生徒会長を見下ろしながら、望月は震える。
こちらは人ひとりを殴るのですら怖くておそろしいというのに、彼女は涼しい顔をして自ら三人ほど手にかけているのだ。彼女には躊躇という言葉が全くない。
(お願いだから、早く鬼の権限を寄越して……!)
望月は必死にそう願うが、生徒会長は淡々とした調子で続ける。
「三人のうち、誰が鬼になるか決めてください。鬼になったら、きちんと色を指定して、色鬼を続行させてくださいね」
「……鬼が飽きた、やめたい場合はどうなる?」
弓張が短く問いただすと、生徒会長は「んー……」と小首を傾げた。
「人数が足りなくなったら、色鬼は続行できませんね? 一対一なんて、色鬼が成立しませんから」
それにぞっとする。
(この人……やっぱりきちんとルールを問いたださないと勝手にルールを埋めてくる……! 本当にこの人は……)
生徒会長はそもそも人なのかそうでないのかすらわからないが、モップでこかしたり殴ったりするときに、変に丈夫過ぎたり、変なことはしてないのだ。人を殺すのになんの躊躇もないだけで、一応は人と同じ動きをする、人ではないなにか。
望月がぞっとしている中、朧は溜息をついた。
「……それって、生徒会長も数に含まれてるのか? 一対一」
「私を含んでもよろしいんですか?」
「いや、いい。俺たちが残りふたりになればいいんだからな」
生徒会長にルールの穴埋めをされそうになったのを、朧はすかさずかわし、ちらっと弓張を見ると、朧はなんの躊躇もなく弓張にモップの柄で殴りかかった。それを弓張がモップの柄で受け止める。
その音はあまりにもギチギチと激しく、思わず望月は悲鳴を上げる。
「ちょっと……! どうして!?」
「鬼を、ひとり決めないと駄目だったら、真っ先にこいつをヤッておかないと、全滅しかねない……から、な……!」
「そうだな」
「ちょっとやめて……朧くんも弓張くんも、やめて……!?」
もうたくさんだった。
真っ先に生徒会長に噛み付いた有明が、目の前で殺された。
今まで鬱屈を抱えていた居待の心の暗部を見抜くことができず、居待に十六夜を死なせる決意を固めさせてしまった。
知らないうちに、残月も十六夜も死んでしまった。
そして今、目の前で朧と弓張が、本気で互いの首や頭をかち割ろうと、モップの柄で互いの急所を狙い続けている。
(ヒーローは助けに来ない……そんなことはわかってる! でも……こんなのって、こんなのって……!)
本来、この色鬼は負ければ死ぬが、ルールさえ守っていれば死ぬはずのないゲームなのだ。その中で有明以外の人が死に続けること自体がおかしい。
「お願いだから、本当にもうやめて……!」
望月は、自分の非力さと、いかに周りから庇われていたかを痛感し、居待に吐き出された毒舌を思い知り、ただただ泣き出した。
泣くしかできなかったのだ。
****
朧と弓張が互いに殺し合う少し前。
体育館で冷え切っていく有明をジャケットでくるみ、せめてもと彼女の瞼を閉じさせている弓張を見ながら、朧は「なあ」と尋ねた。
弓張は力なく顔を上げる。
「もし、この中で誰かひとりだけ生かさないとしたら、誰にする? お前は本当は有明が生きてたらそれでよかったんだろうけどさ」
「……この中だったら、間違いなく望月だろうな」
「だよなあ……」
居待は先程からなにやら望月と話をしているが、だんだん居待が険しい顔になってくるのがわかる。居待は大人しいクラスメイトだが、彼女の沸点を望月が刺激してしまったのだろう。
望月は善良な人間ではあるが、コンプレックスを持っている者、なにかしら心にやましいものがある者は決まって彼女を「偽善者」と罵って傷付ける。
実際のところ、望月にはなんの落ち度もなくても、やましい人間を怒らせる才能を持っているというのが、彼女の不幸だった。
「もしあいつが死にそうになったとき、協力してくれるか?」
「……そのときは、俺のことは切り捨ててくれていい」
弓張がきっぱりと言い切ったのに、朧は少しだけ驚いた顔をした。
「お前……」
「……有明はたしかに口さがない人だが、殺されるほどの悪人ではなかった。俺は……彼女を守り切ることができなかった。朧は望月を守ってやれ」
「……ありがとな」
別に恋愛的な感情は朧は望月には抱いていない。ただ、善良に生きているだけの人間がやましい人間たちによってたかって糾弾されて下げ続けられるのだけは我慢ならなかった、それだけの話だった。
だからこそ、このふたりは生徒会長に「鬼をひとり選べ」で、真っ先に互いを殺そうと決めたのだった。
全ては、鬼の座を望月に渡すため、望月が人を殺す前に決着を付けようと思ったのだ。
****
身長は弓張のほうが高く、リーチは当然ながら彼のほうが長い。ただでさえモップは長いのだから、このまま弓張が有利に進むと思いきや、弓張の一撃を朧は下にしゃがんで避け、しゃがんだ勢いを使って弓張の膝を叩いたのだ。
膝から変な音がする。
(……朧くん、弓張くんの膝の皿を割った……!?)
