生徒会長のカウントダウンが聞こえるものの、いきなり紫を探すとなったら、頭になかなか思い浮かばない。
必死に望月は走りながらも、朧はきょろきょろと図書館を見上げていた。学校の図書館ならば、【現代文学】【参考書】【図鑑】などの表札が掲げられているのだが、ここは数字とアルファベットで区分されていて、図書館司書でもなかったらここの図書館がどうなっているのか把握が無理だった。
ただただ生徒会長への距離を稼ぐので精一杯。ぜいぜいと息を切らしながらも、望月は本を見上げる。ここの項目は純文学らしくて、昔の本ばかりが出てくる。
一緒に走っていた朧は、意気消沈している弓張の首根っこを掴んでいた。弓張はまだ目に力が戻ってないものの、朧にただ引きずられているのではなく、一緒に走っているのだから、まだ生きる気力はあるのだろう。
望月は息を切らしながらも、どうにか声を張り上げて、頭を働かそうと試みる。
「紫ってなにが出てくる!?」
「オオムラサキ」
朧はダウナーな分だけ、力は未だに温存しているようだった。息ひとつ切らしてないのに、彼の要領のよさを思った。
「それって蝶々の!?」
「そうそう。でもこの辺りだったら『源氏物語』を探したほうがいいかもな」
「……紫式部は、さすがに紫には該当しないんじゃないかな」
「いや、いけるかもしれない」
そう言い出したのは、有明の死を引きずりつつも、なんとか顔を上げた弓張だった。それに望月は振り返る。
「そうなの?」
「紫は平安時代だと禁色だから……帝が出る部分だったら、その色を使った着物が出てくるかも」
「だとしたら……挿絵のある奴を探せばいいよね」
振り返ると、純文学コーナーには児童向けのやや文字が大きく絵も綺麗なものから、文字ばかりをぎっちりと詰め込まれている。それを三人で片っ端から本を引っ張り出していった。その中、弓張が「該当のものがない本は、廊下に積んだほうがいい」と言い出した。
「どうして……ぐちゃぐちゃになるんじゃ」
「まだ本が見つからないんだ。まだカウント中だが、生徒会長が来る」
「ああ……動線、だね」
生徒会長に刺されるのを少しでも遅くするべく、ロシア文学全集やら英国文学史やらの本を積み上げ、廊下を封鎖しはじめる。その間に、必死で紫の挿絵の描かれた本を探しはじめた。
一方、朧は文庫本の何冊かを無理矢理ブレザーの中に突っ込んでいることに気付いた。
「ちょっと……図書館の本を借りパクする気!?」
「ここ異界だろ、気にするとこそこかよ」
「そうなんだけど……」
「生徒会長に刺されたときの対策だよ。背中、胸、文庫本で補強して、ナイフに刺されてもガードしとくんだよ」
「ああ、なるほど」
有明は無防備に生徒会長に抗議に行った結果、彼女の手持ちのナイフで背中を深く刺されて絶命した。つまり、刺されたときに対策を立てられれば、命を落とさずに安心して鬼の権限を奪うことができるはずだ。
そうこうしている間に、日本文学のコーナーに辿り着き、比較的カラー挿絵の多めの本を発見した。
「ああ、あった! 紫!」
ちょうど帝が出てくる話のおかげで見つけ出し、望月は震えた。それでポンと紫の部分を抑えるが、三人が抑えるにはその紫の部分は小さい。
「……残り二冊探さなきゃ」
「ならそこの本積んで。望月はもう紫を見つけたんだから殺されることはないだろうし、俺たちで探すから。残り二冊くらいなら楽勝であるだろ」
「うん」
こうして、ふたりが必死に紫の挿絵を探している中、望月は廊下に本を積み上げつつ、バラバラになってしまった残りの面子のことを考えた。
(……大丈夫なのかな。居待さん、思いとどまってくれるといいけど……でも)
居待は図書委員であり、活字中毒の部類だ。これだけ広い図書館であったとしても、彼女はこの図書館の特徴を探り当て、紫のものを探し出すだろうが。
(……居待さんが誰かを見殺しにするとしたら、ここしか思いつかない……)
思いとどまってくれないかと、廊下を気にするが、この図書館はどうもぐるりと円形になっているようで、どの本棚に今彼女がいるのかは、廊下を見るだけでは探し出すことが不可能だった。
せめてもの抵抗で、望月は必死に廊下に本を積み、バリケードを造り上げていく。それで少しでも生徒会長の被害を抑え、皆が助かる道が見つかるようにと、必死に抵抗を重ねていた。
****
居待にとって、図書館はシェルターであり、ゆりかごだった。
本が好きというだけで勝手に頭がいいとされ、委員会活動を押しつけられる。他の委員はなんだか嫌だった。上がり症の居待は誰かを仕切る役割のある学級委員も風紀委員も嫌だし、放送活動をしないといけない放送委員も嫌だった。運動が嫌いなため、体育委員は論外だし、誰かのために行動しないといけない保健委員も嫌だった。
そんなイヤイヤ期の幼児のような居待にとって、唯一居心地のいい委員が図書委員だった。本を片付け、貸出申請を行う。委員会活動中は本が読み放題、借り放題。いくら本が好きでも小遣いと本棚には限りがあり、そんなに足繁く本屋に通うこともできない高校生の身としては、図書委員は本当にありがたい仕事だったのだが。
世の中、それだけ本が生き甲斐だという人はいないのだ。
居待は図書委員活動をしている中、「ギャハハハハハ……」とうるさい男子たちが閲覧席で騒いでいるのが見えた。その日は雨。雨でプールが使えず練習ができない水泳部員たちがたむろしていたのだ。
「あの、うるさいので静かにしてもらえませんかって、言いに言っちゃ駄目でしょうか」
図書館司書に抗議をしたが、司書は首を振った。
「やめておいたほうがいいわ。あの子たち、強化選手が出た選ばれた学年だって増長しているみたいだから。危ないわ」
運動部は練習期間中は公休が与えられ、その間はなにをしていても怒られない。今日は本来ならば大会練習だったがために、うるさくとも学校視点では大事な広告塔だから丁重に扱わなければいけなかった。
だからこそ、居待は静かに関わりなく動いていたが。たまたまその中で中心にいる男子と目が合ってしまった。十六夜はクラスでこそさわやかスポーツマンで通っているが、彼が弱いと判断した人間に対してはその限りではない。
一瞬口元が歪んだことに、居待は気付いた。
(な、なに……?)
