【怪談まとめ】N村の秘密について語ろうスレ:投稿者47氏の体験談より

※この怪談は某掲示板に投稿された体験談をまとめたものです。

 今まで黙ってたけど、もう限界だから書くわ。
 数年前、俺がN村に行ったときの話。ネットでよく噂になってる場所だけど、実際に行った人の話なんてほとんど見たことないよな。当たり前だ。場所すら特定できないんだから。でも、俺は見てしまった。あの村の、見てはいけないものを。

 最初から話そう。
 大学時代から、俺は友人と肝試しスポット巡りが趣味だった。廃墟も行けば、噂のある神社にも行く。そんな中で見つけたのが、N村の噂だった。

 N村の話を最初に耳にしたのは、もちろん、ここだ。そのスレッドがどれだったか、まったく覚えていない。だけど、この板にあったものであることは覚えている。そのスレの内容は、「赤い影」「古い祠」「夜の太鼓の音」――ありがちな都市伝説の要素が詰め込まれてるのに、どこか生々しさがあった。そして、ある投稿が特に印象に残った。

『場所を教えるつもりはないけど、ヒントを教える。山奥で川沿いの細い道をずっと進んでいくと、突然視界が開ける場所がある。そこが『入り口』だ。だが絶対に行くな。帰れなくなるぞ。』

 たしかそんな感じの書き込みだった。それ以外にも、情報を集めるうちに、場所についての手がかりも少しずつ見えてきた。奥深い山、複雑に入り組んだ道、携帯の電波が届かない場所。
 このヒントをきっかけに、俺は「N村」を探す方法を模索し始めた。ただの興味だった。ネット上の作り話だと思っていた。だが、それがどこかに実在するなら、ぜひ見てみたい――そう思ったんだ。

 スレやまとめサイト、ブログなどを読み漁り、次第にN村を指すと思われる具体的な特徴が浮かび上がってきた。例えば、「川沿いの道」「古い祠」「電波が届かない場所」という断片的な情報は、山間部の限られた場所に絞り込むのに十分なヒントだった。俺は某マップを開き、地図を丹念に眺めた。山間部に細い川が走り、周辺に廃村が点在しているエリアを探した。。

 さらに、「山奥の祠」というキーワードを手がかりに、ネット上にアップされた写真も調査したんだ。すると、出るわ出るわ。ほとんどはガセだったけど。あるブログの写真がビンゴだった。
 それは、鳥居と、祠の正面に刻まれた奇妙な紋様の写真だった。それは、掲示板で語られていた「N村」のものと酷似していた。

 ただ、そのブログの主は、その村の投稿を最後に更新が止まっていた。

「あの場所は本当にあるのかもしれない――そして行った人間には何かが起きるのかもしれない」

 大学時代の親友であり、これまで一緒に肝試しスポットを巡ってきた友人Aを誘うことにした。友人Aはこういうときに頼りになるやつだった。

 友人Aについて話しておこう。あいつとは大学の頃からの付き合いで、いわゆる「親友」と呼べる存在だった。性格は真逆だったけど、なぜか一緒にいると妙に落ち着いた。俺はどちらかと言えば慎重派で、物事をじっくり考えてから行動するタイプ。一方、Aは思いついたら即行動する直感派だった。そんな性格だから、肝試しスポットを巡る俺たちの趣味においても、Aの行動力は頼りになった。

 Aとの肝試しは一度や二度の冒険じゃない。大学の頃から、夜中に車を走らせて、廃墟や心霊トンネルを巡るのが俺たちの定番だった。そんな場所に興味を持ったのは、俺の方が先だったけど、Aの「どうせ行くならスリルを味わいたい」という姿勢が、俺を引っ張っていった。

 危険な目に遭ったことも何度かある。例えば、山奥の廃トンネルに行ったときの話だ。車を降りてトンネルの中を探索していると、奥から突然人の声がした。反響音で何を言っているのかは分からなかったが、確実に複数人の話し声だった。慌てて引き返そうとしたとき、Aが「あいつら誰だ?」と懐中電灯を持って声の方向に向かっていこうとした。俺が引き止めなければ、あいつは奥まで突っ込んでいただろう。

 他にも、廃病院に忍び込んだときのこと。俺たちは散らばったカルテや医療器具を物色していたが、突然、上の階から「ドン!」と大きな音が響いてきた。普通ならビビって逃げるだろうが、Aは「誰かいるかもしれない」と、音のする方へ足を向けた。結局誰もいなかったが、あのときの肝の据わった行動には呆れると同時に感心させられた。

