〈中学2年生 12月25日〉

 リビングルームの壁に飾られている色とりどりのオーナメント。窓ガラスには雪の結晶のステッカーが貼られていて、天井からはフェルトで作ったサンタクロースとトナカイのガーランドが吊るされている。

 チキンもシチューもグラタンも用意した。お店に頼むケーキだって今年はお母さんに手伝ってもらって手作りだ。玄関に置いてあるクリスマスツリーの点灯もばっちりだし、サンタさんの帽子だって被っている。それなのに、なんで、なんで……。

「なんで颯大(そうた)は来ないのっ!?」

 私はスマホを握りしめながら、眉間にしわを寄せた。

 昨日学校の終業式があり、今日から冬休み。うちの野球部は年末年始以外ほとんど休みなしの練習が続き、今年からマネージャーになった私も部員の体調管理や試合結果を記録するスコアブックの作成で大忙しだ。

 今日も午後3時まで部活があり、その後ダッシュで家に帰ってクリスマスパーティーの準備をした……のに、招待した私の幼なじみ――葉山(はやま)颯大が約束の時間になっても一向に来る気配がない。

「練習で疲れて、家で寝てるんじゃないの?」

 隣には私と同じサンタの帽子を被っている、もうひとりの幼なじみ・瀬戸(せと)瑞己(みずき)がいた。

 瑞己だけは学区違いで別の中学校に通っているけれど、颯大と同じ野球部に所属している。ふたりのポジションは颯大がピッチャーで、瑞己はバッター。今は来年の夏に開催される全国大会、いわゆる『中学の甲子園』と呼ばれる試合に出場するため、日々練習に明け暮れている。

「私も家で寝てるんじゃないかと思って仁美(ひとみ)おばさんに連絡したの。でも、家には帰って来てないって」

「じゃあ、練習終わりにどっか行ったってこと?」

「どうせ約束を忘れて遊んでるんだよ」

 颯大は、いつもそう。興味があるのは野球のことだけで、その他のことは基本的に乗り気じゃない。だけど、クリスマスだけは毎年パーティーをするって私が勝手に決めていて、去年も一昨年も、ううん、颯大とは生まれた時からずっと一緒にいるから計13回のクリスマスをともに過ごしてきた。

 だから、今年も当たり前みたいに一緒にいられると思っていたのに、スマホに電話しても、メッセージを送っても、なにひとつ反応がない状況だ。

「俺が颯大のことを捜してこようか?」

 しかめっ面の私を見て、瑞己が気遣ってくれた。

 今日のために用意したクリスマスパーティーのプログラム。予定どおりだったら、7時に我が家に集合して、雰囲気作りのためのクリスマスソングを一緒に歌い、自信作の料理をふたりに食べてもらった後に、プレゼント交換をするはずだった。だけど、颯大が来ないから全部が台無し。リビングの時計はすでに7時半を過ぎている。

『ねえ、約束の時間に遅れないでよね!』
『へいへい』
『本当に、ほんとーに時間どおりに来てね!』
『わかってるって』

 今日の部活終わり、私は何度も何度も颯大に念を押して時間を伝えたのに……。

里帆(りほ)、やっぱり颯大を捜しに行ってくるよ」

「……いい」

「え?」

「もう颯大なんていいから、ふたりで楽しもう!」

 せっかく作った料理を無駄にしたくないし、瑞己とふたりのパーティーも絶対楽しいに決まっている。クリスマスソングは省略して、取り皿に料理を分けていると、家のインターホンが鳴った。

 ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン。無遠慮に連打するその音で、誰が来たのかすぐにわかった。一言文句を言おうと思い、わざと足音を響かせて玄関に向かう。勢いよくドアを開けると、頭にうっすらと白いものを積もらせた颯大が立っていた。

「え、ゆ、雪?」

 嫌味っぽく『どちら様ですか?』なんて言ってやるつもりだったのに、珍しい雪につい気を取られてしまった。

「なんか急に降ってきたんだよ。俺、サンタクロースじゃね?」

 能天気な颯大の発言に、私はわかりやすくムッとした。

「サンタさんは遅刻なんてしません」

「あわてんぼうのサンタクロースは遅れてやってくるって知らねーの?」

「あわてんぼうのサンタさんは、遅刻じゃなくて、クリスマス前に来ますから」

「向こうにはほら、トナカイがいるじゃん。俺、ソリじゃなくて自分の足だし」

 堂々と約束の時間を破ったくせに、颯大に悪びれる様子は一切ない。それどころか許可してないのに、ズカズカと家に上がり込んできて、ダイニングテーブルに並べられた料理にすぐさま飛び付いていた。

