四肢に欠損のある、とある男を探しています。報酬は五百万円で

『四肢に欠損のある、とある男を探しています。成功報酬は五百万円で』
その旨の内容が書かれた封筒が、今朝僕の営む探偵事務所に送られてきた。
この事務所は、数年前のとある事件からそこそこ有名になった。
警察ですら捜索が難航していた当時六歳の女の子を一人の探偵が発見したという事件だ。
その探偵というのが僕な訳だが。
もちろん、この事件の背後には多くの動きがあった。
例えば、実は警察の捜索と同時で、女児の母親が僕の事務所に捜索を依頼をしていたとか、僕の従兄弟が警察官で事件や捜査の内容を共有してもらっていたとか、県外から観光のために来ていた知り合いが、偶然その女児を見ていたとか。
そんな偶然やミラクルが重なりに重なった結果、警察よりも先に行方不明者を見つけることに至った。
しかし、そのことがニュースなどの各種メディアに取り上げられた結果、僕の事務所には数々の依頼が殺到するようになった。
この事務所の従業員は僕しか居ないというのに。
いくつかの依頼はこなしたが、そもそも僕の元に送られてきた案件のほとんどは他の大手事務所や有名事務所が依頼を完遂できなかったり、匙を投げたものばかりで、それを僕一人で成し遂げられる訳もなく、次第に仕事も減ってきていた中のことだった。
手紙の差出人は『志崎詩音』さん。
いかにも怪しい、イタズラとも思えるその封筒の中の手紙には依頼人の電話番号など、追加で連絡できるものはなく、さらにもっと怪しいのは、行方不明者である『四肢に欠損のある男』の名前がどこにも見当たらない。
成功報酬の五百万円も相場の数十倍だ。
手紙を読み進めていると、探している彼についての話が書かれてある。
『彼は私がずっと探している人です。今までは私一人でずっと探していたのですが、ある日から私の周りで異変が起きるようになりました。私の住んでる町の商店街に「四肢に欠損のある男を探しています」と書かれポスターが貼られるようになりました。何度剥がしても何度剥がしても、翌朝には新しいポスターが貼られているそうです。他にも、四肢に欠損のある男――彼についての話は後を絶たず、彼を早く見つけてこの状況を解決したいのです』
差出人からは相当切羽詰まった様子が感じられる。
手紙はパソコンから印刷されたような、書面のようなものだった。
それと一緒に入っていたのは、現金三十万円。
この前金ですら既に相場にして依頼完遂の報酬並の金額である。
如何にも怪しいが、そろそろ依頼も来なくなり生活も苦しくなっていた。
さらに前金まで送られては、こちらもやる気が起きる。
少しばかりの好奇心と不安と恐怖と共に、僕は事務所を出て、手紙に書いてある彼女の地元へ四肢に欠損のある男を探しに行くことにした。
謎の行方不明者のポスターでしょ?!
俺もそれ知ってますよ。てか、今うちの高校全体で話題になってますよ!
だって、おかしくないですか?
人探してるのにその人の名前を書いてないなんて。
それだけなら誰かのイタズラかなって思って終わりなんですけど、その人についての特徴で『四肢に欠損がある』なんて書いてあるから、イタズラにしてはちょっと気味悪いというか、悪趣味というか……。
それに、そのポスターには『心当たりのある方はここに』って電話番号が書かれてあるんですけど、それに悪ふざけで電話をした人が他校に居たみたいなんですよ。
で、その人どうなったと思います?
電話は繋がったらしいんですけど、向こう側から聞こえる声はひび割れるような、ドスの効いた低い声で、電話した奴はすぐに電話を切ったけどしばらく怯えてたとか。
「悪魔が出たんだ」なんて言ってたらしいですよ。
それのせいでそのポスターは僕の学校では一種の怪談扱いですよ。
え?あ、そうです。学校の怪談の怪談です。
まぁ、実際にポスターが貼られてたのは人目のつく商店街とかその付近の電柱とかなので、正確には「学校の」では無いんですけどね。
うちの学校、何故かオリジナルの怪談が多いんですよ。
俺たちの代は違うんですけど、ちょっと前まではスマホが使えない学校だったらしくて……あっ、校則で使えないとかではなくて、使うことがほぼ不可能って意味なんです。
うちの学校、山奥にあるせいで圏外になっちゃんうですよ。
使えるとしたら、職員室にあるパソコンくらいですかね?
