四肢に欠損のある、とある男を探しています。報酬は五百万円で

行方不明者についてのポスターですか?
知っていますよ。私もよくあそこを通りますから。
探されている人についてですか?
……心当たりがないと言ったら嘘になります。
身体欠損がある、両腕のない男の子を知っています。
でも、彼らは元々おかしかった。こうなるのも半ば必然のようなものだったんだと思います。
私は他の人より、『眼』が良かったんです。
霊感って言うんですかね。人には見えない、良くないもの全般がうっすらと見えてしまう。
行方不明者の彼は私の近所に住んでてよく私に挨拶をしてくれた子でした。
……私は挨拶こそ返しはするものの、目も合わせることができませんでしたが。
彼の身体からは常に黒い靄が立ち上っていました。
どす黒くて、強い瘴気のような。
主に彼の四肢や彼の『名前』からそれはよく見ることができました。
『名前』についてですか?そのままの意味ですよ。
彼の名前を呼ぶ、その人の口から黒い靄が出るようになる。
……それが怖くて私はあの子の名前を一度も呼んであげることができませんでした。
彼の名前ももう覚えていません。
彼に最後に会ったのは彼が高校生の時です。
いつも暗い顔をしていた彼の表情が少しずつ明るくなっているのに気がついた頃でした。
彼はある時期からなにかに塞ぎ込んでいて小学校に上がる前は明るかったのに、暗い性格になっちゃったみたいで。
そんな彼が高校生のある時を境に笑顔を取り戻すようになった姿を目にしました。
その後すぐ、彼は彼女らしい、可愛い女の子を家に何度か呼ぶようになって、一緒に帰ってくる二人をよく見かけるようになりました。
ただ……彼女を見た時、私は一瞬心臓が止まるかと思いましたよ。
「あ、彼と一緒だ」
そう思いました。
彼女の身体からもほんの少しですが彼と同じ靄が立ち上っていたんです。
もちろん、彼と比べたら微々たる量でしたが。
ただ、怖いのは、彼女と会う度にその靄が濃くなっていることでした。
要するにね、『移って』たんですよ。
インフルエンザとか、自分の病気が他の人にも感染して影響を与えるみたいに、その『瘴気』も同じだったんです。
私はこれはいけないと思って一度だけ彼女に話しかけたことがあります。
私には霊感があること、彼から出る靄について、それがあなたにも移っていること。
今思えば、変なことを言う、怪しい人でしたが、彼女は私の言うことを全て信じてくれました。
……ただ、本当に予想外だったのはこの後です。
私は彼女に「これ以上はあなたにも危険があるかもしれないから彼と関わるのは終わりにした方がいい」と忠告した時です。
恐怖で鬼気迫るような顔をしている私に対して、彼女はショックでも恐怖でも、ましてや変なことを言う私への怒りでもなく。彼女は照れるように頬を赤らめたんです。
「そうですか。えへへ」って。
訳の分からない私に彼女は「気を使ってくれてありがとうございます」「知っていますよ。でも、これでいいんです」と返して、彼の元へ帰っていきました。
……私は彼女に恐怖を覚えました。
霊障のある彼と狂っている彼女。
こんな二人が一緒に居るのかと戦慄さえ覚えました。
だから、この話はあまりしたくなかったんです。
その時以降、彼の家周辺の道を使うのも止めました。
あの時の彼女の狂った表情が未だに夢に出てきそうになるんですから。
行方不明者捜索のポスターですか?
知ってますよ!久しぶりに地元に帰ってきたら商店街に大量に貼られているものですから驚きました。
そうです!
高校生に上がって、一年生の夏に親が仕事の関係で引越ししたのについて行く形でここを出たんです。
その後もいくつか場所を転々としました。
私が高校生になったのを機に父が転職しまして、それで転勤族になっちゃったんですよね。
でもでも!生まれはここですし、高校生になるまではずっとここで暮らしてましたよ。
生まれも育ちもこの場所だって胸張って言えます!
行方不明者に心当たりがないか……ですか?
うーん……確かではないんですけど、一人だけなら。
私が転校する前までに片腕がない男の子がいましたよ。
その人とは幼稚園の時から知り合いで、その後も小中と転校するまでの高校までずっと同じ学校でした。
と、言っても仲良く話していたのはせいぜい小学生くらいまでですよ。
よくある話です。
中学生になって思春期に入ると、異性と仲良くするのが変みたいな空気が出てくるし、そのせいで話していると変な噂も広がるし、何よりお互いなんだか気恥ずかしくて徐々に距離ができていったんですよ。
実際、中学生に上がってからもほとんど喋ってないし、高校に上がってクラスも別だと最後に喋ったのなんて受験合格おめでとうって一言言い合った時くらいですよ?
まぁ、校内で度々目にする機会くらいはありましたけど。
でも、実際。なんだか彼、中学校に上がった時……というか、小学生高学年くらいの時から性格が変わったというか。
なんだか暗くて、静かな人に変わったんですよ。
なんて表現すればいいかなぁー。
エネルギーが枯渇してたみたいって言えばいいんですかね?
いつも、何に対しても、気力がない感じ。
それが、私たちが話さなくなるのに拍車をかけたかなって感じはします。
彼の名前ですか?
それくらい覚えてますよ!腐れ縁だとしても、十一年半一緒に居たんですよ?……って言いたかったんですけど。
彼の名前、忘れちゃったんですよね。
他の人と違ってそれなりに仲良かったと思うんだけどな……。
あ、失礼しました!まだお話があるんですよね?
学校の怪談に『身体欠損』が絡む話はあるか、ですか?
学校って、私が転校する前の、ここの『秘境』学校のことですよね?
あ、『秘境』って言うのはただの自虐ネタみたいなもので……って、知ってます?なら良かったです。
あぁ、その秘境での話ですね。
うーん、思い当たる話はないですね。
半年しかいなかったし、もう何年も前の話なので忘れているだけかもしれないですけど。
うちの学校、そういう系の話多かったので、一々覚えてられないってのもありましたけどね。
そういうのは現役の子達に聞いた方がいいかも。まだ残ってるかは分からないし、尾鰭がついてるかもしれないけど。
これで質問は終わりですか?
はい。こちらこそ、ご丁寧にありがとうございました。
……ちなみに、行方不明者の行方が分かったら私にも教えてくれませんか。
やっぱり、腐れ縁だとしても、知り合いが居なくなったかもと思うと後味が悪いといいますか。
彼じゃなかったらいいんですけどね。
私、彼の連絡先は持ってないし、彼自身、人と連絡先交換するような人じゃなかったしで、連絡できないんですよ。
だから、少し心配というか……。
え、ほんとですか!?ありがとうございます!
これ、私の名刺です。
全てが分かったあとでもいいので、連絡くれると嬉しいです。

