『これなんですけど、どう思いますか』
 文面とともにNさんから送られてきたスクショに、私はどう答えていいものか悩んだ。内容がどうというより、まず最初に感じたことを素直に返信する。
『改行と空白が気になりますね。わざとずらしてるのかな。スマホの機種の問題?』
『いやそこじゃなくて』『ってすみません。ついタメ語に』
『いえ構いませんよ』
『見ていただきたいのは内容です』
 レスポンスが早い。
 Nさんはクライアントのひとりで、フリーランスの女性声優さんだ。三年ほどの付き合いになるが、普段のやり取りも九割仕事のことでしかない。繁忙期には時折趣味の雑談を交えることはありつつも、互いのプライベートはほとんど知らない仲である。
 だが、今日は少し違った。ASMR用の台本納品連絡をした後、いつもなら受領の返信と請求書作成など事務的な話で終わることの方が多いのに、Nさんが妙に雑談を引き延ばしているように思えた。もちろん、仕事連絡後に雑談を交えたことが三年の間に全くなかったといえば嘘ではないけど、そういう時は彼女が少し落ち込んでいたり、疲れていたりと、『聞いてくださいよ〜』から始まるという、わかりやすい理由があった。
 今日も何かあったのだろうかと察しながらも、Nさんが話し出さないかぎり不躾(ぶしつけ)に訊き出すわけにもいかない。あくまでクライアントということもありつつ、それが私の、基本的な他人との付き合い方になっていた。
 ──最近急に冷えましたね、自律神経がやられましたね、最近読んだおすすめの本は? など、ひと通り当たり障りのないやり取りを済ませたあと、ようやく『変なDMが届いたんです』とNさんが切り出したのだった。
 そして、話は冒頭に戻る。
「内容って言われてもなー……」
 私は改めてスクショを見返した。

 みちるがかける かけるとみちる こうこうひかる
 きつねのおこおこ えいえんに

 後半の「おこおこ」はわからないが、これは……
『月の話ですかね?』
 素直に感じたことを送った。すぐに返信が来る。
『月ですか?』
 そう、月だ。
 「みちる」と「かける」は最初人の名前かと思ったけど、「こうこうひかる」を見た時即座に「煌々(こうこう)と光る」に脳内変換された。そのあとの「きつね」がその理由だ。どうしてかわからないけど、狐と月のセットの画が浮かんだからだ。「えいえんに」は「永遠に」だろう。「おこおこ」はわからない。響き的にただの言葉遊びのようにも思えた。
 そう思った理由もちゃんとある。ぱっと見た印象を、続けて送る。
『あと、言葉遊びにも見えます。童謡みたいな』
 歌。小さな子どもがぴょんぴょんと跳ねながら口ずさんでいるようなイメージが浮かんだのだ。それも、和服を着ている。どうしてと言われたら何となくとしか答えられないけど、実際に口ずさんでみると、自然とその画が浮かんだ。「おこおこ」というのも、意味を成しているわけではなく単なるリズム遊びではないかと。
『なるほど……さすが先生ですね』
 少し間をおいて戻ってきた文面に、私は苦笑した。
『先生はやめてください』
『知ってます』
 可愛いキャラクターがにっこり笑ったスタンプを返され、
『じゃあこれ、別に変なDMでもないのかな』
『いえ、変なことには変わりないと思いますけど』『Nさんに構われたくてとか、そういった方向性はあんまり感じないかもしれません』
『あー。それは私も同意です。どう思いますかとか、そういう追いコメもないので』
 画面の向こうで、Nさんが苦笑いしたのが見えた。
 この業界で仕事を始めてから知ったのだけど、声優さんという職業は今や顔出し芸能人的と同じ面を持っていたりする。実際にキャラクターやコンテンツを冠したライブを行うのも珍しいことではなく、近年ではバラエティ番組でも見かけるようになった。
 私としては、エンジニアさんやディレクターさんといった裏方の職人さん方のひとりに、声優さんが存在していた。学生時代は映画鑑賞が大好きだったのもあり、たまに見る「吹替」という仕事をしている人。もしくは、ゲームでキャラクターの声を担当している人。ただし、エンドロールで流れてくる名前を意識したことは、今の仕事で関わることになるまで一度もなかった。
 その感覚は、基本的に今も変わっていない。
 だから正直なところ、声も聞かず名前だけ出されたところで、顔も声もほぼ浮かんでこない。担当キャラクターを教えてもらい、名前がわかることはある。それでもやはり、顔は出てこない。誤解を恐れずに言えば、興味がなかった。あくまで職人さんとして尊敬しつつも、彼ら彼女らを取り巻く昨今の環境を不思議な気持ちで遠くから眺めている。
 そんなことをぽろりと零したとき、Nさんは「そういう感覚の人、まだいるんだぁ。安心した」と笑っていた。「なんか嬉しいかも」とも。あくまで裏方でいたいという彼女は現在、フリーランスとして地道に活動を続けている。YouTubeにあげるのもあくまで「声」だけだ。決して『自分』を出そうとしない。その姿勢に、個人的な好感を抱いているのも本音だった。