おかげでうちの学校、他校の人から『秘境』とかって言われてるんですよ〜。
あ、すみません。脱線しましたね。
それで、昔の代の先輩達が暇つぶしに作った話が受け継がれてて、そのせいで多くの噂話が乱立してるっていう説があります。
その真偽はこっちの知ったことではないですけど。
『四肢の欠損』が関わる怪談ですか?
えー、なんだろうな?
まず、今回のポスターの件でしょう?
……あ!思い出した!
『呪いの本』ですよ!
うちの学校には文芸部があるんですけど。
あ、文芸部って分かりますか?なんか小説とか俳句とか書いてる部活らしいんですけど……あ、知ってますか。
それで、昔。文芸部の部室には一人の部員の短編小説を収録した手書きの薄い本が見つかったらしいんですよ。
その本の内容自体は別に普通の、ホラー小説だったらしいんですけど、その作者は両腕がない人だったらしくて、この本はどうやって作ったんだろう……。って話なんですけど。
そう!そうなんですよ!普通、名前が作者なだけで、誰かが代筆したんだろうって思いますよね?!
俺も最初聞いた時そう思ったんですよ。別に怖くもなんともない普通のことじゃないか?って。
怪談なんて言われて聞かされたからそれを聞いてすごいガッカリしたのを覚えています。
その本の実物ですか?
さぁ?俺も話を聞いただけなのでなんとも。
そもそも実物が存在するのかどうかも分かりませんし。
ただ、その怪談ではその本は気味が悪いから処分されたって話でしたよ。
……なんか全然力になれなくて申し訳ないです。
いえ、なんかあったらまた呼んでください。
取材、頑張ってくださいね。
行方不明者のポスターですね……。
あそこは生徒の通学路になるので我が校の方でも悪質なイタズラとして警察と動いています。
でも、なんの証拠も得られなくて今はまだ何も分からずじまいです。
早く生徒たちに安心して登校してもらえるように努めているんですがね。
『呪いの本』ですか?
あぁ〜、あれのことですね。
正直、その話はあんまりしたくないのですが。
……分かりました。遥々ここまで来てくださったんだし、話しましょう。
ただし、僕自身も自分で何を言っているのか分からない。という心情で話しているということだけは念頭に置いて欲しいです。
何から話しましょうか。まず、『呪いの本』は実際に実在する……いや、正確には『した』本と言った方が正しいですね。
結果から言ってしまうとその噂話は実話なんですよ。
しかもここ二、三年程の前の。
結構最近でしょう?
その代の先生方はご年配の方が多く、僕のようにこの学校に残っている先生も少ないので、今この学校にいる先生の中で、この話を最初から最後まできちんと全部把握しているのは僕くらいなものでしょう。
僕は当時、その文芸部の顧問をしていたんですよ。
こう見えても国語科を担当していますので。
『呪いの本』を見つけたのは当時の部員達と冬休みに入る前の大掃除をした時です。
うちの部室には代々発行している部誌や他校さんから頂いた部誌、余った部費で買った本なんかを収納してるスチーム書庫があるんですよ。
結構奥行があるやつで、奥に本が二、三冊程入るものなんですけど。
そこをある綺麗好き……というか、やるなら徹底してやらないと気が済まないという性格の部員が長らく部誌を追加で収納していくだけの書庫をひっくり返して掃除しようと提案しまして。
僕は正直、内心で「まじか……」なんて思ってたんですけど、部員達は意外と乗り気で、もしかしたらすごい本が入っているかもなんていうお宝探しの感覚だったのでしょう。
部室の中央にある向かいあわせの長机に次々と本が積まれていき、全ての本を出し終え、棚を雑巾で拭いたあと、本を戻す作業をみんなで開始した時です。
書庫の本にはやっぱりみんなが期待していたようなお宝はなく、奥の方には色褪せた過去の先輩が作ったり、頂いたりしたのであろう部誌がたくさん並べてあるだけでした。
しかし、本棚に部誌を並べ直している時にとある生徒の手が止まりました。
一番奥にあった本を戻していると並べている部誌の中で、一際明るい白色の冊子を見つけたそうなんです。
