病院食はその患者の疾患に合わせたメニューが用意される。カロリー制限、塩分制限、子供向け、大人向け。アレルギー対応も必要で、これだけ多くのメニューを考えるのはかなり労力を要する。
だがそれだけではなく、ここ最近の病院食は選択食なるものが導入されていることが多い。A、Bのメニューから好きな方を選んで丸を付けて提出する。入院生活に少しでも楽しみを入れたい、という病院側の考慮だろう。
M病院もそのシステムが導入されていた。翌週分の選択食を候補から選んで丸を付け、病棟にあるポストに投函しておく。病院給食室のスタッフがそれを回収して……という流れだ。ちなみに提出しなければ、Aのメニューが自動的に選ばれる仕組みになっている。
山のように届いた紙を見て、一人一人のメニューを決定していく……これが毎週、行われている。
M病院に勤める管理栄養士の増田亜子さんは、勤めてもう二十年になるベテランだ。子供の頃から料理を作るのが好きで、管理栄養士の資格を取った。その後このM病院に就職し、ずっと勤め続けている。とはいえ、二十年前に比べてシステムも求められるものも変化しておきており、仕事をこなすのに必死だった。
そんなある日、増田さんが仕事を一段落終え休憩しようかと思った時、同僚が話しかけてきた。同世代の女性で、普段から仲良くしている相手だった。
「ねえねえ増田さん、さっき選択食の紙をちらっと見たとき、変なのがあったのよ」
「変なの?」
「これ見て」
同僚が出したのは見慣れた選択食の用紙だ。あらかじめ病棟名や病室の番号、氏名まで印刷されているもの。
次週の選択食の A白身魚と野菜の蒸し焼き B豚肉のトマト炒め と記してある。
その下に、殴り書きのような字が書かれていた。
『そこに いするぎみさとはいますか』
「……何これ?」
増田さんは首を傾げた。
鉛筆のようなもので書かれたらしい。強く押し付けたのか、途中で芯が折れたような跡がついている。また、こすれて字が少し滲んでいた。字はお世辞にも綺麗とは言えない癖の強い字だった。
選択食については何も書かれておらず、そのメッセージのみ記載されていた。
「さっき回収してきたやつなんだけど、なんか怖くない? 字が普通じゃないのよ」
「いするぎみさとって、人の名前でしょう?」
「うちにそんな人いないけどね。なんでこんなメッセージを書いたのかしら」
「これ、元々誰の紙なの?」
氏名を確認してみると、『肝胆膵内科 森田明代』と書かれている。
増田さんは近くにあるパソコンで、森田明代のこれまでの食事を調べてみる。彼女は毎回選択食を選んで用紙を提出しているようだった。
「今までも出していたみたいだけど、メッセージみたいなのが書いてあるのって初めてよね?」
「そうだと思う。こんな変な殴り書きがあったら、話題になるもの」
「今回はAかBか丸もついてないし……」
増田さんは腕組みをして考える。用紙を提出しなければ全員Aの料理を提供することになっているが、今回は提出はしているが未選択。普通ならAを提供しておけばいいだろうが……。
「ちょっと病棟に電話して看護師に聞いてみますか」
何となくメッセージが気になった増田さんは、内線を使って病棟に連絡することにした。すぐ近くに設置してある白い電話を手にし、肝胆膵内科の番号を押す。相手はすぐに出た。
だがそれだけではなく、ここ最近の病院食は選択食なるものが導入されていることが多い。A、Bのメニューから好きな方を選んで丸を付けて提出する。入院生活に少しでも楽しみを入れたい、という病院側の考慮だろう。
M病院もそのシステムが導入されていた。翌週分の選択食を候補から選んで丸を付け、病棟にあるポストに投函しておく。病院給食室のスタッフがそれを回収して……という流れだ。ちなみに提出しなければ、Aのメニューが自動的に選ばれる仕組みになっている。
山のように届いた紙を見て、一人一人のメニューを決定していく……これが毎週、行われている。
M病院に勤める管理栄養士の増田亜子さんは、勤めてもう二十年になるベテランだ。子供の頃から料理を作るのが好きで、管理栄養士の資格を取った。その後このM病院に就職し、ずっと勤め続けている。とはいえ、二十年前に比べてシステムも求められるものも変化しておきており、仕事をこなすのに必死だった。
そんなある日、増田さんが仕事を一段落終え休憩しようかと思った時、同僚が話しかけてきた。同世代の女性で、普段から仲良くしている相手だった。
「ねえねえ増田さん、さっき選択食の紙をちらっと見たとき、変なのがあったのよ」
「変なの?」
「これ見て」
同僚が出したのは見慣れた選択食の用紙だ。あらかじめ病棟名や病室の番号、氏名まで印刷されているもの。
次週の選択食の A白身魚と野菜の蒸し焼き B豚肉のトマト炒め と記してある。
その下に、殴り書きのような字が書かれていた。
『そこに いするぎみさとはいますか』
「……何これ?」
増田さんは首を傾げた。
鉛筆のようなもので書かれたらしい。強く押し付けたのか、途中で芯が折れたような跡がついている。また、こすれて字が少し滲んでいた。字はお世辞にも綺麗とは言えない癖の強い字だった。
選択食については何も書かれておらず、そのメッセージのみ記載されていた。
「さっき回収してきたやつなんだけど、なんか怖くない? 字が普通じゃないのよ」
「いするぎみさとって、人の名前でしょう?」
「うちにそんな人いないけどね。なんでこんなメッセージを書いたのかしら」
「これ、元々誰の紙なの?」
氏名を確認してみると、『肝胆膵内科 森田明代』と書かれている。
増田さんは近くにあるパソコンで、森田明代のこれまでの食事を調べてみる。彼女は毎回選択食を選んで用紙を提出しているようだった。
「今までも出していたみたいだけど、メッセージみたいなのが書いてあるのって初めてよね?」
「そうだと思う。こんな変な殴り書きがあったら、話題になるもの」
「今回はAかBか丸もついてないし……」
増田さんは腕組みをして考える。用紙を提出しなければ全員Aの料理を提供することになっているが、今回は提出はしているが未選択。普通ならAを提供しておけばいいだろうが……。
「ちょっと病棟に電話して看護師に聞いてみますか」
何となくメッセージが気になった増田さんは、内線を使って病棟に連絡することにした。すぐ近くに設置してある白い電話を手にし、肝胆膵内科の番号を押す。相手はすぐに出た。