美鳥(みどり)高校。
 うちの隣に建っている高校。
 赤チェックのスカートと白いエリが特徴的な、「美高セーラ」の高校。

 物心ついたころには美高セーラーを着て街を歩く美高生(びこうせい)を日常的に見ていた。だんだん大きくなっていくうちに、美高がそれほど人気の高校ではないことを認識していった。私よりも筆算の遅いいとこのお姉ちゃんも受かったし、中学校では完全に幽霊部員だったお姉ちゃんも美高ではバスケ部のレギュラー。勉強も部活もそこそこに、とにかく高校生活をエンジョイしたい人が行くところなのだと理解していった。

 さて、時は流れ、中学生になった。あっという間に3年生。私は高校選びに真剣ではなかった。「いざとなったら、誰でも入れる、美高があるじゃん。」くらいに気楽に考えていた。制服だってかわいい。
 1年生の時はなんとなくトップ校の朝陽(あさひ)高校を目指すことにして、2年生で現実が見えてきたら中堅の中部高校、今年の春には現実的な第一高校と、目標がコロコロ変わった、というか下がった。
 親からは公立に行ってほしいけど、落ちたら私立の美高でもいい、と言われている。

 状況が変わったのは今年の春だった。

 美高の倍率が爆上がりしたのだ。
 美高は私立の女子校で、昨春、初めての東大合格生を出した。昨秋には合唱部の全国大会初出場も叶えている。
 美高進学は「公立落ちたら美高に行こう」という後ろ向きな選択肢だったのが、「部活も受験もやるなら美高」という前向きな選択肢に躍り出た。おかげで、倍率が爆上がり。
 例年、80名募集の専願受験は数名しか出願がないのに、今年の春は200名以上の出願者がいたらしい。併願受験ではまっとうな学校生活を送っていれば落ちることはなかったが、今年の春はクラスの真ん中くらいの学力だった生徒会の先輩も落ちた。併願受験の倍率は驚異の12倍。「美高に落ちた、公立行こう」という人も珍しくなくなった。

 一方、私の親友、香織(かおり)は中学校に入学してからずっと「美高生になる」ことを目標にしていた。美高セーラを着て、フードコートでハンバーガーを食べる姿を見せびらかすのを、本気で夢見ている中学生だった。
 美高がみんなの前向きな選択肢になったから、香織は血相を変えて勉強した。今年の春の入試状況を目の当たりにし、一緒に頑張っていた吹奏楽部も辞めて、塾にも通いだした。なかなか成績が上がらないみたいだけど、「美高生になる!」と毎日奮い立たせているらしい。

 初雪が降った。いよいよ私たちの受験が始まる。

 初雪を見たのは3の2教室だった。学校では最終的な受験校を決める三者面談の真っ最中だ。私と香織の三者面談は今日の放課後に予定されている。2人とも親が来るまで教室で勉強していることにした。

 「もー、受験って辛いよね。こんなのがまだ3月まで続くのかぁ。」

 この地域の高校入試は、12月の私立推薦受験、1月の私立専願受験、公立推薦受験、2月の公立一般受験、3月の私立併願受験という日程になっている。推薦受験、専願受験は合格したらその学校に入学しなくてはならないが、一般受験、併願受験は入学辞退も可能だ。美高は推薦受験をやっていないので、実質受験が始まるのは1月からだ。
 私は公立が本命で、推薦がもらえる成績ではないので、2月、3月が試験となるが、香織は私立の美高が本命だから1月から3月までの長丁場となる。

 「香織は公立どこ受けるの?」

 「一応、中部を受けようと思ってるけど、望洋に上げないかって言われてるんだよね。でも、私は公立が滑り止めだから、やっぱり、安全圏の中部にしようかな、ってところ。」

 きいておいて失礼だが、「そうなんだ。」としか言いようがない。

 「ねーねー、高校生になったらさ、2人で制服マックしよう。別の高校でもさ。」

 「うん、そうだね。」

 私にはそんな生返事しかできなかった。
 正直、私の学力では安全圏の高校なんてない。割とやさしめの第一だって相当勉強しないと無理だ。隣町の高校なら定員割れてるし、入れないこともないだろうけど、相当荒れているウワサが絶えない。
 そんな高校に3年も通えない。荒れているやつらと同じ目で見られてしまう。そして私も荒れの道へと落ちていく。そんな未来が見える。それは嫌だけど今の私の最も現実的な高校生活。
 制服マックなんて夢のまた夢。

 隣町は追加受験でも受かるから、まずはどうかな、第一を一般受験で受けて、あとは美高。何で受けようかな。専願受験だと1月中に進路が決まるから、早く決めて落ち着きたい感もある。
 「早く決めて落ち着きたい」なんて、必死で美高を目指している香織には言えない。こんな学力で、人気沸騰中の美高に合格出来るとは思っていないけど、「早く決めるために受ける」なんていうのも、失礼な気がする。

 「香織、行くわよ。」

 うまく話せないうちに、香織のお母さんが呼びに着た。香織の面談は予定調和らしく、目安の10分きっかりで終了した。次は私の番だ。