弓張の止血も空しく、有明の脈は完全に事切れ、物言わぬ死体となってしまった。
それに振り返ることなく、生徒会長はにこやかに告げた。
「それでは、次は本番です。皆さん頑張って色鬼をして遊びましょう」
生徒会長の言葉に、望月は苛立つ。
(遊ぶんじゃなくって、こちらを弄んでいるんでしょうが、この外道が……!)
思ったが言わない。さすがに凶器を持っている相手に無理なことは言わなかった。朧は気怠げに弓張の元に寄っていった。
「弓張、もうその辺にしとけ」
「……彼女の遺体はこのままか」
「こんなところで埋めることもできねえし。重いから運んでやれねえし。今はこれを突破することを心がけよ」
「……すまん」
普段年不相応に落ち着いている弓張の年相応さが見えたのが、よりによって好きな人の死を目前にしてというのは、あんまりにも無情過ぎる。
望月は朧のフォローに感謝しつつ、残っている面々に振り返った。
十六夜は生徒会長を一瞥しつつ、「負けなかったら死なないだろ」と一蹴していた。人よりも体力があり、運動神経も冴え渡っているのだから、生徒会長から逃げ切るだけならばいくらでもできるし、色さえ見つければ死なないというルールな以上、普通にしていればまず死なないだろう。
そんな十六夜に「ホントすげえっすな、十六夜きゅんは」と残月が媚びを売っていた。彼は基本的にあまりにも軟弱が過ぎる性格で、普段彼を叱咤していた有明が死んでしまった以上、この中で生き残る算段の高い十六夜に媚びてなんとか生き残ろうとするのはわかりやすいが。
(だとしたら……問題は居待さんか)
この中で一番運動神経がない上に、自己主張が乏しい彼女は、誰かが見てあげなければ、真っ先に生徒会長の生け贄になりかねない。そう判断した望月は「居待さん」と声をかけた。居待はパッと顔を上げた。
「望月さん……」
「なんだか怖いよね。これ。今回はチュートリアルだからって、なんとかなったけど、それでも有明ちゃんが殺されちゃったし」
「はい……有明さん、しっかりした人でしたのに」
「うん。有明ちゃんは私たちに生き残るための情報を残してくれたからさ、せめて私たちだけでも、なんとかクリアして、ここから脱出しよう。ねっ?」
「……待ってください。この色鬼……生き残る方法ってあるんですか?」
「あるよ。これは朧くんの考案意見だけどね」
望月は朧の考えた意見を居待に伝えると、少しだけ難しい顔をして俯いた。
「……それ、十六夜くんと残月くんも生き残りませんか?」
「えっ? そりゃふたりともクラスメイトなんだから、一緒に脱出したほうが……」
「だって、チャンスなんですよ?」
普段おどおどしている居待が、珍しくはっきりと言い切ったことに、望月は少しだけたじろぐ。
「居待さん……?」
「ここは異界です。あの生徒会長は超能力みたいなことをして私たちを弄んで、平気で有明さんを殺しますけど……でもここでは人死にが起こったとしても、日本の法律では裁けません。だからチャンスなんです」
「ちょっと……なにを言って」
「……ゴミを殺すのに、躊躇できないんです」
普段、居待はそんなに強い言葉を使わない。それに望月はおずおずと彼女を見た。
図書委員は、基本的にクラスの中でも「本を読んでそう」「大人しくって言うこと聞きそう」という人が選ばれて、そこに投下される委員である。居待の場合は、元々本が好きな上に大人しそうだからという理由で選ばれたのだから、なにかしら思うところがあるんだろうが。
「ちょっと……クラスメイトでしょう? なにも、殺さなくっても」
「……望月さんはいいですよね。清廉潔白に生きられて。力があって、実家も警察官の家だから、なにかあったらご両親に言えばいいんですから。発言力だって高い」
「ちょっと、居待さん!?」
望月はこの会話を他の面々が聞いてないかと心配したが、幸いなことに残月が十六夜にひたすらゴマを擦っている光景と、弓張に何個か言葉を投げかけている朧で、こちらのほうを見ているのはよくも悪くも生徒会長しかいなかった。
居待はまるで、のぼせ上がったかのように、普段の彼女では考えられないような言葉を紡ぐ。
「あなたには絶対に、人を殺したくて殺したくってたまらないって気持ち、わからないかと思います」
それだけ言い切って、彼女は黙り込んでしまった。
望月は背中が冷たい汗で貼り付き、体が急激に冷えていくのを感じていた。
(ちょっと……こんなところで殺人事件は、マズいんじゃ……)
集団行動は、なにかの拍子で箍が外れる。
ひとりひとりでは善良な人間も、集団になった途端に暴力的になり、学級崩壊が起こったクラス、いじめや自殺の起こったクラス、その手の例には暇がない。