 だからと言って、表舞台に立つ方々をどうこう思うわけでもない。仕事の幅が広がっているのは事実であり、それはそれで良き事だと思う。
 つまりは、人それぞれ。その一言に尽きた。
『あれ? 風呂落ちしました?』
 少し間があくと、ポンッとメッセージが追加された。こんなことは珍しい。数えるほど──いや。記憶にあるかぎり、今まで一度もない。なぜなら、いわゆる互いに既読スルー概念が特にないことは、仕事の取引を始めたころに擦り合わせだからだ。
 これまでとは違う反応に、やはりいつもと違うNさんの心理状態が垣間見えた。
『いえ、少し考えていて』『追いコメがないってことは、この文面を送ってきたきりなんですか?』
 文章の代わりに、「はい」という可愛い犬のスタンプが現れる。
『同業の方々とかにお話聞いてみたりは?』
 すでにしているだろうと思いながらも、確認のため送る。私より仕事歴の長い彼女には、今はフリーとはいえそれなりに築かれてきた人間関係があるはずだ。おかしなメッセージへの対処の話題くらい、話していても何ら不思議ではない。
『それが、なんか聞けなくて』
 考えている間に、予想外の返答が届く。Nさんからの吹き出しは続いた。
『実は私、フリーの役者仲間っていないんですよ。事務所にいる子たちはDMも事務所管理だから、もしきてても知らないだろうし』『それに、入り待ち出待ちとか、物理的な迷惑行為とも違うから……』
 Nさんの文章を目で追いつつ、とにかくまだ私にしか打ち明けていないことは理解した。いや、打ち明けるという表現を使うほどに重大なことでもないのかもしれない。それでもNさんが小さな不安──それも、どこか小さな不安のようなものを抱いていることは伝わってきた。
 それでも今は、これ以上の会話は不毛に近い。なぜなら、私も初見な上にNさんも他の人からの助言をもらっていないからだ。
 私は壁にかかった時計を見上げ、想定より彼女とのやりとりが長引いたことを確認した。そろそろ切り上げないと、執筆時間が削られてしまう。Nさんもフリーだけど、私もフリーだ。〆切は待ってくれない。少し申し訳ない気持ちを引きずりながらも、話を切り上げる意図をこめて打ち込んだ。
『わかりました』『今度、珍しく食事会に参加するので、エンジニアさんあたりに聞いてみますね。このスクショ、他の人に見せてもいいですか?』
 返事はすぐに戻ってきた。
『お願いします』
 とぼけたタヌキが土下座しているスタンプと一緒に。



「なんだこれぇ?」
「ちょっYさん、声が大きいです」
「いいだろ別に。誰も聞いてやしねぇよ」
 そう言いながら、Yさんは片手に持った何杯目かもわからないジョッキを高らかにあげ、ほれ見てみろよと言わんばかりに顎をクイとあげた。十人ほどが集った居酒屋の一角で、それぞれが思い思いに盛り上がっている。半数以上の人たちはすでにアルコールで出来上がっており、Yさんの言うとおり、誰が何を話しているのかなんて気にしていなさそうだ。
 Nさんから例の話を聞いて五日後。
 以前何度かお世話になったことのあるディレクター──音響監督のYさんにお招きいただき、Yさんのお仲間が集まる食事会に初めて参加していた。美味しい食事とお酒が大好きなクリエイターたちの集まりらしく、なるほど仕事の話はカケラほどもしていない。逆に熱すぎるほど仕事について語り出すターンはあったものの、すでにメイン料理も終わった今はほとんどの人たちが趣味の話へと移っていた。
 ぐびりと喉を鳴らして黒ビールを流したYさんは、「そんで? これがなんなの」と続きを促してくる。
 Yさんは業界歴二十年以上のベテランで、音に厳しく常に追求を怠らない人だ。車や音まわりなど好きな物事に関しての博識ぶりは、とにかくただ「すごい」としか言えない。内容が全くわからないながらも、Yさんの話はどれもこれも興味深く、聞いていて楽しい上に勉強にもなるということで、仕事でご一緒できる度に「今日はどんな話を伺えるのだろう」と前のめりになっているのが正直なところだ。
 そういう理由もあって、Nさんから例の相談を受けた時、真っ先に浮かんだのがYさんだった。ベテランで長年色んな人たちと仕事をしている彼ならば、小耳に挟んだことくらいあるのではないか。
 Nさんから送られてきたスクショを見せていたスマホをしまった私は、届いた六杯目のジンジャエールを口にしてから続ける。
「だから、何なんだろう? って話です」
難儀(なんぎ)なこと言うね〜」
 最初の乾杯から全く顔色を変えないまま、Yさんのジョッキはあっという間に空になった。一体どうなってるんだこの人は。
「若い方とお仕事した時とか、なんかこう……チラッと聞いたことありませんか? 私は童謡っぽいなと思ったんですけど、ググッても出てこなくて」
「うーん……童謡ね〜……」
