「ねぇ、君の名前はなんて言うの?」
教室の左角の席にいた男子生徒に声をかけた。
転校初日というのは多くの人から話しかけられるものであり、ここの時点で友達を如何に多く作って置くかというのが今後の学校生活、特に途中参戦した身として、とても重要になってくる。
向こうから話しかけてきた人とはある程度仲良くなった。
この時ばかりは特に使い道もない、なんなら変な人に絡まれることが増えるだけのこの容姿も役に立つ時があるんだなと思った。
『あんたは変だから。これを機にいい加減普通になりなさい。そのくだらないことを趣味なんて言うのはやめて』
引っ越しが決まってから散々聞いた母の声が脳の奥でこだまする。
大丈夫。今度は失敗しない。
後は彼と友達になればこのクラスの人は全員と知り合えたことになる。
初日の放課後でこれならかなりいいペースだろう。
私と入れ替わるようにこの学校を離れた子が居たようでその子のポジションにすっぽりとハマる感じに演じたのが功を奏したみたいだ。
みんなに愛されるキャラクターを演じるのは本当に面倒くさい。けど、仕方ない。割り切るしかない。
放課後、誰もいない席で私は彼の目の前の席の背もたれに前のめりにもたれ掛かるように座った。
ちょっと仕草がやんちゃかもしれないと思ったけど、今は彼しかいないし、少しくらい素を出したっていいと自分を甘やかした。
今までの猫かぶりでちょっと疲れてたし。
「……佐倉景っていいます」
「私は志崎詩音!よろしくね」
握手を求めるように彼の方へ左手を突き出すと、オレンジ色の夕日が差し込む窓から吹いた突風が私の髪と、彼の左腕の袖を揺らした。
その光景に私は息を飲んだ。
彼には左腕が無かったのだ。
やってしまった。配慮が足りなかった。
彼の左腕はは席と壁の狭い間に下ろされていて、ただ手を下ろしているだけだと思っていた。
その上、左利きの私は、無意識に左手で握手を求めてしまった……。
「僕とはあまり仲良くしない方がいいよ」
「えっ……」
私の配慮不足で気を使わせてしまったのだろうか?
申し訳ないことをした。
その事で私の頭はいっぱいいっぱいだった。
「ごめん、私の考え足らずで嫌な思いをさせちゃったよね……」
「あ、そのことはいいよ。慣れてるから」
彼は暗い性格なのだろうけど、私のためを思ってか、努めて明るい声音で言ってくれた。
「そっか。そう言ってくれると助かる。でも、今度からちゃんと配慮するね!だから、そんなことを言わずに私と仲良くしてくれると嬉しいなぁ」
明るく、柔らかい口調で言った。
男子にはこういう性格が好評だったし、多分これが正解なんだろうと勝手に結論付けた。
これで、きっと彼も首を縦に振ってくれて、私はようやく『普通』になれると思った。
「ごめんなさい。それはできません」
私の予想は裏切られることとなった。
「なんで?」
どこで間違えてしまったのだろうか。もしかして、許すとは言ってくれたけど実は酷く傷つけてしまっていたのだろうか。
神経質な問題というのは、他人からの無意識な言動が一番心にくるという話をどこかで聞いた覚えもある。
それ故、周りの人にはその人に対しての配慮が必要だという話も。
もし、私が彼を傷つけてしまっていたら、私は『転校初日からクラスメイトの地雷を踏み抜いてしまった人』になり、学校生活が終わってしまう。
……お母さん達が求めるような『普通』の高校生ではなくなってしまうかもしれない。
彼は昼休みの間や移動教室の間も一人のように見えたけど、同じクラスではなくても他クラスに知り合いが入れば、その噂はいずれ、部活で広まり、学年で広まり、果てには学校全体の噂になる。
しかも、十中八九尾鰭つきの。
それだけは避けなくちゃいけない。
「私のさっきの行動が気に触ったなら本当にごめんなさい。私、君と仲良くなりたいの」
そういうと彼は少し困った顔をして、目が隠れそうな勢いの重そうな長い前髪を触った。
「さっきのには本当になんとも思ってないんだ。誤解させてたならごめんなさい。仲良くできない理由は他にあって……」
良かった。
