任務
幸せなんて、簡単に壊れてしまう。
だから、壊れないように。
もう二度と、失わないように。
俺らは今日も、ここで生きる。
ここは裏世界。
その中でも、警察や公安にさえ詳しい実態を掴ませない組織がある。
名は――夜薔薇。
薄暗い会議室の中央には、長い机が置かれていた。
天井の照明は必要最低限しか点いておらず、部屋の隅には濃い影が溜まっている。
机の上に置かれた資料を一枚めくる音だけが、静かな室内に響いていた。
やがて、部屋の奥に座っていた男が口を開く。
「……皆、集まったな」
夜薔薇のボス星架。
その声に、部屋にいた全員の視線が集まった。
「任務の振り分けをするぞ」
星架は手元の資料に視線を落とし、淡々と言葉を続ける。
「じゃあ、まずは右龍と左龍」
「はい」
「ここを潰してくれ」
机の上に、一枚の資料が滑る。
右龍はそれを手に取り、目を通した。
隣にいる双子の弟左龍も、双子の兄の手元を覗き込む。
二人は顔を見合わせると、ほとんど同時に頷いた。
「了解です」
「……頼んだぞ」
星架の声に、右龍が静かに返す。
「では、星架さん。俺ら、ある程度身体作ってから行きますね」
「ああ」
星架は一度頷いた。
だが、すぐに少しだけ表情を曇らせる。
「くれぐれも無茶はするな。無理だと思ったら1度退け」
「……」
「そして生きて帰ってきて」
その言葉に、右龍と左龍は資料から目を離し互いに見つめた。
そして
「はい!」
二人は揃って返事をした。
「なら、次」
星架は次の資料を取り出す。
「零と白夜」
白夜が顔を上げる。
「はい」
零は返事こそしなかったものの、静かに頷いた。
「この組織を調べてくれ。念入りにな」
「……」
零は資料を受け取る。
そして、内容を確認すると再び頷き隣にいる白夜は、「分かりました」と口を開いた。
「以上だ」
星架は資料を閉じた。
「...なら解散!」
椅子が引かれる音。
それぞれが立ち上がり、会議室を後にしていく。
そんな中、風翠だけがその場に残っていた。
「星架〜兄弟は、いつ戻るんだっけ?」
扉の方へ向かいながら、風翠が尋ねる。
星架は時計へ目を向けた。
「早くて、今週末くらいかな」
「了解」
風翠は短く返す。
そして、ふと誰もいなくなった会議室を振り返った。
静寂。
そこに残るのは、長い机と消えかけた照明だけ。
夜薔薇という名の組織は、今日も動き始める。
誰かを傷つけるために。
誰かを守るために。
そして――
自分たちが大切にしているものを、二度と失わないために。
_____ここは敵の拠点。
ひび割れた壁から差し込む月明かりが、薄暗い部屋をぼんやりと照らしていた。
空気には、血の生臭さと薬品の刺激臭が混ざっている。
その中を、二人の少年が並んで歩いていた。
左龍がふと足を止める。
「……変な匂いするね」
右龍も周囲へ視線を巡らせた。
「そうだね」
その瞬間。
「侵入者だ!」
廃墟の奥から怒号が響いた。
複数の足音が一斉に近づいてくる。
右龍は静かに左龍を見る。
「左龍、構えて」
「分かってる」
二人が同時に身構えた。
現れた男たちは三十人近く。
その数を見て、敵の一人が鼻で笑った。
「たかがガキ二人だ。ビビる必要ねぇ。ほら、こっちの方が人数多いし。さっさと始末するぞ」
別の男も二人を見下ろす。
「ここはよくガキの来るところじゃねぇ。とっとと帰りな」
右龍は少しだけ首を傾げた。
「ねぇ、おじさんたち」
「おい、誰がおじさんだよ!」
右龍は気にする様子もなく続ける。
「月影の情報、なにか知らない?」
その瞬間、男たちの表情が変わった。
「……おい、ガキ。その組織の名をどこで!」
「反社のチームだぞ!」
左龍が淡々と答える。
「知ってるよ。俺らもだし」
右龍も続けた。
「うちのボスに、月影の情報を得られなかったら潰せって言われてんだ」
一瞬の沈黙。
やがて敵の一人が笑い出した。
「笑わせんなよ。所詮子どもだ。二人でここに勝てるわけねぇだろ」
右龍が小さく息を吐く。
「うわぁ……随分舐められちゃってるな」
左龍が隣を見る。
「どうする、右龍」
右龍は敵の群れを見渡した。
「んー情報は入らなそうだし」
ほんの少しだけ口元を上げる。
「さっさと終わらせちゃおうか」
「そうだね」
その直後、廃墟に銃声が響いた。
二人は迷いなく敵陣へ飛び込んでいく。
銃声。
怒号。
金属がぶつかる音。
薄暗い廃墟の中を、二人の影が縦横無尽に駆け抜けていった。
夜が深くなるにつれて、敵の数は一人、また一人と減っていく。
そして残されたのは、人の死体と血液、床に散らばった武器だけだった。
二人は互いの姿を確認する。
左龍が自分の服についた汚れを見下ろした。
「……汚ったなぁ」
右龍が肩をすくめる。
「帰ったらお風呂だね」
「うん」
まるで、少し汚れたから帰ったら洗おう、とでも言うような会話だった。
反社の世界では、それが日常だった。
死は特別なものではない。
いつもすぐ隣にある。
怪我もまた、日常だった。
そのとき。
「……死ね、ぇ゛!」
倒れていた男が最後の力を振り絞る。
――バァンッ!!