『呪怨なるもの』
コウは村の人達に生贄として怪物が住むという洞窟に捧げられてしまった。
中に居た怪物は闇に紛れ、姿は見えず、ただ漠然とした恐怖のみがコウを襲う。
餞別にと父がこっそりと持たせてくれた札も意味は無く、巨大な怪物を前にしてはなんの効力も示さなかった。
「もうダメだ」
その感情がコウを支配した。
怪物は少年であるコウを見て、獲物が来たと言わんばかりにコウを暗闇の洞窟の中に閉じ込めた。
その気になったら何時でも食い殺せるぞと言われている気分だった。

………………

そして、ついにコウは完全に殺された。
出会ってからすぐに片腕を噛みちぎられた。
人生で一度も経験したことがないような痛みに襲われ、泣き叫んだが、コウは死ななかった。
死ねなかった。
怪物の力なのか、コウはどうな傷を負っても決して死ぬことはなく。ついには怪物に「お前が完全に死ぬ時は、俺がお前の全てを食べた時だ」と笑わる。
それからというもの、怪物の気まぐれに、コウは四肢をもがれた。残りの腕を、両の足を一本ずつ。
コウに対抗する術はなく、ただ、叫ぶ死体のように為されるがまま。
怪物は苦しむコウの姿を見て楽しむかのように食べ進めた。
コウの四肢が無くなり、心の光が全てが消えた頃、怪物は尋ねた。
「辛いか?」
コウはもう答える気力すら無かった。
だけど、今までの鬱憤を全て吐き出すかのように力を振り絞って言う。
「あぁ。辛いよ。痛いし、怖い。でもな、僕はお前を哀れに思うよ」
「なに?」
「お前は、人を食う限りはずっとこの暗闇の中に一人だ。永遠に」
「それがどうした」
「寂しかったんだろう?今まで僕を生かしてきたのもそういうことだ。お前は人を殺す限り永遠に一人なんだ」
怒り狂った怪物はついに、コウを地面に打ちつけ、跡形もなくこの世から消し去ってしまった。

