今回の取材対象は、噂の「N村」である。赤い服を纏った村人たち、定期的に行われるという奇祭「祓嘗祭」、そして訪れる者を帰さないという不穏な言い伝えについて、詳細な調査を行うこととした。
発端は一週間前に遡る。8月22日夜、新宿の裏通りにある居酒屋での出来事だった。当時、私は次号の特集記事の題材に悩んでいた。その日も仕事仲間の誘いで、行きつけの店で締めの一杯を飲んでいたところだった。
カウンター席で一時間ほど経過した頃、隣に座っていた初対面の男が話しかけてきた。年齢は40代くらいだろうか。やや痩せ型の体格で、特徴的な穏やかな笑みを浮かべる人物だった。最初は何気ない世間話から始まった。しかし、彼が「N村」という言葉を口にした瞬間、私の取材者としての直感が鋭く反応した。
「兄さん、面白い話を知ってるかい?」という彼の問いかけに、私は軽い調子で応じた。すると彼は少し身を乗り出し、周囲を確認するように視線を巡らせてから、小声でこう続けた。
「N村って聞いたことあるか?赤い服の村人がいて、4年ごとに奇妙な祭りがあるんだ。祓嘗祭って名前だ。それでね……村に入った人間が帰ってこないことがあるらしい」
私はすぐにカバンからノートを取り出した。Nというアルファベッドで言われる村。その面白そうな話に私は興味を持った。そして、彼の話を詳細に聞いていった。位置関係、地形、道順、そして村の様子まで、まるで昨日そこを訪れてきたかのように詳細に語っていた。ただの作り話とは思えないほどに詳細なものだった。
特に興味を引かれたのは、祓嘗祭についての描写だった。4年周期で行われるその祭りは、旧暦8月の最初の仏滅の日に執り行われるという。村人たちが赤い祭服を着て、古い祠の前に集まる様子は、私の取材者としての好奇心を強く刺激した。
彼の話はさらに続いた。「放たれた者」と呼ばれる存在について、村の古い掟について、そして外部からの訪問者を迎え入れる特別な儀式について。話が具体的になるにつれ、私の興味は増すばかりだった。
終電間際、私は半ば冗談として「そんなに詳しいなら、案内してくれないか」と持ちかけた。すると彼は一瞬考え込むような表情を見せたのち、「いいだろう」と意外にもあっさりと承諾した。
帰宅後、私は即座に事前調査を開始した。古い新聞記事を探し、民俗学の文献を確認し、噂話の収集を行った。地方紙に「祓嘗祭」についての小さな記事を発見したときは、大きな手応えを感じた。
しかし、調査を進めるほどに不可解な点も浮かび上がってきた。地図上で位置を特定できないのだ。やはり、彼に案内してもらうのが一番いいだろう、そのように私は結論した。
8月30日、約束の日が来た。私は始発電車で都内を出発し、山間の小さな町、堀切駅に降り立った。彼は約束通り改札の外で待っていた。東京で会った時とは印象が異なり、作業服姿で、どこか土地に馴染んだ雰囲気を漂わせていた。
「加藤さん、来てくれてありがとう」
彼の口調は前夜と変わらず穏やかで、親しみやすさがあった。軽く挨拶を交わした後、彼の運転する軽トラックに乗り込んだ。
「村について、昨日はあまり詳しく話せなかったけど、今日は直接案内するから安心してくれ」
その言葉を信じ、私は彼の運転に身を任せた。山道を進むにつれ、周囲の景色は次第に人気を失っていった。舗装された道路は徐々に荒れた林道へと変わり、両側の木々は濃い影を落としていく。
車を降りた場所は林道の行き止まりだった。そこからは徒歩で進むしかないという。山道は狭く、周囲は鬱蒼とした森に覆われており、昼間にもかかわらず薄暗かった。
「ここからは、もう少し歩くけど、途中に祠もある。見ておいた方がいい場所だ」と彼は言った。