彼女はカウンターの中に戻り、ガクガクと震えていた。
居待はなにもしていない。ただ、世の中には目が合った、たまたま目に留まった。たったそれだけの理由で理不尽な目に遭わせようとしてくる連中というのがいるのだ。
彼らは誰でもよかった訳ではない。家が警察官家系の望月や、元々正義感が強い上にガチガチの倫理観を持ち絶対に教師に通告するような有明は、獰猛な男子も絶対に狙わない。
弱くて、誰ともつるんでなくて、なんでもかんでも腹に溜め込むようなタイプの女子。彼らからすると、これほどターゲットにふさわしい女子はいなかったのである。
「居待さん、委員会終わったら暇?」
「……っ! 暇じゃ、ないです。家に、急いで帰らないと駄目で……」
「大丈夫大丈夫、ちょっとその辺寄らない? ほら、旧校舎とか」
「……っ!」
彼女は断り切ることも、図書館司書に助けを求めることもできず、自分より縦にも横にも大きな男子たちに取り囲まれ、ほとんど連行されるように旧校舎に連れて行かれてしまったのだ。
必死に望月は走りながらも、朧はきょろきょろと図書館を見上げていた。学校の図書館ならば、【現代文学】【参考書】【図鑑】などの表札が掲げられているのだが、ここは数字とアルファベットで区分されていて、図書館司書でもなかったらここの図書館がどうなっているのか把握が無理だった。
ただただ生徒会長への距離を稼ぐので精一杯。ぜいぜいと息を切らしながらも、望月は本を見上げる。ここの項目は純文学らしくて、昔の本ばかりが出てくる。
一緒に走っていた朧は、意気消沈している弓張の首根っこを掴んでいた。弓張はまだ目に力が戻ってないものの、朧にただ引きずられているのではなく、一緒に走っているのだから、まだ生きる気力はあるのだろう。
望月は息を切らしながらも、どうにか声を張り上げて、頭を働かそうと試みる。
「紫ってなにが出てくる!?」
「オオムラサキ」
朧はダウナーな分だけ、力は未だに温存しているようだった。息ひとつ切らしてないのに、彼の要領のよさを思った。
「それって蝶々の!?」
「そうそう。でもこの辺りだったら『源氏物語』を探したほうがいいかもな」
「……紫式部は、さすがに紫には該当しないんじゃないかな」
「いや、いけるかもしれない」
そう言い出したのは、有明の死を引きずりつつも、なんとか顔を上げた弓張だった。それに望月は振り返る。
「そうなの?」
「紫は平安時代だと禁色だから……帝が出る部分だったら、その色を使った着物が出てくるかも」
「だとしたら……挿絵のある奴を探せばいいよね」
振り返ると、純文学コーナーには児童向けのやや文字が大きく絵も綺麗なものから、文字ばかりをぎっちりと詰め込まれている。それを三人で片っ端から本を引っ張り出していった。その中、弓張が「該当のものがない本は、廊下に積んだほうがいい」と言い出した。
「どうして……ぐちゃぐちゃになるんじゃ」
「まだ本が見つからないんだ。まだカウント中だが、生徒会長が来る」
「ああ……動線、だね」
生徒会長に刺されるのを少しでも遅くするべく、ロシア文学全集やら英国文学史やらの本を積み上げ、廊下を封鎖しはじめる。その間に、必死で紫の挿絵の描かれた本を探しはじめた。
一方、朧は文庫本の何冊かを無理矢理ブレザーの中に突っ込んでいることに気付いた。
「ちょっと……図書館の本を借りパクする気!?」
「ここ異界だろ、気にするとこそこかよ」
「そうなんだけど……」
「生徒会長に刺されたときの対策だよ。背中、胸、文庫本で補強して、ナイフに刺されてもガードしとくんだよ」
「ああ、なるほど」
有明は無防備に生徒会長に抗議に行った結果、彼女の手持ちのナイフで背中を深く刺されて絶命した。つまり、刺されたときに対策を立てられれば、命を落とさずに安心して鬼の権限を奪うことができるはずだ。
そうこうしている間に、日本文学のコーナーに辿り着き、比較的カラー挿絵の多めの本を発見した。
「ああ、あった! 紫!」
ちょうど帝が出てくる話のおかげで見つけ出し、望月は震えた。それでポンと紫の部分を抑えるが、三人が抑えるにはその紫の部分は小さい。