作:佐倉景
これは、文芸部のみんなで話し合って処分しようとしていた本の一部です。最初のページと最後のページ。
うちの学校は冬休みに入る前は、各教室はもちろん、部活動に所属している人達は部室の大掃除をする決まりがありました。
年明け前後は学校は閉庁するので、冬休みに入る前に一年間の感謝を込めて掃除しろよってことですね。
教室の掃除は終業式の前に普段は授業をしている時間にやるんですけど、部室については部活動に入っていない生徒もいますから終業式の放課後にやるルールでした。
僕が一年生の時の終業式の日。
僕ら文芸部員が掃除をしに部室に集まって、掃除道具を持ってきてくれる部員と顧問が来るまで談笑して待っていると、受験勉強のために引退したはずの先輩が部室を尋ねてきました。
引退と言っても、文芸部なんて家でも活動できますし、なんなら共有の古びたパソコンが一つあるだけの部室に来ないだけで、執筆自体は続けてたと思いますが。
それで、その先輩が僕たちに「そこのスチーム書庫の掃除もしておいてくれないか」と言ってきました。
今までそんなことしたことなかったじゃないですかって二年の先輩が言ったんですけど、その三年の先輩は先輩の一個上の先輩。つまり僕らより四個上の代の先輩から突然連絡が来たのだという。
『スチーム書庫の中に恐ろしい本があるはずだからそれを顧問の先生に預けて欲しい』
要はその四つ上の代の先輩が恐怖で震え上がった本があるらしいからその本を顧問の先生にも見せてどういう反応するかみたいという連絡でした。
つまり、三年の先輩も先輩に振り回されているということでした。
しかし、私たちはそんなに恐ろしい本があるのなら顧問の先生にイタズラをする意味でそのお願いを了承しました。
その後、三年の先輩は勉強のために家に帰り、その三分後くらいに先生と掃除道具を持ってきてくれるはずだった子達が到着して掃除が開始されました。
顧問の先生には勘づかれないように自然な流れでスチーム書庫を掃除する流れをみんなで作り、その思惑通り、書庫の中身を全て出すことに成功しました。
中の清掃も程々に僕らはそれの中からどれがその本を探すようにスチーム書庫に並べていきました。
先輩は「見たら分かるから、らしい」と言っていて、全員がその曖昧な指示にイラつきを隠せていませんでしたが、実際の実物は「見たら分かり」ました。
古い冊子の間に綺麗な白の原稿用紙が紛れ込んでいたんですよ。
でも、中身を読んでも正直怖いとは言えず、今手元にあるのは最初と最後のページだけですが、全編通して読んでも理解はしずらかったし、なんか、初心者が頑張って書いたんだろうなって感じの小説でした。
これの何が怖いんだろうと思いながらも『先生に預けて欲しい』という言伝通り、その原稿用紙の束を先生に渡しました。
先生も最初は興味津々で読んでいました。
ここはいいね。とか。ここはもう少しこうしたら良かったよね。なんて批評もしながら。
なんだ、全然ビビってないじゃん。
そう思っていた時に、先生の口が止まったんです。
最後のページの作者の名前を見た時。
その後先生はなにかに取り憑かれたようにブツブツと独り言を言いながら、顔を青ざめさせていきました。
僕らはその先生の異変に気が付き、先生を部室の外に出し、数人で特に必要も無い掃除道具を先生と一緒に取りに行ってもらうように頼み、その間に残ったみんなで相談しあってこの原稿用紙を山を降りたところにある古紙回収所に廃棄することが決定しました。
さすがに先生のあの異様な様を見たあとでは廃棄の案に反対する人はいませんでした。
……僕を除いて。
だって、何故あんなに怯えているか知りたかったんです。
本物の小説っていうのは、文字のみで、人を感動させ、恐怖させ、熱狂させる。そういうものだと思っていましたから、そういう意味で僕にとってあの小説は「本物」でした。
あれだけ人の心を動かした本物をやすやすと捨てさせていいのかと内心ずっと思っていました。
その小説が持っていた意味を解明すれば、『本物が本物である所以』がわかる可能性がある。
そう思い、みんなの目を盗んで、最初と最後のベージだけになりましたが、引きちぎって、自分の手元に置きました。
まぁ、今考えれば、あの怯えようは絶対小説の中だけが理由ではなかったと、今では分かります。
……あの時の私は、プロの小説家になることに必死でしたから。
話すのがはばかれるので省略しますが、父が借金を残したまま蒸発したんです。
やばいところからの借金だったので、返さないと僕は学校を卒業出来なかったし、何よりまだ産まれたばかりの妹も危なかった。
だから、小説家として僕がたくさん稼いで借金を早く返そうとやっけになっていた時だったんです。
結局、僕は小説家になれないまま、僕のバイトと母の収入だけでは本当に生活ができない状況になって、父との結婚で半絶縁状態だった母の両親に助けてもらい、僕は学校を卒業。
今は祖父母の家で三人とも暮らせていますが。
すみません、最後は関係ない話でしたね。
この二枚のページはお譲りします。
もう、僕が持っていても意味がありませんから。
ここまでの情報を整理しよう。
上記に記したのは依頼されたポスターの男について、有力情報と見られるいくつかの聞き込みを文字に起こしたものである。
面白いことに、例のポスターを中心に聞き取りを行ったところ、行方不明である彼についての関連情報、そして依頼人、志崎詩音についての情報がいくつか確認することができた。
では、順序立てて見ていこう。