私は足元に注意を払いながら、彼の後について歩き続けた。やがて古びた鳥居が目の前に現れた。苔むし、赤い塗装が剥げかけたその姿は、不気味な静けさを放っていた。「これが、村への入り口だ」という彼の言葉に促され、私は鳥居をくぐった。
鳥居を抜けた先には、廃れた山道が続いていた。木々が生い茂り、足元は湿った土と苔に覆われている。その先に、ぽつぽつと廃屋が姿を現した。窓や屋根が崩れ落ちた家々は、かつて人が住んでいた面影を辛うじて留めているようだったが、人の気配はまるで感じられなかった。
ただ、奇妙なことに、いくつかの家には赤い布が吊るされていた。その布は、窓や玄関の上から垂らされ、風に揺れている。私が意味を尋ねると、彼は少し間を置いて答えた。
「この布は……村の人たちが祭りの準備として掲げるものだと思う。祓嘗祭の時期にはよく見かけるよ」
変わった風習だと思った。
◇
「ここが村の中心部だ」
彼が指差した先には、一際大きな木造の建物が姿を現した。周囲の廃屋とは異なり、比較的しっかりとした構造を保っている。それでも、軒先には埃が溜まり、風雨に晒された木材は黒ずんでいた。
私は建物に近づいた。扉を開けると、広い土間が目の前に広がった。奥には古びた祭壇が設置されており、その中央には赤い布で覆われた台座があった。布の上には、見たこともない奇妙な紋様が刺繍されている。祓嘗祭の名残だろうか、周囲には古い木製の道具が散らばっていた。鍬のようにも見えるが、刃は異様に鋭く、実用的な農具とは思えなかった。
「これが祭りの中心だ。ここで村の人たちが祈りを捧げる」
彼は淡々と説明を続けた。その口調は穏やかだったが、どこか遠くを見つめるような目をしていた。
建物の奥へと進むにつれ、私の違和感は強まっていった。柱や床板はかなり古びているのに、祭壇周辺は妙にきれいに保たれている。まるで今でも誰かが手入れをしているかのようだった。
そのとき、建物全体に低い音が響き渡った。「ドン…ドン…」という重低音が規則的に続く。それは太鼓の音のようでありながら、何か得体の知れない振動を含んでいるようだった。
「この音は何だ?」
私は彼に尋ねたが、彼は微笑むだけで答えなかった。そして振り返り、「もうすぐ見られる」とだけ言って建物を出ていった。
夕暮れの空が赤く染まり、山々が静寂に包まれていた。建物を出ると、彼はさらに奥へと私を誘った。道は次第に狭くなり、周囲の木々が覆いかぶさるように立ちはだかっている。
「この先に、村の本当の中心がある。祠だ」
彼の言葉には妙な重みがあり、私は不安を抱えながらも彼について行った。途中、道端には石碑や木彫りの像が点在しており、そのいずれもが奇妙な紋様や文字で装飾されていた。私はその意味を問いたかったが、彼の背中はどこか話しかけにくい雰囲気を漂わせていた。
やがて、大きな鳥居が目の前に現れた。それは先ほどの朽ちた鳥居とは異なり、まるで誰かが手入れをしているかのようにしっかりとした造りだった。その奥には、木々の間から大きな祠の影が見え隠れしていた。
夕闇が迫る中、祠の前に立った私は、目の前の光景に息を呑んだ。
そこには、私の予想をはるかに超える光景が広がっていた。祠の前には赤い衣装を纏った人々が集まっていた。その姿は、まるで私が事前に聞いていた祓嘗祭の参加者そのものだった。
「……どういうことだ?」
私は彼に問いただしたが、彼は何も答えず、ただ祠の方へと歩みを進めた。そして、赤装束の一団へと近づいていった。
祠の周囲を赤装束の人々が取り囲む中、私は立ち尽くしていた。太鼓の音はさらに大きく響き渡り、まるで地面そのものが振動しているかのようだった。音が全身に染み込むような感覚に襲われ、まともに考えることができなくなっていた。
「これが祓嘗祭だ。」
