「クリスマス?」

 期待に満ちた目をするミトから『クリスマス』という初めて聞く言葉を聞かされた波琉は不思議そうにする。 

「うん、クリスマスだよ。波琉は知らない?」
「うん。知らないなぁ」

 天界から龍花の町に降りて16年は経つというのに、波琉はまったく聞き覚えがないようだ。

 波琉らしいといえば波琉らしい。

「どういうもの?」
「え? えーっと……」

 率直に聞かれたものの、ミトは言葉に詰まり、記憶をたたき起こす。

「ツリーを飾ったり、ケーキを食べたり、プレゼント交換をしたりするイベント……?」

 ミトも正直よく知らない。
 ただ、クリスマスの時期になると、村の子供たちは学校のイベントでクリスマス会をしたと話題にしていたり、友達で集まってクリスマスパーティーなるものをしたと楽しそうにしていたのだけが印象に残っていた。

 しかし、忌み子として村から煙たがられていたミトの家がクリスマスにケーキを買おうものなら大バッシングにあう。
 そもそも両親ですら滅多に村の外には出られなかったのでケーキが手に入るはずがない。

 ミトにできたのは、楽しそうにする子たちを羨ましく眺めるだけだ。

 だからこそ今誰にはばかることなく自由に行動できる今、クリスマスを楽しみたいと思ったのだが、いかんせん知識不足だった。

「そ、蒼真さーん~!」

 こういう時頼りになるのは蒼真である。
 蒼真はこうなると分かっていたのか、すでに屋敷でクリスマスのパーティーを行うための準備を済ませていた。

「さすが蒼真さん……」

 尊敬の眼差しを向けるミトに、蒼真はややげんなりとした顔をする。

「念のために用意しておいて正解だったな。まじでお前が暮らしてた村はどうなってんだ。そもそもクリスマスという行事がどんなものか知ってんのか?」
「へ?」

 よく分からないというように、ミトは首をかしげる。

「いや、いい。聞いた俺が間違ってた。とりあえず家族や恋人と過ごす行事とでも思ってろ」
「そうじゃないんですか?」
「当たらずとも遠からずだ。楽しめればそれでいいだろ。後は好きに騒げ」
「ありがとございます!」

 ミトにとっては初めてのクリスマス。
 たくさんの料理が並んだテーブルの上には大きな苺の乗ったクリスマスケーキがあり、ミトは目を輝かせた。

「ケーキだ!」

 嬉しそうに表情を明るくするミトを、両親はもちろんのこと、なにより波琉が微笑ましく見つめ、肩を抱き寄せた。

「ミトがそんなに喜ぶなら毎日がクリスマスでもいいね」
「うん!」
「いやいや、勘弁してくださいよ」

 手配をした蒼真だけは不満そうだ。

「まあまあ、ほら蒼真さんも一杯どうぞ」

 そう言って志乃がシャンパングラスを蒼真に手渡す。

「いや、俺は神薙だから……って、じじいはなに普通に団らんに加わってやがんだ」

 尚之はすでに準備万端とでもいうように、酒瓶を片腕に抱え、お猪口を持っている昌弘の隣に座って酒を注いでいる。
 もちろん自分のお猪口もあるようだら、

「ミトも波琉君もどうぞ」 

 ミトにはジュース、波琉にはシャンパンが志乃から渡される。

「それじゃあ、かんぱーい」

 ミトは波琉のグラスにコツンと当てて、初めてのクリスマスを祝った。