その砕けた音に望月がどんどん自分から血の気が引いていくのを感じる中、膝をやられて立てなくなった弓張目がけて、朧はモップを狙った。
もう弓張は、モップを手から離した。朧のモップの柄は、弓張の頭を激しく殴打し、そのまま彼は転がってしまった。
弓張が全く動かなくなったのを、望月は茫然と見ている。
「あ……あ……」
「……望月、これは、仕方なかったんだ。俺と弓張で決めたことだったから」
「決めたことってなに!?」
「お前だけはとりあえず生かそうって」
「私だけ……私だけ生きてても仕方ないのに……! だって……朧くん……」
「俺は普段からいい加減だし、いい加減な人間が流されて人まで殺したってそれだけだから。望月は俺を責めてればいいって……」
「朧くんに人を殺してほしくなかったし、弓張くんを殺してほしくなかったよ! だって……朧くんも弓張くんも、いい人たちじゃない……」
望月がポロポロと泣いているのに、朧は「はあ……」と溜息をついた。
一方、生徒会長はひとりだけ場違いに満面の笑みを浮かべていた。
「これは素晴らしい展開でした。誰かを守るために誰かを犠牲にする。己を犠牲にする。自己犠牲は昨今否定されがちですが、それを悪いものと捉えるのが一番よろしくないのかと」
「うるさいよ、あんたの御託はたくさんだ。それで、鬼だけど。望月を鬼にしてくれ」
「はい。ですが、もう人数不足で色鬼はできませんね。どうしますか?」
生徒会長に言われ、望月はへたり込んでいた自分をなんとか奮い立たせ、スカートのひだを整えた。
「……私たち、もう帰りたいです。ゲームは終了しました。もう、解散します」
「まあ、残念。まあ、充分遊びましたし。ごきげんよう」
生徒会長の口調はあまりにも変わらず、本当に残念がっているのか社交辞令なのかがわからなかった。
ただ、次の瞬間急に視界がぐにゃりと歪んだのだ。
****
窓の外から入り込んでくるのは、サーモンピンクの夕焼けの光。
旧校舎の見られる窓の下、気付けば望月と朧は立っていたのだ。
「……さっきまでのは」
「……夢? あれ」
ふたりとも、どう考えても合同委員会に出た帰りのときと、そっくりそのまま同じ格好をしていた。
だが。口うるさい有明はおらず、騒がしい残月もいない。それらを見て笑っている十六夜も、ひとり物静かにたたずんでいる居待も、それらを見守っている弓張もいないのだ。だが、クラスメイトはいた。
「どうしたの、望月ちゃん」
「……あれ、春待《はるまち》ちゃん? もう帰ったんじゃないの?」
「ええ? 一緒に合同委員会に出席してたでしょうが」
クラスメイトの春待がいたことに、望月は驚く。彼女はたしか、数学係だったはずだ。
「待って、なんの委員?」
「なに言ってるの、私風紀委員だし。晦《つごもり》くんは放送委員で、如月《きさらぎ》ちゃんは図書委員で……」
どの委員に挙げられている名前も、たしかにクラスメイトの名前だが。望月の知っている委員の名前ではない。
「待って。有明ちゃんや残月くん、居待さんは?」
「誰、それ」
春待は本気で困ったように目を瞬かせている。
望月は思わず朧の顔を見た。朧は頭を引っ掻いた。
「……とんでもないことになったな」
****
異界に連れて行かれ、生き延びたらなにも取り上げられることはないが。
死んだら異界の外からは「いなかったことにされる」。それはまさしく神隠しであり、実際に起こったことは神隠しよりもよっぽど陰険ななにかだった。
望月は知っている限りの連絡先に連絡をして問い合わせても、本当に異界で死んだ面子は誰ひとりとして覚えておらず、家族すら「誰ですか、それは?」と首を捻っているのだった。
学級委員ふたりで委員会に出た帰り、望月は朧に訴えた。
