デスゲームがはじまらない

 そういえばさっきから体育会系を見ない。

「ところで体育会系は?」
「体育会系って……お前、あいつにそんなあだ名つけてたのか」
 
 神経質にいわれ、僕は頷いた。

「そういえばそうだなぁ? 今の悲鳴で起きてきてもいいはずだし」

 チャラ男が体育会系の部屋ってここだっけ、といいながら一つの扉をノックした。違う、そこは僕の部屋だ。

「こっちですよ」
と僕が隣のドアをノックした。

「体育会系さーん」僕が声をかけるが、返事はない。

「そんなあだ名で返事するかな」と神経質がいうが、そもそも部屋の中から物音がしない。神経質と顔を見合わせ、頷いて部屋のドアをゆっくりと開けた。

「……あっ」

 体育会系までも、床に倒れている。そして床に広がる血と……

「かたわらに……筋トレ用品が」

 重量挙げ選手がオリンピックなどで使うようなバーベルだ。
なぜこれが体育会系の部屋にだけついているんだ、というツッコミをしたかったが……それよりも。

「トレーニング用品に血がついてる……今回も頭を打ったのか」
 
 僕の独り言に、チャラ男は吐き捨てた。

「偶然にしては起こりすぎ。さすがに今回ばかりは他殺だろ」

 神経質は口をとがらせる。

「いや、確かに連続しすぎて不自然だけれども……さすがにこの重量挙げ選手が上げるような代物を凶器に使える俺らの中にはいない。この状況で筋トレすんのかよ、っていいたくもなるけど、事故だろうな」

 なんてことだ、続々と事故で死んでいく、だと……?
 まだ他殺の可能性だっていくらか……
 
てこの原理(トリック)をつかえば……」
「てこの原理、っていえば何でもできる気でいるんじゃねーよ! ねえよ!」
「ぐぬぬ」

 死亡3名目:体育会系
 死因:筋トレ用品で頭を打ちつけ死亡(事故死)

 残り 4人
 まさかの4人になってしまった。

 立て続けに事故死、それも2名……いや、ゲームマスター(ピエロ男)を含めると3名だ。
 
 誰もしばしの間、口を開かなかったが、神経質がしびれを切らしたように口を開いた。
「念のため聞くけど……時計、もってるヤツいるか?」
「ない」チャラ男は舌打ちした。
「もってないわ……」紅一点は不安げにいった。

「そうなんだよ、時間が……わからないんだ」と僕も答えた。
「3日、といっていた。でも、何時間経過したかわからないんだよな」

 神経質の言葉に、全員が頷いた。
 こうしている次の瞬間に、首輪が爆発して全員死亡かもしれない。
体感的には、まだ1日。でも確証はない。

 誰しもそこに、ひっかかっていたのだろう。
 でも、いったところで無駄だろうとも思っていた。
 
 ――時間がわからない緊張感の中での殺し合いも加味されているのだと。

「ところでチャラ男」
「モブ男、お前……俺にそんなあだ名をつけてたのかよ……ってか、他もあだ名つけてるんだろ? 何て呼んでるんだ?」

「スーツのそいつは神経質、女はそのまま紅一点」
「ははっ、合ってて笑える。他のメンバーもそれでいいや。で、モブ男……俺にいいたいこと、あったんだろ? なんだよ」

「探偵の部屋に行っていただろ? 用事はなんだった?」
「……そうだな。俺が最初に広間にいったとき、誰もいなかった。けど、メモが落ちてて」

 チャラ男はポケットから紙を取り出した。

――ハンデをかかえたあなたに贈り物です。

 それだけが書かれたメモ用紙。

「なんのことだろう、と思って。でも、これをさっさと見せるのはなんだか怖いな、って思って――しばらく様子を見ようと思ってさ。探偵ならその風貌からして、推測してくれそうだろ? だから、いってみたら――」

 チャラ男は真剣な表情だ。嘘をいっているようには見えないが、それも演技でないとはいいきれない。
「ハンデ?」

 なんのことだろうか。

「全く想像がつかないな」
 
 パッといわれていてわかるのは……女性の紅一点なら、ハンデといえるくらいだろうか。男3人は同じことを思ったのか、一斉に紅一点を見つめる。

「……知らないわよ」

 ため息をつき、それだけを返す。
 たとえ知っていたとしても、言わないだろうなというのが僕の見解だ。
 神経質は頭を抱えながら、僕たちを見つめた。

「なあ、時間がわからない、ってことはさ……俺らいつ死ぬんだろう」
「は? 知るかよそんなの」

 チャラ男がうんざりとした顔で神経質を睨みつける。

「今、何時間経過してるかわからないんだろ? これから眠って、次は起きるのか? もう3日目に到達して――首輪が爆発して、次は起きてこれないかもしれないじゃんか。いつ死んだって、おかしくないんだから。それならさ、いまここでジャンケンでもして、生き残るヤツを決めた方が――」