①ポスターについて
手紙の内容通り、ポスターは主に彼女の地元の商店街に貼られていました。
掲載されている内容は以下の通り。

・行方不明である男を探している
・行方不明者には身体に欠損がある(具体的にどこかという明記はなし)
・見つけた場合、報酬金を用意している。
・情報がある場合は記載の電話番号に電話して欲しい
・肝心な行方不明者の写真や似顔絵等は無い。

『電話は繋がったらしいんですけど、向こう側から聞こえる声はひび割れるような、ドスの効いた低い声で』(証言Aより抜粋)

また、上記と同じように例の電話番号にも自分でもかけてみたが繋がらなかった。

さらに、上に記載しなかったが、ポスターの件で聞き込みを続けていると、話を聞きつけた大学生の男の子が話したいことがある、と言って僕の元へ訪れた。
内容は、数ヶ月前から例のポスターを貼るアルバイトをしたことがある、とのこと。
日給は一万円。彼はこのバイトのせいで自分が何か重大な犯罪の片棒を担いでるのではないかと勘違いして、僕に話しかけてくれたようだった。
よくよく話を聞いてみると、彼の言っていたことはこうだ。

・ポスターを商店街に貼るバイトを日給一万円である。
・人にバレないように深夜や早朝に行う。
・ポスターは自宅に大量に送られてくる
・アルバイトを依頼した人について何も知らない
とのこと。

高額でわざわざ人を雇ってまでするということは、何か並々ならぬ思いがあったのか、自分ではできない理由があったのか。
また、ポスターをわざわざ商店街をターゲットにポスターを貼ったということについても、憶測として、地域の人達曰く、最近、この辺に大きなショッピングモールが立つ計画が進んでいるらしいのだが、そのせいで、商売敵となる商店街を邪魔と思っていたり、商店街が廃れるのを理由に、ショッピングモール開設に反対する住民もいるのを理由に、あのポスターは、嫌がらせや商店街の価値を下げる行為としてして実行されているという見解が共通認識らしい。
しかし、この場合は依頼人の志崎詩音がポスターに書かれた男を探していると依頼を送ってきたことに疑問が残る。
そのため、ポスターが商店街にのみ貼られる理由はそのせいではないと断定しておく。

②呪いの本について
身体欠損のある男の情報に関連して、『秘境』と揶揄される⬛︎⬛︎高等学校(一部伏字使用)にて、怪談『呪いの本』の存在について確認できた。
しかし、その話は一部疑問が残る。
【証言B】で、噂の発端は『秘境』の文芸部顧問の先生であることが分かった。
しかし、彼自身、なぜその小説の作者の名前を見て怯えたのか分からないという。
また、さらにおかしいのは先生が彼の名前を覚えていないこと。
怪談となって語られるほどに、先生の怯えようは異常だったはず。【証言G】でも当時の生徒がそう言及している。
それだけ強烈な思い出のはずなのに名前は忘れた。というのはさすがに疑問が残る。

『スチーム書庫の中に恐ろしい本があるはずだからそれを顧問の先生に預けて欲しい』(証言Gより抜粋)

上記でも言及された通り、□□期生(個人特定を防ぐため、伏字を使用)のとある人物が『先生に渡して欲しい』と言っていたことが分かり、その人の予想通りに先生は怯えている。
私はこのことが仕掛け人と先生が仕組んだように思えてならない。
あまりにも話が上手く行き過ぎている。

またその内容についても、四肢が無くなり、名前を忘れられてしまうという呪いの性質を示しているかのような文章が見られる。

『怪物の気まぐれに、コウは四肢をもがれた』

『怒り狂った怪物はついに、コウを地面に打ちつけ、跡形もなくこの世から消し去ってしまった』(呪いの本より抜粋)

この小説の作者が本当に、原稿用紙に書かれていた通りで、あれがペンネームではなく、本名なら『佐倉景』こそが行方不明者なのではないかと、予想がつく。


③依頼人、志崎詩音について
僕はまず、彼女の地元についたから、手紙に書いてあった差出人の住所に訪れたが、そこは既にもぬけの殻だった。
不動産に確認してみたところ、既に志崎詩音は引っ越していたとのこと。
現時点での、志崎詩音の居場所についての情報は無い。

『仕事の休憩時間に合わせてカフェで待ち合わせして来てもらいました』(証言Cより抜粋)