「ぽくないですか? 『みちるがかける、かけるとみちる、こうこうひかる、きつねのおこおこ、えいえんに』。リズム的にも遊んでるというか」
「……ん? もう一回言ってみ。こうこう、なんだって?」
 画面が見えてなかったのかな、やっぱり酔ってるのでは? と内心ツッコミつつも、「『こうこうひかる、きつねのおこおこ、えいえんに』です」と繰り返す。
 Yさんは空のジョッキをドンとテーブルに置いて腕を組み、何やら考え出した。時々首を右に左にと揺らしながら、何かを思い出そうとしているのはわかる。
「……みちる……かける……ひかる……えいえんに……。……えいえんに……?」
 小声で何度も呟き、ウウンと(うな)った。「なんか思い出しそうなんだよな」と眉間に皺を寄せて、完全に身体が固まっている。方々(ほうぼう)で盛り上がっている仲間たちの声は聞こえず、目の前にいる私の姿は見えていない。Yさんがそのくらい集中しているのはわかった。
 聞いたのはこちらなのだから、焦らせる必要はない。とりあえず時間を潰すため、空いた皿を重ねてテーブルの端に置いた。グラスやジョッキも同じく端に寄せると、ちらほらとテーブルに落ちている小さなパセリなどが見えてきた。それを割り箸で摘み上げ、空いた皿に乗せておく。
「あーわかった。思い出したわ」
 そのタイミングでYさんが顔を上げた。「おう、片付けてくれたのか」と軽くお礼をしてくれた上で、「思い出した思い出した」と身を乗り出してくる。
「知ってるんですか、これ」
「やー知ってるというか、ちらっと聞いたのを思い出したんだよ」
「どんなお話です?」
 Yさんが眉間に皺を寄せた。何回か見たことがある表情だ。不快な思いをしている時のYさんの顔。
「……なんか嫌なことですか?」
「あー……そういうわけじゃねぇんだけどさ」
 追加された黒ビールのジョッキに手をかけながら、またウウンと唸って続ける。
「なーんか、音まわりでヤな感じの噂を聞いてよ」
「音まわりの噂……?」
「そー。多分そのフレーズだったと思うんだよなあ」
「……さっきの、童謡みたいなやつですか?」
「オレは童謡とは思えねぇんだ。まずキツネってのがな」
「……キツネだと、何かあるんですか」
「オレがトシだからかもしんねぇけど、おキツネさまって言やぁ霊獣だろ。神様の使いってやつ。それにお稲荷さんだってある。お遊びで扱っちゃいけないモンだよ」
「それはまあ、確かに……」
「でな。なんかほら、昨今流行ってるだろ。ぶいちゅーばーってやつが」
「ああ、Vtuber。わかります」
 Vtuber業界は、近年著しい成長を遂げている産業(ジャンル)だ。上場している企業から個人まで幅広い層があり、ファン層もおそらく同じくらい限りはないのだろう。
 かくいう私も楽しませてもらっている一人だ。ファンというには烏滸(おこ)がましいほどニワカもいいところだけど、歌がうまかったり、ゲーム実況が面白かったり、専門的な知識を持っていたりと各々の魅力が確かにある。毎回欠かさず見るというほどの情熱はないけど何人かはチャンネル登録もしているし、応援の気持ちを込めて、メンバーシップ登録もしてみた。なお、コメントはほぼしたことがない。インターネットで育っていないのもあって、おいそれと書き込める気持ちになれないからだ。
 でも、今このタイミングでYさんからVtuberというワードが出てくるのは想定外だった。よく考えれば、配信番組などの音まわりの仕事もしている方なのだから、関係なくはないといえばそうなのかもしれない。顔の広い方でもあることだし。
 Yさんはまたもやジョッキを空にして店員さんに追加を頼みながらも、それに全くそぐわない表情を浮かべてこちらを見る。
「前に仕事した若いヤツが、ちょろっと言っててさ」
「……さっきのDMと関係があるんですか?」
「や、微妙に違う。それを歌って卒業したVtuberがいるっていう噂だよ」
「歌って卒業……」
 卒業というのは、活動を辞めることとイコールらしい。
 というか、やっぱり歌なんだ。
 納得しかけてところで、目の前にYさんの手が遮るように現れた。手刀(しゅとう)のようにして私の視線を奪う。
「ただそいつのチャンネルは残ってねぇし、ファンだったって騒ぐヤツらも名前を思い出せないときた。なんなら外見についてさえも記憶が曖昧らしい。例の歌とやらも、卒業当日は勿論、それまでの配信も切り抜きひとつ残ってやしねぇんだ。だから現実だったのかさえ確認しようがない。どう考えてもおかしいだろ、令和の時代によ」
「それは……変ですね」
 確かにおかしい。ファンを自称する人たちがそのVtuberの名前すら思い出せないのも不可解だけど、人間の記憶はいつだって曖昧とも言える。ただ、それよりもっとおかしいことは、動画の切り抜きすら残っていないという点。インターネットに何でも(ただよ)う現代で、何ひとつ残らないことなんてあるはずがない。何年も前のテレビ番組ですら、Youtubeに上がっていたりするのに。