今、この異界に必要なものは団結力だ。その中でひとりでも殺人を許容してしまえば……敵は生徒会長だけでなくなり、一気にここが誰が敵か味方もわからない、パンデミックのど真ん中に変わってしまう。
(これは……せめて誰かに相談しないと……)
このとき、一番頼りになるのは弓張だ。朧は日和見が過ぎ、十六夜は快活だがよくわからない。残月はあまりにもコウモリが過ぎるため、結局望月が弱音を吐き出せる相手は、弓張くらいになる。だが。
(今の弓張くんは、有明ちゃんが死んだことでナーバスになってる。そんなところで、さらに殺人予告の内容なんて相談できるの? そもそも朧くんと一緒にいるし……朧くんだったら十中八九居待さんを見捨てるって言う……)
一番頼りになるのは弓張だが、一番付き合いが長いのは朧だ。学級委員コンビとして付き合いが長かった関係で、彼のダウナーで日和見、人に対してかなり一線引いた冷めた目をして見ていることまで熟知していた。
彼は危険人物と判断した居待を庇うとは、とてもじゃないが思えない。
(……だとしたら、十六夜くんたちに言う? 居待さんのこと。でも……)
そもそも望月は、居待が十六夜や残月のなにに対してそこまで怒っているのかをわかっていない。だから下手に刺激をしたら、その時点で居待は殺される可能性が高い。十六夜はこの中で一番体格に恵まれているのだから、文学少女の居待なんて相手にならない。残月は普段こそお調子者だが、彼は自分に分の悪い立ち回りをすることがまずなく、居待に殺されかけても正当防衛に見せてなにかしてしまうかもしれない。
(どうしよう……誰にも相談できない)
望月がキュッと唇を噛み締めたところで、生徒会長が「それでは」と手を叩いた。
パン。パン。
それは校庭から体育館にいきなり移動したのと同じく、自分たちはいきなり視界が変わってことで酔ったが、それも一瞬。目を瞬かせて、辺りを見た。
「えっ、ここは……」
「はい、それでは本番行ってみましょう。本番ではカウントは20まで増えますが、その分色を探し出すのも大変になりますので、皆さん協力しながら探してくださいね。次に探す色は……紫です。それではイーチ、ニー……」
生徒会長がカウントをはじめたので、ひとまず皆一斉に走り出した。
……飛ばされた場所は図書館。自分たちの学校のものよりも、明らかに大きい、迷子になりそうな場所が、次のレクリエーションの場だった。
それに振り返ることなく、生徒会長はにこやかに告げた。
「それでは、次は本番です。皆さん頑張って色鬼をして遊びましょう」
生徒会長の言葉に、望月は苛立つ。
(遊ぶんじゃなくって、こちらを弄んでいるんでしょうが、この外道が……!)
思ったが言わない。さすがに凶器を持っている相手に無理なことは言わなかった。朧は気怠げに弓張の元に寄っていった。
「弓張、もうその辺にしとけ」
「……彼女の遺体はこのままか」
「こんなところで埋めることもできねえし。重いから運んでやれねえし。今はこれを突破することを心がけよ」
「……すまん」
普段年不相応に落ち着いている弓張の年相応さが見えたのが、よりによって好きな人の死を目前にしてというのは、あんまりにも無情過ぎる。
望月は朧のフォローに感謝しつつ、残っている面々に振り返った。
十六夜は生徒会長を一瞥しつつ、「負けなかったら死なないだろ」と一蹴していた。人よりも体力があり、運動神経も冴え渡っているのだから、生徒会長から逃げ切るだけならばいくらでもできるし、色さえ見つければ死なないというルールな以上、普通にしていればまず死なないだろう。
そんな十六夜に「ホントすげえっすな、十六夜きゅんは」と残月が媚びを売っていた。彼は基本的にあまりにも軟弱が過ぎる性格で、普段彼を叱咤していた有明が死んでしまった以上、この中で生き残る算段の高い十六夜に媚びてなんとか生き残ろうとするのはわかりやすいが。
(だとしたら……問題は居待さんか)
この中で一番運動神経がない上に、自己主張が乏しい彼女は、誰かが見てあげなければ、真っ先に生徒会長の生け贄になりかねない。そう判断した望月は「居待さん」と声をかけた。居待はパッと顔を上げた。
「望月さん……」
「なんだか怖いよね。これ。今回はチュートリアルだからって、なんとかなったけど、それでも有明ちゃんが殺されちゃったし」
「はい……有明さん、しっかりした人でしたのに」
「うん。有明ちゃんは私たちに生き残るための情報を残してくれたからさ、せめて私たちだけでも、なんとかクリアして、ここから脱出しよう。ねっ?」
「……待ってください。この色鬼……生き残る方法ってあるんですか?」
「あるよ。これは朧くんの考案意見だけどね」
望月は朧の考えた意見を居待に伝えると、少しだけ難しい顔をして俯いた。