彼がそう口にしたとき、祠の奥にある台座から赤い布が静かに剥ぎ取られた。その下に現れたのは、奇妙な仮面だった。人の顔を模しているようでありながら、どこか歪で、獣のような特徴を持っている。その異形の存在に、私は息を呑んだ。
私はようやく状況を理解した。彼は私をここに誘い込んだのだ。そして、私の敵だ。
赤装束の人々が一斉に動き始め、太鼓の音に合わせて祠の周囲をゆっくりと歩き始めた。私はその場を離れたいという思いで頭がいっぱいだった。しかし、赤装束たちが私の周囲を取り囲み、退路を断つように動いていた。
その中で、彼は静かに立ち、私を見つめていた。
「もう戻れない。ここに来た以上、お前は村の一部になる。」
その言葉を聞いた私は逃げるために行動を起こした。私はその場から逃げ出そうと、私へ掴みかかった瞬間、赤装束たちを強引に押しのけるようにして逃げることに辛くも成功したのだった。
それから私は、祠から離れるために森の中をひた走った。木々が視界を遮り、足元の根や岩につまずきながらも、必死に進んだ。振り返ると、赤装束の一団が静かに追いかけてきているのが見えた。彼らは叫び声を上げることもなく、無言でこちらを追ってくる。その無音の恐怖が、私の足をさらに速く動かした。
やがて森の中に崖のような急斜面が現れた。私は足を止め、後ろを振り返った。追手たちが近づいてくる音がする。
「ここで捕まれば終わる。」
その一心で、私は急斜面を滑り降りる決意をした。茂みに体を投げ出し、転がるように斜面を駆け下りた。
森の奥深くに入り込み、私はようやく足を止めた。暗闇の中で息を整え、耳を澄ませると、追手たちの気配は感じられなかった。しかし、遠くから太鼓の音がまだ聞こえていた。その音は、まるで私を引き戻そうとするかのようだった。
疲労で身体が限界に達し、私はその場に崩れ落ちた。鞄からこのノートを取り出し、手記を書き始めた。これが自分の最後になるかもしれないという思いが、私の手を動かしている。
N村には近づくな
発端は一週間前に遡る。8月22日夜、新宿の裏通りにある居酒屋での出来事だった。当時、私は次号の特集記事の題材に悩んでいた。その日も仕事仲間の誘いで、行きつけの店で締めの一杯を飲んでいたところだった。
カウンター席で一時間ほど経過した頃、隣に座っていた初対面の男が話しかけてきた。年齢は40代くらいだろうか。やや痩せ型の体格で、特徴的な穏やかな笑みを浮かべる人物だった。最初は何気ない世間話から始まった。しかし、彼が「N村」という言葉を口にした瞬間、私の取材者としての直感が鋭く反応した。
「兄さん、面白い話を知ってるかい?」という彼の問いかけに、私は軽い調子で応じた。すると彼は少し身を乗り出し、周囲を確認するように視線を巡らせてから、小声でこう続けた。
「N村って聞いたことあるか?赤い服の村人がいて、4年ごとに奇妙な祭りがあるんだ。祓嘗祭って名前だ。それでね……村に入った人間が帰ってこないことがあるらしい」
私はすぐにカバンからノートを取り出した。Nというアルファベッドで言われる村。その面白そうな話に私は興味を持った。そして、彼の話を詳細に聞いていった。位置関係、地形、道順、そして村の様子まで、まるで昨日そこを訪れてきたかのように詳細に語っていた。ただの作り話とは思えないほどに詳細なものだった。
特に興味を引かれたのは、祓嘗祭についての描写だった。4年周期で行われるその祭りは、旧暦8月の最初の仏滅の日に執り行われるという。村人たちが赤い祭服を着て、古い祠の前に集まる様子は、私の取材者としての好奇心を強く刺激した。
彼の話はさらに続いた。「放たれた者」と呼ばれる存在について、村の古い掟について、そして外部からの訪問者を迎え入れる特別な儀式について。話が具体的になるにつれ、私の興味は増すばかりだった。