「っ……!」
左龍の身体がわずかに揺れた。
「左龍!」
右龍が振り返る。
左龍は撃たれた腕を押さえながら、苦しそうに息を吐いた。
「へーき……少し腕かすっただけ。ちょっと深いかも」
右龍は左龍を撃ち抜いたやつを瞬時に殺めた。
「早く戻って華さんに見てもらお」
左龍は小さく頷いた。
「……うん」
二人は並んで廃墟を後にする。
歩幅は、いつもと変わらなかった。
銃も、ナイフも、鉄パイプも。
それらは二人にとって、特別なものではない。
怪我をすることも。
血を見ることも。
死と隣り合わせで任務を終えることも。すべて。
任務後アジトへ戻った二人は、そのまま医務室へ向かった。
扉を開けると、薬品の匂いが鼻をつく。
華は机に置かれた器具を整理していたが、二人の姿を見るなり、左龍の腕へ視線を向けた。
「どうですか?」
右龍が尋ねる。
華は左龍の腕を確認しながら、傷口を軽く覗き込んだ。
「んー……ちょっと手当するから待ってろ。色々取ってくる」
そう言って華は棚へ向かう。
左龍が不安そうに腕を見る。
「そんなに深いの?」
「まぁな。一旦止血はできてるみたいだから、縫合はしなくていい。ただ、消毒はしとかないと化膿するからな」
「……痛い?」
華は一瞬だけ左龍を見る。
「右龍、左龍押さえつけてて」
「え?」
「早く」
「は、はいっ」
右龍が慌てて左龍の身体を支える。
「ちょ、……痛くしないでくださいね?」
「さぁね」
華が消毒液を手に取る。
「じゃあ、消毒始めまーす」
「えっ、ちょ――」
傷口に消毒液が触れた瞬間。
「い゛ったぁあああっ!! 華、っさん! 痛い、痛いですっ!!」
「しょうがないだろ。消毒してるんだから」
「痛いぃ……!」
「はい、終わり。次、包帯巻くぞ」
「……」
「右龍、押さえなくていいぞ」
「は、はい」
右龍がようやく手を離す。
華は手慣れた動作で左龍の腕に包帯を巻いていく。
「……速」
右龍が思わず呟く。
華は手を止めずに答えた。
「当たり前だろ。慣れてるわよ、こんなこと」
包帯を留め、傷口をもう一度確認する。
「ほらよ。任務、お疲れさん」
「ありがとうございました」
右龍が頭を下げる。
「左龍も、今日は安静にしとけよ」
「……はい」
二人が医務室を出て廊下に出た途端、左龍が腕を抱えながら小さく唸る。
「うぅ……痛かったよぉ……」
目にはうっすら涙が浮かんでいた。
右龍はそんな弟を見て、苦笑する。
「よく頑張ったね」
そう言って、左龍の頭を優しく撫でた。
「……右龍」
「ん?」
「もうちょっと優しくしてほしかった……」
「華さんに言って」
「無理……」
二人がそんな会話をしながら歩いていると――
「あ、! さっくんとうーちゃん!」
聞き慣れた声が飛んできた。
振り向くと、風翠さんがこちらへ歩いてくる。
「風翠さん、お疲れ様です」
右龍が軽く頭を下げる。
風翠は左龍の腕に巻かれた包帯を見つけると、表情を曇らせた。
「さっくん、怪我しちゃったのか……」
「そうなんですよ。だからさっき手当してもらいました」
「そっか。あまり無理はしないようにね。傷口、余計に開いちゃうかもしれないから」
「はい」
左龍が素直に頷く。
風翠は満足そうに笑った。
「あ、そう!さっくん」
「はい?」
「少しうーちゃん借りてもいい?」
「……え?」
右龍の表情が固まる。
隣の左龍は何でもないように答えた。
「全然大丈夫ですよ」
「ありがとう」
風翠は右龍を見る。
「なら、うーちゃん。俺の部屋行こっか」
「は、はい……」
