怪異譚抄(かいいたんしょう)
著者:嵯峨野雨亭(さがの うてい)/現代語訳:千早信吾(ちはや しんご)
怪異譚抄 現代語訳 千早信吾訳 263頁より
ある山深き里に、人知れぬ「村」があるという。その村の名は忘れ去られており、その地に足を踏み入れた者が戻ることはない。
その村の謎めいた話の中でも、八月のある日が最も語られる。曰く、「八月最初の仏滅の日には、決して山に入るな」。その日、谷間から低く響く太鼓の音が聞こえるという。けれども、その音のする方角には誰もおらぬ。赤い衣をまとった者たちが祠の前を横切るのを見た者もいるが、声をかけたならば、もはやその人の姿を見ることはないという。
里人の語るところでは、その赤き衣を纏う者たちは村の守り神の使いであり、その衣は穢れを払い、里の者の命を繋ぐ役割を果たしているのだという。けれども、それが何を意味するかを問いただす者はおらず、ただ畏れとともに、禁忌の地として村を語るのみである。
さらに、四年ごとに儀式が行われると伝えられる。その夜、祠の周りには赤い衣をまとった者が集い、静かに太鼓を打つ音が響く。遠くからその光景を見た者は、「赤い人が幾重にも重なって踊る」と語る。
その儀式は外部の者を「迎え」、村に連なる者を選ぶためのものだとも囁かれる。誰が選ばれるのか、何が彼らを連れ去るのか――その答えを知る者は、再び山を下りることはない。
今宵も山間に霧が立ち込める頃、その太鼓の音は聞こえ始めるという。人はその音に誘われ、ふと気づけば深い森の中に迷い込むのだ。そこにあるのは、古びた鳥居と祠。そして、その先には決して触れてはならぬ「村」が待つのだという。
著者:嵯峨野雨亭(さがの うてい)/現代語訳:千早信吾(ちはや しんご)
怪異譚抄 現代語訳 千早信吾訳 263頁より
ある山深き里に、人知れぬ「村」があるという。その村の名は忘れ去られており、その地に足を踏み入れた者が戻ることはない。
その村の謎めいた話の中でも、八月のある日が最も語られる。曰く、「八月最初の仏滅の日には、決して山に入るな」。その日、谷間から低く響く太鼓の音が聞こえるという。けれども、その音のする方角には誰もおらぬ。赤い衣をまとった者たちが祠の前を横切るのを見た者もいるが、声をかけたならば、もはやその人の姿を見ることはないという。
里人の語るところでは、その赤き衣を纏う者たちは村の守り神の使いであり、その衣は穢れを払い、里の者の命を繋ぐ役割を果たしているのだという。けれども、それが何を意味するかを問いただす者はおらず、ただ畏れとともに、禁忌の地として村を語るのみである。
さらに、四年ごとに儀式が行われると伝えられる。その夜、祠の周りには赤い衣をまとった者が集い、静かに太鼓を打つ音が響く。遠くからその光景を見た者は、「赤い人が幾重にも重なって踊る」と語る。
その儀式は外部の者を「迎え」、村に連なる者を選ぶためのものだとも囁かれる。誰が選ばれるのか、何が彼らを連れ去るのか――その答えを知る者は、再び山を下りることはない。
今宵も山間に霧が立ち込める頃、その太鼓の音は聞こえ始めるという。人はその音に誘われ、ふと気づけば深い森の中に迷い込むのだ。そこにあるのは、古びた鳥居と祠。そして、その先には決して触れてはならぬ「村」が待つのだという。