 こんな風に、危険な状況に直面しても物怖じしないAの姿は、時に無鉄砲にも見えたが、俺にとっては頼もしかった。そして何よりも、あいつの「どうせならやるだけやろうぜ」という言葉に、俺も何度となく背中を押されてきた。今回のN村探索にしても、もしAがいなかったら俺一人では踏み出せなかったかもしれない。

「お前、本当に行く気かよ?まあ、行くって決めたならついていくけどさ」と笑いながら肩を叩くAの姿が、今でも頭に浮かぶ。

 Aとの過去の冒険を振り返ると、いつもギリギリのラインを楽しむ性格の彼がいてくれたおかげで、俺たちは数々の危機を乗り越えてきた気もする。例えば、あれは大学2年の夏休みだったか。地元で有名な「首吊り廃屋」と呼ばれる肝試しスポットに行ったときのことだ。

 その場所は文字通り、自殺があったとされる古びた木造家屋で、今にも崩れそうな屋根の下で噂のロープがまだ残っていると言われていた。夜中に忍び込むと、中は想像以上に不気味だった。窓から月明かりが差し込む中、薄暗い部屋の奥で、確かに古びたロープが天井から垂れ下がっていた。俺が「やっぱり帰ろう」と言いかけたその瞬間、Aは平然とロープに近づき、まじまじと観察し始めた。

「これ、さすがに古すぎて切れそうだな」とかなんとか言いながら、ロープに触れようとする彼を俺は全力で止めた。「触るなって!そんなの絶対やばいだろ!」と声を荒げる俺に、Aは悪びれる様子もなく、「お前、こんなの怖がってたら肝試しなんてやってられねえぞ」と笑って見せた。その後、階段を上がろうとしたAが何かにつまずき、足元の床が抜けそうになったこともあったが、危うく難を逃れた。

 あのときは無事に帰れたからこそ今では笑い話だが、もし何かあれば命を落としていてもおかしくない状況だった。

 そんな無茶をするAだけど、どこか憎めないんだ。何かあるたびに俺と一緒に行ってくれて、肝試しの後には必ずっていいほどに「いやー、今日も面白かったな」と陽気に語る姿が今でも目に浮かぶ。だからこそ、今回のN村探索にも、Aならついてきてくれると確信していた。

「また面白い話ができそうだな」とかなんとか言いながら、彼は今回の計画にも二つ返事で乗ってきた。どんな危険なスポットでも、俺たちはこれまでは笑って帰ってこれた。だから、今回もなんとかなるだろう、その時はそう思っていた。

 N村へ行く計画を立てる中で、俺はいつものように、懐中電灯や予備電池、簡易の地図、携帯の充電器、それに食料と水を用意する。

 一方で、Aは相変わらずだった。
 俺が「山だから、熊よけの鈴でも持って行くべきじゃないか?」とか「登山用のGPSアプリを入れておくべきだ」とか言うたびに、「お前、やけに慎重だな」と笑い飛ばす。彼はいつも通りに「こういうのは行き当たりばったりの方が楽しいだろ」と軽口を叩くばかりだった。

 「でもさ、今回は、今までのとは違う気がする。なんというか…。」

 俺がそんな感じで話しかけると。

 「まあ、確かにな。N村の話は他の場所と比べてもネットで噂になりすぎているし、その割には、どの噂も矛盾が少ない。正直気味悪い。でもさ、俺たちが探すのは本物だろ?これが本物である可能性が高いってわけだ。」

 そう言って、Aはいつものようにニカッと笑った。その笑顔を見ると、いつも俺は確かに…と、納得させられる。

 出発当日、俺たちは早朝から行くことにした。
 薄曇りの空だった。俺は自分の車に荷物を積み込みながら、Aはいつもの調子で冗談を言い合っていた。

 運転は俺がしていて、Aは助手席だった。
 車が出発してからしばらく、俺たちはいつものように軽い話題で盛り上がっていた。Aは「そういえば、N村って名前も怪しくねえか?誰かが適当にさ。行ったらヤバそうな村、って後付けでつけたんじゃね?」なんて言いながら笑っていた。
 俺も「確かにな。でも、ここまで噂は出回っている割に誰も本当の名前を知らないのが逆に怖いよな」と返すと、Aは「まあ、どんな場所だって行ってみなきゃわからねえさ」といつもの調子だった。

