ヒヤリとした感覚がとても心地良い。
街にあるプールとは違って塩素臭くもない。
「なにチマチマしてんだよ」
そう言われたかと思った次の瞬間、大翔に腕を掴まれて川の中に引き込まれていた。
浅いと思っていた場所は以外と深くて、あっという間に太ももまでつかってしまう。
真由たちが動き回ることで小魚たちが一斉に逃げ出していくのが見えた。
「な、俺の想像通りビキニだったろ?」
大翔が目配せして言うので、真由は睨み返しておいた。
「なぁ、向こう岸に廃墟があるぞ」
そう言ったのは随分川の奥へと行っていた泰河だった。
「廃墟? ここって昔人が住んでたのか?」
大翔が不思議そうな顔になって質問する。
「建物があるってことは、そういうことなんだろ? ちょっと廃墟探索でもしてみるか」
「それいいね!」
泰河の提案にすぐに乗ったのは玲央奈だった。
「でも、危ないんじゃ……」
と、言いかけて玲央奈からの視線を感じて真由は口を閉じた。
廃墟があるということは目隠しになる部屋があるかもしれないということだ。
玲央奈はここでチャンスを狙っているんだろう。
いくら彼氏相手といっても、廃墟っていうのはどうなの?
と、出かかった言葉をどうにか飲み込んだ。
「いいと思うよ」
引きつった声で賛成すると、玲央奈が満足そうに微笑む。
本当は廃墟なんて行きたくないけれど、ここで玲央奈の機嫌そ損ねればキャンプが終わるまでネチネチ言われかねない。
「真由、嫌ならテントに戻っててもいいんだぞ」
大翔に言われて真由は左右に首をふった。
こんな言い方をすると言うことは大翔も廃墟探検へ行くことに賛成なんだろう。
ひとりでテントに戻っても面白くない。
「大丈夫、私も一緒に行くよ」
【偶然廃墟を発見! 子供時代に戻った気分で探検したよ!】
真由の頭の中にはさっそくSNSに投稿したときの題名が浮かんできていたのだった。
川の中を歩いて対岸へと渡ると木々の向こうに小さな集落が見えた。
どの家も小さく、山の中にあるもので作った簡易的なものばかりだ。
小屋呼ぶにも抵抗があるその建物は10件ほどあり、とても中に入れそうにない。
入ればすぐに崩れてきてしまうだろう。
「村っていうか、山小屋みたいなものなのかな」
見渡せるくらい小さな集落を一周して真由はつぶやいた。
「そうかもしれないな。昔はここで植林でもしてたのかも。だけど職人がいなくなって、休憩小屋だけ放置されたんだろうな」
大翔がそう言って近くの小屋の入り口に手をかけた。
引き戸を開けてみると中は地面の土がむき出しになっており、ひと間しかない空間だった。
建物の中央には火を燃やした跡が残っていて、窓はない。
休憩小屋してもあまりに簡素な作りだ。
雨風だけしのぐことができればそれで良かったんだろうか。
不思議に感じていたそのときだった。
「お兄ちゃんたちだぁれ?」
そんな声が建物の奥から聞こえてきて真由は悲鳴を上げそうになった。
薄暗い部屋の奥へと視線を向けると、そこには10歳くらいの男の子が膝を抱えて座っていたのだ。
「子供!?」
驚き、声をあげる大翔。
こんなところで子供がひとりでなにをしてるんだろうか。
そう思ったときだった。
「おい! こっちに子供がいたぞ!」
と、泰河の声が聞こえてきた。
ふたりで建物を出て声がした方へ向かうと、建物と建物の間に5歳と6歳くらいの男の子と女の子が立っていた。
ふたりとも服は泥だらけで髪の毛も乱れ、浅黒く日焼けした顔をしている。
「君たち、どうしてこんなところにいるの?」
真由がしゃがみこんで子供と視線を合わせて聞くと、ふたりは怯えたように身をすくめてしまった。
そして気がついたときには総勢5人の子どもたちが建物の中から出てきていたのだ。
みんな同じように薄汚れて、体はガリガリと言っていいほど痩せている。
明らかに普通じゃない様子に玲央奈の顔は真っ青だ。
「君たち、お父さんやお母さんは?」
ただ事ではないと察した大翔が一番最初に出会った男の子に質問した。
子どもたちの中で男の子が最も年上に見えたからだ。
「仕事に行ってるから、今はいないよ」
「仕事ってなにをしてるんだ? 連絡は取れるのか?」
矢継ぎ早に質問されて男の子は困ったように首をかしげて黙り込んでしまった。
本当にこの子たちに親はいるんだろうか?
いるとしても、子供たちが薄汚れてしまうほど貧乏なんてことあるだろうか。
真由は咄嗟に頭の中に浮かんできた【貧しい子供たちを救いたい】という題名をかき消した。
今はSNSのことを考えている場合じゃない。
「これほっとけねぇだろ。警察に連絡しねぇとな」
泰河がそう呟いて川向うへ視線を向ける。
自分たちの荷物は全部向こう岸に置いてきているから、戻らないと連絡もとれない。
「それなら私が行く」
まだ青い顔をしている玲央奈が川の中へと入っていく。
子どもたちをまともに直視できないからだろう。
しかしその歩みは川の真ん中あたりへ来たときに止まっていた。
「ねぇ、ちょっと! ここから先に行けないんだけど!」
しばらくその場に留まっていた玲央奈が叫んだ。
「そんなに深くねぇだろ?」
眉間にシワを寄せてそう答える泰河。
「深さの問題じゃないんだって! ここに、ほら!」
玲央奈がまるでパントマイムのように空間を叩いている。
玲央奈が触れた箇所から空間全体が波紋のように歪んでいくのが見えた。
「なに、あれ……」
呆然と立ちつくして呟く。
風や太陽光の反射のせい?
でもあんなの見たことない。
そう思っている間に泰河がザブザブと川の中に入っていき、その空間に触れていた。
泰河の指先から空間に波紋が広がる。
「は? なんだよこれ!!」
泰河の叫び声。
そして空間を殴りつけ、それが大きな波紋になって広がっていくのを見た。
空間に広がる波紋はグルリと廃墟村を取り囲んで、そして消えた。
「嘘でしょ」
真由はふらふらと歩いて小さな村の最奥へやってくると、なにもない空間に手を伸ばした。
その瞬間、ヒヤリと指先に何かが触れる感触があり、すぐに手を引っ込める。
少し触れた場所からまた波紋が広がっていく。
見えない壁がそこにはあった。
「お兄ちゃんとお姉ちゃん、お父さんたちが帰ってくるまで僕たちと遊んでよ」
突然後ろからそう声をかけられて振り向くと、そこにはさっきの男の子が立っていた。
その目は大きく見開かれてランランと輝いている。
「む、無理だよ。だって私たちは帰らなきゃいけないし」
自然と早口になっていた。
この子たちもこの空間もなにかがおかしい。
だけどそう気がついたときには遅かった。
男の子は真由の腕を痛いほどに掴んでいたのだ。
ガリガリの体のどこにそんな力があるのか不思議に思うほどの怪力に、真由は思わず「痛いっ!」と叫んでいた。
「なにしてる!」
大翔がすぐに駆けつけてくるけれど、男の子は手を離そうとしない。
掴まれている右腕から先が赤紫色に変色していく。