 ──あ。と、そこで気づく。
 自分だって歌詞だと思い込んでググったではないか。それでもヒットせず、『もしかしたら?』さえ出てこなかった。だからこそ人に聞くしかないと思ったのだ。つまりそれは、データとして何ひとつ残っていないということ。
「なのにさあ、音まわりの若いヤツらの中で、それっぽいデータがいきなり送られてきたって話があるわけ」
「えっ」
「なんで忘れてたんだとか言うなよ? トシだからってだけじゃねぇんだ」
「……というのは……?」
「長いこと業界にいるけど、(さわ)っちゃいけねぇモンってのがある。なんでわかるかって言われても勘でしかないけどな。アレはソレなんだよ。アイツらにもそう言った。削除して忘れろってな」
「……皆さん、素直に従うものですか?」
 まだまだ新人だと自認する私が言うことではないが、これまで関わってきたクリエイターの方々は好奇心の塊のようなタイプが多い。とにかく満足しない。自分の技術を磨き続けるだけではなく、新たな知見を求めていたりする。貪欲なのだ。
 Yさんは大袈裟にため息をついて、首を振る。
「いーや。長い付き合いのヤツらはそうしてくれたみてぇだけど、又聞きしてきたような若い連中の一部には、データをダウンロードしたヤツがいたらしい。オレが聞いたとこだと、二人な」
「……それで……?」
 聞いていいものか悩んだが、聞くしかない。息を呑むように投げかけると、おそらく二桁に突入した黒ビールのジョッキに手をかけ、Yさんは明後日の方向を見た。そのまま静かに目線を落とすと、「年寄りの言うことは聞くモンだ」と悔しそうに呟いて、続ける。
「一人は狂い、一人は消息不明だそうだよ」


 
 聞いてみますね、と言った手前、Nさんへ報告しなくてはならない。
 Yさんが嘘をつくとは思えないが、それでも、人が狂ったり消息不明になったりなどと物騒な話なんて、狭い業界で行き渡らないはずがないのではないか。それとも歴の浅い自分にまで回ってこないだけで、ベテランの皆様方(シナリオライター)の中では有名な話だったりするのだろうか。
 でも、だとすると、Nさんが知っていても不思議ではないはずであり、私なんぞに訊いてくるはずがないというのが自分の中での結論になった。詳細は省きつつも、「少し変な噂はあるようです」と結論だけ伝えて、万が一を考えて「もし音声データが届いても開けずに処分してください」と言えばいいか。いや、そうすると「どうして?」と聞き返される可能性が──
「お疲れさまですー」
「あっ、お疲れさまです」
「珍しいですね。眠かったりします?」
「あぁいえ。すみません、そういうわけじゃないんですけど」
 Nさんとのトーク画面を開いたままだったスマホをしまい、立ち上がって会釈(えしゃく)をする。
 喫煙室から戻ってきたZさんは「や、座っていいすよ」と笑いながら、そばにある自販機のボタンを押す。派手な音を立てて転がり落ちてきたのはエナジードリンクだった。それを手に取ると、斜め前に座り「ふう」と息を吐いた。そのタイミングと同じくして言葉に甘え、長椅子に座り直す。
 Yさんに話を聞いた食事会から、さらに一週間が経っていた。
 シナリオディレクションという仕事のために入っている収録現場は、台本の半分まで進んだところで休憩時間となっていた。収録中はチェックに集中していたものの、そこから外れると気になるのはやはりNさんのことだ。Yさんから聞いた話をどうまとめてNさんに送ろうかを悩んだまま、時間が経ちすぎてしまっている。
 それでも、休憩中といっても、役者さんやディレクターさんがいる場で考え事をしているのはよくない。ディレクターさんはまだコントロール室にいるが、他でもない役者さんが目の前(斜め前だが)にいる。現場が始まる際にテーブルに置いた差し入れを示し、「よかったら」とZさんに声をかけた。
 Zさんは軽く頷くと「ありがとうございます。では遠慮なく」と手を伸ばす。個包装を開け、中のお菓子をひょいと軽く口へ放り投げた。
 Zさんは事務所所属の男性声優さんで、時々顔出しの仕事もしているらしい。ディレクターさんを含めた雑談でそういった話が出ることもあるが、なにせ自分が全く詳しくないので申し訳なくなることもありつつも、前述の通り、声優=職人さんとして見ているということは、たしか何度目かにご一緒した頃に話の流れで伝えた気がする。Zさんの反応は、Nさんと似たようなものだったように思う。
「そういえば、この前話してた本って読みました?」
 何を話しかけようかと考えていると、Zさんが口を開いた。彼は小説を好んで読むらしく、ただし私とは嗜好が違うようで、以前作家さんをお勧めしあったことを思い出した。
「ああ! 読みました。初めてのジャンルだったんですけど面白かったです」
「名前覚えきれました?」
「ええ。日本史だと思えば」
「あははっ」
