次の瞬間、いきなり視界が大きく切り替わった。
「……ええ?」
思わず望月は目を擦る。次、頬をつねる。
「どうしよう朧くん、頬が痛い。朧くんもつねる?」
「つねらない。でもなにここ。ここどこ?」
望月はおろおろしている中、普段からやる気のない朧もいささか動揺したように声を上擦らせていた。
有明が叫ぶ。
「なにここ! それにいきなり夜になったんだけど!?」
「有明ちゃん落ち着いてぇ……それに校舎なくなってない?」
クラス委員たちが立ち尽くす場所。
空には月がぽっかりと浮かび、真っ暗。星がひとつも浮かんでいない。それだけだったらまだいいが。
空が異様に高いのだ。ここは中途半端な街が中途半端につくった学校であり、新校舎は四階建てでそこそこ高いはずなのに、新校舎ひとつがまるまる消えてしまっている。その上。目の前には旧校舎だけあるが、旧校舎はいつも錆びた雰囲気がしているのが、異様に新しく見える。ただそもそもここには光源らしき光源がないため、夜に旧校舎だけ建っているというのは、不気味以外の何物でもなかった。
全員がざわついている中、パンパンと手を叩く音が響いた。
パン。パンパン。パン。
その音のほうに視線を移すと、今までいなかったはずの少女がいることに全員がぎょっとした。そもそも彼女の着ている制服がおかしいのだ。
新校舎が建ち並んだときから、制服は男女共にブレザーに変わっていた。しかし彼女が着ているのは、旧校舎時代のセーラー服。真っ黒な地に白いリボンタイのそれは、ひどく昭和の空気を思わせた。
全員が唖然と彼女を眺めると、彼女はニコリと笑う。
「皆さんが黙ってこちらに視線を集中するまで、三十秒かかりました。まあ、まずまずですね?」
「……誰?」
勇気を出して切り出したのは、残月だった。それに彼女は微笑んだまま答える。
「はい、皆さんの生徒会長です。ここに委員会の皆さんを集めたのは他でもありません。皆でレクリエーションをするためです」
「はあ?」
有明はイラついたように声を上げる。
普通に考えて異常なのだ。夕方から急に夜になったかと思ったら、旧校舎しかない場所にいて、そこで生徒会長を名乗る不審者に声をかけられ、レクリエーションを誘われる。怪しさしかない。
「私たち、こんなところで油売っている暇ないんだけど!? なにここ。そもそも新校舎は
!?」
「騒がないでください。風紀委員は皆さんの風紀をまとめる方ではなかったのですか?」
生徒会長の指摘に、有明は押し黙る。
それに望月は困惑しながら、弓張に視線を移した。弓張はというと、ほぼ凝視といった状態で生徒会長を見ている。普段冷静な弓張とは思えないほどに、焦燥の念が感じ取れる。
(普段から弓張くんは霊感みたいなものがあるみたいだけど……そんな弓張くんが脅えてる……?)
ここがどこかはさておいて、どう考えても異常事態だということは間違いない。
しかしそれ以外はなにもわからない上に、ここからどうやって帰ればいいのかもわからない。
今にも泣き出しそうな顔で、脅えきっている居待。我関せずという顔で、のんびりと旧校舎を眺めている十六夜。いつもの通りにがなり立てている有明や、いつもの通りにひょうきんなリアクションを取っている残月のほうが、まだ健全だ。ここはなにもかもがおかしくなってしまう。
そう結論付けた望月が、生徒会長と同じく手を叩いた。
「とりあえず有明ちゃんも残月くんも落ち着いて。ひとまずは生徒会長さんの話を聞いてみようよ」
「望月……でも……」
「有明ちゃん」
望月は有明の耳に口を寄せる。
「ここがどこかわからないし、帰り方もわからないんだから。まずは生徒会長にできる限りしゃべらせて、帰り方割らせようよ」
「……わかった」
ひとまず落ち着いたところで、望月は声をかけた。
「はい、すみません。これでオッケーです」
「さすがは学級委員。クラスメイトを取りまとめるのはお手の物ですね。いいことです」
そもそも彼女は何故か望月たちがクラス委員だということ、誰がどの委員を担当しているかを知っていることが不可解だった。
ひとまず、全員並ぶ。本来ならばここは中庭であり、植え込みに季節の植物が植わっているはずだが、今ここはグラウンドのようで、だだっ広くぺんぺん草すら映えていない景色が広がっていた。
そこに立って、生徒会長が宣言する。
「それでは、皆さんと一緒にするレクリエーションはですね。色鬼です」
「……はあ?」
誰からともなく声が出た。
思わず十六夜が声を上げた。
「色鬼っていうと……鬼が色を当てたら、その色を持てばいいって奴ですか?」
「はい、そうなりますね。鬼をひとり決め、鬼が指定した色を触る。色を探している間、鬼は逃げた人を追いかけ、触れば次の鬼になります。規定時間内に色を見つけてしまえば生き残れるのですから、楽ですね?」
色鬼は小学時代に遊ぶ鬼ごっこのバリエーションのひとつだ。
昔だったら鬼が走り出した頃に高いところに規定時間いたら鬼にならずに住む高鬼、触った相手が鬼にならずに凍らされるからもう一度触って凍りから解放しないといけないこおり鬼、鬼になったら手を繋いで、どんどん仲間を増やしていく手繋ぎ鬼などがあるが、色鬼は実のところそこまでメジャーではない。
