十六夜と残月は、図書館の廊下を走っていた。
「紫と言ったら?」
「ええっと……ランジェリー!」
「おま……その手のマンガ読み過ぎ!」
しょうもないことを言う残月に、思わず十六夜がポカリと小突く。それに残月はぶーぶーと唇を尖らせる。
「でも紫って、なかなか思いつかないっすよね? 絵の具でだって紫はつくるもんであって最初から入ってないし」
「だからあの生徒会長も選んだんだろうけどな」
そうは言っても、十六夜は残月に余計なことを言われたせいで、紫イコール女性下着以外出てこず、頭に何度違うものを探そうとしても、出てこなくなっていた。
髪を引っ掻く。水泳部は帽子にさえ髪が入れば、比較的髪型は自由だった。野球部のように坊主を強制されることもない。
「参ったな、なんか本に詳しい居待さんでも捕まえればよかった」
「図書委員だしねえ。多分詳しかったとは」
「あの子もひとりですたこらさっさといなくなっちゃったから……うん?」
走っていて、本を大量に載せた返却用カートが通せんぼしていることに気付いた。
「なんだあ? これそういうトラップかあ?」
「あの生徒会長がやったんすかねえ」
「どれどれ……」
どうにかカートを移動させようとしたが、それが異様に重い。
「これ……カートの容量ギリギリまで本載せてないか? 全然、動かない……」
「動かないに決まってるでしょ」
ポツンと冷たい顔で、カートの向こう側にいる居待と十六夜の目が合った。十六夜はほっとしたように声をかける。
「ああ、ちょうどよかった。居待さん。紫のもの知らない? あとここどけて欲しいんだけど」
「道は他にもあるでしょう? 生徒会長避けなんだけど、これ」
「そりゃそうなんだけど」
「……私、十六夜くんには絶対に色を渡さない」
「えっ?」
残月は驚いて居待と十六夜を見比べた。十六夜は困った顔をしている一方、普段大人しいはずの居待があからさまに饒舌になり、口も悪くなっているのに困惑している。
残月の困惑をよそに、居待は吐き捨てるように言ってのけた。
「このまま生徒会長に刺されて死ね」
「ちょっ! 居待ちゃん、そういうのはダメだって!」
「残月くんはコウモリなんだから、要領よく付き合う相手は選んだら?」
「ええ? コウモリってなによ、居待ちゃん、居待ちゃーん!!」
居待は残月の情けない声を無視して、そのままさっさと奥に引っ込んでしまった。残月はあわあわとして十六夜を見る。
「どうしよ……もう望月ちゃんたちはいないし……」
「……あの女がここでバリケード張ってるってことは、このバリケードの向こうに確実に紫のもんがあるってことだろ」
「ちょっとぉ、十六夜くんまでなによ?」
普段のさわやかスポーツマンの口調が変わり、途端にガラが悪くなるのに、残月はついていけていない。
十六夜は狡猾に笑いながら、本棚を見た。本棚の一段の本をわざわざバリケードに使うためにカートに移動させていたらしい。それを確認した十六夜は「その本棚倒すぞ」と残月に言い出すのに、残月は悲鳴を上げる。
「ちょっ! ここの図書館円形でしょ!? 本棚ひとつ倒したら、他の皆も」
どう考えても下手なことをしたらドミノ倒しになるのが目に見えているが、十六夜はあっさりと「だから?」と言う。
「巻き込むかもな。でも生徒会長は身動き取れない。俺たちのふたり勝ちだ。それで居待をなじればいい。お前のせいで、皆ペシャンコになったって」
そうケタケタ笑うのに、残月はぞっとした。
スポーツマンシップという枷がなければ、途端に運動神経がよくって体力も有り余っている人間は獰猛で理不尽な暴力装置と化す。
残月は居待の言い捨てた言葉を思い返した。
(……付いていく人間、間違えた)
やけに暑苦しいが、望月に着いていったほうが、確実に無事に紫の色を見つけられただろうに。そう悔やんだが、今は十六夜と一緒に本棚を倒すほうが先だった。
****
文学の項目で、平安文学でどうにか紫の色を見つけ、朧と弓張もほっとひと息ついていた。一方望月は本を抱えながら、心配そうに廊下を覗いている。
「居待さんや十六夜くん、大丈夫かな……」
「そりゃ居待さんだったら図書委員だし、無事に紫色の目星を付けて達成してるだろ。十六夜たちはどうだかわからんけどさ」
「うん……」
居待が本気で十六夜に死んで欲しがっていたことを思う。そのせいで望月は目を離した隙にいなくなっていた居待が無茶なことをしてないか心配になっていた。
そして、廊下に出ていた望月はドドドドドと音が立つのに気付き、慌ててふたりに振り返る。
「本棚のところから出て!」
「なに……なんだ、この音」
「本棚がドミノ倒しになってる! このままだと潰される!」
「げえ……!!」