ひとまず、彼を傷つけた訳でもなさそうで無事学校全体から『非道な女』扱いされることだけは避けられそうだ。
しかし――
「他の理由って?」
なら、なんで駄目なんだろう。
頑なに拒み続ける理由がよく分からない。
この学校に来るまで人とのコミュニケーションなんてどうでもいいと思っていた私が思うに、こういう場合はその場は適当に「はいはい」と言っておいて、実際はいつも通り過ごす。というのが一番効率がいい。
きっと彼も分かっているはずだ。今日一日ずっと一人だったし。
そういう意味では、私は彼と近い存在なのかもしれない。
だからこそ、その理由が分からなかった。知りたくなった。
「……はぁ」
彼は折れずに自分の目を見つめ続けている私を見て、ようやく重い口を開いた。
「どうしても知りたいの?」
「うん。どうしても知りたい」
彼は表情は何かに揺らいでいるように見えた。
「……誰にも言わない?」
「言わない。約束する」
しばらくの沈黙が続いた。
彼は何かを言おうとしてはパクパクと口だけを動かし、葛藤している様子だった。
「私は、君を絶対に否定しない。だから、私を信じて」
その一言に彼はたった一言だけ「そっか」と小さく漏らして、私のに改めて向き直って言った。
「――呪われちゃうから」
私はその一言を聞いて椅子から飛び上がった。
彼は私の驚きように驚き、「ごめん、変なこと言ったよね。忘れて」と言ったが、それを無視して私は彼の肩をがっしりと両手で掴んだ。
「どんな呪い?!」
「え?」
状況が掴めずにキョトン顔の彼に私は告げた。
「私ね、オカルトマニアなの!」
お母さんから、『変な子』、『普通じゃない』、『黙ってさせえいれば』なんて嫌味を言われ続け、冷遇されてきたけど、私は心霊が大好きだった。
科学で証明できない、誰にも予想のつかないその現象は私が幼い頃からずっと私の興味を引き続けた。
それか、私には霊感というものが無かったから、一種の無いものねだりだったのかもしれない。
私が体験した事の無いことを知るのが面白かった。好きだった。
結局、それを異端とされてしまったわけだけれど。
「ねぇ、それでどんな呪いなの?」
さらに彼に迫る私を見て彼はフッと吹き出した。
「最終的に死んじゃう呪い。しかも、移るやつ」
無邪気な顔をしていう言葉じゃないのに、私の心はさらに踊った。
この時初めて私はお母さんが私を異端だと言っていた意味が自分でもわかった気がした。
後になって思うけど、もしかしたらお母さんは私のオカルト趣味のことを異端とだと批難したのではなく、私のその狂気じみた熱狂にそれを見出し、恐れていたのでは無いかと、少しだけ思う。
呪われると死ぬ、しかも、移る。
すなわち、彼といると私は命を危機に晒すことになるということ。
なのに、私は興奮していた。
私が画面越しでしか、話でしか、紙面でしか、聞いてこなかったことがいま目の前にあると思うとさらに感情が爆発してしまいそうだった。
「ねぇ、その呪い。解いてみない。私たち二人で」
「えっ?」
「それがいいよ!私と一緒に生きてよ!」
「でも、迷惑をかけるだろうし、呪いのことだって……」
「気にしない!むしろウェルカム!」
彼の顔にグイッと近づいて、改めて心から思う。
「私と一緒に居てくれますか?」
「――はい」
やはり、私はあまりにも異端だった。
自分の興味のために、命すら捧げることができる。
きっと生粋の異端であり、きっと普通の人間にはなれなかったんだ。
そして、彼がこの時に、私の提案に了承したのも、多分彼は限界だったからだと思う。
彼は呪いに掛かっていたとしても、普通の少年であったから。
人を拒絶し続け、一人であり続けることが彼にとって耐え難い苦痛だった。
そんな中、私が現れてしまった。
呪いの存在を知ってなお、一緒に居たいと言ってくれる。呪いを一緒に解こうと言ってくれる人が現れた。
これからはもう、一人ではない。
その誘惑に彼は抗えなかったのだろう。
「これからよろしくね!」
「うん」
今度は右手を出して、彼と握手を交わした。
これが私たち二人の物語の始まりで、歪で、だけど、世界一純粋な愛の話の始まりだった。