終電間際、私は半ば冗談として「そんなに詳しいなら、案内してくれないか」と持ちかけた。すると彼は一瞬考え込むような表情を見せたのち、「いいだろう」と意外にもあっさりと承諾した。
帰宅後、私は即座に事前調査を開始した。古い新聞記事を探し、民俗学の文献を確認し、噂話の収集を行った。地方紙に「祓嘗祭」についての小さな記事を発見したときは、大きな手応えを感じた。
しかし、調査を進めるほどに不可解な点も浮かび上がってきた。地図上で位置を特定できないのだ。やはり、彼に案内してもらうのが一番いいだろう、そのように私は結論した。
8月30日、約束の日が来た。私は始発電車で都内を出発し、山間の小さな町、堀切駅に降り立った。彼は約束通り改札の外で待っていた。東京で会った時とは印象が異なり、作業服姿で、どこか土地に馴染んだ雰囲気を漂わせていた。
「加藤さん、来てくれてありがとう」
彼の口調は前夜と変わらず穏やかで、親しみやすさがあった。軽く挨拶を交わした後、彼の運転する軽トラックに乗り込んだ。
「村について、昨日はあまり詳しく話せなかったけど、今日は直接案内するから安心してくれ」
その言葉を信じ、私は彼の運転に身を任せた。山道を進むにつれ、周囲の景色は次第に人気を失っていった。舗装された道路は徐々に荒れた林道へと変わり、両側の木々は濃い影を落としていく。
車を降りた場所は林道の行き止まりだった。そこからは徒歩で進むしかないという。山道は狭く、周囲は鬱蒼とした森に覆われており、昼間にもかかわらず薄暗かった。
「ここからは、もう少し歩くけど、途中に祠もある。見ておいた方がいい場所だ」と彼は言った。
私は足元に注意を払いながら、彼の後について歩き続けた。やがて古びた鳥居が目の前に現れた。苔むし、赤い塗装が剥げかけたその姿は、不気味な静けさを放っていた。「これが、村への入り口だ」という彼の言葉に促され、私は鳥居をくぐった。
鳥居を抜けた先には、廃れた山道が続いていた。木々が生い茂り、足元は湿った土と苔に覆われている。その先に、ぽつぽつと廃屋が姿を現した。窓や屋根が崩れ落ちた家々は、かつて人が住んでいた面影を辛うじて留めているようだったが、人の気配はまるで感じられなかった。
ただ、奇妙なことに、いくつかの家には赤い布が吊るされていた。その布は、窓や玄関の上から垂らされ、風に揺れている。私が意味を尋ねると、彼は少し間を置いて答えた。
「この布は……村の人たちが祭りの準備として掲げるものだと思う。祓嘗祭の時期にはよく見かけるよ」
変わった風習だと思った。
◇
「ここが村の中心部だ」
彼が指差した先には、一際大きな木造の建物が姿を現した。周囲の廃屋とは異なり、比較的しっかりとした構造を保っている。それでも、軒先には埃が溜まり、風雨に晒された木材は黒ずんでいた。
私は建物に近づいた。扉を開けると、広い土間が目の前に広がった。奥には古びた祭壇が設置されており、その中央には赤い布で覆われた台座があった。布の上には、見たこともない奇妙な紋様が刺繍されている。祓嘗祭の名残だろうか、周囲には古い木製の道具が散らばっていた。鍬のようにも見えるが、刃は異様に鋭く、実用的な農具とは思えなかった。
「これが祭りの中心だ。ここで村の人たちが祈りを捧げる」
彼は淡々と説明を続けた。その口調は穏やかだったが、どこか遠くを見つめるような目をしていた。
建物の奥へと進むにつれ、私の違和感は強まっていった。柱や床板はかなり古びているのに、祭壇周辺は妙にきれいに保たれている。まるで今でも誰かが手入れをしているかのようだった。
そのとき、建物全体に低い音が響き渡った。「ドン…ドン…」という重低音が規則的に続く。それは太鼓の音のようでありながら、何か得体の知れない振動を含んでいるようだった。
