A県I市に住む栗原綾子さん(十七歳)は、その日近所に住む友人と出掛けるために家を出た。栗原さんが住む周辺は田舎すぎず都会すぎない、住むのにちょうどいい場所だったと本人は言う。

 住人が多いわけではなく、駅もやや遠いのだが、少し歩けば薬局もコンビニもある。車で五分走ればスーパーもあるし、二十分行けば最近出来た大型商業施設もある。暮らしていて不便を感じたことは全くなかったらしい。

 栗原さんは小学校からの付き合いである友人と近くでランチでもしよう、と約束していた。歩いて十分ほどのところに小さな喫茶店があり、そこが栗原さんたちのお気に入りの店になっていた。

 両親と実家暮らしをしていた栗原さんは母親に出かけることを伝えて家を出たわけだが、しばらくして不思議な張り紙を見つけることになる。
 
 電柱に真っ黒な何かが貼られている。

「なんだろう、あれ」

 目を凝らして近づいてみる。遠目からではただ真っ黒にしか見えなかったそれは、近くで見てみると正体がわかる。

 真っ白な紙の真ん中に、大きくQRコードだけが印字されていた。

 そのほかは何も記されていない。これが何なのか、何の目的で貼られているのかもちっともわからなかった。

「変なの」

 一人で呟いた栗原さんは、一旦無視して友人の待ち合わせ場所へ急いだ。だが、その張り紙はすべての電柱に貼られていることに気づき、彼女はぞっとした。まず電柱に張り紙がしてあること自体、あまり見かけない。

 嫌な気持ちになりつつも通り過ぎ、見慣れた公園が見えてきた。そこんはすでに友人が待っており、スマホを見ながら立って栗原さんのことを待っていた。

「ごめん、お待たせー!」

 駆け寄る栗原さんに、友人は笑顔で手を振ってくれる。

「全然待ってないよ! 行こうかー」

「お腹空いたなー」

 そんなことを言いながら二人で並び、歩き始める。だがすぐに、友人が顔を顰めてこんなことを言いだした。

「なんかさ、近所に変な張り紙がたくさんあったんだけど」

「え!? QRコードのやつ?」

「そう、それ!」

「私の家の近くにもずらっと貼られてたよ。あれ、何の張り紙なんだろう?」

 栗原さんと友人は、互いに首を傾げた。

「QRコード以外何も書いてなかったと思うんだけど」

「うちもそうだったよ。逃げたペットを探しています! とかなら、写真と特徴とかが書いてあるだろうし、そもそも見出しぐらいつけるよね?」

「何なんだろうね、あれ」

 二人の会話は得体のしれない張り紙で盛り上がる。そしてそんな彼らのすぐ目の前に、あの紙が貼られた電柱が見えてきたのだ。当然、二人は足を止めてその張り紙をじっと見つめた。

 張り紙はつい先ほど張られたかのように綺麗な状態だった。ただ、それを張っているのは手で引きちぎったような紙テープで、さらに真っすぐではなくひどく歪んでいた。そういえば、ここに来る途中にあったものも全部こんな感じだった気がする、と栗原さんは思い出す。

 誰かが一人一人張ったんだろうか? かなり時間がかかる作業だと思うが、一体何のために?

 友人がついに、うずうずとし始める。

「ねえ、これ内容気にならない?」

「えーそりゃ気になるけど……怪しすぎて読み取る気にならないよー。いたずらで、グロ動画とかエロ動画とかの可能性が高い気がする。あとウイルスとか!」

「いたずらでここまで労力使うかな? 今ならネットに流したり、メールで送りつけたりできるし……印刷代掛けて一枚ずつ貼り付けてって、普通じゃないよね?」

「まあ確かに。でも普通じゃないからこそ怖いんじゃない。無視した方がいいよ」

 栗原さんはそう言ったが、好奇心が強い友人は我慢しきれなかった。彼女はカバンからスマホを取り出し、QRコードを読み取り始めたのだ。栗原さんが慌てて止める。

「ちょっと、大丈夫なの!?」

「だって気になるし……」

 どこかわくわくしたようにスマホを操作する友人を、栗原さんもつい覗き込んだ。なんだかんだ、彼女も内容が気になっていたのだ。

 飛んだ先には、一本の動画があるようだった。友人と二人で顔を見合わせる。