「今日は本当ごめんな。約束してたのに」
「ううん、気にしないで」
こうして会えただけで、気分はすぐに浮上していく。

「手、冷た」
藤田くんが右手で私の指先を掴む。私とは違って、彼の手は温かい。

「手袋は?」
「片方なくしちゃったんだ」
「あー……そうだ、こないだ言ってたな」

そのまま手を繋いで、ふたりで夜道を歩いていく。
なにか少しくらいクリスマスっぽいことをした方がいいだろうか。視界には赤や青の信号の色と、街灯の白い光。どれもクリスマスとは程遠い光だった。

だけど、今からイルミネーションを見にいくといっても、駅前のちょっとした電飾くらいしか見ることができないはず。ケーキだって、製菓店は閉まっているだろうし、コンビニにも残っているかもわからない。そもそも寒空の下で食べたら凍えそうだ。

「今度手袋買おう」
「え?」
「俺も手袋ほしかったから、お互いに買えばちょうどいいじゃん」

クリスマスプレゼントのことを言っているみたいだ。
このあいだ、藤田くんとお互いにサプライズでは渡さないということになった。好きなものはそれぞれ違うし、一緒に出かけたときに選ぼうと話していたのだ。

「ほしいけど、でも……」
「嫌なら、別のものでもいいけど」
自分でも買おうと思っていたし、嫌というわけではない。視線を下げて、どう言葉にするべきか迷う。

「……このまま手を繋ぐ方が好きだから」
手袋をしたまま手を繋ぐのとは少し違う。手のひらから直接藤田くんの体温が伝わってくるのが私は好きだった。

自分で言って恥ずかしくなってきて、手を離そうとしたけれど逆に強く掴まれる。

「やっぱ別のものにする」
「……うん」
寒くても、こうして手を繋いでいたい。
手袋はしばらく買わないでおこう。

それから温かい飲み物をコンビニで買って、ゆっくりとおしゃべりをしながら、藤田くんが私を家まで送ってくれた。



「来年はもっといいところに連れて行けるように計画するから」
藤田くんからそんな言葉が出てくるとは思わなくて、目を見開く。

〝来年〟その言葉に頬がほんのりと熱を持つ。
あたりまえのようにこの先の約束をしてくれた。

「気にしないで大丈夫だよ」
最初は約束がなくなってショックだったけれど、それでも私は会えただけで十分幸せだった。

「いや……俺がしたいっていうか」
「もしかして、イルミネーション見たかった?」

もともとは昼間から一緒に出かけて、夜にイルミネーションを見にいく予定だった。私が知らないだけで、藤田くんはイルミネーションに興味があったのかもしれない。

「そうだけど、そういうわけじゃない」
どういうことかわからずに首を傾げると、藤田くんは言いづらそうに眉を寄せる。

「行事ごとはなるべくちゃんとしたい」
「藤田くんはそういうのあんまり興味ないと思ってた」

少し意外だった。クリスマスだって私に合わせて計画してくれたのだと思っていたけれど、違っていたのだろうか。

「行事自体に興味があるわけじゃないけど」
目を瞬かせていると、藤田くんの表情がさらに険しくなっていく。

「笹原と一緒に過ごしたいってこと」
私と過ごすことに意味があるのだと、藤田くんなりに精一杯伝えてくれる。ふっと笑ってしまうと、繋いでいた手を離されてしまう。


「寒いから早く家入れよ」
照れ隠しなのかぶっきらぼうに言われて、私は巻いていたマフラーをとって藤田くんの首に巻く。


「送ってくれてありがとう」
マフラーは次会うときに受け取るねとつけ加えると、藤田くんはマフラーに顔を埋めて頷いた。


「……次っていつ」
指先を掴まれて、じっと見つめてくる。
その熱視線に息をのむ。

急かすように指先をぎゅっと強く握られて、予定を頭の中で思い浮かべた。

「明後日か、来週なら……」
「じゃあ、明後日」
会う約束をすると、藤田くんは「早く家入れよ」と念を押してから、軽く手を振って去っていく。

今日の藤田くんは、いつもよりもちょっとだけ幼く見えてかわいかったなんて本人に言ったら不機嫌になりそうなので、私の心の中だけの秘密にしておこう。







「さよなら、灰色の世界」クリスマス番外編 完