 山道に入ると、舗装が次第に悪くなり、車がガタガタと揺れるようになった。周囲の木々が次第に高くなり、日差しを遮るようになっていく。俺たちはその雰囲気に少しずつ無口になり、車内にはエンジン音だけが響くようになった。ナビの地図が途切れ、スマホの画面は圏外であることを示していた。

「電波が切れたな。まさに噂通りだ」と俺が呟くと、Aは「いいじゃん。これぞって感じだな」と意に介していない。
 すると、

「この辺、なんか雰囲気やべえな」とAが言った。「まるで歓迎されてないみたいだ」と冗談交じりに笑ったが、俺はその言葉にどこか妙なものを感じた。

 さらに奥へ進むと、道はより細くなり、車がすれ違えないような狭さになってきた。左右には鬱蒼とした木々が迫り、車のライトをつけても暗さが消えない。俺は「これ、戻れるかな?」とつぶやいたが、Aは「行けるとこまで、車で行こうぜ」とあっさり言った。

 車をさらに進めていくと、視界の先にぼんやりと赤いものが見えた。木々の間からかすかに覗くその赤は、見慣れない異質なもので、明らかに自然の中に存在するはずのない色だった。

「おい、見えるか?あれ…鳥居か?」とAが前方を指さして言った。俺もライトを少し上向きにして確認すると、それは確かに鳥居だった。遠くに見えるその姿は、鬱蒼とした木々の中で不気味なほど際立っていた。鳥居の塗装は剥げ落ち、赤というよりはくすんだ錆色になっていて、ところどころ苔が生えていた。

「噂に出てたやつだな。あの奥に祠があるんだろ」とAが興奮気味に言う。「とりあえず、あそこまで行ってみようぜ」

 俺は無言で頷き、車を鳥居の手前の少し広くなった場所に停めた。降りた瞬間、空気が一変したのを感じた。それまで車内にあった軽い雑談の空気が嘘のように消え去り、周囲には妙な静けさが漂っていた。風が木々を揺らす音も、虫の声さえも聞こえない。ただ、俺たちの足音だけがやけに大きく響く。

 「おい、写真撮っとこうぜ」とAがスマホを取り出した。「これ、絶対ネタになるって」

 俺もスマホを取り出し、鳥居を撮影した。画面越しに見るその鳥居は、実物以上に不気味だった。遠くの鳥居越しに広がる森が異様に暗く、まるで吸い込まれるような錯覚を覚えた。Aも何枚か撮影したが、撮った後に妙にスマホの画面を見つめていた。

「どうした?」俺が尋ねると、Aは少し戸惑った顔で言った。「いや、何でもねえ。ただ…気のせいか、画面に赤い影みたいなのが映った気がしてさ」

「お前、ビビらせんなよ」と俺は苦笑しながらも、その言葉が気になって自分のスマホを再確認した。特に異常はない。けれど、何かが映り込んでいてもおかしくないような、嫌な予感が胸の奥に広がった。

 鳥居の前に立つと、その異様な大きさに圧倒された。足元には古びた注連縄が散らばっており、風化してボロボロになっている。鳥居の奥に続く道は、さらに暗く狭くなっていて、懐中電灯がなければ一歩も進めないほどだった。

「行くぞ」とAが意を決したように言った。俺たちは鳥居をくぐり、その先の道を歩き始めた。

 鳥居を抜けた途端、周囲の雰囲気がさらに変わった。森の中にいるはずなのに、どこからともなく重低音のような響きが聞こえ始めた。それは風の音なんかじゃなく、一定のリズムを刻む太鼓のような音だった。

「…聞こえるか?」俺が足を止めてAに尋ねると、Aは耳を澄ませながら「確かに聞こえるな。これ、噂にあった太鼓の音か?」と言った。その音は、遠くから聞こえるようでいて、どこか近くに感じる奇妙な音だった。

「進むしかねえだろ」とAが先に進む。俺も不安を押し殺しながら彼の後を追った。道は獣道のように細くなり、木々が両脇から覆いかぶさるように道を塞いでいた。懐中電灯の光があっても心許なく、足元の土は湿って滑りやすくなっていた。

 太鼓の音は次第に大きくなり、全身に響くような感覚になってきた。その音がどこから聞こえるのか、どの方向に進んでいるのかもわからない。ただ、その音に導かれるように足を進めていた。