「……こんなのやっぱり、変だと思う。おかしいと思う」
「そりゃおかしいと思うけどさあ……俺たちだって異界から逃げ帰るのが精一杯で、他のことなんてなんにもできなかったじゃん。もうあの生徒会長に目を付けられない以外、できることなんてなんもないだろ?」
「でもさ、面白半分で異界に行こうなんて思いつく人だっているかもしれないじゃない。でも、どうしよう……本当に誰もなんにも覚えてないのに」
「……んー、ネットの匿名掲示板に書き込むとか? どうせ誰も本当のことだって思わないだろうしさ」
「匿名掲示板かあ……」
警察家系の彼女は、特にSNSなどに書き込みを禁じられていた。普通に言った言葉でも、人はいくらでも揚げ足を取って勝手に悪い方向に転がすのだから、アカウントを持っていても使うなと言われていた。
望月はそれに困っていると、朧が肩を竦めた。
「そんなに嫌なら俺が書くけどさあ。でも、なにを書けばいいの」
「じゃあ、『異界生存戦略』とか!」
「生存戦略って言ってもなあ……」
ふたりは必死に匿名掲示板に書き込みをしはじめたが、ほとんどの人は、これをただの戯れ言。フィクションとして消費してしまうことだろうことはわかっていた。
それでも、なにもしないよりはマシだった。
あの異界の学校で起こったことや、惨劇は、ふたりの中ではなにもまだ終わっていないのだから。
<了>
こちらは人ひとりを殴るのですら怖くておそろしいというのに、彼女は涼しい顔をして自ら三人ほど手にかけているのだ。彼女には躊躇という言葉が全くない。
(お願いだから、早く鬼の権限を寄越して……!)
望月は必死にそう願うが、生徒会長は淡々とした調子で続ける。
「三人のうち、誰が鬼になるか決めてください。鬼になったら、きちんと色を指定して、色鬼を続行させてくださいね」
「……鬼が飽きた、やめたい場合はどうなる?」
弓張が短く問いただすと、生徒会長は「んー……」と小首を傾げた。
「人数が足りなくなったら、色鬼は続行できませんね? 一対一なんて、色鬼が成立しませんから」
それにぞっとする。
(この人……やっぱりきちんとルールを問いたださないと勝手にルールを埋めてくる……! 本当にこの人は……)
生徒会長はそもそも人なのかそうでないのかすらわからないが、モップでこかしたり殴ったりするときに、変に丈夫過ぎたり、変なことはしてないのだ。人を殺すのになんの躊躇もないだけで、一応は人と同じ動きをする、人ではないなにか。
望月がぞっとしている中、朧は溜息をついた。
「……それって、生徒会長も数に含まれてるのか? 一対一」
「私を含んでもよろしいんですか?」
「いや、いい。俺たちが残りふたりになればいいんだからな」
生徒会長にルールの穴埋めをされそうになったのを、朧はすかさずかわし、ちらっと弓張を見ると、朧はなんの躊躇もなく弓張にモップの柄で殴りかかった。それを弓張がモップの柄で受け止める。
その音はあまりにもギチギチと激しく、思わず望月は悲鳴を上げる。
「ちょっと……! どうして!?」
「鬼を、ひとり決めないと駄目だったら、真っ先にこいつをヤッておかないと、全滅しかねない……から、な……!」
「そうだな」
「ちょっとやめて……朧くんも弓張くんも、やめて……!?」
もうたくさんだった。
真っ先に生徒会長に噛み付いた有明が、目の前で殺された。
今まで鬱屈を抱えていた居待の心の暗部を見抜くことができず、居待に十六夜を死なせる決意を固めさせてしまった。
知らないうちに、残月も十六夜も死んでしまった。
そして今、目の前で朧と弓張が、本気で互いの首や頭をかち割ろうと、モップの柄で互いの急所を狙い続けている。
(ヒーローは助けに来ない……そんなことはわかってる! でも……こんなのって、こんなのって……!)
