【ごめん、今日バイト出ていい?】


12月25日の朝に一通のメッセージが届いた。
しばらく画面を見つめながら固まって、私は必死に頭の中で返事を考える。

いいよ、だと素っ気なさすぎる。
今日の約束はなくなっちゃうってことだよね?だと、面倒に思われるだろうか。
だけど……今日は楽しみにしていた一緒に出かける日だった。その約束がなくなって、落胆する気持ちが大きい。

返事に迷っていると、藤田くんからもう一通届いた。
既読をつけたのに返事をすぐにしなかったからか、気にさせてしまったのかもしれない。

どうやら今日シフトに入っていた人が風邪をひいてしまい、藤田くんに代わりに出られないかと連絡が入ったらしい。

【約束してたのにごめん】と謝る藤田くんに、私は慌てて【気にしないで!】と返事を打った。それに店長から先に私に連絡が入っていたら、同じように藤田くんにバイトに出ると伝えていたと思う。

仕方がないことだとわかっている。だけど、モヤモヤとした気持ちが消えず、ため息が漏れた。

脱力してベッドの上に寝転がる。
今日のために用意した普段はあまり着ない大人っぽい黒のワンピースや、おろし立てのワインレッド色のタイツ。髪を少しアレンジしようと思って、この一週間編み込みの練習をしていた。

開いたままのスマホのメッセージ画面を眺めながら、本当にこのままでいいのだろうかと考える。
約束がなくなって、仕方がないと思いつついじけて過ごしていても、私の本音は藤田くんには一切伝わらない。

察してもらうんじゃなくて伝え方を考えて言葉にしないと、いつか心の奥に積み重ねた感情が、なにかの拍子にぐらついて崩れ落ちるときが一番怖い。
それに藤田くんは私が本音を言っても我儘とは捉えずに、耳を傾けてくれる人だ。


私は本当はどうしたいんだろう。
自分の中にある気持ちを言語化していって、たどり着いたのは会いたいという感情だった。


【バイト終わり、ほんの少しでいいから会える?】

数分でもいいから、今日藤田くんと会いたい。特別な一日なんていらない。ただ顔を見ることができれば、それでよかった。
言葉にしてみたらスッキリして、落ち込んだ心が楽になっていく。

すぐに藤田くんからは返事が来て、バイトが終わる時間に会う約束をした。


***


夜遅い時間のため、予定をしていた格好はやめてなるべく暖かい服を着た。
外を歩いていると頬を刺すような冷たい風に身震いする。ダウンを着ていても、外気に触れる頬や指先は冷えていく。
手袋をそろそろ買い直した方がいいだろうか。少し前にコートに入れておいた手袋を片方落としてしまってから、新しいものをまだ買っていない。



「笹原」
バイト先に着くと、藤田くんがちょうど裏口から出てきたところだった。
藤田くんの顔を見ると、寒さなんて吹き飛んで心がじんわりと温かくなる。

「おつかれさま!」
慌てて駆け寄ると「走らなくていいのに」と苦笑されてしまった。