右龍は困惑したまま、風翠の後ろをついていく。
そして歩きながら、必死に記憶を辿った。
(……何したっけ)
(何かやらかした? 俺……)
隣を歩く風翠は、何も言わない。
ただ、いつも通り穏やかな笑顔を浮かべていた。
それが逆に怖かった。
(……絶対なんかやらかしたかも、)
風翠の部屋に入り扉が閉まると、廊下の喧騒が少し遠くなった。 風翠は部屋の中へ歩きながら、振り返る。
「任務お疲れさま、うーちゃん」
「ありがとうございます」
右龍は軽く頭を下げた。
風翠はそのまま何気なく右龍を見る。
「うーちゃん」
「な、なんですか?」
「腕、見せて?」
「え……」
右龍の動きが止まる。
「あ……」
観念したように、ゆっくりと腕を差し出した。
風翠は傷のある場所を確認すると、ふっと笑う。
「やっぱりね」
「……なんで俺が怪我してるって分かったんですか?」
「なんでだろう……勘かな? 笑」
「勘って……」
風翠は右龍の腕をそっと確認する。
「さっくんよりは多分酷くなさそうだけど、消毒と包帯はしとくね」
「はい」
「……あ」
風翠が何か思い出したように顔を上げる。
「でも、先にお風呂にしよっか」
「お風呂?」
「うん。返り血も多少浴びてるだろうし」
風翠は棚からタオルを取り出す。
「服とか準備してくるから、先に脱衣所行ってて」
「あ、ありがとうございます……」
右龍は脱衣所へ向かう。
その背中を見送りながら、風翠は小さく息を吐いた。
「……隠すの下手だなぁ、うーちゃん」
───
本当は、俺は、ずっと痛みを我慢していた。
左龍に心配されたくなかったから。
自分が怪我をしたと知れば、きっと心配する。
だから言わなかった。別にそれほど酷い傷でもなかったから。黒い服を着ているから、多少の血なら目立たない。なんなら任務で浴びた返り血もある。
だからバレないと思っていた。
だが、
「……やっぱり、すごいな。風翠さんは」
誰にも気づかれないと思っていた傷を、あっさり見抜かれた。
湯気の立つ浴室。
右龍は湯船に浸かりながら、ゆっくり息を吐いた。
身体の緊張が少しずつ抜けていく。
けれど、傷口はじんじんと疼いていた。
「……っ」
腕に視線を落とす。
湯に温められたせいか、傷口が脈打つように痛む。
そして長く細く息を吐いた。
しばらくして風呂から上がった。
浴室の扉を開けるとふわっと美味しそうな匂いがした。
「……あ、うーちゃん。出た?」
浴室の扉を開けた右龍に、風翠が声をかける。
「そこの右にタオルあるから、好きに使って」
「ありがとうございます!」
右龍はタオルを手に取る。
傷口に触れないよう慎重に身体を拭いていく。
服を着ようとしたところで、ふと動きを止めた。
「……」
袖を通せば、傷口に布が擦れそうだった。
無理に着るより、風翠に手当てしてもらった方がいい。
そう判断し、右龍は服を手にしたままリビングへ戻った。
「よっし、うーちゃん。手当しよっか」
風翠が笑顔で迎える。
その時だった美味しそうな2人前の夕食が目に入った。
「……すごい、美味しそうですね」
右龍が思わず呟く。
「でしょ」
風翠は嬉しそうに笑った。
「ほら、座って」
右龍が椅子に腰掛ける。
風翠は右龍の腕を確認し、傷口に触れないよう丁寧に処置を始めた。
「痛かったら言ってね」
「はい」
包帯を巻き終え、風翠が軽く確認する。
「どう? 包帯、キツくない?」
右龍は腕を少し動かす。
「大丈夫です」
「よし。できた」
「ありがとうございます」