 やがて、道の先にまた視界が開けた。そこには小さな空き地が広がり、中心には苔むした石段と古びた祠が鎮座していた。その祠は異様な存在感を放ち、俺たちを拒むように立っていた。

「これが…噂の祠か」Aが低い声で呟いた。俺たちは祠を見上げながらしばらく立ち尽くした。その瞬間、背後の森から何かが動く気配を感じた。

「おい、今…何か動かなかったか?」俺が振り返ると、Aも懐中電灯で背後を照らした。木々の間から、かすかに赤い影が揺れるのが見えた。

「行こうぜ、祠の中、見てみるしかねえだろ」とAが言った。俺はその提案に躊躇したが、彼について行くしかなかった。祠の扉を開けようとした瞬間、太鼓の音がさらに大きくなり、全身を凍りつかせるような寒気が襲ってきた。

「これ…やばいかもな」とAが初めて不安そうな声を漏らした。その時、祠の奥から何かが動いた気配がした。俺たちはその場から逃げ出すべきだったのかもしれない。けれど、恐怖に足がすくんで、その場に立ち尽くしてしまった。

 祠の前で立ち尽くしていた俺たちは、しばらく何も言えなかった。背後で太鼓の音が響き続け、祠の奥から感じる気配は、何か説明のつかない不気味さを伴っていた。Aが小さく息をつき、「やっぱりこの中を見るしかないだろ」と言った瞬間、遠くで風が木々を揺らす音が聞こえた。その音に紛れて、かすかな声のようなものが聞こえた気がした。

「おい、今の聞こえたか?」俺が問いかけると、Aも緊張した顔で頷いた。「何か話し声みたいなのが…いや、でもこんなところに人なんているわけないよな」

 俺たちは互いに顔を見合わせ、祠の中を覗き込む勇気がどうしても湧かなかった。そのとき、ふと視界の端に動くものが見えた。祠の横から続く細い道だ。木々が覆いかぶさるその先には、何かが確かに揺れていた。赤い影ではなかった。もっと現実的な何かだ。Aがそれに気づいて先に言った。

「干されてる…洗濯物か?」

 俺も目を凝らして確認すると、それは確かに赤い布が風に揺れているように見えた。「あの先、行ってみるか?」Aが慎重に言う。

 俺たちは祠を後にして、細い道を進むことにした。背後の太鼓の音は徐々に遠ざかった気がした。だけども、道を抜けた先で視界が開けると、そこには噂以上に異様な光景が広がっていた。

 数軒の廃屋が点在する小さな開けた土地だった。建物はどれも古い木造家屋で、ところどころ屋根が崩れ、窓ガラスは意味をなしていない。しかし、不自然なことにいくつかの家の軒先には洗濯物が干されていた。

「おい、これ…本当に誰か住んでんのか?」とAが低い声で言った。「いや、でもこれ…おかしいよな。人がいる気配なんて全然ないのに、洗濯物が…」俺もその光景に言葉を失った。

 どこかから生活の匂いが漂ってくるような気がしたが、それはどこか湿っぽく、不快な感覚を伴っていた。それは、浮浪者やヤンキーが住んでいるのは全く違う。
 俺たちがこれまで見てきた廃墟のどれとも違う、異様な感じを放っていた。

 俺たちは互いに顔を見合わせ、無言のまま廃屋に近づいていった。一軒一軒の家屋は、どれも明らかに長い年月が経っているのに、生活感が妙に漂っているのが不気味だった。屋根の崩れた隙間からは草木が侵入しているが、なぜか軒先に干された洗濯物は新しい布のように見える。

「これ、どう見ても最近のものだよな?」Aが軒先にぶら下がる布を指差しながら言った。俺も懐中電灯で照らして確認したが、それは朱色のような不気味な赤い布だった。湿った臭いが漂い、触れるのはどうしても気が引けた。

「誰がこんなところに住んでるんだよ…」俺が呟くと、Aは「いや、住んでるってより、これ、何かの儀式とかじゃねえか?」と口にした。その言葉が妙に現実味を帯びて聞こえ、俺は無意識に後ずさりした。

 一番近い廃屋の扉は半開きになっていた。中を覗くと、埃が舞う暗い空間の中に、ちゃぶ台や古びた座布団が並べられていた。埃だらけの床に比べ、ちゃぶ台の上は驚くほど整然としていて、箸やお椀がきちんと並べられていた。まるで誰かがこの場で食事を終えたばかりのような雰囲気だ。