「やべー超うまそう!」

 今日は楽しいクリスマスなんだから、怒っちゃダメ。でもきっと、今の私の顔はかなりの仏頂面になっているだろう。

「颯大、素直に謝ったほうがいいと思うよ」

 瑞己がそっと、颯大の肩に手を置いた。せっかく瑞己がやんわりと諭してくれているのに、颯大からの謝罪はなかった。

 ……もう、本当に颯大のバカバカ。必死に気持ちを切り替えた後、みんなで料理を食べて、プレゼント交換をすることになった。

「里帆、メリークリスマス」

「わあ、瑞己ありがとう。なにかな?」

 綺麗にラッピングされた箱を開けると、中にはモコモコの手袋が入っていた。ちょうど新しい手袋が欲しいと思っていて、お年玉を貰ったら買おうと思っていたところだった。

「手袋本当に嬉しいよ。大事に使うね。あ、私からのプレゼントはこれです!」

 そう言って渡したのは、瑞己に似合うと思って買ったマフラーだ。

「すごく暖かいよ。ありがとう」

 さっそくマフラーを首に巻いてくれた瑞己の横にいる颯大に目を向ける。まだ機嫌が直っていない私は「はい」と、素っ気なく彼にもマフラーを渡した。

「瑞己とおそろい?」

「瑞己のマフラーを選んだ時にたまたま色違いがあったから」

 本当は颯大に似合うマフラーが、偶然瑞己と同じだっただけなんだけど。

「おそろでしたら、瑞己と仲良しみたいじゃん」

「実際に仲良しでしょ。それで、そっちは?」

「なにが?」

「プレゼント交換」

「……忘れた」

 颯大が、そっぽを向いた。べつにプレゼントが欲しかったわけじゃない。でも、遅刻したり、プレゼントを忘れたり、私と同じように颯大はクリスマスを楽しみにしてくれてないと思ったら、少しだけ寂しくなった。


「瑞己、またね!」

 パーティーが終わり、家の前で瑞己を見送った。空からは、さっきよりも大きくなった雪が舞っている。たしか12月25日に雪が降ったらホワイトクリスマスって言うんだっけ。

「じゃあ、俺も帰るわ」

 マフラーを脇に抱えた颯大も歩き出す。私と彼の家は真向かい同士で、すぐに行き来できる距離にある。だから、颯大が練習終わりにまっすぐ帰っていれば遅刻することはなかったし、私もこんな気持ちにならなかったのに……。

「里帆、しっかり()れよ」

 颯大の声が聞こえ、俯いていた顔を上げた。彼が投げてきたものをキャッチすると、手の中でなにかがキラキラと光っていた。

「ゴールド(きゅう)ちゃんだ……!」

 思わず声を大きくしたのには、理由がある。

 ――それは一週間前。学校が終わった放課後、瑞己と待ち合わせをしていた地元のバッティングセンターに、颯大と先に到着した時のことだ。

 私は偶然、店内に貼られたチラシを見つけた。ホームラン賞を取ると野球ボールをモチーフにした球ちゃんストラップが貰えることは知っていたが、なんとクリスマスにホームランを打つとゴールド球ちゃんが貰えると書かれていた。

『颯大、ゴールド球ちゃんだって! 欲しくない!?』
『おいおい、騙されんなよ。どうせいつもの白の球ちゃんに金の塗装をしただけだって』
『それでもいいじゃん!』
『クリスマスはパーティーするんだろ。ここに来る時間なんてねーよ』
『たしかに、でも欲しいな……』

 あの時のやり取りを思い出す。颯大がゴールド球ちゃんを持っているということは、ひょっとして……。

「もしかして、私のためにホームランを打ってきてくれたの?」

「バカ。俺は投げる専門なんだよ。ギリギリかすってオマケしてもらった」

(かす)めるまで、やってくれたってこと?」

「やっぱ打つのは向いてねーわ」

 照れ隠しなのか、颯大はわざとらしく肩を回していた。

 ゴールド球ちゃんが貰えるまで、何回打ってくれたんだろう。きっと、時間がかかったはず。だから、彼はパーティーに間に合わなかった。最初からそう言ってくれたらよかったのにって思うけれど、颯大は昔から努力する姿を人に見せないタイプなのだ。

「ありがとう! 一生大切にする!」

 ゴールド球ちゃんを握りしめてお礼を伝えると、颯大はひらひらと後ろ向きで手を振った。そのまま家の中に入ったかと思えば、またゆっくりドアが開いた。

「マフラー、さんきゅ」

 バタンっと、ドアの向こうに消えていった颯大を見て、自然と笑みがこぼれた。

 彼は野球バカで、いつも飄々としていて、適当なところもあるけれど、私の夢である甲子園にいつか連れていってくれる人。そして、私の大好きな人。

「メリークリスマス、颯大」

 来年も再来年も、この先もずっと、きみが素敵な冬を連れてくる。