「じゃ、夜ご飯食べよ」
「はい!」
二人で手を合わせる。
「「いただきます」」
右龍は料理を一口食べる。
そして、すぐに顔を明るくした。
「……美味しいです!」
「ほんと?」
「はい!」
風翠は安心したように笑う。
「良かった。笑」
任務の疲れも、腕の痛みも。
温かい食事を口にしているうちに、少しずつ遠ざかっていく。
二人の間に会話が途切れても、不思議と気まずくはなかった。
ただ、食器の触れる音だけが静かな部屋に響いていた。
やがて、二人とも綺麗に完食する。
そして軽る礼をいい部屋を出ようとすると
「うーちゃん」
「はい?」
「左龍には言わないから安心してね」
「……え?」
風翠が少しだけ笑う。
「うーちゃんが怪我してたこと」
「……!」
右龍の目が僅かに見開かれた。
「助かります」と言いかけた瞬間その声に重ねるように
「でもね」
風翠は少しだけ声を落とす。
「うーちゃんが左龍を心配させたくないのも、ちゃんと分かってるよ」
「だから、今は黙っておく」
右龍は俯いた。
「……ありがとうございます」
「ただし」
「?」
「無理して黙ってるのは、なし」
風翠の声が少しだけ真剣になる。
右龍は何も言えなかった。
「左龍を守りたいなら、なおさら自分も大事にしなきゃ」
「……はい」
「よろしい」
風翠は満足そうに頷いた。
「じゃぁおやすみうーちゃん」
「おやすみなさい風翠さん」
互いにあいさつを交わし右龍は風翠の部屋を出て、自室へ向かって廊下を歩いていた。
任務の疲れが残っている。
今日はもう寝よう。
そう思っていたところ、廊下の角から白夜が歩いてきた。
「あ、右龍」
「白夜。まだ起きてたんだ」
「うんって言ってもまだ十時だよ?」
「確かに。まぁ俺は疲れたから寝るよ。白夜は夜更かしほどほどにね笑」
「うん笑おやすみ」
「おやすみ、白夜」
二人はそのまま別れた。
右龍が自室へ向かう一方、白夜は零のいる部屋へ戻って行った。
幸せなんて、簡単に壊れてしまう。
だから、壊れないように。
もう二度と、失わないように。
俺らは今日も、ここで生きる。
ここは裏世界。
その中でも、警察や公安にさえ詳しい実態を掴ませない組織がある。
名は――夜薔薇。
薄暗い会議室の中央には、長い机が置かれていた。
天井の照明は必要最低限しか点いておらず、部屋の隅には濃い影が溜まっている。
机の上に置かれた資料を一枚めくる音だけが、静かな室内に響いていた。
やがて、部屋の奥に座っていた男が口を開く。
「……皆、集まったな」
夜薔薇のボス星架。
その声に、部屋にいた全員の視線が集まった。
「任務の振り分けをするぞ」
星架は手元の資料に視線を落とし、淡々と言葉を続ける。
「じゃあ、まずは右龍と左龍」
「はい」
「ここを潰してくれ」
机の上に、一枚の資料が滑る。
右龍はそれを手に取り、目を通した。
隣にいる双子の弟左龍も、双子の兄の手元を覗き込む。
二人は顔を見合わせると、ほとんど同時に頷いた。
「了解です」
「……頼んだぞ」
星架の声に、右龍が静かに返す。
「では、星架さん。俺ら、ある程度身体作ってから行きますね」
「ああ」
星架は一度頷いた。
だが、すぐに少しだけ表情を曇らせる。
「くれぐれも無茶はするな。無理だと思ったら1度退け」
「……」
「そして生きて帰ってきて」
その言葉に、右龍と左龍は資料から目を離し互いに見つめた。
そして
「はい!」
二人は揃って返事をした。
「なら、次」
星架は次の資料を取り出す。
「零と白夜」