 「おい、これ見ろよ」Aがちゃぶ台の上に指を向けた。俺も懐中電灯で照らすと、皿の一つに乾いた米粒がくっついているのが見えた。俺たちは無言で見つめ合った。誰もいないはずのこの廃村で、明らかに“最近まで誰かがここにいた”痕跡を目の当たりにして、背筋が凍る思いだった。

「触るなよ」と俺が静かに言ったが、Aは興味深そうにちゃぶ台に手を伸ばした。俺が止める間もなく、彼の指先が皿に触れる。その瞬間、外からかすかな音が聞こえた。
「…足音?」俺は恐る恐る外を見た。Aも懐中電灯を消し、静かに身をかがめる。家の外から、小石を踏むような微かな音が断続的に聞こえる。俺たちは声を潜めたまま、お互いを見つめた。音は一定の間隔で近づいてきている。
「まずいな。誰かいるのか?」Aが小声で呟く。俺も息を潜めて外を伺ったが、暗闇に何も見えない。ただ、音だけが確実にこちらに近づいてくる。明らかに人間の足音だ。しかも、一人ではないかもしれない。
「隠れるぞ」俺がそう言うと、Aも頷き、俺たちは慌てて部屋の隅に身を潜めた。足音はやがて廃屋のすぐ外までやってきた。誰かが戸口の前に立っているのが分かった。かすかに低い声で何かを話しているようだったが、その内容は聞き取れなかった。

「…やばい、何だこいつら…」Aが囁く。俺は答えることができなかった。ただ、この異様な状況に冷静でいられるはずもない。足音が再び動き始め、家の周囲をぐるりと回るように響く。懐中電灯を点ける勇気もなく、俺たちはただ息を潜め続けた。

 しばらくして、足音が遠ざかり、静寂が戻ってきた。だが、俺たちは動けなかった。何か見えない力がこの場所に留まることを強いているように感じた。

「とりあえず、ここを出よう」とAが小声で言った。その言葉に俺も頷き、音を立てないように外へ出た。外は相変わらず湿った空気に包まれていて、洗濯物が風に揺れる音だけが耳に届いた。

「他の家も見てみるか?」とAが提案したが、俺は「いや、もう十分だ。戻ろう」と強く言った。しかしAは「いや、せっかくここまで来たんだ。もう少しだけだ」と聞かなかった。

 俺たちは再び廃屋の間を歩き出したが、背後に視線を感じるような不快感が徐々に強まっていった。その視線の主がどこにいるのかも分からない。ただ、確実に“何か”が俺たちを見ている。明らかな異常さが、この村を支配していた。
 俺たちは廃屋の間を歩きながら、その異様な視線を振り払おうと、無理に会話を交わそうとした。だが、声を出せば出すほど、不気味な静寂がそれをかき消すように感じられ、言葉が次第に途切れていった。

「おい、あれ見ろよ」Aが声を潜めながら前方を指差した。そこには他の廃屋とは少し違う、一際大きな木造の家があった。外観は他と同様に老朽化していたが、不思議なことに玄関の周囲だけは綺麗に掃除されているようだった。扉には新しい注連縄が掛けられ、扉の中央には赤い布が丁寧に結びつけられていた。

「これ…なんかの儀式か?それとも、誰かが本当に住んでるのか?」Aが呟いた。俺もその異様な家に目を奪われながら、何とも言えない胸騒ぎを覚えた。
「やめとこう、さすがにやばい」と俺はAに言ったが、彼は首を横に振った。「ここまで来て、これを見ずに帰るとかありえねえだろ」と言いながら、玄関に向かって歩き出した。

 俺はその場で立ち止まり、周囲を警戒するように辺りを見回した。すると、またしても背後に視線を感じた。振り返っても誰もいない。ただ、洗濯物が干された廃屋の間に、わずかな影が動いた気がした。

「おい、早くしろよ」とAが振り返る声に、俺は足を引きずるようにして彼の後を追った。玄関の前に立つと、家の中から何かが揺れるようなかすかな音が聞こえた。風で何かが揺れているだけだと思おうとしたが、その音は妙に規則的で、人が動いているような気配を感じさせた。

 Aは戸惑いもなく扉に手を掛けた。「おい、やめろって!」俺が声を上げるも、彼は振り返ることなく扉をゆっくりと開けた。その瞬間、湿った冷気が俺たちを包み込み、鼻を突くような腐臭が漂ってきた。