本来、この色鬼は負ければ死ぬが、ルールさえ守っていれば死ぬはずのないゲームなのだ。その中で有明以外の人が死に続けること自体がおかしい。
「お願いだから、本当にもうやめて……!」
望月は、自分の非力さと、いかに周りから庇われていたかを痛感し、居待に吐き出された毒舌を思い知り、ただただ泣き出した。
泣くしかできなかったのだ。
****
朧と弓張が互いに殺し合う少し前。
体育館で冷え切っていく有明をジャケットでくるみ、せめてもと彼女の瞼を閉じさせている弓張を見ながら、朧は「なあ」と尋ねた。
弓張は力なく顔を上げる。
「もし、この中で誰かひとりだけ生かさないとしたら、誰にする? お前は本当は有明が生きてたらそれでよかったんだろうけどさ」
「……この中だったら、間違いなく望月だろうな」
「だよなあ……」
居待は先程からなにやら望月と話をしているが、だんだん居待が険しい顔になってくるのがわかる。居待は大人しいクラスメイトだが、彼女の沸点を望月が刺激してしまったのだろう。
望月は善良な人間ではあるが、コンプレックスを持っている者、なにかしら心にやましいものがある者は決まって彼女を「偽善者」と罵って傷付ける。
実際のところ、望月にはなんの落ち度もなくても、やましい人間を怒らせる才能を持っているというのが、彼女の不幸だった。
「もしあいつが死にそうになったとき、協力してくれるか?」
「……そのときは、俺のことは切り捨ててくれていい」
弓張がきっぱりと言い切ったのに、朧は少しだけ驚いた顔をした。
「お前……」
「……有明はたしかに口さがない人だが、殺されるほどの悪人ではなかった。俺は……彼女を守り切ることができなかった。朧は望月を守ってやれ」
「……ありがとな」
別に恋愛的な感情は朧は望月には抱いていない。ただ、善良に生きているだけの人間がやましい人間たちによってたかって糾弾されて下げ続けられるのだけは我慢ならなかった、それだけの話だった。
だからこそ、このふたりは生徒会長に「鬼をひとり選べ」で、真っ先に互いを殺そうと決めたのだった。
全ては、鬼の座を望月に渡すため、望月が人を殺す前に決着を付けようと思ったのだ。
****
身長は弓張のほうが高く、リーチは当然ながら彼のほうが長い。ただでさえモップは長いのだから、このまま弓張が有利に進むと思いきや、弓張の一撃を朧は下にしゃがんで避け、しゃがんだ勢いを使って弓張の膝を叩いたのだ。
膝から変な音がする。
(……朧くん、弓張くんの膝の皿を割った……!?)