望月は慌ててふたりを廊下に出すと、三人は呆気に取られてドミノ倒しの棚を眺めていた。本が勢いよく棚から溢れ、ぶち撒けられていく。そして埃で煙を立てながら倒れていく棚。廊下にはぶちまけられた本が落ちてきて、さながら色の濁流と化していた。
「誰か……本棚を倒したのか?」
「でもなんのために……これじゃ紫なんて見つけられないんじゃ」
「あらあらあら、困りましたね」
その声に、三人はビクッと肩を跳ねさせた。
生徒会長が堂々と望月の積み上げた本のバリケードを崩して突破し、本棚が次々と濁流を起こしながら倒れていく様を鑑賞していたのだ。
そして三人をちらりと見た。
「はい、たしかに紫を手にしていますね。合格です。さて、残りの三人を見てきましょうか」
「……待って、もしこの事故で巻き込まれて人が色を探し出せなかったり、この事故で巻き込まれて死んでいた場合、ルールとしてはどうなるんですか?」
「色鬼ですから。色を触れなかった時点で、鬼が捕まえたら失格です。しっかり食べられてもらいましょう」
「あとひとつ。紫色のものを、まだ紫のものを触ってない人に渡すのは、色鬼のルールとしてありですよね?」
望月の言葉に、生徒会長はニコリと笑った。
「あなたがたが紫から一度でも手を離したら、その時点で鬼の捕食対象ですが、ルールを守っている間は捕食しません。そういうことです」
そう言い残して、棚の倒れた方向へと走って行ってしまった。残り三人を探し出すつもりだろう。それに望月は唇を噛む。
弓張は望月を見る。
「……この倒れた本棚から、紫を見つけ出すのは無理じゃないか?」
「でも……このまんまだったら、三人とも……」
「……ちょっと待って。紫から一度でも手を離したら、生徒会長に刺されるけど。紫を増やす方法はなくない?」
「ええ?」
朧はなにかに気付いたのか、ポケットを漁った。そしてスマホを取り出す。
「……ネットはアンテナが立ってない。でも、写真アプリは使えるっぽい。よし」
「あっ……ああ!」
朧がやろうとしていることに、慌てて望月と弓張もそれに続き、三人はそれぞれ手にしている紫の箇所をアプリで写真に収めはじめる。
「俺たちはスマホ画面を抑えていれば、殺されることはない。あとは俺たちの持っている本を届ければ」
「……生徒会長に刺される条件は失われる!」
あとは生徒会長より先に、残りの三人を探し出すだけだ。
倒れた本棚の波を、三人は必死で本棚を起こして道をつくり、倒れてこないように崩れた本を重しにして、少しずつ道を進みはじめた。
「紫と言ったら?」
「ええっと……ランジェリー!」
「おま……その手のマンガ読み過ぎ!」
しょうもないことを言う残月に、思わず十六夜がポカリと小突く。それに残月はぶーぶーと唇を尖らせる。
「でも紫って、なかなか思いつかないっすよね? 絵の具でだって紫はつくるもんであって最初から入ってないし」
「だからあの生徒会長も選んだんだろうけどな」
そうは言っても、十六夜は残月に余計なことを言われたせいで、紫イコール女性下着以外出てこず、頭に何度違うものを探そうとしても、出てこなくなっていた。
髪を引っ掻く。水泳部は帽子にさえ髪が入れば、比較的髪型は自由だった。野球部のように坊主を強制されることもない。
「参ったな、なんか本に詳しい居待さんでも捕まえればよかった」
「図書委員だしねえ。多分詳しかったとは」
「あの子もひとりですたこらさっさといなくなっちゃったから……うん?」
走っていて、本を大量に載せた返却用カートが通せんぼしていることに気付いた。
「なんだあ? これそういうトラップかあ?」
「あの生徒会長がやったんすかねえ」
「どれどれ……」
どうにかカートを移動させようとしたが、それが異様に重い。
「これ……カートの容量ギリギリまで本載せてないか? 全然、動かない……」
「動かないに決まってるでしょ」
ポツンと冷たい顔で、カートの向こう側にいる居待と十六夜の目が合った。十六夜はほっとしたように声をかける。
「ああ、ちょうどよかった。居待さん。紫のもの知らない? あとここどけて欲しいんだけど」
「道は他にもあるでしょう? 生徒会長避けなんだけど、これ」
「そりゃそうなんだけど」
「……私、十六夜くんには絶対に色を渡さない」
「えっ?」
残月は驚いて居待と十六夜を見比べた。十六夜は困った顔をしている一方、普段大人しいはずの居待があからさまに饒舌になり、口も悪くなっているのに困惑している。
残月の困惑をよそに、居待は吐き捨てるように言ってのけた。
「このまま生徒会長に刺されて死ね」
「ちょっ! 居待ちゃん、そういうのはダメだって!」
「残月くんはコウモリなんだから、要領よく付き合う相手は選んだら?」
「ええ? コウモリってなによ、居待ちゃん、居待ちゃーん!!」
居待は残月の情けない声を無視して、そのままさっさと奥に引っ込んでしまった。残月はあわあわとして十六夜を見る。
