2024年 8月某日 Y県 コーヒーチェーン店
以下はドライブレコーダーで録音した、行方不明者家族 樫村さんとディレクター坂巻、アシスタントディレクターである私、巳波の会話を文字に起こしたものである。
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坂:本日は取材にご協力いただきありがとうございます。
樫:こちらこそ、わざわざ東京からお越しいただきありがとうございます。
巳:ここからの会話はドライブレコーダーで録音させていただきますね。それとこちらのカメラではお顔は映さず、首から下のみ映させていただきます。放送で使用する際は声も加工いたします。娘さんのプライバシーに関わる部分につきましては、ご希望であれば自主規制音で隠させていただきますのでご安心ください。
樫:ご配慮いただきありがとうございます。
坂:それでは行方不明になってしまった娘さんのこと、ゆっくりで大丈夫ですのでお聞かせ願えますか。
樫:はい。娘の名前は樫村佐智といいます。年齢は今年で30歳、都内の保育園で保育士として働いていました。お恥ずかしながら、私は佐智が三歳の頃に離婚をしておりまして。シングルマザーとして佐智を育ててきたんです。佐智は地元の短期大学を卒業した後、上京して、保育士として働き始めました。実家を出てからもう12年になりますが、佐智とは頻繁にメールのやり取りをしていましたし、月に一回は必ずこっちに帰って顔を見せてくれていました。それが半年前……2024年の2月、姿を消してしまったんです。
坂:佐智さんと連絡が取れなくなったのも半年前だったのでしょうか?
樫:はい。佐智との連絡は1月の終わりに電話をしたのが最後です。2月の12日は私の誕生日なんです。佐智は毎年0時ぴったりにお祝いのメッセージをくれて、夜には電話をくれていました。上京して離れ離れになってからは毎年欠かさず。それが今年はメッセージも電話もありませんでした。仕事が忙しいのかな?と思っていたんです。だけど次の日も、そのまた次の日も、佐智からは連絡がこなくて。それから2週間ほどが経っても音沙汰がないのでさすがに心配になって、私の方から連絡をいれたんです。『最近連絡ないけど体調崩してない? 元気にしてる? 』って。朝方にいれたメッセージは夜になっても既読になりませんでした。電話を何度も鳴らしましたが繋がりませんでした。これはおかしいと思い、佐智が勤務している保育園に電話をいれたんです。そこで園長先生のほうから「樫村さんは2月5日から無断欠勤が続いています」と言われたんです。その言葉を聞いた時、心臓がぎゅっと縮みました。佐智は昔から真面目で責任感が人一倍強い子でした。そんな佐智が何も言わずに仕事を休むなんて考えられません。
坂:仕事上の悩みはなかったのでしょうか? それが原因で精神的に追い込まれていたとか。
樫:年末に帰ってきたとき、人手不足で大変だとは言っていましたが、仕事は楽しいと笑顔で受け持つ子供たちの話をしてくれました。年少から見てきた子たちが3月で卒園だから今から寂しいとも。多少なりとも悩みはあったと思いますが、無断欠勤をするなんて……。そこで確信したんです。佐智は何か事件や事故に巻き込まれたんじゃないかって。それを聞いてすぐ、新幹線で東京へ向かい佐智が一人で住むアパートを訪れました。チャイムも押さず、いの一番に合鍵を使って部屋のドアを開けました。だけど部屋はもぬけの殻。佐智の名前を呼びながらリビングからトイレお風呂場まで全て確認しましたが、どこにも佐智の姿がありませんでした。
坂:警察には相談に行かれましたか?
樫:はい、もちろん。その日のうちに近くの交番へ行きました。気が動転していたのであまりその時の記憶はないのですが……。管轄の警察署を紹介されて、そこで行方不明者届を提出しました。
坂:届を出してからの進展はあったのでしょうか?
樫:いえ。届を出したからといって、すぐに警察が娘を捜索に動いてくれるわけではありませんでした。そりゃそうですよね。事件性があるかも分からない、同じような行方不明者が五万といる。頭では分かっているんです、分かっているんですけど……。どうしても娘を探しだしてほしくて、担当してくださった警察の方に「お願いします、一刻も早く娘を探してください」と縋り付いて困らせてしまいました。私がどんなに哀願しようと泣き叫ぼうと、結果はもちろん変わりませんでしたが。あれから半年が経ちますが、娘の手がかりは何一つ掴めていません。
坂:今回うちの番組にご協力いただくにあたった経緯を教えていただけますか?
樫:警察は動いてくれない。それなら自分で娘を探すしかないと思い、ネットでいろいろと調べていたんです。それこそ最初は、行方不明者の捜索に強い探偵事務所に依頼することも考えていました。無料相談を実施しているいくつかの探偵事務所に足を運び、実際にお話を聞いてみたりもしたのですが、まあ、その、金額がね……。想像の倍以上高かったんです。先にお伝えした通り、私はシングルマザーで、現在もパートを掛け持ちしてフルタイムで働いています。お金に余裕はありません。消費者金融からお金を借りようかとも悩みましたが、それも現実的ではなくて。成す術がなかった時に『ご協力いただける行方不明者家族を探しています』と書かれたHPを見つけたんです。詳細を見て、もしかしたらこの番組を通して娘を見つける手がかりが何か掴めるんじゃないかと思いました。頭で深く考えるよりも先に、身体が動いていて、応募フォームよりメッセージを送っていました。
坂:なるほど。ありがとうございます。こちらも微力ではありますが娘さんの捜索のお手伝いができればと思っています。
樫:ありがとうございます。よろしくお願いします。
坂:もう少しお話をお聞かせください。答えたくない質問には答えていただかなくて結構です。まず、娘さんが姿を消してしまった理由に何か心当たりはありますか? 仕事上では大きな悩みを抱えていなかったようですが、プライベートなことやその他で何か、娘さんが悩んでいたということはないでしょうか?
樫:うーん……。娘とは昔から母一人子一人でやってきましたので、何でもオープンに話せる親子関係は築けていたと思うんです。ですが、何かに悩んでいるという話は聞いたことがないんですよね。友人や同期と休日はよく遊んでいるようだったし、お金に困っているということもなさそうだし……。
坂:お付き合いされている方はいたんですか?
樫:いいえ。長い間いなかったんじゃないかな。私が最後に恋人の話を聞いたのはコロナ前ですから。
坂:その方と交際トラブルがあったとかは?
樫:それもなかったと思います。あ、一つ前の質問に戻るんですけど、お付き合いはしていないけど、いい感じの人がいるとは年末に帰ってきた時に言っていました。
坂:いい感じと言いますと?
樫:あの子、結婚相談所に登録していたみたいなんです。
巳:えっ!結婚相談所?
樫:ええ。昨年の秋ごろから。そこで仲介人の方から紹介していただいた男性の一人とメッセージのやり取りをしていたようです。まだ直接会ったことはないけど、すごく素敵な人だって言っていました。
坂:あの……、佐知さんが登録されていた結婚相談所というのは『くるみマリッジ』という名前ではなかったですか?
樫:すみません、名前まではきちんと聞いていなくて。
坂:もし佐知さんの部屋に行かれた際で構わないので、登録していた結婚相談所のパンフレットなどがないか、部屋の中を確認していただけませんか?
樫:はい、分かりました。けど、娘の失踪と結婚相談所が何か関係あるのでしょうか……?
坂:……いえ、そういうわけでは。ただ少し気になるところがありまして。念のためご確認をお願いします。もし何か分かりましたらご連絡ください。
樫:はい。分かりました。
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