しかし、【証言C】で、急な予定にも対応できていることから、この近くに住んでいるのではないかと予想できる。
また、彼女自身にも四肢に欠損があることが分かった。
このことについては後で触れようと思う。
彼女は『秘境』出身で、行方不明の彼とは同級生かつ、かなり親しい仲だったようだ。
親友を探している、という理由なら、探偵に人探しを依頼する理由としては確かに納得はできる。
話を聞く限り、彼女自身も行方不明者への捜査に乗り出しているようだ。

④霊感について
上記には、志崎詩音と行方不明者の彼には現代科学では証明できない分野の、いわゆるオカルトや心霊に関わる発言も見られた。
僕自身、心霊系には半ば懐疑的だ。
しかし、彼らの言っていたことは確かに筋が通っていた。
四肢が欠損する呪い。
行方不明者と志崎詩音には身体欠損があったようだが、話を聞く限り、みんなの発言には矛盾が生じているのが分かる。

『四肢がないのに、どうやって手書きで文字を書くのかって話ですよ』(証言Bより抜粋)

『志崎には両腕が無いはずなのに……』(証言Cより抜粋)

四肢を切り落とす必要のある病気というのは確かに存在する。
悪性腫瘍や抹消循環障害、他にも糖尿病や動脈硬化など。
身体欠損というだけならば、それらの病気を疑う余地があった。
しかし、それぞれの記憶の矛盾は他にもある。
彼らの四肢は段階的に無くなっているのに、上記の話だけでも分かるように、なぜか、みんな、欠損具合に大小はあるものの、例えば彼らは昔から四肢がない、両腕が無いと信じて疑わない。
その異様な光景に、人智を超えた何かを疑ってしまいそうになる。
さらに、特徴とすべきは行方不明者の彼の名前である。
誰も、その名前を覚えていないのだ。
彼と親しくしていたという志崎詩音も、彼の名前を見て怯えていたという【証言B】の先生。幼なじみである証言Fの同級生。名前を覚えていて然るべき人達がまるで記憶喪失のように彼の名前だけを忘れている。

『主に彼の四肢や彼の『名前』からそれはよく見ることができました』(証言Eより抜粋)

【証言E】で話にでてきた黒い靄が、証言【証言D】で言われていた呪いなのだとしたら、辻褄が合うような気もする。
また、志崎詩音についても、四肢の欠損が見られたり、【証言C】にて、名前を忘れかけられている様子から見るに、もう既に、深刻なまでに呪いの手が回ってきているのではないかと考えられる。

ここまで来て、僕の中であるひとつの仮説が立った。
それは、この依頼とポスターなどの怪奇現象は全て志崎詩音本人による工作なのではないかと言うことである。
考えてみると成立はする。
元々、彼女は行方不明者について、高校生時代、ずっと二人で過ごしていたことや彼について熱心に捜索を続けていることなど、強い執着が見られていた。
ポスターについても、彼女が貼り始めたものが段階的な身体欠損により自力で行えなくなり、バイトを雇ったと考えれば辻褄が合うし、電話越しの男性の声も、ボイスチェンジャーの使用で解決できる。呪いの小説も文芸部員にスチーム書庫を探すように支持したのは志崎詩音なのではないかと疑い始めている。
その証拠に、志崎詩音は【証言G】の彼の四歳年上。
こちらも話に矛盾が生じない。

『彼女、僕との別れ際に「私と同じように彼のことを聞いてくる人がいたら渡して欲しい」って言って封筒を置いていったんですよ』(証言Cより抜粋)

そして、それを疑い始めた理由の最たるものは、【証言C】の彼から貰った封筒である。
これが僕の手に渡ったことは、志崎詩音が僕がここまで捜査に来ることまで見越し、事前に入念なシュミレーションをした結果であると言える。
そうでなければ、依頼書を出すよりも前にあの封筒を彼に渡すわけが無い。
以上によって、僕の中では、志崎詩音がこの事件の全ての鍵を握っていると解釈し、僕はポスターに書かれた行方不明者の彼よりも先に、志崎詩音本人を探すことにした。