 家の中は思った以上に広かった。中央には大きな座敷があり、そこには何本もの蝋燭が立てられていた。それらは奇妙な模様が刻まれた台座に置かれ、ほのかに光を放っていた。部屋の奥には大きな祭壇のようなものがあり、その上には朱色の布で覆われた何かが鎮座している。

「…これ、絶対やばいだろ」俺は震える声でAに言ったが、彼は興味津々といった様子で祭壇に近づいていった。「おい、やめとけって!帰ろう!」俺の制止を無視して、Aは朱色の布に手を伸ばそうとした。

 その瞬間、背後から足音が聞こえた。俺たちは凍りついたように動けなくなった。その音は間違いなく人間のものだった。ゆっくりと、確実にこちらに近づいてきている。

「おい、隠れろ!」Aが声を潜めて叫び、俺たちは急いで部屋の隅に身を潜めた。扉の外の足音はさらに近づき、ついに玄関の前で止まった。そして、扉が音を立てて開く。

 そこに立っていたのは、朱色の布を纏った人だった。顔は暗闇に隠れて見えなかったが、その動きはぎこちなく、何か異常なものを感じさせた。その人は部屋に入ると、真っ直ぐに祭壇の方へ向かっていった。その背中に圧倒され、俺もAも息をすることすら忘れていた。

 その人が祭壇に近づくと、突然、低い声で何かを呟き始めた。その声は不気味な抑揚を持ち、言葉の意味は分からないが、まるでこの場を支配するような威圧感を持っていた。

「やばい、逃げるぞ」とAが囁いた。しかし、その声が人影に聞こえたのか、突然その動きが止まった。そして、ゆっくりと首をこちらに向ける。暗闇の中で光る二つの目が、俺たちを見つめていた。

 その瞬間、Aが立ち上がり、「走れ!」と叫びながら俺の腕を引っ張った。俺たちは全力で家を飛び出し、来た道を駆け戻った。だが、後ろからは朱色の人たちがいくつも現れ、追いかけてくる気配があった。太鼓の音が再び鳴り響き、全身を貫くような恐怖が襲ってきた。

「車まで行くぞ!」Aが叫ぶ。

 俺たちは全力で森を駆け抜けた。背後には朱色の衣装をまとった村人たちが無言で追いかけてくる足音が聞こえる。彼らの動きは人間らしいものではあったけども、どこか機械的で、同じリズムを刻んでいるようにも見えた。太鼓の音はさらに激しくなり、地面を振動させるようだった。

「おい、急げ!」Aが叫ぶが、俺の息は既に上がり、足は鉛のように重くなっていた。それでも必死にAの背中を追いかける。森の中を駆け抜けるたび、枝や茂みに引っかかり、何度も足を取られそうになった。

「こっちだ!」Aが脇道へと飛び込むのを見て、俺もそれに続いた。しかしその直後、俺の背後で鈍い音が響いた。振り返ると、Aが地面に転がっていた。その足首には太いロープのようなものが巻き付いており、それが村人たちの手に引かれていた。

「くそっ!離せ!」Aは必死に暴れたが、村人たちは容赦なくAを引きずっていった。その姿を見た瞬間、俺の頭は真っ白になり、走った。ただ茂みの中に身を潜めることしかできなかった。

「助けてくれ!」Aの叫び声が森の中に響くが、村人たちはまるで何も聞こえないかのように黙々と彼を運んでいく。その異様な光景に、俺の体は恐怖で硬直して動けなくなっていた。

 Aが運ばれていく先を目で追うと、再び祠の前に辿り着いていることに気付いた。そこには祠を囲むように朱色の衣装を纏った村人たちが立ち並んでいた。彼らの手には松明が灯されており、その揺れる炎が不気味な影を森の中に投げかけていた。祠の周囲の地面には大きな磔が設置されており、その中央にAが縛り付けられていた。
 Aはまだ暴れようとしていたが、村人たちに取り囲まれ、逃げることはできなかった。

 俺は祠の陰に身を潜めながら、その光景を息を殺して見守るしかなかった。磔の前に立つ村人の一人が、大きな巻物を広げ、高らかに何かを叫び始める。その声は言葉の意味が分からないのに、どこか耳に刺さるような不快感を伴っていた。
 太鼓の音がさらに激しくなり、村人たちはそのリズムに合わせて体を揺らし始めた。その動きは一糸乱れず、何か儀式の一部であることが明らかだった。磔の上でAが絶叫する。