その砕けた音に望月がどんどん自分から血の気が引いていくのを感じる中、膝をやられて立てなくなった弓張目がけて、朧はモップを狙った。
もう弓張は、モップを手から離した。朧のモップの柄は、弓張の頭を激しく殴打し、そのまま彼は転がってしまった。
弓張が全く動かなくなったのを、望月は茫然と見ている。
「あ……あ……」
「……望月、これは、仕方なかったんだ。俺と弓張で決めたことだったから」
「決めたことってなに!?」
「お前だけはとりあえず生かそうって」
「私だけ……私だけ生きてても仕方ないのに……! だって……朧くん……」
「俺は普段からいい加減だし、いい加減な人間が流されて人まで殺したってそれだけだから。望月は俺を責めてればいいって……」
「朧くんに人を殺してほしくなかったし、弓張くんを殺してほしくなかったよ! だって……朧くんも弓張くんも、いい人たちじゃない……」
望月がポロポロと泣いているのに、朧は「はあ……」と溜息をついた。
一方、生徒会長はひとりだけ場違いに満面の笑みを浮かべていた。
「これは素晴らしい展開でした。誰かを守るために誰かを犠牲にする。己を犠牲にする。自己犠牲は昨今否定されがちですが、それを悪いものと捉えるのが一番よろしくないのかと」
「うるさいよ、あんたの御託はたくさんだ。それで、鬼だけど。望月を鬼にしてくれ」
「はい。ですが、もう人数不足で色鬼はできませんね。どうしますか?」
生徒会長に言われ、望月はへたり込んでいた自分をなんとか奮い立たせ、スカートのひだを整えた。
「……私たち、もう帰りたいです。ゲームは終了しました。もう、解散します」
「まあ、残念。まあ、充分遊びましたし。ごきげんよう」
生徒会長の口調はあまりにも変わらず、本当に残念がっているのか社交辞令なのかがわからなかった。
ただ、次の瞬間急に視界がぐにゃりと歪んだのだ。
****
窓の外から入り込んでくるのは、サーモンピンクの夕焼けの光。
旧校舎の見られる窓の下、気付けば望月と朧は立っていたのだ。
「……さっきまでのは」
「……夢? あれ」
ふたりとも、どう考えても合同委員会に出た帰りのときと、そっくりそのまま同じ格好をしていた。
だが。口うるさい有明はおらず、騒がしい残月もいない。それらを見て笑っている十六夜も、ひとり物静かにたたずんでいる居待も、それらを見守っている弓張もいないのだ。だが、クラスメイトはいた。
「どうしたの、望月ちゃん」
「……あれ、春待《はるまち》ちゃん? もう帰ったんじゃないの?」
「ええ? 一緒に合同委員会に出席してたでしょうが」
クラスメイトの春待がいたことに、望月は驚く。彼女はたしか、数学係だったはずだ。
「待って、なんの委員?」
「なに言ってるの、私風紀委員だし。晦《つごもり》くんは放送委員で、如月《きさらぎ》ちゃんは図書委員で……」
どの委員に挙げられている名前も、たしかにクラスメイトの名前だが。望月の知っている委員の名前ではない。
「待って。有明ちゃんや残月くん、居待さんは?」
「誰、それ」
春待は本気で困ったように目を瞬かせている。
望月は思わず朧の顔を見た。朧は頭を引っ掻いた。
「……とんでもないことになったな」
****
異界に連れて行かれ、生き延びたらなにも取り上げられることはないが。
死んだら異界の外からは「いなかったことにされる」。それはまさしく神隠しであり、実際に起こったことは神隠しよりもよっぽど陰険ななにかだった。
望月は知っている限りの連絡先に連絡をして問い合わせても、本当に異界で死んだ面子は誰ひとりとして覚えておらず、家族すら「誰ですか、それは?」と首を捻っているのだった。
学級委員ふたりで委員会に出た帰り、望月は朧に訴えた。
「……こんなのやっぱり、変だと思う。おかしいと思う」
「そりゃおかしいと思うけどさあ……俺たちだって異界から逃げ帰るのが精一杯で、他のことなんてなんにもできなかったじゃん。もうあの生徒会長に目を付けられない以外、できることなんてなんもないだろ?」
「でもさ、面白半分で異界に行こうなんて思いつく人だっているかもしれないじゃない。でも、どうしよう……本当に誰もなんにも覚えてないのに」
「……んー、ネットの匿名掲示板に書き込むとか? どうせ誰も本当のことだって思わないだろうしさ」
「匿名掲示板かあ……」
警察家系の彼女は、特にSNSなどに書き込みを禁じられていた。普通に言った言葉でも、人はいくらでも揚げ足を取って勝手に悪い方向に転がすのだから、アカウントを持っていても使うなと言われていた。
望月はそれに困っていると、朧が肩を竦めた。
「そんなに嫌なら俺が書くけどさあ。でも、なにを書けばいいの」
「じゃあ、『異界生存戦略』とか!」
「生存戦略って言ってもなあ……」
ふたりは必死に匿名掲示板に書き込みをしはじめたが、ほとんどの人は、これをただの戯れ言。フィクションとして消費してしまうことだろうことはわかっていた。
それでも、なにもしないよりはマシだった。
あの異界の学校で起こったことや、惨劇は、ふたりの中ではなにもまだ終わっていないのだから。
<了>