そして、それを見透かされたように、その封筒の中身は志崎詩音に大きく近づくためのものが入っていた。
「姉について、ですね。……本当に来るとは。どうぞ、中へ」
案内されるままに家の中へお邪魔させていただく。
志崎詩音が同級生に渡していた封筒の中身は、志崎詩音の実家の住所が書かれた紙だった。
「姉はもうずっと帰ってきていませんが」
家へ行くと志崎詩音は居らず、代わりに志崎詩音の妹、高校生の志崎菜沙(なずな)さんが僕を出迎えてくれた。
白のニット服に黒のプリーツスカパン。綺麗な黒髪ロングヘアで可愛らしい女の子だが、その固い表情に思わずこちらも萎縮してしまう。
「……すみません。表情が固いのは昔からなので、あまり気にしないでくれると助かります」
「そうでしたか」
態度に出てしまっていただろうか……。気をつけよう。
「それで姉について聞きたいんですよね?できれば、母と父が帰ってくる前に話を済ませたいのでなるべく手早にお願いします」
「そうでしたか……それは失礼しました」
僕はなにか失礼なことをしただろうか。
態度が冷たい気が……。
「……すみません。母と父は姉のことをよく思っていないので、二人に姉の話を聞かすのは避けたいと言う意味です」
「なるほど……」
「それと、私の口調がこんななのも、元からですから。別に怒っているわけではありません」
「はぁ、なるほど」
「……私もあなたほど、思っていることが顔に出るような性格なら良かったんですけどね」
「え?!……それは大変失礼しました」
「いえ、その方がこちらもやりやすいので」
掴みどころのない人だ。
こちらの全てを見透かされている気がする。
「それでは……。さっきご両親から詩音さんは嫌われていると言っていましたがそれは何か理由が?」
「それは――」
――それはお姉ちゃんの趣味に原因があったんです。
お姉ちゃんは行き過ぎたオカルト趣味で、母と父はそれをよく思っていませんでした。気味の悪い子だ、と。
二人とお姉ちゃんの仲は犬猿の仲で、趣味を曲げないお姉ちゃんとお姉ちゃんに理想の娘でいて欲しい二人という構図でした。
お姉ちゃんは外見だけでいえば、モデルさんと遜色のない程でしたから。
母はよく「黙ってさえいれば」「残念美人だ」なんて言っていました。
今は私たちとお姉ちゃんは別居しています。というか、お姉ちゃんは母と父に縁を切られてしまったので。
原因はお姉ちゃんの趣味ではなく、お姉ちゃんが大学に行かなくなってしまったことが原因です。
お姉ちゃんは地元の国立大学に入学して、その後、地元とは言ってもこの辺は田舎の辺境ですから、高校卒業と同時に、大学が近い都心部で一人暮らしをし始めました。まぁ、一人暮らしの件は両親を半ば無理やり説得していたようですが。
しかし結局、お姉ちゃんは大学に行かなくなってしまったみたいです。元々お姉ちゃんは大学に進学するつもりはなく、両親に無理やり入学させられたようなものだったのでモチベーションが無かったといえば無かったわけなのですが……。
……確定した事実以外を喋るのは苦手なのですが、お姉ちゃんが学校に行かなくなった理由は他にあると思っています。
あくまで違うと思っているだけですが。他に具体的な理由はありません。
……お姉ちゃんに限って、「環境の変化に慣れなかった」などは無いと思います。お姉ちゃん、引っ越す前の学校では、かなり他の人に嫌厭されていましたが、それを気にしている様子は見たことがないので。
オカルト趣味もそうですが、お姉ちゃんは昔からかなり頭が良かったんですよ。ギフテッドって言うんですかね?それの傾向があった。だから、他の人からは距離を取られていたようです。ですが、お姉ちゃんがそれらの人たちを気にしていた素振りを見たことが私は一度もありませんし、他の人から見てもそうだったと思います。まるで、私たちとはどこか、違うところをずっと見ているような、そんな存在でした。
お姉ちゃんは人の目を気にして、駄目になるような存在ではありません。
……ただ一つ心当たりがあるとするならば、お姉ちゃんが『友達』と呼んでいた同級生のことです。
その人の四肢に欠損があるかどうかは知りません。
会ったことはありませんから。ただ、お姉ちゃんの話によくでてきた人です。
それと、お姉ちゃんにも四肢に欠損はありませんよ。
私の記憶の限りは、ですけど。
話が逸れましたね。お姉ちゃんはここへ引っ越してきた、高校一年生の夏から、毎日のようにその人の元へ通っていたと思います。
彼のことを話すお姉ちゃんは、いつも眩しいほどの笑顔だった。
……でも、それがいつしか疲弊したような表情に変わっていった。
思い悩むような顔をすることが増えていたようでしたし、原因があるとするならば、こちらの方だと思っています。
お姉ちゃんと会わないのか、ですか?
……会えるなら会いたいですよ。
私は、お姉ちゃんことが大好きでしたから。
お姉ちゃんの影に隠れていたから、母や父は気にしていませんが、私も相当な変わり者です。
表情も固いし、意思表示も苦手だし。
でも、そんな私のことを大事にしてくれた、ずっと一緒にいてくれたお姉ちゃんのことが私は好きでした。
ですが、お姉ちゃんは私ではなく、彼を選んだ。
きっともう、私の元へ帰ってくることは無いと思います。
……それですか?ここに引っ越してきた時の、高校一年生のお姉ちゃんと小学六年生の私のツーショットですね。
もう、五年も前のものになります。
その写真が、私たち二人が写った最後の写真なんですよ。
だから、それをずっと大事に飾ってます。
そばにあるのは、髪ゴムですよ。
今は少し色褪せてますけど、前までは綺麗なラベンダー色の、鮮やかな紫色の髪ゴムだったんですよ。
それは二個入りのゴムで、一つはそれ、もう一つはお姉ちゃんが持っています。
私が無理やりお姉ちゃんに渡したんですよ。
お姉ちゃんが友人とばかりいるようになってしまった私の嫉妬心を込めた贈り物です。
……お姉ちゃんが私の元に帰ってくることはありませんでしたが。
それから探偵さん。
これをお姉ちゃんから預かっています。
……お姉ちゃんのこと。よろしくお願いしますね。
ここでもう一度、情報を整理しようと思う。
①志崎詩音について
志崎詩音はオカルト趣味を持っている。このことについてはもう疑いようがない。

