山の中の空気は街中と違って清く済んで、胸の奥まで冷やされていくようだった。
「うーん、気持ちいいね!」

両手を伸ばして肺いっぱいに空気を吸い込んだ玲央奈は大学1の美人で、つい先月行われたN大学ミスコンでトップに立った。

化粧化がなくても整った堀の深い顔立ちをしていて、肌は抜けるような透明感がある。

そんな玲央奈とは対照的に友人の真由は平凡な顔立ちで、化粧を落とせば眉毛がなくなってしまうような一般的な美人だった。

「この辺にテントをたてるか」
大きな荷物を持っていた泰河が平らな地面にテント用具をおろしながら言った。

このあたりではキャンプをやっている若者が多く来るみたいで、あちこちに焚き火をした跡が見られた。

正式なキャンプ場ではないけれど、近くに川もあって丁度いい。
泰河に近づくと強いタバコの臭いがツンッと鼻腔を刺激して真由は顔をしかめた。

泰河はいついかなるときもタバコだけは手放さないヘビースモーカーなのだ。
「よし、やるか」

一番最後尾をついてきていた大翔がようやく追いついてきた。
「大翔大丈夫? 疲れてるんじゃない?」

真由に聞かれて大翔が大げさに肩をすくめてみせた。
「これくらいどうってことないよ。ちょっと荷物が多いだけ」

自分の荷物に加えて真由の荷物まで持っているから、大翔はずっと前かがみになってここまで歩いてきた。

それでも彼女の前でヘタレな姿は見せられないと、泣き言は伏せていた。

なにより、自分よりももっと大きな荷物を抱えている泰河が平然とした顔でテントを立て始めているのだから、文句なんて言いようもない。

キャンプ経験のある男ふたりにかかればあっという間にテントがたち、その近くにコンロが設置された。

本当は焚き火をしたかったけれど、もしものことがあったら楽しい夏休みが台無しになると玲央奈に言われて渋々諦めていた。

そのコンロの上では鍋に入れられた水がグツグツと沸騰し始めていた。
「そろそろいいかも」

熱くなりすぎないタイミングで真由がコンロの火を止め、みんなのカップにお湯を注いでいく。
カップの中には予め粉末のコーヒーが入れられていた。
「山を登ってきたあとのコーヒーなんて最高だね」
玲央奈がインスタントコーヒーを美味しそうに口に含む。

いつも飲んでいる安物と同じものでも、場所を変え、一緒に飲む人を変えればこんなにも美味しくなる。
真由は設営されたテントと手元のコーヒーをスマホで撮影し、ふふっと微笑む。

真由の密やかな楽しみは自分の日常を切り取ってSNSに投稿することだった。
【大学の友人と山キャンプ! 自然豊かな場所で友情を深めてきました】
なんて見出しはどうだろう。

「ねぇ、川へ行ってみる?」
投稿したときの見出しを考えていると玲央奈がそう提案してきた。

体の疲れも随分取れてきたことだし、ここをキャンプ地として選んだ一番の理由がきれいな川が近くにあるからだった。

最近は雨も振っておらず、水はおだなかに違いない。
「そうだな。さっそく泳ぎに行くか」

真由の提案に大翔がすぐに立ち上がる。
正直言って、ここまで来ただけで全身汗でビッショリだった。
早く泳いでスッキリしたい気分だ。

泰河と玲央奈も嬉しそうに氷上おほころばせて、自分の荷物の中から海パンと水着を取り出している。

それを見ていた大翔が真由に顔を寄せてきた。
「みてろよ、玲央奈の水着は絶対にビキニだから。色は黒か赤だな」

冗談半分に下品な笑みを浮かべている自分の彼氏の脇腹を少し強めにつついて、真由たち4人はテントから離れたのだった。
☆☆☆

「わぁ、きれい!」
真っ先に川に到着した玲央奈がはしゃいだ声を上げる。

あとから追いついた真由が隣に立つと木漏れ日を反射する透明度の高い水面を見つめた。

しゃがみこんで指先をつけてみると冷たくて気持ちがいい。

そのまま飛び込んでしまいたい衝動をぐっと抑え込んで、男女に別れて木陰に隠れて着替えをした。

「真由、今日私本気だから」

急に真剣な表情になった玲央奈が取り出したのは真っ赤なビキニで思わず吹き出してしまいそうになる。

「本気って、泰河と付き合って一月経つんでしょう?」

ふたりのことだからとっくにそういう関係になっていると思っていたけれど、玲央奈から睨まれて口をつぐんだ。

「泰河ってばなかなかその気になってくれないの」
それは心底以外な言葉だった。
ミスコンでトップに君臨している玲央奈と付き合って置きながら、まだなにもないとは。
「そっちはいいわよね。付き合って半年だっけ?」

「うん」
「もう全部済ませてるんでしょ?」

そう聞かれて少しだけ頬が赤くなる。
大学生ともなると未経験の友人の方が少なくなってくるけれど、赤裸々にそういう話題を口にしたことはなかった。

「とにかく、応援してよね」
玲央奈は自分の言いたいことだけいい終えるとさっさと木陰から出ていってしまったのだった。

真由がキャミソール型の水着に着替えて出てきたとき、すでに他の3人は川の中に入っていた。

「真由!」
髪までずぶ濡れになった大翔が笑顔で手招きする。

真由はすぐに川辺に駆け寄り、水を手ですくって自分の体にかけた。