「……残り二冊探さなきゃ」
「ならそこの本積んで。望月はもう紫を見つけたんだから殺されることはないだろうし、俺たちで探すから。残り二冊くらいなら楽勝であるだろ」
「うん」
こうして、ふたりが必死に紫の挿絵を探している中、望月は廊下に本を積み上げつつ、バラバラになってしまった残りの面子のことを考えた。
(……大丈夫なのかな。居待さん、思いとどまってくれるといいけど……でも)
居待は図書委員であり、活字中毒の部類だ。これだけ広い図書館であったとしても、彼女はこの図書館の特徴を探り当て、紫のものを探し出すだろうが。
(……居待さんが誰かを見殺しにするとしたら、ここしか思いつかない……)
思いとどまってくれないかと、廊下を気にするが、この図書館はどうもぐるりと円形になっているようで、どの本棚に今彼女がいるのかは、廊下を見るだけでは探し出すことが不可能だった。
せめてもの抵抗で、望月は必死に廊下に本を積み、バリケードを造り上げていく。それで少しでも生徒会長の被害を抑え、皆が助かる道が見つかるようにと、必死に抵抗を重ねていた。
****
居待にとって、図書館はシェルターであり、ゆりかごだった。
本が好きというだけで勝手に頭がいいとされ、委員会活動を押しつけられる。他の委員はなんだか嫌だった。上がり症の居待は誰かを仕切る役割のある学級委員も風紀委員も嫌だし、放送活動をしないといけない放送委員も嫌だった。運動が嫌いなため、体育委員は論外だし、誰かのために行動しないといけない保健委員も嫌だった。
そんなイヤイヤ期の幼児のような居待にとって、唯一居心地のいい委員が図書委員だった。本を片付け、貸出申請を行う。委員会活動中は本が読み放題、借り放題。いくら本が好きでも小遣いと本棚には限りがあり、そんなに足繁く本屋に通うこともできない高校生の身としては、図書委員は本当にありがたい仕事だったのだが。
世の中、それだけ本が生き甲斐だという人はいないのだ。
居待は図書委員活動をしている中、「ギャハハハハハ……」とうるさい男子たちが閲覧席で騒いでいるのが見えた。その日は雨。雨でプールが使えず練習ができない水泳部員たちがたむろしていたのだ。
「あの、うるさいので静かにしてもらえませんかって、言いに言っちゃ駄目でしょうか」
図書館司書に抗議をしたが、司書は首を振った。
「やめておいたほうがいいわ。あの子たち、強化選手が出た選ばれた学年だって増長しているみたいだから。危ないわ」
運動部は練習期間中は公休が与えられ、その間はなにをしていても怒られない。今日は本来ならば大会練習だったがために、うるさくとも学校視点では大事な広告塔だから丁重に扱わなければいけなかった。
だからこそ、居待は静かに関わりなく動いていたが。たまたまその中で中心にいる男子と目が合ってしまった。十六夜はクラスでこそさわやかスポーツマンで通っているが、彼が弱いと判断した人間に対してはその限りではない。
一瞬口元が歪んだことに、居待は気付いた。
(な、なに……?)
彼女はカウンターの中に戻り、ガクガクと震えていた。
居待はなにもしていない。ただ、世の中には目が合った、たまたま目に留まった。たったそれだけの理由で理不尽な目に遭わせようとしてくる連中というのがいるのだ。
彼らは誰でもよかった訳ではない。家が警察官家系の望月や、元々正義感が強い上にガチガチの倫理観を持ち絶対に教師に通告するような有明は、獰猛な男子も絶対に狙わない。
弱くて、誰ともつるんでなくて、なんでもかんでも腹に溜め込むようなタイプの女子。彼らからすると、これほどターゲットにふさわしい女子はいなかったのである。
「居待さん、委員会終わったら暇?」
「……っ! 暇じゃ、ないです。家に、急いで帰らないと駄目で……」
「大丈夫大丈夫、ちょっとその辺寄らない? ほら、旧校舎とか」
「……っ!」
彼女は断り切ることも、図書館司書に助けを求めることもできず、自分より縦にも横にも大きな男子たちに取り囲まれ、ほとんど連行されるように旧校舎に連れて行かれてしまったのだ。