『それに彼女、オカルト趣味?みたいなのがあったみたいで、教室でも雑誌広げてて、他の人に敬遠されてた覚えがあります。』(証言Cより抜粋)

さらに志崎菜沙の証言によってそれは確たるものになった。

また、志崎菜沙が言っていた『友達』というのは志崎詩音には多くの友達がいなかったことや、ずっと一緒に居るなどの情報から、恐らく行方不明者のことだろうと推測できる。

では、ここで疑問が浮かぶのは彼女がなにかに思い悩み、塞ぎ込んでいたということ。

『……でも、それがいつしか疲弊したような表情に変わっていった』

『思い悩むような顔をすることが増えていたようでした』(両方とも 証言 志崎菜沙 より抜粋)

前のことを踏まえて考えるのであれば、それはきっと呪いについてだろう。
呪いが段階的に四肢を失わせていくものだとしたら、行方不明者と志崎詩音の身体は徐々に呪いに蝕まれていっているのだから、その理由も納得がいく。
さらに言えば、まだ志崎菜沙と志崎詩音が交流のあった頃は、志崎詩音は四肢に異常がないことが分かる。

『それと、お姉ちゃんにも四肢に欠損はありませんよ。私の記憶の限りは、ですけど』(証言志崎菜沙より抜粋)

志崎詩音が呪いのことで思い詰めていたのだとしたら、それは例の行方不明者――友達についてのことだ。
もしかしたら、志崎詩音は友達の呪いに何かしようとしていたのかもしれない。

また、以下は志崎菜沙から聞いた志崎家が引っ越す前の志崎詩音の友人に彼女について、聞き込みを行った時の会話の一部を文字に起こしたものである。

【会話①】
志崎詩音さんですか?……小中学校と一緒でしたが、確かに彼女は他の人たちから嫌厭されていましたね。
私たちの周りには彼女のオカルト趣味を肯定してあげられる人も居なかった上、彼女は頭もよく、あまり進んで人と会話する性格でもなかっんたので、気取っていると思われていました。

【会話B】
誰があんな化け物とつるむのよ。
あの女は、自分の興味のために、夜な夜な一人で廃墟に忍び込むような奴よ。誰も、彼女を理解できやしないわよ。

【会話C】
彼女は心霊が好きでしたが、自分には霊感がないから、この身で心霊現象を体験しないと信じれないというタイプの人でした。それが、危険な事だと分かっていたとしても、です。かなりの変わり者だったと思いますよ。

そして呪われた彼女について、彼女はもうこの世にはいないかもしれない。
志崎家を出る前に、荷物を用意していると、志崎菜沙が紹介したツーショット写真が目に入った。
しかしそれは、姉妹揃ってのツーショット写真のはずが、志崎菜沙一人が立っているだけの写真へと変わっていた。
もしかしたら。彼女はもう……。

②行方不明者(『佐倉景』)について
行方不明者(ここでは「彼」と統一させてもらう)についてもある程度の人物像ができてきた。

『彼はあまり人と活発に関わる性格ではなかったので』(証言Cより抜粋)

『いつも暗い顔をしていた彼の表情が少しずつ明るくなっているのに気がついた頃でした』(証言Eより抜粋)

『なんだか暗くて、静かな人に変わったんですよ』(証言Fより抜粋)

これらの証言により彼の性格についてある程度分かってくる。
時系列順で追うと、彼は小学生高学年の時に明るい性格から暗い性格に変わってしまったようだ。
もちろん、自己形成の途中である思春期特有の性格の変化であったとすることもできるが、これは呪いのせいだと認識することもできる。
むしろ、そっちの方がしっくりとくる。
彼は高校生のある時期から元の明るい性格へと戻っていく。
それは志崎詩音と彼が出会った頃と同時期だ。
志崎詩音は彼の呪いをどうにかしようと動いていたならば、呪いによって歪められた性格が希望によって元の形に戻っていったのにも合点がいく。