「……それ、十六夜くんと残月くんも生き残りませんか?」
「えっ? そりゃふたりともクラスメイトなんだから、一緒に脱出したほうが……」
「だって、チャンスなんですよ?」
普段おどおどしている居待が、珍しくはっきりと言い切ったことに、望月は少しだけたじろぐ。
「居待さん……?」
「ここは異界です。あの生徒会長は超能力みたいなことをして私たちを弄んで、平気で有明さんを殺しますけど……でもここでは人死にが起こったとしても、日本の法律では裁けません。だからチャンスなんです」
「ちょっと……なにを言って」
「……ゴミを殺すのに、躊躇できないんです」
普段、居待はそんなに強い言葉を使わない。それに望月はおずおずと彼女を見た。
図書委員は、基本的にクラスの中でも「本を読んでそう」「大人しくって言うこと聞きそう」という人が選ばれて、そこに投下される委員である。居待の場合は、元々本が好きな上に大人しそうだからという理由で選ばれたのだから、なにかしら思うところがあるんだろうが。
「ちょっと……クラスメイトでしょう? なにも、殺さなくっても」
「……望月さんはいいですよね。清廉潔白に生きられて。力があって、実家も警察官の家だから、なにかあったらご両親に言えばいいんですから。発言力だって高い」
「ちょっと、居待さん!?」
望月はこの会話を他の面々が聞いてないかと心配したが、幸いなことに残月が十六夜にひたすらゴマを擦っている光景と、弓張に何個か言葉を投げかけている朧で、こちらのほうを見ているのはよくも悪くも生徒会長しかいなかった。
居待はまるで、のぼせ上がったかのように、普段の彼女では考えられないような言葉を紡ぐ。
「あなたには絶対に、人を殺したくて殺したくってたまらないって気持ち、わからないかと思います」
それだけ言い切って、彼女は黙り込んでしまった。
望月は背中が冷たい汗で貼り付き、体が急激に冷えていくのを感じていた。
(ちょっと……こんなところで殺人事件は、マズいんじゃ……)
集団行動は、なにかの拍子で箍が外れる。
ひとりひとりでは善良な人間も、集団になった途端に暴力的になり、学級崩壊が起こったクラス、いじめや自殺の起こったクラス、その手の例には暇がない。
今、この異界に必要なものは団結力だ。その中でひとりでも殺人を許容してしまえば……敵は生徒会長だけでなくなり、一気にここが誰が敵か味方もわからない、パンデミックのど真ん中に変わってしまう。
(これは……せめて誰かに相談しないと……)
このとき、一番頼りになるのは弓張だ。朧は日和見が過ぎ、十六夜は快活だがよくわからない。残月はあまりにもコウモリが過ぎるため、結局望月が弱音を吐き出せる相手は、弓張くらいになる。だが。
(今の弓張くんは、有明ちゃんが死んだことでナーバスになってる。そんなところで、さらに殺人予告の内容なんて相談できるの? そもそも朧くんと一緒にいるし……朧くんだったら十中八九居待さんを見捨てるって言う……)
一番頼りになるのは弓張だが、一番付き合いが長いのは朧だ。学級委員コンビとして付き合いが長かった関係で、彼のダウナーで日和見、人に対してかなり一線引いた冷めた目をして見ていることまで熟知していた。
彼は危険人物と判断した居待を庇うとは、とてもじゃないが思えない。
(……だとしたら、十六夜くんたちに言う? 居待さんのこと。でも……)
そもそも望月は、居待が十六夜や残月のなにに対してそこまで怒っているのかをわかっていない。だから下手に刺激をしたら、その時点で居待は殺される可能性が高い。十六夜はこの中で一番体格に恵まれているのだから、文学少女の居待なんて相手にならない。残月は普段こそお調子者だが、彼は自分に分の悪い立ち回りをすることがまずなく、居待に殺されかけても正当防衛に見せてなにかしてしまうかもしれない。
(どうしよう……誰にも相談できない)
望月がキュッと唇を噛み締めたところで、生徒会長が「それでは」と手を叩いた。
パン。パン。
それは校庭から体育館にいきなり移動したのと同じく、自分たちはいきなり視界が変わってことで酔ったが、それも一瞬。目を瞬かせて、辺りを見た。
「えっ、ここは……」
「はい、それでは本番行ってみましょう。本番ではカウントは20まで増えますが、その分色を探し出すのも大変になりますので、皆さん協力しながら探してくださいね。次に探す色は……紫です。それではイーチ、ニー……」
生徒会長がカウントをはじめたので、ひとまず皆一斉に走り出した。
……飛ばされた場所は図書館。自分たちの学校のものよりも、明らかに大きい、迷子になりそうな場所が、次のレクリエーションの場だった。