「家に時代小説があるのは変な感じです。これ以上増やせないのに……」
「電子をうまく使うんですよ、そういう時は」
「紙の本が好きすぎて……」
「気持ちはわかります」
 私が好んで読むのはホラー(心霊から人怖まで何でも)やミステリーなどの『ほぼ必ず人が死ぬ』ものであり、一部の友人には「あんたの本棚まじ怖い」と言われるほどだ。海外犯罪心理捜査官関連のノンフィクション著作も多くあり、「何かやらかして家宅捜索されたら納得されるラインナップだね」と笑われたこともある。
 Zさんもこちらの方面も読むようだったけど、前回お勧めされたのは時代小説だった。
 私は日本史──特に戦国や平安あたりは好きだった。でも趣味で読む小説となるとあまり食指が動かず、読書経験はほぼゼロのジャンルだった。それを知った彼が「読みやすくて絶対面白い」と勧めてくれたのは、読書が趣味ならば必ず耳にしたことのある作家さんの作品だった。日曜朝の本コーナーで紹介されたり、作家さんのインタビューも見たことがある。ツイッター……今はXか。あれでもよくおすすめに流れてくる。
 時代小説に関しては完全な食わず嫌いに似たものがあったため、「人に勧められたから」という大きな理由を持って、初めて購入した。結果、かなり面白かった。趣味は完全な自分目線の世界で狭くなりがちなものだから、Zさんには感謝している。
「台詞まわしが独特で、声に出すのは大変だろうなと思いました」
 収録現場ということもあり、そんな感想も口からこぼれていた。するとZさんは大きく頷き、「もし今後オーディオブックをやらせてもらうことがあったら、間違いなく大変でしょうね」と笑う。その瞬間、あの話が浮かんだ。勿論、Nさんから繋がった例のVtuberのこと。
 そういえばZさんもNさんと同じ業界どころか同業種だった。何か。何か知ってはいないだろうか。話をどうにか自然にもっていけないだろうか。
「何気にナレーションとかでもあり得そうですよね」
「大河からバラエティーまで色々ありますからね。やってみたいなぁ。どんどん競争率は高くなっていくしなー……」
「ああ、確かに……声のお仕事も声優さんに限らずなところはありますもんね」
「そうなんですよねー。顔出しの役者さんで声も魅力的な方々とかいますし。俺も頑張んないと」
「まだまだ(たね)()きは必要ですか」
「ですね。まだまだ」
 視線は私と合わせたまま、手元では軽く電子タバコで遊びだしたZさんを見ながら、珍しいなとふと思う。
 彼は相手が誰彼問わず、人と話す時はいつも半身を乗り出すようにしていて、話に集中している印象が強いからだ。ほぼ初対面の頃、一見爽やかで穏やかに見える外見とは裏腹に、心の炎は激しい方だと感じた頃からずっと変わらない。
 とりあえず、こんなふうに、手元が落ち着かない姿は初めて見る。
「CMとかだと、最近はVtuberさんも出ますもんね。若い子に人気っていうか」
 思いきってそう口にした時、Zさんの指が止まった。
 それでも滑らかに唇は動いた。
「あー、勢いすごいですよね。周りでもわりと聞きますよ、ファンって人」
「やっぱり。私もイラストレーターさんからお勧めされて見るようになりました」
「歌が上手い人とかもいるんですよね。すげぇや」
「あ。じゃあZさんは『きつねのおこおこ』って知ってます?」
 歌というワードを出してくれたところで突っ込むと、止まっていた指が一瞬ぴくりと動いて、機械的に動き始めた。
 知ってる。Zさんは、何か知ってる。それなのに、
「いやぁわかんないですね。アレじゃないですか? ホラーブームに乗っかって令和版オカルトを作りたい人がいるとか」
 彼から出たのは柔らかな微笑みと、否定の言葉だった。おまけに彼なりの説まで聞かせてくれる。
 その様子にどこか不可思議な印象を抱きながら、その声がどこか遠くから──まるで膜が張った向こう側の空間から聞こえた気がした。収録中はヘッドフォンが必須だから、耳がおかしくなったかな。
「まぁそうかもしれませんね。ホラーブームは嬉しいですけど」
「この前久々に本屋行った時コーナーが作られてましたよ」
「ああ、私の行きつけも同じです」
「本屋の行きつけって。常連ならわかるけど」
 いつものように笑い出したZさんを見て、軽い世間話の一環として流すことが出来たと察する。私のホラー好きは知られているはずだから不自然な点はない。よかった。戻った。……戻ったって言い方も変だけど、感覚として。
 仕事上とはいえ、数年の付き合いがある目の前のZさんにこれまでと違う印象が湧きあがりつつも、深追いは良くない。ビジネスな関係であるからこそ、彼を不愉快にさせてはいけない。だってさっきの微笑みには、確かに、やんわりと拒絶の意思を感じた。
 ──いやでも、待てよ。私はただ『きつねのおこおこ』を知っているかと聞いただけだ。それなのに、どうしてZさんはホラーブームとか令和版オカルトとか言い出したのだろう? ……なんで?