③呪いについて
今のところ分かっていることは以下の通りだ。

・四肢に段階的な欠損を引き起こす。
・四肢の欠損について、他人の認識に作用する
・被呪者の名前に作用し、他人に自分の名前を忘れさせる
・ある一定の条件下で他人に移る

一つ目は言うまでもないが、二つ目の、他人の認識に左右する、というのは、 両手がないのに車椅子を押していた記憶があったり、文字を手書きで書いていた記憶があることなど、記憶の矛盾についてのことだ。
三つ目の名前については、彼の名前を誰も覚えていないことについてである。
そして四つ目、呪いが他人に移ることについて。

『私は自分を守るために、彼を見捨ててしまった』(証言Dより抜粋)

『彼女の身体からもほんの少しですが彼と同じ靄が立ち上っていたんです』(証言Eより抜粋)

これらの証言により、呪いは他人に移る性質を持っているのだろうと考察した。
「ある条件下」としたのは、風邪のようにすぐに移してしまうようなものならば、呪いの存在を認知していながら学校なんて来ていないだろうと予想できる。
また、もし、すぐに移ってしまうようなものなら、僕が今までインタビューしてきた人達に四肢に欠損がある人がいないのはおかしいと判断した。
しかし、「ある条件」には、他人との物理的、または心理的距離が関係あると考えられる。
理由として、志崎詩音が妹仲の良かったと会わなくなったことや、彼が人との接触を避けて生きてきた点にある。
さらに言えば、黒い靄が移っていると言われた志崎詩音は「知っている」と答えたことから、彼と志崎詩音はある程度の呪いの情報を握っていたことも把握できた。

しかし、志崎詩音の行動理由が未だ謎のままである。
オカルト趣味はいいが、呪いを受け入れることに同意してまで、彼と一緒にいる理由は何なのだろうか。
その答えの鍵は、志崎菜沙さんから受け取った封筒の中に隠されていた。
菜沙さんから渡された封筒の中身はまたも、住所書かれた紙だった。今度は鍵も同封されていたが。
例の住所は商店街近くのマンションの一室だった。
オートロック付きでセキュリティとしっかりしていたマンションだったので、入るのに少し緊張した。
「お邪魔します」
鍵を差し込み、部屋の中に入ったものの、返事はなく、電気は全て消えていた。
廊下を歩いていくと、左右に部屋が一つずつ。
さて、女性の部屋を勝手に覗いてもいいものか……。
思案してみた結果、鍵も渡された上に、本人に調査の依頼を受けているのだから、やるしかないでしょ。という考えに至ったので扉を開けることにした。
右手側の扉の向こうは寝室だった。
部屋の中にはベッドがあるだけ。そのベッドも枕も白で統一されていて、どこか病院の入院室を思い出す。
一部屋にベッド一つしかないので、その分だいぶ広く感じる。
特に探るような所もないので部屋を出て、今度は左にあった部屋へと進む。
「これは……」
天井から吊るされた、輪っかの作られたロープ。その真下には倒れている椅子。
まるで自殺現場を見ているようだった。
「死体がないのだけが幸いか」
周りも見てみるも、先程の寝室同様、ロープと明日以外は何も無い。
志崎詩音はミニマリストなのだろうか?
部屋を出て、突き当たりの扉を開けるとそこは広々としたリビングだった。
さすがにリビングには生活感が出ていて安心した。
リビングの横には部屋どうしが繋がるような形でパソコンが置かれた作業部屋のような場所を見つけた。
パソコンの横には写真立てと、髪ゴム、ストローの刺さったペットボトルなどを見つけた。
写真立てに飾られた写真は学校の窓際で撮った写真のようで、風がカーテンを揺らす風景が撮られていた。
しかし、そのアングルはカーテンや窓を主役として撮っている構図には見えず、まるで僕には見えない何かを撮っているように思えた。
その隣に置いてある髪ゴムは菜沙さんの言っていた、ラベンダー色の髪ゴム。
これを見て、志崎詩音は会わないなどと言っておきながら、なんだかんだ妹のことが好きだったんだなと胸がじんわりとした。
ペットボトルについても特に違和感はないようにおもえるが、呪いについてのこともある、もしかしたら志崎詩音は既に両腕が満足に使えず、わざわざストローをさしているのかもという考察もできる。
リビングの方へ戻り、テーブルの上を見ると、あるものが目に留まる。
机の上に置かれた一冊の冊子と、分厚い封筒と薄い封筒。
まずは分厚い封筒を開けると、中には一万円の札束が入っていた。
おそらく、五百万円ほど。
驚いたまま、薄い封筒を開けると、それは志崎詩音が書いたのだろう手紙――遺書が見つかった。