「あたしの彼氏は幽体離脱ができる」
 その文章はどうやら間違っていたようだ。
 昼下がりの遊園地。待ち合わせの時間に、その場所に秋山はやってこなかった。もちろん連絡はあった。
「ごめん、ちょっと調子悪くて幽体離脱できなくなった。ちょっと今立て込んでるから、またあとで連絡する」
 そう電話越しに言われた。なら仕方ない。あたしは遊園地で一人で遊ぶのも得意だ。思う存分遊ぶことにした。でもさすがに思うところはある。
「秋山は幽体離脱ができる」は真実だが「秋山はあたしの彼氏だ」は、もしかして真実ではないのでは?
 あたしは頭を抱えた。
 実はあたしたちの関係はあいまいだ。
 秋山に好きだとか付き合おうとか言われたことはない。というか、あたしも「付き合って」としか言ったことがない。でも「付き合って」と言うと秋山は嬉しそうになんでも付き合ってくれる。だからあたしたちは付き合っているし、秋山はあたしの彼氏だと思っていた。
 が、その「付き合って」とお付き合いの付き合うは別物なのでは。
「うわー!」
 あたしは叫びそうになって慌てて口を押さえた。道行く人の視線が気まずい。そしてしゃがみこみ落ち着いて考えを巡らせた。
 そうだよ、彼氏彼女の関係じゃないなら、そもそも秋山が幽体離脱までしてあたしとクリスマス付き合うことないじゃん? もしかして「付き合って初めてのクリスマス」とか盛り上がってたのあたしだけ!?
「ごめん、お待たせ」
「うわあっ!」
 あたしは顔を上げた。上からは息が上がった秋山が心配そうにあたしの顔を覗き込んでいた。
 ーー来てくれた。
 ほっとした。それと同時に体中の力が抜けた。
「え、なんで泣くの!?」
「ん?」
 指摘されてあたしは自分の目元をごしごしと擦った。涙が出ていた。あたしは照れくさくて下を向いた。
「び、びっくりしちゃったから」
 秋山は「ごめん。電話するより来たほうが早かったから」と申し訳なさそうに眉を寄せた。あたしはぶんぶんと首を横に振ってにっこりと秋山に笑いかけた。
「じゃあ、遊ぼ! えーと、秋山ができるやつどれかなあ」
 秋山は今幽体離脱中だから遊べるものが限られている。あたしはパンフレットを覗き込んだ。秋山もひょっこりとパンフレットを覗き込んだ。
「どれでも大丈夫だよ 葉山の好きなのにしなよ」
「え? なんで?」
 幽体離脱の技がアップしたのだろうか。あたしは首を傾げた。秋山はそんなあたしを不思議そうに見つめた。
「なんでって……そっちこそなんでだ?」
「だって、幽体離脱中なんだから、乗り物とか無理でしょ?」
「なんで幽体離脱中なの?」
「は?」
 全く話がかみあっていない。あたしたちはお互い不思議そうに顔を見合わせた。
 沈黙を破ったのは秋山だった。
「俺、幽体離脱できなくなったって言ったよね?」
 あたしは頷いた。
「だから急いでお線香上げてこっち戻って来たんだけど」
「えっ!」
 まさか、ここにいるのは秋山の実体?
 あたしは焦った。
「ご、ごめん、秋山忙しいのにあたしに付き合ってもらっちゃって」
「なんで葉山が謝るんだよ」
 秋山はわずかにむっとしたように言った。あたしは余計に気が動転した。
「だ、だって、あたしのわがままに付き合って」
「俺が来たかったから来たんだよ。俺だって彼女とのクリスマスの約束すっぽかしたくないよ」
「ーーーー今、なんて」
「約束すっぽかし、」
「の、前!」
「俺が来たかったから、」
「その間!」
 あたしはじれったくなって叫んだ。秋山は不思議そうに「間……彼女とのクリスマス?」と首を傾げた。
 あたしの彼氏は幽体離脱ができる。
 この文章は間違いじゃなかった。
「だから、なんでまた泣くの!」
 秋山は困惑している。けれど涙が止まらないあたしは、実体の秋山の腕にぎゅっとしがみついた。