 楽しそうに話を続けるZさんの指は、差し込み用タバコをぐにゃりと歪めていた。



『噂で聞いたことあるという方はおひとりいらっしゃいました。ただ詳細はわからないらしくて、その方にもあまり触れない方がいいと言われたので、Nさんもこれ以上気にしない方がいいかもしれません』
「……こんなもんでいいかな……」
 打ち込んだ文章を数回読み返して、送信を押す。
 Zさんとの収録からさらに五日経ち、仕事もだいぶ落ち着いたのでようやくNさんへ報告することにした。生産性のない内容になってしまったと思いつつ、これまでもスタジオでの怖い話などは聞いてきたし、「触れない方がいい」というひと言で察してくれることを願った。
「わーもう来てる! すみません、お肉受け取ってもらっちゃって」
「いえいえ、まだまだ来ますしお気になさらず」
 野菜を大量に積んだお皿を両手に乗せたRさんが向かいに座り、私はスマホをカバンにしまう。
 今日は数ヶ月ぶりに会うイラストレーターのRさんと、コスパの良すぎるしゃぶしゃぶ食べ放題屋さんに来ていた。昨年知り合ったRさんはとにかくタフな人で、突然時間が空いた時にダメ元で連絡してみると「行きまーす!」と飛んできてくれる。
 そんな彼女が先月、Vtuberの『ママ』になった。知り合った頃から「いつかなりたい」と語っていたため、いつものお礼とお祝いを兼ねて食事に誘ったのだ。
 ちなみに、Vtuberの『ママ』というのは、いわゆるその……見た目の造形というかデザインというか、何と言えば誰の地雷も踏まなくて済むかはわからないけど、とにかく『生みの親』であるイラストレーターさんのことだ。ファンの方々がそう呼んでいるのを、Vの世界に触れる中で知った。
 とは言っても、私自身は、歌声が好きだなと思ったVさんたちの歌ってみたを聞いたり、好きなゲームの実況を見たり。雑談配信をラジオ代わりにして作業中に流してみたりと、その程度でしかない。深いところまでは知らない。上澄みの楽しいところで楽しめる人間なのだ。知らなかった楽曲やゲームに出会えるのが面白いとも言える。
「どうですか、ママ生活は」
 鶏肉に火が通ったことを確認し、手元に引き寄せながら訊ねると、Rさんは「へへへへへ」と独特な笑い声をあげながら右手の人差し指を立てた。
「フォロワーの増えっぷりがヤバいです」
「影響大きいんですねぇ」
「思ってた以上です。頑張らなきゃ」
「頑張ってた結果が、念願の今なんでしょう?」
「んーでもやっぱVは多いから……あー、それにぃ……」
 Rさんのお箸が止まり、炭酸の入ったグラスを一気に飲み干す。すごいなと思いながらも話の続きを待った。
「こないだ絵師仲間で作業通話してたんですけどね? あ、牛いっていいっすか。もうなくなっちゃう」
「どうぞどうぞ。まだ全然頼むんで」
「じゃー遠慮なく。……でね、そう。その中のひとりが言ってたんですけど」
「はい」
「『きつねのこ』って知ってます?」
「え?」
 今度は私の箸が止まった。Rさんは牛をお湯に潜らせ頬張りはじめたところだった。
 きつねのこ? きつねのおこおこ、じゃなくて? よく似た別案件……?