さっきも言ったんですけど、昔の本はもうとっくに色褪せていますから、その中で明るい色をしているということはそれは比較的最近に作られた部誌だということです。
部誌といっても、それは表紙もない、ただの原稿用紙に手書きの文字が書いてあり、それを二つ折りにしてホッチキスでとめただけのようなものでしたが。
見つけた部員は好奇心でみんなを呼んで、まるでお宝を見つけたようにその本を見せつけ、全員の前でその本を開きました。
原稿用紙の上の字は汚くもなく、特別綺麗な訳でもない、筆圧の少し濃い男性が書いたような字でした。
小説の中身自体もなんの変哲もなく、可もなく不可もないようなホラー小説でした。
もっと磨けばもっといいものになりそうな感じの小説。
筋の良い初心者が書いたみたいな初々しさもありました。
ただ、問題は小説の最後に書かれた作者の名前ですよ。
その名前の子は四肢が無い男の子でした。
でも、何故か僕はそれが当然のようにその字は『その子の字だ』と認識しました。
何を言っているかわからないでょう?
四肢がないのに、どうやって手書きで文字を書くのかって話ですよ。
普通なら第三者が彼の脳内にある物語を代筆したと考えるのが妥当です。
でも、本当に自分でも分からないんですが、なぜか、私はあの筆跡は彼のものだと認識して、事実を思い返してなお、その認識は私の頭から離れませんでした。
三年生はもう引退してましたから当時の部員たちは彼の四、五歳下の代。
誰も彼について知らなかったから、僕の怯えようが異様に映ったのでしょう。
それがいつしか怪談となりました。
その冊子ですか?
申し訳ありませんが、あれは当時の部員達が怯える私に気を使って処分してしまったのですよ。
もう、どこにも残っていません。
……すみません、彼の名前ももう覚えていないです。
もう、何十年もこの学校で生徒たちを送り出していますから。
……でも、不思議ですね。あんなことがあったなら僕は一生彼の名前を頭から離れなくなってもおかしくないのに、忘れているなんて。
歳なんですかね?(笑)
でも、四肢がない彼はいつもとある生徒といつも一緒に行動していたのは覚えていますよ。
隻腕の綺麗な女の子だった覚えがありますね。
確か、四肢に欠損がある同級生がいましたよ。
なんなら、その片方には数年前に会いましたよ。
そうです。身体に欠損がある人でしょう?
二人いましたよ。
男女で一人ずつ。
俺が前に会ったのは女の方ですね。
会えるかって聞かれて、その頃はまだ仕事も忙しくて、仕事の休憩時間に合わせてカフェで待ち合わせして来てもらいました。
そういえば、その時もあなたと似たような質問をされたな。
「四肢に欠損のあった男の子のことを覚えているか?」って。
俺とそいつは中学校から同じで、何かと話すことが多かったので俺を訪ねたんでしょう。
俺の記憶だと、その女の方があいつと仲が良かったから、今更俺の話を聞いてもなぁ……とか思いつつ、昔の思い出を少しだけ語りました。
そいつの名前ですか?
友達ですよ。そりゃ覚えてますよ……と言いたいところなんですけど、何故かその友達の名前が思い出せないんですよ。
その女の人と話した時も同じ状況でした。
二人ともそいつの名前が出てこない。
俺、高校の同級生の名前は全員覚えてたはずなんですけどね。
それに……ほら、なんというか……不謹慎ですけど、特徴がある分、名前が忘れられないっていう方がありそうなのに。
すみませんね、力になれそうになくて。
そうですか?そう言ってもらえると助かります。
女の子の方ですか。
名前は確か……あ、思い出した!志崎詩音って名前です。
彼女の名前まで忘れていたらどうしようかと思いますた。思い出せてよかった。
それで、今のでもう一つ思い出したことがあるんですよ。
彼女、僕との別れ際に「私と同じように彼のことを聞いてくる人がいたら渡して欲しい」って言って封筒を置いていったんですよ。
これなんですけど。
中身ですか?僕にもわからないです。
彼女は「その人はきっと分かるはずだから」って。
それに、彼女から中身は見ないように言われてたんで見てもないです。
こう見えて、僕は律儀なので。
いつでも渡せるように持ち歩いてて良かったです。
どうぞ。
彼女と彼の関係ですか?