というのも、色鬼は着ている服が定められている体育の時間ではほぼほぼ取り上げられることがなく、公園や広場など、遊ぶ場所の少なくなっている今の小学生では、誰かから教わらない限りはまず遊ぶ機会がない。
それに残月が「はいはーい!」と手を挙げる。
「はい、放送委員」
「そもそもここ、暗くないっすか? それで色鬼で遊べと言われても、色がわからないと言いますか」
「そうですね、ここはルール説明をしているだけで、遊ぶ場所ではありませんから。まずは、手本を見せましょう」
生徒会長がそう言った瞬間。
またしてもいきなり視界が変わった。真っ暗な場所から、いきなり明るい場所に来たことで、全員の目がチカチカとする。
目に星が飛んだような感覚を覚えつつ、何度もしきりに望月が目をパチパチとさせている中、「ここ……」と朧の声を聞いた。
「ここ……体育館?」
「待って! さっき体育館なんてなかったわよ!?」
有明が叫ぶのももっともだ。さっき立っていたグラウンドには、旧校舎しかなかった。それ以外は本当になにもなかった。
それこそ。学校の外すらなにも見えないという、異常な光景だったのだ。なのに。
明るい照明、バスケットボールのポスト、物置。放送ボックスまで。ここはどう見ても誰もが想像する体育館の中だった。
「……都市伝説」
ボソリと声を上げたのは、弓張だった。それに望月は思わず「弓張くん?」と聞き返す。
「……旧校舎には異界に引きずり込まれるって噂が流れていたし、実際にここも、常識が通用するとは思えない」
「そんな……だったら、私たちここから出られないの? 意味もわからないまま?」
「いや、それはどうだろう」
弓張と望月の会話に、朧が割り込んだ。
「朧くんはどう思うの?」
「そもそも生徒会長が不条理なのはいいとして、あれはずっとルール説明したがってんだからさ。いちいち生徒会長のやらかしにリアクション取るより先に、ルールしゃべらせようや。望月はすぐ人の反応に反応で返すからよくない」
「……っ、ごめん」
朧のダウナーが過ぎるが、それが逆に頭を冷やすほどには冷静なことに、望月は少しだけほっとした。
「……ええ?」
思わず望月は目を擦る。次、頬をつねる。
「どうしよう朧くん、頬が痛い。朧くんもつねる?」
「つねらない。でもなにここ。ここどこ?」
望月はおろおろしている中、普段からやる気のない朧もいささか動揺したように声を上擦らせていた。
有明が叫ぶ。
「なにここ! それにいきなり夜になったんだけど!?」
「有明ちゃん落ち着いてぇ……それに校舎なくなってない?」
クラス委員たちが立ち尽くす場所。
空には月がぽっかりと浮かび、真っ暗。星がひとつも浮かんでいない。それだけだったらまだいいが。
空が異様に高いのだ。ここは中途半端な街が中途半端につくった学校であり、新校舎は四階建てでそこそこ高いはずなのに、新校舎ひとつがまるまる消えてしまっている。その上。目の前には旧校舎だけあるが、旧校舎はいつも錆びた雰囲気がしているのが、異様に新しく見える。ただそもそもここには光源らしき光源がないため、夜に旧校舎だけ建っているというのは、不気味以外の何物でもなかった。
全員がざわついている中、パンパンと手を叩く音が響いた。
パン。パンパン。パン。
その音のほうに視線を移すと、今までいなかったはずの少女がいることに全員がぎょっとした。そもそも彼女の着ている制服がおかしいのだ。
新校舎が建ち並んだときから、制服は男女共にブレザーに変わっていた。しかし彼女が着ているのは、旧校舎時代のセーラー服。真っ黒な地に白いリボンタイのそれは、ひどく昭和の空気を思わせた。
全員が唖然と彼女を眺めると、彼女はニコリと笑う。
「皆さんが黙ってこちらに視線を集中するまで、三十秒かかりました。まあ、まずまずですね?」
「……誰?」
勇気を出して切り出したのは、残月だった。それに彼女は微笑んだまま答える。
「はい、皆さんの生徒会長です。ここに委員会の皆さんを集めたのは他でもありません。皆でレクリエーションをするためです」
「はあ?」
有明はイラついたように声を上げる。
普通に考えて異常なのだ。夕方から急に夜になったかと思ったら、旧校舎しかない場所にいて、そこで生徒会長を名乗る不審者に声をかけられ、レクリエーションを誘われる。怪しさしかない。
「私たち、こんなところで油売っている暇ないんだけど!? なにここ。そもそも新校舎は
!?」
「騒がないでください。風紀委員は皆さんの風紀をまとめる方ではなかったのですか?」
生徒会長の指摘に、有明は押し黙る。
それに望月は困惑しながら、弓張に視線を移した。弓張はというと、ほぼ凝視といった状態で生徒会長を見ている。普段冷静な弓張とは思えないほどに、焦燥の念が感じ取れる。
(普段から弓張くんは霊感みたいなものがあるみたいだけど……そんな弓張くんが脅えてる……?)