「やめろ!おい、やめろ!助けてくれ!」

 しかし、その声は太鼓の音と村人たちの謎の詠唱にかき消され、空しく森に響くだけだった。磔の前の村人が手を挙げると、それが合図であるかのように全ての音がピタリと止んだ。静寂が広場を支配し、ただ風の音だけが聞こえる。
 その瞬間、祠の中から巨大なカマのような刃物のような祭具を手にした村人が現れた。その刃は鈍く光り、不気味な存在感を放っていた。それを見た瞬間、俺の全身に冷たい汗が噴き出した。

「おい、やめてくれ!やめろ!」Aは必死に叫び続けるが、村人たちには一切通じない。カマのような刃物を持った村人がゆっくりとAに近づくと、彼は最後の力を振り絞って暴れた。しかし、その努力も虚しく、磔の縄はびくともしない。

 俺はその光景から目を逸らそうとしたが、恐怖で動けず、ただその場に釘付けになっていた。カマのような刃物を持った村人がAの前に立つと、再び太鼓の音が鳴り響きだした。
 そして、赤い村人たちは低い声で何かを言っていた。
 魔法を唱えるような。いや、そんな綺麗で神秘的なモノなんかじゃない。
 それは世界を呪うかのような、呪詛のようなモノに聞こえた。

 目の前で何が起きるのかは想像できたが、それを阻止することが自分にはできなかった。
 ただ、Aの最後の叫び声と、それを飲み込むような太鼓の音。
 そのAの声が完全に掻き消される瞬間、祠全体が激しく揺れるような音を立てたような気がした。

 その瞬間、俺の視界がぼやけていった。俺はヤバいと思いながらも、そこで気を失った。

 気がついたとき、俺は地面に倒れ込んでいた。冷たい湿気のある土の感触が肌に伝わり、頭は鈍い痛みでズキズキしていた。目を開けると、視界がぼやけ、辺りの様子をすぐには理解できなかった。体を起こそうとしたが、全身が重く、まるで力が入らない。

「…ここは…?」うつむきながら呟いた瞬間、すべての記憶が一気に蘇った。Aが捕まり、祠の前で行われていた異様な儀式。最後に耳にしたAの絶叫と、朱色の衣装を纏った村人たちの詠唱。その全てが現実離れした悪夢のように頭を駆け巡った。

 周囲を見回すと、森は嘘のように静まり返っていた。あれほど激しく響いていた太鼓の音も、村人たちの詠唱も聞こえない。まるで先ほどの出来事がすべて幻だったかのように、森はただ冷たく静寂に包まれている。しかし、その静けさが逆に不気味で、背筋を這うような寒気を感じた。

 祠の方を見ると、辺りには村人たちの姿は見当たらなかった。だが、その場所には、現実だったことを示す証拠が残っていた。祠の周囲には黒ずんだ液体が広がり、地面には、まるで獣でも暴れたかのような跡が残っていた。磔台が立っていた場所には、倒れた木の柱と破れた朱色の布が散らばっている。

 俺は祠に近づくこともできず、ただその場に立ち尽くしていた。

「…A…。」

 俺は、名前を呼んでみるが、返事はない。Aが磔られていた場所はもぬけの殻で、彼の姿はどこにも見当たらない。
 その場にあったのは、まるで彼の存在を完全に否定するかのような虚無感と、異様な静寂だけだった。

 ただ、その場にあったのは、やはり、黒い液体の跡だった。それから漂う生臭さと鉄のような匂いが鼻を突き、吐き気が込み上げてくる。それでも、目を逸らすことができなかった。あの液体は血だろうか、それとも何か別のものなのか。その正体を確かめる勇気も、考える余裕も、俺にはなかった。

「ここにいたら…駄目だ…」

 俺は震える足を何とか動かし、車の方へ向かおうとした。祠に背を向けるとき、視界の端で黒い液体がゆっくりと動いた気がした。だが、確認する勇気はなかった。ただ全身を突き動かす恐怖心だけを頼りに、車へ向かって走り出した。

 森の中を進むたび、背後から何かがついてくるような気がして振り返りそうになる。しかし、振り返れば終わりだという直感が俺を支配していた。ただ無我夢中で足を前に進め、やがて鳥居の見える場所までたどり着いた。