教室の左角の席にいた男子生徒に声をかけた。
転校初日というのは多くの人から話しかけられるものであり、ここの時点で友達を如何に多く作って置くかというのが今後の学校生活、特に途中参戦した身として、とても重要になってくる。
向こうから話しかけてきた人とはある程度仲良くなった。
この時ばかりは特に使い道もない、なんなら変な人に絡まれることが増えるだけのこの容姿も役に立つ時があるんだなと思った。
『あんたは変だから。これを機にいい加減普通になりなさい。そのくだらないことを趣味なんて言うのはやめて』
引っ越しが決まってから散々聞いた母の声が脳の奥でこだまする。
大丈夫。今度は失敗しない。
後は彼と友達になればこのクラスの人は全員と知り合えたことになる。
初日の放課後でこれならかなりいいペースだろう。
私と入れ替わるようにこの学校を離れた子が居たようでその子のポジションにすっぽりとハマる感じに演じたのが功を奏したみたいだ。
みんなに愛されるキャラクターを演じるのは本当に面倒くさい。けど、仕方ない。割り切るしかない。
放課後、誰もいない席で私は彼の目の前の席の背もたれに前のめりにもたれ掛かるように座った。
ちょっと仕草がやんちゃかもしれないと思ったけど、今は彼しかいないし、少しくらい素を出したっていいと自分を甘やかした。
今までの猫かぶりでちょっと疲れてたし。
「……佐倉景っていいます」
「私は志崎詩音!よろしくね」
握手を求めるように彼の方へ左手を突き出すと、オレンジ色の夕日が差し込む窓から吹いた突風が私の髪と、彼の左腕の袖を揺らした。
その光景に私は息を飲んだ。
彼には左腕が無かったのだ。
やってしまった。配慮が足りなかった。
彼の左腕はは席と壁の狭い間に下ろされていて、ただ手を下ろしているだけだと思っていた。
その上、左利きの私は、無意識に左手で握手を求めてしまった……。
「僕とはあまり仲良くしない方がいいよ」
「えっ……」
私の配慮不足で気を使わせてしまったのだろうか?
申し訳ないことをした。
その事で私の頭はいっぱいいっぱいだった。
「ごめん、私の考え足らずで嫌な思いをさせちゃったよね……」
「あ、そのことはいいよ。慣れてるから」
彼は暗い性格なのだろうけど、私のためを思ってか、努めて明るい声音で言ってくれた。
「そっか。そう言ってくれると助かる。でも、今度からちゃんと配慮するね!だから、そんなことを言わずに私と仲良くしてくれると嬉しいなぁ」
明るく、柔らかい口調で言った。
男子にはこういう性格が好評だったし、多分これが正解なんだろうと勝手に結論付けた。
これで、きっと彼も首を縦に振ってくれて、私はようやく『普通』になれると思った。
「ごめんなさい。それはできません」
私の予想は裏切られることとなった。
「なんで?」
どこで間違えてしまったのだろうか。もしかして、許すとは言ってくれたけど実は酷く傷つけてしまっていたのだろうか。
神経質な問題というのは、他人からの無意識な言動が一番心にくるという話をどこかで聞いた覚えもある。
それ故、周りの人にはその人に対しての配慮が必要だという話も。
もし、私が彼を傷つけてしまっていたら、私は『転校初日からクラスメイトの地雷を踏み抜いてしまった人』になり、学校生活が終わってしまう。
……お母さん達が求めるような『普通』の高校生ではなくなってしまうかもしれない。
彼は昼休みの間や移動教室の間も一人のように見えたけど、同じクラスではなくても他クラスに知り合いが入れば、その噂はいずれ、部活で広まり、学年で広まり、果てには学校全体の噂になる。
しかも、十中八九尾鰭つきの。
それだけは避けなくちゃいけない。
「私のさっきの行動が気に触ったなら本当にごめんなさい。私、君と仲良くなりたいの」
そういうと彼は少し困った顔をして、目が隠れそうな勢いの重そうな長い前髪を触った。
「さっきのには本当になんとも思ってないんだ。誤解させてたならごめんなさい。仲良くできない理由は他にあって……」
良かった。