ここがどこかはさておいて、どう考えても異常事態だということは間違いない。
しかしそれ以外はなにもわからない上に、ここからどうやって帰ればいいのかもわからない。
今にも泣き出しそうな顔で、脅えきっている居待。我関せずという顔で、のんびりと旧校舎を眺めている十六夜。いつもの通りにがなり立てている有明や、いつもの通りにひょうきんなリアクションを取っている残月のほうが、まだ健全だ。ここはなにもかもがおかしくなってしまう。
そう結論付けた望月が、生徒会長と同じく手を叩いた。
「とりあえず有明ちゃんも残月くんも落ち着いて。ひとまずは生徒会長さんの話を聞いてみようよ」
「望月……でも……」
「有明ちゃん」
望月は有明の耳に口を寄せる。
「ここがどこかわからないし、帰り方もわからないんだから。まずは生徒会長にできる限りしゃべらせて、帰り方割らせようよ」
「……わかった」
ひとまず落ち着いたところで、望月は声をかけた。
「はい、すみません。これでオッケーです」
「さすがは学級委員。クラスメイトを取りまとめるのはお手の物ですね。いいことです」
そもそも彼女は何故か望月たちがクラス委員だということ、誰がどの委員を担当しているかを知っていることが不可解だった。
ひとまず、全員並ぶ。本来ならばここは中庭であり、植え込みに季節の植物が植わっているはずだが、今ここはグラウンドのようで、だだっ広くぺんぺん草すら映えていない景色が広がっていた。
そこに立って、生徒会長が宣言する。
「それでは、皆さんと一緒にするレクリエーションはですね。色鬼です」
「……はあ?」
誰からともなく声が出た。
思わず十六夜が声を上げた。
「色鬼っていうと……鬼が色を当てたら、その色を持てばいいって奴ですか?」
「はい、そうなりますね。鬼をひとり決め、鬼が指定した色を触る。色を探している間、鬼は逃げた人を追いかけ、触れば次の鬼になります。規定時間内に色を見つけてしまえば生き残れるのですから、楽ですね?」
色鬼は小学時代に遊ぶ鬼ごっこのバリエーションのひとつだ。
昔だったら鬼が走り出した頃に高いところに規定時間いたら鬼にならずに住む高鬼、触った相手が鬼にならずに凍らされるからもう一度触って凍りから解放しないといけないこおり鬼、鬼になったら手を繋いで、どんどん仲間を増やしていく手繋ぎ鬼などがあるが、色鬼は実のところそこまでメジャーではない。
というのも、色鬼は着ている服が定められている体育の時間ではほぼほぼ取り上げられることがなく、公園や広場など、遊ぶ場所の少なくなっている今の小学生では、誰かから教わらない限りはまず遊ぶ機会がない。
それに残月が「はいはーい!」と手を挙げる。
「はい、放送委員」
「そもそもここ、暗くないっすか? それで色鬼で遊べと言われても、色がわからないと言いますか」
「そうですね、ここはルール説明をしているだけで、遊ぶ場所ではありませんから。まずは、手本を見せましょう」
生徒会長がそう言った瞬間。
またしてもいきなり視界が変わった。真っ暗な場所から、いきなり明るい場所に来たことで、全員の目がチカチカとする。
目に星が飛んだような感覚を覚えつつ、何度もしきりに望月が目をパチパチとさせている中、「ここ……」と朧の声を聞いた。
「ここ……体育館?」
「待って! さっき体育館なんてなかったわよ!?」
有明が叫ぶのももっともだ。さっき立っていたグラウンドには、旧校舎しかなかった。それ以外は本当になにもなかった。
それこそ。学校の外すらなにも見えないという、異常な光景だったのだ。なのに。
明るい照明、バスケットボールのポスト、物置。放送ボックスまで。ここはどう見ても誰もが想像する体育館の中だった。
「……都市伝説」
ボソリと声を上げたのは、弓張だった。それに望月は思わず「弓張くん?」と聞き返す。
「……旧校舎には異界に引きずり込まれるって噂が流れていたし、実際にここも、常識が通用するとは思えない」
「そんな……だったら、私たちここから出られないの? 意味もわからないまま?」
「いや、それはどうだろう」
弓張と望月の会話に、朧が割り込んだ。
「朧くんはどう思うの?」
「そもそも生徒会長が不条理なのはいいとして、あれはずっとルール説明したがってんだからさ。いちいち生徒会長のやらかしにリアクション取るより先に、ルールしゃべらせようや。望月はすぐ人の反応に反応で返すからよくない」
「……っ、ごめん」
朧のダウナーが過ぎるが、それが逆に頭を冷やすほどには冷静なことに、望月は少しだけほっとした。