 瞬間的に頭の中で疑問が飛ぶ。飛びつくにはまだ早い。Rさんは『きつねのおこおこ』とは言っていない。もしかしたら全然違うネタかもしれない。
 無言を否定と受け取ったのか、Rさんは箸を軽く浮かせて続ける。
「なんかぁ、V業界から流れてきた噂らしいんですよ。あたし全然知らなくて。だからムスメちゃん……あっ、Vでのムスメちゃんね? へへへ、あの子に聞いてみたんですね。初配信は見れたんだけど、その後忙しくて追えてなかったし」
 Vtuber。きつねのこ。きつねの、おこおこ。
「……それで?」
「知らないらしいです。でも、配信中に似たようなコメントがあったことはあるって。なんだっけかなー……なんか月っぽいやつ……欠けるとか満ちるとかそういうの」
 欠ける。満ちる。……月っぽい。
 みちるがかける。かけるとみちる。こうこうひかる。
「しかも、延々とそういうコメを流し続けてきたんだって。そんなの荒らしじゃないですか? だから他のリスナーが『やばいからやめろ』って注意したけど全然やめなくて、結局ムスメちゃんが非表示にしてブロックしましたって。……あれ、聞いてます?」
「……聞いてます。牛、追加しますね」
「わーい」
 嬉しそうなRさんの声がなんだか遠い。私は自分の声が喉の奥に引っかかるような感覚に陥りながらも、どうにか外に押し出した。
「……そのVtuberさん、なんて名前なんですか?」
「それがさ! あっすぐタメ語になっちゃう、すみません」
「……全然構いませんよ」
 枯れそうになる私の声を気にすることなく、Rさんが身を乗り出して続ける。
「誰も覚えてないんですって」
「…………え?」
「それだけじゃないんですよ」
 Rさんはおいでおいでをするように手を動かし、私は誘われるがまま彼女と同じように身を乗り出して、耳を向けた。ナイショ話をするテンションだったからだ。
 そしてRさんは、思ったとおり声量を抑えて囁いてきた。
「ショートも切り抜きも上がった事があるらしいのに、すぐ削除されるらしい。ファンでしたって言うオタクがいても、誰もイラストにできないらしい。例の歌は卒業配信で歌ったらしいけど、聞いてて不安になる歌だったらしい。……とにかく『らしい』尽くしの、伝説のVなんですって」
 そういう『伝説づくり』をしたVだったのかもね、と笑いながら、Rさんは元の場所に戻った。つられて私も座ったけど、なんだか嫌な汗が止まらない。知ってる。冷や汗って言うんだ、こういうの。でもどうしてだろう。私はその『V』について何も知らないのに。ただ、知ろうとしているだけなのに。
「あっ来た来た〜!」
『ニジュウイチバンテーブル、ドウゾオトリクダサイ』
 踊るようなRさんの声とほぼ同時に機械的な音声が聞こえ、横を見ると配膳ロボットが立っていることに気がついた。私寄りに立っているものだから、自然と私が生の牛肉が並べられたお皿を手に取り、テーブルに置く。一連の動きをしながらも、背中を伝う汗が止まる気配がなかった。
「ありがとうございますー。はい、ピッ。お戻り〜」
「……Rさん」
「はい?」
「その伝説のVって、どのくらい活動してたんですか?」
「あれっ気になります?」
「ええ、まあ……」
「それがね? また伝説って呼ばれる所以(ゆえん)なんでしょうけどぉ。……二週間なんだって」
「二週間……!?」
「それもムスメちゃんが言うには、ですけどね。彼女たちの間でもわりとタブーらしくて、リスナーさんたちにも深入りダメって言われてるみたいで。ソレについて話すのもダメっていうか。オカルト的なもんかもですね。話すと呼び寄せる的な?」
 みちるがかける かけるとみちる こうこうひかる きつねのおこおこ えいえんに みちるがかける かけるとみちる こうこうひかる きつねのおこおこ えいえんに みちるがかける かけるとみちる こうこうひかる きつねのおこおこ えいえんに 
 Rさんの声が遠ざかるのと反比例するように、頭の中で不思議なリズムを刻みながら、メロディーを知らないはずの歌が流れていった。
 みちるがかける かけるとみちる こうこうひかる きつねのおこおこ えいえんに みちるがかける かけるとみちる こうこうひかる きつねのおこおこ えいえんに



『例の件、ありがとうございました』『私としてもあまり深追いするのは良くないのかもしれないと思って、これ以上はやめておきます』
 Nさんからの返信に、正直ホッとした。これ以上なんて言ったら良いかわからないため、ネコがお辞儀しているスタンプを送る。すぐに既読がつき、タヌキがお辞儀しているスタンプが送られてきた。私は小さくため息をつきながらスマホを横に置き、ノートパソコンを開く。仕事に戻ろう。
 結局、Yさんが話してくれた「〈音まわりの若いヤツ〉が送信元不明の音声データを削除しなかったらしいこと、そしてその結果」をNさんに言うのはやめた。事細かに説明することに、なんとなくブレーキがかかったと言える。「触れないほうがいい」と断言したYさんに従ったわけじゃないけど、あくまで噂だろうし今以上Nさんがこの件に意識を向けない方が良いと思った。
 シチュエーションCD脚本の初稿を打ち進めながら、ふと作業用の音が足りないなと、既に開いているWordの隣にもうひと窓開く。歌詞のある音楽を聴きながらの作業はできないタチなので、こういう時は雑談配信のアーカイブか、好きで何度か視聴済のゲーム実況を流すに限るのだ。