誰がどう見ても仲良かったと思いますよ。
彼女は転校生だったんですけど、転校してすぐに彼とは打ち解けてて翌日からはずっと二人で一緒にいた気がします。
彼はあまり人と活発に関わる性格ではなかったので、あの二人がくっついたのは正直意外でした。
志崎さんの方は「可愛い転校生が来た」なんて噂になってたのに、もう男とくっついてるものだから色々言われてましたけど、二人はなんともない顔をしてましたね。
二人の世界があるみたいな。
なんだか羨ましいかったのを覚えています。
俺は人の目をよく気にしてしまうので、我が道を行くあの二人が特別に見えてたんですよ。
それに彼女、オカルト趣味?みたいなのがあったみたいで、教室でも雑誌広げてて、他の人に嫌厭されてた覚えがあります。
そのせいで、変な噂が流れたり、嫌な奴からはなんかされてたみたいですけど、彼女はそれを少しも気に止めてなかった様子でした。
まるで、視界の隅に映る小蝿みたいな。
心の広さが違ったんでしょうね。
移動教室がある時も彼女は彼の車椅子をいっつも押して移動してて、それを彼女はちっとも苦じゃないみたいな顔をしているところに器の広さを……。
……あれ?待って、いや、なんで?
確かに、志崎が彼の車椅子を毎回押してた……。
俺の記憶に間違いはないはず……。
あれ……。
志崎には両腕が無いはずなのに……。
………………。
……すみません。なんか俺、色んな記憶がごっちゃになってて、当時の記憶をそのまんま思い出せてないみたいです。
あんまり俺の話は信用しないでおいてください。
あ、でも、その封筒が彼女からのものだというのは確かです。
俺は何も手を加えてません。
もっとも、中を見たとしても俺にはそれの持つ意味は分からなかったと思いますけど。
彼女はいつも、何を考えているのかよく分からない人でしたから。
ポスターで探されている人の心当たりですか?
……はぁ、ありますよ。あんまり話したくはありませんがね。
残念ながら、彼の名前は覚えていません。
みんなそう言う?
そうでしょうね。だって、そういうものですから。
どういうことか、ですか?
すみませんがあまり詳しいことは言えません。
よく怖い話をしている時とかに言われませんか?「その話をしていると、本物が寄ってくる」って。
お坊さんなんて職業でいると、そういうのに敏感になってしまいまして……。
まぁ、少なくとも彼らの場合は幽霊なんて生易しいものではありませんけどね。
その全容は私でも計り知れません。
彼との関係ですか?
初めて会ったのは彼の父が捨てられていた死にかけの赤ちゃんをこの寺院に大慌てで連れてきた時でした。
それから彼の父とは数回だけ話した程度の仲です。
それから数年の月日が経って、彼の父はまたこの寺に訪れて、私にあるお願いをしました。
詳細な願い事の内容はもう忘れました。
えぇ、これもそういうものだからです。
確か、子供だけでもどうにかしてあげてください。といった内容だったと思います。
しかし、それは私には、というか現存するどんな人でも、『これ』はどうにもすることができないと私は言ったと思います。実際にそうでしたから。
しかし、私もまだ小学生に入りたての子供を見放す程人でなしではありませんから、私は出来る限りのこと尽くしました。そのおかげで、今後起きるであろう症状の特定、それをお伝えしました。
それ以来、二人は姿を見せなくなり、次に会ったのが、彼が高校生の時です。
……すみません。話せるのはここまでですね。
これ以上は私の身も、あなたの身も危ないかも知れない。
私はこう見えてもすごく慎重で臆病な人間でして、必要のない危険は絶対に避けたいのですよ。
最後に二つだけ質問?
