思い出しました。

私はふくらはぎが腫れているということを忘れ、ただ、ひたすらに走り続けました。
幸いなことに村の出口はすぐそこで、普段は柵が張り巡らされているのですが、運良く柵が3本劣化して折れていました。
そこから抜ける前に、私は村の方へ振り向きました。

また、霞んで見える“誰か”がいるのです。しかし、その“誰か”は先程と様子がおかしかったのです。
首は90度に、ありえない方向に曲がり、右足が無く、こちらに手を振っていました。
全身の毛が立つほどの悪寒を感じました。

そしてその後ろに、姉の姿がありました。
前にいる“誰か”の姿は霞んでいるのに、姉の姿はハッキリと見えました。

姉もまた、こちらに手を振っていました。

私は手を振らずに、柵を越えました。
手を振ってしまったら、この村から出れないような気がしたのです。

柵を越えたあとは、暗い、暗い山道で私は前も左右も分からないままただ走りました。

疲れを知らず、息を切らしながら走っているといつの間にか日が昇り、峠も越えていました。

目の先にはやっと街らしきものが見えました。
初めて村を出る私はその、初めて見る街に感動しながら警察署を探しました。
街ゆく人は私を見てはヒソヒソと何かを言い、嫌な視線を向けてきましたが、私は気にする間もなく警察署に辿り着きました。
警察の人は私に驚きつつ、話を聞いてくれました。

火事が起こっている村のこと、そして神隠しが起こる村について説明すると、すぐに動いてくれて何台もの救急車とパトカーが出動されました。

私はそうして安心したのか、バタという音ともに椅子から倒れてしまいました。






「あぁ、起きたんだね。よかった」

見慣れない真っ白な天井に、警察の服を着た人が2名。
私は起きてからすぐ、事情聴取をされました。

ここからは警察の人から聞いた話です。

火事が鎮火されて、救出活動が行われました。
村全体を焼き尽くす程の火事だったのに奇跡的に村人の全員が生き残っていたこと。
火事元が誰もいないはずの私の家であったこと。
火事が起きた原因は不明であること。

そして村長が逮捕されたこと。

救出活動をする際、救急隊の人は村長の家に入り、残っている人がいないか探していたそうです。

「誰かいませんか!」

と声をかけると奥の方から微かに声がしたと言います。声の出処は1番奥の部屋。
その部屋を開けるための襖には1枚の御札が貼ってあり、救急隊の人はそれを剥がし中に入りました。
そこで救急隊の人が目にしたのは、長い真っ白な机の上に人が横たわりになっているのを見つけたそうです。

その人はいくつもの打撲跡があり、足には大量の切り傷が残されて、首から上がなかったそうです。
微かに聞こえた声はなんだったのか、救急隊の人は首を傾げましたが、風の音と聞き間違えたのだろうと思うことにしたそうです。


そしてDNA鑑定をしたところ、千里家の人だと言います。

千里家の長女、千里詩乃の遺体だと。

その後、警察は事件性があるとして捜査を進めると村長の家には地下室があり、そこには多くの子供の死体が残されていたそうです。
そこには、KちゃんもNさんも兄の遺体もあったそうです。

村長の家からこんなものが見つかった、と巻物を渡されました。
そこには、この村について事細かくびっしりと書かれていました。

この村は200年も前から年に一度、16歳の子供を生贄に捧げているということ。

神隠しと噂を立て、事件性がないと信じ込ませること。

村の外へは誰も出させてはならないこと。

もし誰かにバレてしまった時は迷わず殺しをすること。

そして最後のページには数多くの、生贄となった子供たちの名前が書き記されていました。

20××年12月8日“千里海”
20××年12月9日“千里詩乃”

兄の名前、そして姉の名前。
姉の名前を最後に分厚い巻物は終わっていました。
私は声も出ず、ただ涙を流すしかありませんでした。




母と父の訃報を聞いたのは私が目覚めてから数日後のことでした。

「どうして...火事で亡くなった人はいないって」

「君のお父さんとお母さんが亡くなったのは火事が原因ではなく、他殺だったんだ」

「他殺、ですか」

不思議と姉の時と同じように、涙は出ませんでした。
多分、私の両親は神隠しの真実を知っていたんだと思います。だから村長の協力者と行動し、姉を連れ去った。

しかし、協力者であったのなら、何故両親を殺したのか、それだけはよく理解できませんでした。
ですがもう私には関係ないこと。

私はひとりぼっちになりました。

退院したあとは施設に送られました。あの村よりずっと快適で、友達もできて。

私は今とてもシアワセです。



これで私のお話はお終いです。
長々と文章を綴いて申し訳なく思っています。
しかし、私が体験した出来事、これを1人でも多くの人が読み、1人でも多くの犠牲者を??せることを願っています。

あぁ、そういえば、もう2つ、不可解なことが残っているんです。

1つ目は、姉の死亡推定時刻が19時02分頃。そして私が姉の声を聞いた時、村から出る時の時刻は19時30分だったのです。
あれは、なんだったんでしょうか。

2つ目は、幸いなことに火事が原因で亡くなった人はいなかったんです。では、村長の協力者、あの黒い人はどこに行ったんでしょうか。
覚えていますか。巻物に書かれたあの言葉。

“もし誰かにバレてしまった時は迷わず殺すこと”

ね?
貴方、知っちゃいましたね。

それならなぜ私が生きてるのかって?
協力者って知ってるでしょう?
もしかしたら案外貴方の近くにいるかもしれませんね。

ま、あの村はもう廃村となってもうほとんどの人は寄り付きません。
“ほとんどの人”はね。

改めまして、ここまで読んでくださいありがとうございました。
あなた方のシアワセを心から願います。
















「詩乃!貴方だけでも逃げて!」

「いやっ、嫌よ!お母さん、お父さん!ごめんなさい、もう拒絶なんてしないから、私をひとりにしないで!」

「詩乃、お父さんたちの言うことを聞いてくれ!さぁ、今のうちに早く...」

「ぁ...」

「やめて...お父さんとお母さんに手を出さないで!」




こんな村に産まれてこなきゃよかったね。

××ちゃん。

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