「どうしよ……もう望月ちゃんたちはいないし……」
「……あの女がここでバリケード張ってるってことは、このバリケードの向こうに確実に紫のもんがあるってことだろ」
「ちょっとぉ、十六夜くんまでなによ?」
普段のさわやかスポーツマンの口調が変わり、途端にガラが悪くなるのに、残月はついていけていない。
十六夜は狡猾に笑いながら、本棚を見た。本棚の一段の本をわざわざバリケードに使うためにカートに移動させていたらしい。それを確認した十六夜は「その本棚倒すぞ」と残月に言い出すのに、残月は悲鳴を上げる。
「ちょっ! ここの図書館円形でしょ!? 本棚ひとつ倒したら、他の皆も」
どう考えても下手なことをしたらドミノ倒しになるのが目に見えているが、十六夜はあっさりと「だから?」と言う。
「巻き込むかもな。でも生徒会長は身動き取れない。俺たちのふたり勝ちだ。それで居待をなじればいい。お前のせいで、皆ペシャンコになったって」
そうケタケタ笑うのに、残月はぞっとした。
スポーツマンシップという枷がなければ、途端に運動神経がよくって体力も有り余っている人間は獰猛で理不尽な暴力装置と化す。
残月は居待の言い捨てた言葉を思い返した。
(……付いていく人間、間違えた)
やけに暑苦しいが、望月に着いていったほうが、確実に無事に紫の色を見つけられただろうに。そう悔やんだが、今は十六夜と一緒に本棚を倒すほうが先だった。
****
文学の項目で、平安文学でどうにか紫の色を見つけ、朧と弓張もほっとひと息ついていた。一方望月は本を抱えながら、心配そうに廊下を覗いている。
「居待さんや十六夜くん、大丈夫かな……」
「そりゃ居待さんだったら図書委員だし、無事に紫色の目星を付けて達成してるだろ。十六夜たちはどうだかわからんけどさ」
「うん……」
居待が本気で十六夜に死んで欲しがっていたことを思う。そのせいで望月は目を離した隙にいなくなっていた居待が無茶なことをしてないか心配になっていた。
そして、廊下に出ていた望月はドドドドドと音が立つのに気付き、慌ててふたりに振り返る。
「本棚のところから出て!」
「なに……なんだ、この音」
「本棚がドミノ倒しになってる! このままだと潰される!」
「げえ……!!」
望月は慌ててふたりを廊下に出すと、三人は呆気に取られてドミノ倒しの棚を眺めていた。本が勢いよく棚から溢れ、ぶち撒けられていく。そして埃で煙を立てながら倒れていく棚。廊下にはぶちまけられた本が落ちてきて、さながら色の濁流と化していた。
「誰か……本棚を倒したのか?」
「でもなんのために……これじゃ紫なんて見つけられないんじゃ」
「あらあらあら、困りましたね」
その声に、三人はビクッと肩を跳ねさせた。
生徒会長が堂々と望月の積み上げた本のバリケードを崩して突破し、本棚が次々と濁流を起こしながら倒れていく様を鑑賞していたのだ。
そして三人をちらりと見た。
「はい、たしかに紫を手にしていますね。合格です。さて、残りの三人を見てきましょうか」
「……待って、もしこの事故で巻き込まれて人が色を探し出せなかったり、この事故で巻き込まれて死んでいた場合、ルールとしてはどうなるんですか?」
「色鬼ですから。色を触れなかった時点で、鬼が捕まえたら失格です。しっかり食べられてもらいましょう」
「あとひとつ。紫色のものを、まだ紫のものを触ってない人に渡すのは、色鬼のルールとしてありですよね?」
望月の言葉に、生徒会長はニコリと笑った。
「あなたがたが紫から一度でも手を離したら、その時点で鬼の捕食対象ですが、ルールを守っている間は捕食しません。そういうことです」
そう言い残して、棚の倒れた方向へと走って行ってしまった。残り三人を探し出すつもりだろう。それに望月は唇を噛む。
弓張は望月を見る。
「……この倒れた本棚から、紫を見つけ出すのは無理じゃないか?」
「でも……このまんまだったら、三人とも……」
「……ちょっと待って。紫から一度でも手を離したら、生徒会長に刺されるけど。紫を増やす方法はなくない?」
「ええ?」
朧はなにかに気付いたのか、ポケットを漁った。そしてスマホを取り出す。
「……ネットはアンテナが立ってない。でも、写真アプリは使えるっぽい。よし」
「あっ……ああ!」
朧がやろうとしていることに、慌てて望月と弓張もそれに続き、三人はそれぞれ手にしている紫の箇所をアプリで写真に収めはじめる。
「俺たちはスマホ画面を抑えていれば、殺されることはない。あとは俺たちの持っている本を届ければ」
「……生徒会長に刺される条件は失われる!」
あとは生徒会長より先に、残りの三人を探し出すだけだ。
倒れた本棚の波を、三人は必死で本棚を起こして道をつくり、倒れてこないように崩れた本を重しにして、少しずつ道を進みはじめた。