白夜が顔を上げる。
「はい」
零は返事こそしなかったものの、静かに頷いた。
「この組織を調べてくれ。念入りにな」
「……」
零は資料を受け取る。
そして、内容を確認すると再び頷き隣にいる白夜は、「分かりました」と口を開いた。
「以上だ」
星架は資料を閉じた。
「...なら解散!」
椅子が引かれる音。
それぞれが立ち上がり、会議室を後にしていく。
そんな中、風翠だけがその場に残っていた。
「星架〜兄弟は、いつ戻るんだっけ?」
扉の方へ向かいながら、風翠が尋ねる。
星架は時計へ目を向けた。
「早くて、今週末くらいかな」
「了解」
風翠は短く返す。
そして、ふと誰もいなくなった会議室を振り返った。
静寂。
そこに残るのは、長い机と消えかけた照明だけ。
夜薔薇という名の組織は、今日も動き始める。
誰かを傷つけるために。
誰かを守るために。
そして――
自分たちが大切にしているものを、二度と失わないために。
_____ここは敵の拠点。
ひび割れた壁から差し込む月明かりが、薄暗い部屋をぼんやりと照らしていた。
空気には、血の生臭さと薬品の刺激臭が混ざっている。
その中を、二人の少年が並んで歩いていた。
左龍がふと足を止める。
「……変な匂いするね」
右龍も周囲へ視線を巡らせた。
「そうだね」
その瞬間。
「侵入者だ!」
廃墟の奥から怒号が響いた。
複数の足音が一斉に近づいてくる。
右龍は静かに左龍を見る。
「左龍、構えて」
「分かってる」
二人が同時に身構えた。
現れた男たちは三十人近く。
その数を見て、敵の一人が鼻で笑った。
「たかがガキ二人だ。ビビる必要ねぇ。ほら、こっちの方が人数多いし。さっさと始末するぞ」
別の男も二人を見下ろす。
「ここはよくガキの来るところじゃねぇ。とっとと帰りな」
右龍は少しだけ首を傾げた。
「ねぇ、おじさんたち」
「おい、誰がおじさんだよ!」
右龍は気にする様子もなく続ける。
「月影の情報、なにか知らない?」
その瞬間、男たちの表情が変わった。
「……おい、ガキ。その組織の名をどこで!」
「反社のチームだぞ!」
左龍が淡々と答える。
「知ってるよ。俺らもだし」
右龍も続けた。
「うちのボスに、月影の情報を得られなかったら潰せって言われてんだ」
一瞬の沈黙。
やがて敵の一人が笑い出した。
「笑わせんなよ。所詮子どもだ。二人でここに勝てるわけねぇだろ」
右龍が小さく息を吐く。
「うわぁ……随分舐められちゃってるな」
左龍が隣を見る。
「どうする、右龍」
右龍は敵の群れを見渡した。
「んー情報は入らなそうだし」
ほんの少しだけ口元を上げる。
「さっさと終わらせちゃおうか」
「そうだね」
その直後、廃墟に銃声が響いた。
二人は迷いなく敵陣へ飛び込んでいく。
銃声。
怒号。
金属がぶつかる音。
薄暗い廃墟の中を、二人の影が縦横無尽に駆け抜けていった。
夜が深くなるにつれて、敵の数は一人、また一人と減っていく。
そして残されたのは、人の死体と血液、床に散らばった武器だけだった。
二人は互いの姿を確認する。
左龍が自分の服についた汚れを見下ろした。
「……汚ったなぁ」
右龍が肩をすくめる。
「帰ったらお風呂だね」
「うん」
まるで、少し汚れたから帰ったら洗おう、とでも言うような会話だった。
反社の世界では、それが日常だった。
死は特別なものではない。
いつもすぐ隣にある。
怪我もまた、日常だった。
そのとき。
「……死ね、ぇ゛!」
倒れていた男が最後の力を振り絞る。
――バァンッ!!