そういうのは一つに絞るものではないんですか?
……いいでしょう。私に答えられるものだったら、ですが。
ええ、彼がここに再び訪れた時、女の子も一緒に来ていましたよ。
黒髪が綺麗なすごい別嬪さんだったのを覚えていますよ。
駅で偶然彼らを見た時、彼女が両腕と左足のない彼を献身的に支えていたのをよく覚えています。
なんて残酷なことだろうと心の中で叫びましたよ。
なんてこの世はなんて非情なんだろう、と。
私だって、別に人の心が無いわけではありませんから。
そして、二つ目の質問は?
『これ』とは何か、ですか……。
……どうしても知りたいのですか?
……『これ』とはとある呪いのことですよ。
強い強い、怨念がこもった呪い。
その呪いにかかった人は皆、身体に欠損が生じるみたいですよ。
そして、その呪いは……。
いや、これ以上は言えません。
私のためにも、あなたのためにも。
なんで教えてくれたか?ですか。
……何度も言っていますが、私だって、心がない訳では無いですから。
彼は、ただの子供だったんです。私たち大人が守るべき、尊い命だった。
私は自分を守るために、彼を見捨ててしまった。
今だって、保身のためにあなたへの話を制限している。
これは私のできる贖罪だからですよ。
行方不明者についてのポスターですか?
知っていますよ。私もよくあそこを通りますから。
探されている人についてですか?
……心当たりがないと言ったら嘘になります。
身体欠損がある、両腕のない男の子を知っています。
でも、彼らは元々おかしかった。こうなるのも半ば必然のようなものだったんだと思います。
私は他の人より、『眼』が良かったんです。
霊感って言うんですかね。人には見えない、良くないもの全般がうっすらと見えてしまう。
行方不明者の彼は私の近所に住んでてよく私に挨拶をしてくれた子でした。
……私は挨拶こそ返しはするものの、目も合わせることができませんでしたが。
彼の身体からは常に黒い靄が立ち上っていました。
どす黒くて、強い瘴気のような。
主に彼の四肢や彼の『名前』からそれはよく見ることができました。
『名前』についてですか?そのままの意味ですよ。
彼の名前を呼ぶ、その人の口から黒い靄が出るようになる。
……それが怖くて私はあの子の名前を一度も呼んであげることができませんでした。
彼の名前ももう覚えていません。
彼に最後に会ったのは彼が高校生の時です。
いつも暗い顔をしていた彼の表情が少しずつ明るくなっているのに気がついた頃でした。
彼はある時期からなにかに塞ぎ込んでいて小学校に上がる前は明るかったのに、暗い性格になっちゃったみたいで。
そんな彼が高校生のある時を境に笑顔を取り戻すようになった姿を目にしました。
その後すぐ、彼は彼女らしい、可愛い女の子を家に何度か呼ぶようになって、一緒に帰ってくる二人をよく見かけるようになりました。
ただ……彼女を見た時、私は一瞬心臓が止まるかと思いましたよ。
「あ、彼と一緒だ」
そう思いました。
彼女の身体からもほんの少しですが彼と同じ靄が立ち上っていたんです。
もちろん、彼と比べたら微々たる量でしたが。
ただ、怖いのは、彼女と会う度にその靄が濃くなっていることでした。
要するにね、『移って』たんですよ。
インフルエンザとか、自分の病気が他の人にも感染して影響を与えるみたいに、その『瘴気』も同じだったんです。
私はこれはいけないと思って一度だけ彼女に話しかけたことがあります。
私には霊感があること、彼から出る靄について、それがあなたにも移っていること。
今思えば、変なことを言う、怪しい人でしたが、彼女は私の言うことを全て信じてくれました。
……ただ、本当に予想外だったのはこの後です。
私は彼女に「これ以上はあなたにも危険があるかもしれないから彼と関わるのは終わりにした方がいい」と忠告した時です。
恐怖で鬼気迫るような顔をしている私に対して、彼女はショックでも恐怖でも、ましてや変なことを言う私への怒りでもなく。彼女は照れるように頬を赤らめたんです。
「そうですか。えへへ」って。
訳の分からない私に彼女は「気を使ってくれてありがとうございます」「知っていますよ。でも、これでいいんです」と返して、彼の元へ帰っていきました。
……私は彼女に恐怖を覚えました。
霊障のある彼と狂っている彼女。
こんな二人が一緒に居るのかと戦慄さえ覚えました。
だから、この話はあまりしたくなかったんです。
その時以降、彼の家周辺の道を使うのも止めました。
あの時の彼女の狂った表情が未だに夢に出てきそうになるんですから。
行方不明者捜索のポスターですか?