ひとまず、彼を傷つけた訳でもなさそうで無事学校全体から『非道な女』扱いされることだけは避けられそうだ。
しかし――
「他の理由って?」
なら、なんで駄目なんだろう。
頑なに拒み続ける理由がよく分からない。
この学校に来るまで人とのコミュニケーションなんてどうでもいいと思っていた私が思うに、こういう場合はその場は適当に「はいはい」と言っておいて、実際はいつも通り過ごす。というのが一番効率がいい。
きっと彼も分かっているはずだ。今日一日ずっと一人だったし。
そういう意味では、私は彼と近い存在なのかもしれない。
だからこそ、その理由が分からなかった。知りたくなった。
「……はぁ」
彼は折れずに自分の目を見つめ続けている私を見て、ようやく重い口を開いた。
「どうしても知りたいの?」
「うん。どうしても知りたい」
彼は表情は何かに揺らいでいるように見えた。
「……誰にも言わない?」
「言わない。約束する」
しばらくの沈黙が続いた。
彼は何かを言おうとしてはパクパクと口だけを動かし、葛藤している様子だった。
「私は、君を絶対に否定しない。だから、私を信じて」
その一言に彼はたった一言だけ「そっか」と小さく漏らして、私のに改めて向き直って言った。
「――呪われちゃうから」
私はその一言を聞いて椅子から飛び上がった。
彼は私の驚きように驚き、「ごめん、変なこと言ったよね。忘れて」と言ったが、それを無視して私は彼の肩をがっしりと両手で掴んだ。
「どんな呪い?!」
「え?」
状況が掴めずにキョトン顔の彼に私は告げた。
「私ね、オカルトマニアなの!」
お母さんから、『変な子』、『普通じゃない』、『黙ってさせえいれば』なんて嫌味を言われ続け、冷遇されてきたけど、私は心霊が大好きだった。
科学で証明できない、誰にも予想のつかないその現象は私が幼い頃からずっと私の興味を引き続けた。
それか、私には霊感というものが無かったから、一種の無いものねだりだったのかもしれない。
私が体験した事の無いことを知るのが面白かった。好きだった。
結局、それを異端とされてしまったわけだけれど。
「ねぇ、それでどんな呪いなの?」
さらに彼に迫る私を見て彼はフッと吹き出した。
「最終的に死んじゃう呪い。しかも、移るやつ」
無邪気な顔をしていう言葉じゃないのに、私の心はさらに踊った。
この時初めて私はお母さんが私を異端だと言っていた意味が自分でもわかった気がした。
後になって思うけど、もしかしたらお母さんは私のオカルト趣味のことを異端とだと批難したのではなく、私のその狂気じみた熱狂にそれを見出し、恐れていたのでは無いかと、少しだけ思う。
呪われると死ぬ、しかも、移る。
すなわち、彼といると私は命を危機に晒すことになるということ。
なのに、私は興奮していた。
私が画面越しでしか、話でしか、紙面でしか、聞いてこなかったことがいま目の前にあると思うとさらに感情が爆発してしまいそうだった。
「ねぇ、その呪い。解いてみない。私たち二人で」
「えっ?」
「それがいいよ!私と一緒に生きてよ!」
「でも、迷惑をかけるだろうし、呪いのことだって……」
「気にしない!むしろウェルカム!」
彼の顔にグイッと近づいて、改めて心から思う。
「私と一緒に居てくれますか?」
「――はい」
やはり、私はあまりにも異端だった。
自分の興味のために、命すら捧げることができる。
きっと生粋の異端であり、きっと普通の人間にはなれなかったんだ。
そして、彼がこの時に、私の提案に了承したのも、多分彼は限界だったからだと思う。
彼は呪いに掛かっていたとしても、普通の少年であったから。
人を拒絶し続け、一人であり続けることが彼にとって耐え難い苦痛だった。
そんな中、私が現れてしまった。
呪いの存在を知ってなお、一緒に居たいと言ってくれる。呪いを一緒に解こうと言ってくれる人が現れた。
これからはもう、一人ではない。
その誘惑に彼は抗えなかったのだろう。
「これからよろしくね!」
「うん」
今度は右手を出して、彼と握手を交わした。
これが私たち二人の物語の始まりで、歪で、だけど、世界一純粋な愛の話の始まりだった。