 YouTubeのホーム画面にいくつものおすすめ動画が並んでいる。登録チャンネルから選ぶのもいいけど、見たことのない切り抜きを流すのもわりと嫌いじゃない。中指でマウスをくるくる撫でながら適当にスクロールしていきながら、Rさんの言葉を思い出していた。
『ショートも切り抜きも上がった事があるらしいのに、すぐ削除されるらしい。ファンでしたって言うオタクがいても、誰もイラストにできないらしい。例の歌は卒業配信で歌ったらしいけど、聞いてて不安になる歌だったらしい。……とにかく『らしい』尽くしの、伝説のVなんですって』
 世界にはこんなにも動画があふれているのに、何ひとつ痕跡が残っていない二週間限定のVtuber。普通ならば、すべてを計算ずくで行った、むしろ頭の切れる人による仕掛けだと考える。一部で囁かれ続け、しかしながらタブーとされるなんてコンテンツとして勿体なさ過ぎやしないだろうか。
「どんな子だったんだろうなあ」
 気づけば口からこぼれ落ちていた。姿かたちさえ誰の記憶にも、動画にも、イラストにも残っていない子。いや、「仔」かもしれない。
「女の子なのかなあ、男の子なのかなあ。あーそれか、人外な上に性別とかないのかも。いいね、魅力的」
 結局、作業用に流す動画を決められないまま、マウスから手を話して仕事へ戻った。打ち込んでいるうちに流したいものが浮かんだら流そう。ノイズになったら意味がないし。
「背丈とかどのくらいかなあ。ちっちゃい仔でも可愛いよね。少年ぽいけど少女みたいな、そういう危うさ? があってもいいし。魅惑的なお姉様みたいな感じでも……」
 止まらない妄想は口から流れ続け、それでも手元は動き続ける。
 カタカタカタ。カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ【みちるがかける かけるとみちる こうこうひかる きつねのおこおこ えいえんに みちるがかける かけるとみちる こうこうひかる きつねのおこおこ えいえんに みちるがかける かけるとみちる こうこうひかる きつねのおこおこ えいえんに みちるがかける かけるとみちる こうこうひかる きつねのおこおこ えいえんに みちるがかける かけるとみちる こうこうひかる きつねのおこおこ えいえんに みちるがかける かけるとみちる こうこうひかる きつねのおこおこ えいえんに】



 我に返り、Wordに埋め尽くされた『歌』を見た私はすぐにすべてを削除した。物語も半分以上過ぎていた脚本もすべて一緒に削除して、イチから書き直した。頭の中で『触っちゃいけねぇモンってのがある』とYさんが警告する。
 考え過ぎてはいけないんだ。そういうモノ、なんだ。これは。きっと。
 そう思い、忘れようと決めた。
 ──そして実際、忘れていた。Nさんから相談を受けたのも、Yさんに話を聞いたのも、それとなくZさんに聞いてみたのも、RさんがVtuberのママになったのも、全部全部、今から二年前の話だ。
 NさんとRさんとの付き合いは今も続いているけどアレの話は出ないし、ありがたくも今も時々仕事でご一緒するYさんも逞しいエンジニアのままだ。そういえばZさんとは最近ご一緒していないけど、この前アニメのEDでお名前を見かけた時、あの日、手元でぐにゃりと歪んでいた差し込み用タバコを思い出した。それなのに、「きつねのおこおこ(あの話)」については綺麗さっぱり忘れていた。
 なぜ今さら思い出したのかというと、もちろん『モキュメンタリーコンテスト』の文字列を見たから──ではない。そもそも今コンテストを知ったのは、仲良くしていただいている先輩シナリオライターさんに誘われたからだ。では、なぜか。
 2024年末、楽しそうだし書いてみようかな。家出系のミステリーと掛けたら面白そうだな、練ってみようかなとネタを考え始めた矢先に送られてきたからだ。
 送信元不明の、音声データ。本文にはあの歌が添えられていた。基本登録外のアドレスからは最初弾かれるはずなのに、堂々と仕事用のメールボックスに鎮座していた。それを見た瞬間にすべてを思い出していた。
 どうしてこのタイミングで? 誰かがイタズラで? 私には何もわからない。聴く勇気はまだない。どんな声で歌っているのだろうという好奇心はあふれて止まらないけど、聞いてしまったら戻れない気がした。あれが歌の音声データだってなんでわかったのかなんてわからないけど、でも、わかった。だってこんなにも聴きたいから。惹かれて惹かれてたまらないから。
 今、私はダウンロードボタンもしくは再生をクリックしそうになることを必死で抑えている。
 だからまだ大丈夫。理性的。つかまってない。つかまるってなんだろう。わからないけど。でも大丈夫。きっと大丈夫。
 それでも、「今すぐ書かなくては」と思った。「みんなに知ってもらなくては」と。だからこうして書いている。楽しい楽しい、きつねのおこおこ。
 あの日からずっと口ずさんでしまう。みちるがかける。かけるとみちる。仕事中でも、掃除機をかけていても。こうこうひかる。怖いものなんて何もない。きつねのおこおこ。えいえんに。みんなも楽しい、きつねのおこおこ。










 ねえ。皆様のところにも、送信元不明な音声データは届いていませんか。
 二週間しか活動しなかった伝説のVtuberのこと、どなたかご存知ありませんか。















『きつねのおこおこ』了

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