「ジャンケン? 嫌よ、そんなの」

「ふざけんなよ! 俺だってそんなので決めたくないし、そもそも死にたくねえよ!」 

「じゃあ多数決で……」

「生き残るのは一人だろ? 他には全員死ぬことを納得しろってか? 誰も納得しないだろ。」

 チャラ男は神経質に掴みかかった。

「でもそれじゃあ――殺し合いしなきゃ決まらないじゃん。それか全員死ねよ」

 神経質は薄く笑い、狂気の瞳を浮かべ、僕たちを見たままで。

「その瞳をやめろ、殺すぞ」

 相当にイラついたのか、チャラ男が首を絞め始めた。
 まずい、このままでは――
 
「おい、危ないだろ! ちょっと2人とも、やめろって!」

 僕は思わず、止めようとチャラ男の首を――正しく言えば、首輪を掴んだ。
そして、つい何も考えずに引っ張ってしまったのだ――。

 僕が後ろにひっぱったことによって、チャラ男も反動でよろけ、転ばぬように何かにつかまろうと思ったのだろう。だが、場所が悪かった。神経質の首輪をもって――

 カチッ、と音が響いた気がした。
 
 ドサッ、という音と共に、僕の目の前には、悶える2人の姿があった。
 そうだった、首輪は無理に外そうとすると毒針が(●●●●●●●●●●●●)――!
 首から血が滴り落ちる。太い毒の針が見えて――チャラ男は、僕を見た。

「ご、ごめん。すぐに助け――」

 謝ったけれども、ダメだった。
 2人とも、もうこと切れている。

「わざとじゃ、ないんだ……」

 しんと静まり返った広間で、僕の言葉が静かに響いた。
 そして、次の瞬間に紅一点が動いた――

 死亡4-5名目:チャラ男、神経質
 死因:首輪を外そうとして毒針が撃ち込まれ死亡

 残り 2人
 生き残ったのは見た目が平凡な「モブ男」と、私だけだった。

 まさか、最初に真っ先に退場しそうな――この男がここまで……頭の切れる男だとは思わなかった。私はモブ男から十分な距離を取りながら、来ないように無言で制止すべく片手を上げる。

「紅一点」
「こないで」

 そういって、ポケットから拳銃を取り出した。拳銃を見た瞬間、モブ男は固まった。

「メモの文面と雰囲気から、やっぱり紅一点がハンデをもらっていのか。そうだと思った」

 そこまで見込んでいるとは。

「……全て把握していた、ということね? 最後の一人になれば助かるなら、もう素顔を隠しておく必要ないものね。お互いに」

 私の言葉に、モブ男は笑みを浮かべた。

「それなら、拳銃を渡してくれ」
「……馬鹿じゃないの? この状況でどうしてあなたに渡せるっていうのよ」
「拳銃を渡してくれないと、俺が自殺できない」

 思わず、ハッ、と私は笑ってしまった。

「――その言葉を信じるヤツが、どこにいるっていうの」
「俺は自殺志願者だから」
「もう一度いうけど、その言葉を信じるヤツが、どこにいるっていうの」
 
 モブ男は黙りこんだ。
 どのような言葉であれ、どちらかが懐柔されてしまったら終わりだ。
 拳銃を構えながら、私はじっとモブ男から目を離さないようにする。

 さっさと終わらせた方がいいのはわかってる。でも、たった引き金をひとつ引くだけ――それでも、いざ人を殺すとなると、緊張するものだ。

「冥途の土産に教えてあげる」

「やめろ、自分で死亡フラグを立てるな」
 理解不能な言葉をモブ男はいった。かまわずそのまま、私は続ける。

「探偵の部屋のボールペンでの転倒死は本当に事故だと思う。けど、体育会系の部屋に行ったのは――私よ。確実に邪魔が入らない状況で、探る必要があると踏んで。色々と発していた言葉と様子から、おいそれと人を殺せるタイプじゃないとも思ってたし。だから、部屋に行ってあれこれと誘惑してみたら、嬉々として筋トレしてくれた――それで」
 
「転ばせたのか?」

「いいえ。実はね……体育会系の靴は滑りやすくなっていたのよ。床との相性が悪くて。だから、事故といえば事故なんだわ。仕向けたのは私だけど」
 
 それをどう捉えるかは彼に任せよう。 

「死んでくれる?」
「確実に当ててくれるんなら。その距離じゃ外すだろう」

 近寄らせるための誘いに乗るわけにはいかない。
 両手でしっかりと持ち、しっかりと狙って引き金を引いた。
 
 バン、という音と衝撃が腕と耳を伝う。
 
 当たり前だけれども、拳銃を撃つのは初めてだった。

 2-3回火花が散って、私の腹部に痛みが走る。想像以上の謎の痛みに、拳銃を滑り落としてしまった。

「おい!」
 
 モブ男が私に走ってきた。
 腹部にじんわりと血が広がっている。

 ――何が起こったのかわからなかった。

「跳弾か!」

 それで理解した。
 弾は外れて無機質な広間内で跳ねて、私に当たった――偶然にも。

「これも……自殺……かしら」

 それだけいって、私は目を閉じた。

 紅一点は目を閉じ、そのまま眠るように息を引き取った。

 首輪がカチリ、という音が聞こえて外れる。

 やがて、広間にあったドアの一つが大きく開いた。

 外への、脱出経路だろう。
 願わくば僕でなく、紅一点を生き残らせたかったのだけれども……。

 やはりだめだ。
 死を望むと、周りが死んでいく。

 もう二度と、死を望まぬように――考えを改めた方がいいのかもしれない。
 

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