知ってますよ!久しぶりに地元に帰ってきたら商店街に大量に貼られているものですから驚きました。
そうです!
高校生に上がって、一年生の夏に親が仕事の関係で引越ししたのについて行く形でここを出たんです。
その後もいくつか場所を転々としました。
私が高校生になったのを機に父が転職しまして、それで転勤族になっちゃったんですよね。
でもでも!生まれはここですし、高校生になるまではずっとここで暮らしてましたよ。
生まれも育ちもこの場所だって胸張って言えます!
行方不明者に心当たりがないか……ですか?
うーん……確かではないんですけど、一人だけなら。
私が転校する前までに片腕がない男の子がいましたよ。
その人とは幼稚園の時から知り合いで、その後も小中と転校するまでの高校までずっと同じ学校でした。
と、言っても仲良く話していたのはせいぜい小学生くらいまでですよ。
よくある話です。
中学生になって思春期に入ると、異性と仲良くするのが変みたいな空気が出てくるし、そのせいで話していると変な噂も広がるし、何よりお互いなんだか気恥ずかしくて徐々に距離ができていったんですよ。
実際、中学生に上がってからもほとんど喋ってないし、高校に上がってクラスも別だと最後に喋ったのなんて受験合格おめでとうって一言言い合った時くらいですよ?
まぁ、校内で度々目にする機会くらいはありましたけど。
でも、実際。なんだか彼、中学校に上がった時……というか、小学生高学年くらいの時から性格が変わったというか。
なんだか暗くて、静かな人に変わったんですよ。
なんて表現すればいいかなぁー。
エネルギーが枯渇してたみたいって言えばいいんですかね?
いつも、何に対しても、気力がない感じ。
それが、私たちが話さなくなるのに拍車をかけたかなって感じはします。
彼の名前ですか?
それくらい覚えてますよ!腐れ縁だとしても、十一年半一緒に居たんですよ?……って言いたかったんですけど。
彼の名前、忘れちゃったんですよね。
他の人と違ってそれなりに仲良かったと思うんだけどな……。
あ、失礼しました!まだお話があるんですよね?
学校の怪談に『身体欠損』が絡む話はあるか、ですか?
学校って、私が転校する前の、ここの『秘境』学校のことですよね?
あ、『秘境』って言うのはただの自虐ネタみたいなもので……って、知ってます?なら良かったです。
あぁ、その秘境での話ですね。
うーん、思い当たる話はないですね。
半年しかいなかったし、もう何年も前の話なので忘れているだけかもしれないですけど。
うちの学校、そういう系の話多かったので、一々覚えてられないってのもありましたけどね。
そういうのは現役の子達に聞いた方がいいかも。まだ残ってるかは分からないし、尾鰭がついてるかもしれないけど。
これで質問は終わりですか?
はい。こちらこそ、ご丁寧にありがとうございました。
……ちなみに、行方不明者の行方が分かったら私にも教えてくれませんか。
やっぱり、腐れ縁だとしても、知り合いが居なくなったかもと思うと後味が悪いといいますか。
彼じゃなかったらいいんですけどね。
私、彼の連絡先は持ってないし、彼自身、人と連絡先交換するような人じゃなかったしで、連絡できないんですよ。
だから、少し心配というか……。
え、ほんとですか!?ありがとうございます!
これ、私の名刺です。
全てが分かったあとでもいいので、連絡くれると嬉しいです。