 車は変わらずそこにあった。ドアを開けると、すぐに運転席に滑り込み、鍵を回す。エンジンがかかる音が周囲に響き渡り、少しだけ現実感を取り戻した気がした。

「A…ごめんな…」

 涙が自然と頬を伝うのを感じたが、それ以上、ここで考えることはできなかった。全身を覆う恐怖に勝てるほどの感情はなく、俺はただアクセルを踏み込んだ。

 ヘッドライトが森の道を照らし、鳥居を越えた瞬間、背後で何かが動いた気配を感じた。しかし、振り返ることはしなかった。道はやがて舗装道路に変わり、電波が戻ると同時に車内に訪れる静けさが妙にリアルな感じで嫌だった。

 Aを放置して逃げてきた罪悪感と恐怖心でどうにかなりそうになったけども、俺はアクセルを踏み続けた。もう二度と、あの村には戻らないと心に誓いながら。

 車を飛ばして家に帰った後、俺は何度も夢ではないかと自分に問いかけた。すべてが現実離れしていて、記憶の片隅にある光景が徐々に曖昧になっていく。それでも、あれが現実だったことを証明するものが一つだけ残っていた。

 それはスマホに残った写真だ。祠の前で撮った鳥居の写真、そして、その画面にぼんやりと映り込んだ赤い影。削除しようと何度も思ったが、指がそのボタンに触れることを拒む。もしこの写真を消してしまったら、あの祠の前で見捨ててしまったAとの繋がりが完全に消えてしまうように思えてしまう。

 俺は、Aを見捨ててしまった。最後にAが叫んでいた声、必死に助けを求めていた姿が、今の心から離れない。俺はあの時、Aを助けるどころか、ただ祠の陰に身を潜め、自分だけが生き延びることを選んだ。そしてその決断が、Aをあの村の犠牲にしてしまった。

 Aの叫び声を聞きながら俺が逃げたのは、ただ恐怖に負けたからだ。どんな言い訳をしても、この事実は変わらない。Aはきっと最後の瞬間まで、俺が助けに来ることを信じていただろう。それなのに俺は――。

 罪悪感は、あの日から一日たりとも俺を解放してくれない。夜になると、時々耳元であの太鼓の音が聞こえる気がする。リズムはかすかで、遠くから響いているように感じるが、それが想像なのか現実なのか、もう区別がつかない。ただ、その音が聞こえるたびに恐怖で、体が硬直する。そして、窓の外を見る勇気はとてもない。

 カーテンの隙間の向こうに、あの赤い衣装を着た村人がいるのではないかと思うと、背筋が凍りつく。夜の闇に目を凝らせば、赤い衣装を纏った何かがこちらをじっと見ているような気がしてならない。あれが現実だったのか、それとも狂気が俺を支配しているだけなのか、いまだに答えが出せない。

 警察に相談しようかとも思ったが、そんな話をしたところで相手にされるはずがないと、すぐに諦めた。こんな話、笑われるのがオチだろう。俺自身、この出来事を言葉にするだけで恐ろしく、現実感が薄れる。誰かに信じてもらうことなど、到底無理な話だ。

 この話を読んでいる君に、俺が伝えたいことがある。もし、これを読んで「行ってみたい」とか「探してみよう」なんて考えているなら、やめてくれ。どんなに興味が湧いたとしても、その村に足を踏み入れるのは絶対にやめてくれ。俺がこうして今も生きていられるのは、ただ運が良かっただけだと思っている。

 N村の噂は、ネット上の都市伝説として語られるだけに留めておくべきだ。実際にあの場所に行くことは、取り返しのつかない結果を招く。俺がそれを身をもって経験した。

 だから、約束してくれ。絶対にN村には行かないと。
 絶対にN村には行くべきではない。

 もし、お前らがこの話を読んで「N村に行ってみたい」と思ったのなら、その考えを今すぐ捨ててほしい。どんなに興味が湧いても、どんなにスリルを求めても、あの場所には近づいてはいけない。俺はAを助けられなかったが、せめてこの話を伝えることで、他の誰かを止められるかもしれない。

 これ以上、Aのように犠牲になる人間を増やしたくない。これを読んで、あの村に興味を持たないことを願っている。そうしなければ、あの村に行ったやつは、Aのように戻れなくなるかもしれない。

 だから、約束してくれ。絶対にN村には行かないと。そして、もしも夜に耳元で太鼓の音が聞こえたとしても、そのときは決して窓の外を見ないでほしい。

 絶対にN村には行くべきではない