「この音は何だ?」
私は彼に尋ねたが、彼は微笑むだけで答えなかった。そして振り返り、「もうすぐ見られる」とだけ言って建物を出ていった。
夕暮れの空が赤く染まり、山々が静寂に包まれていた。建物を出ると、彼はさらに奥へと私を誘った。道は次第に狭くなり、周囲の木々が覆いかぶさるように立ちはだかっている。
「この先に、村の本当の中心がある。祠だ」
彼の言葉には妙な重みがあり、私は不安を抱えながらも彼について行った。途中、道端には石碑や木彫りの像が点在しており、そのいずれもが奇妙な紋様や文字で装飾されていた。私はその意味を問いたかったが、彼の背中はどこか話しかけにくい雰囲気を漂わせていた。
やがて、大きな鳥居が目の前に現れた。それは先ほどの朽ちた鳥居とは異なり、まるで誰かが手入れをしているかのようにしっかりとした造りだった。その奥には、木々の間から大きな祠の影が見え隠れしていた。
夕闇が迫る中、祠の前に立った私は、目の前の光景に息を呑んだ。
そこには、私の予想をはるかに超える光景が広がっていた。祠の前には赤い衣装を纏った人々が集まっていた。その姿は、まるで私が事前に聞いていた祓嘗祭の参加者そのものだった。
「……どういうことだ?」
私は彼に問いただしたが、彼は何も答えず、ただ祠の方へと歩みを進めた。そして、赤装束の一団へと近づいていった。
祠の周囲を赤装束の人々が取り囲む中、私は立ち尽くしていた。太鼓の音はさらに大きく響き渡り、まるで地面そのものが振動しているかのようだった。音が全身に染み込むような感覚に襲われ、まともに考えることができなくなっていた。
「これが祓嘗祭だ。」
彼がそう口にしたとき、祠の奥にある台座から赤い布が静かに剥ぎ取られた。その下に現れたのは、奇妙な仮面だった。人の顔を模しているようでありながら、どこか歪で、獣のような特徴を持っている。その異形の存在に、私は息を呑んだ。
私はようやく状況を理解した。彼は私をここに誘い込んだのだ。そして、私の敵だ。
赤装束の人々が一斉に動き始め、太鼓の音に合わせて祠の周囲をゆっくりと歩き始めた。私はその場を離れたいという思いで頭がいっぱいだった。しかし、赤装束たちが私の周囲を取り囲み、退路を断つように動いていた。
その中で、彼は静かに立ち、私を見つめていた。
「もう戻れない。ここに来た以上、お前は村の一部になる。」
その言葉を聞いた私は逃げるために行動を起こした。私はその場から逃げ出そうと、私へ掴みかかった瞬間、赤装束たちを強引に押しのけるようにして逃げることに辛くも成功したのだった。
それから私は、祠から離れるために森の中をひた走った。木々が視界を遮り、足元の根や岩につまずきながらも、必死に進んだ。振り返ると、赤装束の一団が静かに追いかけてきているのが見えた。彼らは叫び声を上げることもなく、無言でこちらを追ってくる。その無音の恐怖が、私の足をさらに速く動かした。
やがて森の中に崖のような急斜面が現れた。私は足を止め、後ろを振り返った。追手たちが近づいてくる音がする。
「ここで捕まれば終わる。」
その一心で、私は急斜面を滑り降りる決意をした。茂みに体を投げ出し、転がるように斜面を駆け下りた。
森の奥深くに入り込み、私はようやく足を止めた。暗闇の中で息を整え、耳を澄ませると、追手たちの気配は感じられなかった。しかし、遠くから太鼓の音がまだ聞こえていた。その音は、まるで私を引き戻そうとするかのようだった。
疲労で身体が限界に達し、私はその場に崩れ落ちた。鞄からこのノートを取り出し、手記を書き始めた。これが自分の最後になるかもしれないという思いが、私の手を動かしている。
N村には近づくな