「っ……!」
左龍の身体がわずかに揺れた。
「左龍!」
右龍が振り返る。
左龍は撃たれた腕を押さえながら、苦しそうに息を吐いた。
「へーき……少し腕かすっただけ。ちょっと深いかも」
右龍は左龍を撃ち抜いたやつを瞬時に殺めた。
「早く戻って華さんに見てもらお」
左龍は小さく頷いた。
「……うん」
二人は並んで廃墟を後にする。
歩幅は、いつもと変わらなかった。
銃も、ナイフも、鉄パイプも。
それらは二人にとって、特別なものではない。
怪我をすることも。
血を見ることも。
死と隣り合わせで任務を終えることも。すべて。
任務後アジトへ戻った二人は、そのまま医務室へ向かった。
扉を開けると、薬品の匂いが鼻をつく。
華は机に置かれた器具を整理していたが、二人の姿を見るなり、左龍の腕へ視線を向けた。
「どうですか?」
右龍が尋ねる。
華は左龍の腕を確認しながら、傷口を軽く覗き込んだ。
「んー……ちょっと手当するから待ってろ。色々取ってくる」
そう言って華は棚へ向かう。
左龍が不安そうに腕を見る。
「そんなに深いの?」
「まぁな。一旦止血はできてるみたいだから、縫合はしなくていい。ただ、消毒はしとかないと化膿するからな」
「……痛い?」
華は一瞬だけ左龍を見る。
「右龍、左龍押さえつけてて」
「え?」
「早く」
「は、はいっ」
右龍が慌てて左龍の身体を支える。
「ちょ、……痛くしないでくださいね?」
「さぁね」
華が消毒液を手に取る。
「じゃあ、消毒始めまーす」
「えっ、ちょ――」
傷口に消毒液が触れた瞬間。
「い゛ったぁあああっ!! 華、っさん! 痛い、痛いですっ!!」
「しょうがないだろ。消毒してるんだから」
「痛いぃ……!」
「はい、終わり。次、包帯巻くぞ」
「……」
「右龍、押さえなくていいぞ」
「は、はい」
右龍がようやく手を離す。
華は手慣れた動作で左龍の腕に包帯を巻いていく。
「……速」
右龍が思わず呟く。
華は手を止めずに答えた。
「当たり前だろ。慣れてるわよ、こんなこと」
包帯を留め、傷口をもう一度確認する。
「ほらよ。任務、お疲れさん」
「ありがとうございました」
右龍が頭を下げる。
「左龍も、今日は安静にしとけよ」
「……はい」
二人が医務室を出て廊下に出た途端、左龍が腕を抱えながら小さく唸る。
「うぅ……痛かったよぉ……」
目にはうっすら涙が浮かんでいた。
右龍はそんな弟を見て、苦笑する。
「よく頑張ったね」
そう言って、左龍の頭を優しく撫でた。
「……右龍」
「ん?」
「もうちょっと優しくしてほしかった……」
「華さんに言って」
「無理……」
二人がそんな会話をしながら歩いていると――
「あ、! さっくんとうーちゃん!」
聞き慣れた声が飛んできた。
振り向くと、風翠さんがこちらへ歩いてくる。
「風翠さん、お疲れ様です」
右龍が軽く頭を下げる。
風翠は左龍の腕に巻かれた包帯を見つけると、表情を曇らせた。
「さっくん、怪我しちゃったのか……」
「そうなんですよ。だからさっき手当してもらいました」
「そっか。あまり無理はしないようにね。傷口、余計に開いちゃうかもしれないから」
「はい」
左龍が素直に頷く。
風翠は満足そうに笑った。
「あ、そう!さっくん」
「はい?」
「少しうーちゃん借りてもいい?」
「……え?」
右龍の表情が固まる。
隣の左龍は何でもないように答えた。
「全然大丈夫ですよ」
「ありがとう」
風翠は右龍を見る。
「なら、うーちゃん。俺の部屋行こっか」
「は、はい……」
右龍は困惑したまま、風翠の後ろをついていく。
そして歩きながら、必死に記憶を辿った。
(……何したっけ)
(何かやらかした? 俺……)
隣を歩く風翠は、何も言わない。
ただ、いつも通り穏やかな笑顔を浮かべていた。
それが逆に怖かった。
(……絶対なんかやらかしたかも、)
風翠の部屋に入り扉が閉まると、廊下の喧騒が少し遠くなった。 風翠は部屋の中へ歩きながら、振り返る。
「任務お疲れさま、うーちゃん」
「ありがとうございます」
右龍は軽く頭を下げた。
風翠はそのまま何気なく右龍を見る。
「うーちゃん」
「な、なんですか?」
「腕、見せて?」
「え……」
右龍の動きが止まる。
「あ……」
観念したように、ゆっくりと腕を差し出した。
風翠は傷のある場所を確認すると、ふっと笑う。
「やっぱりね」
「……なんで俺が怪我してるって分かったんですか?」
「なんでだろう……勘かな? 笑」
「勘って……」
風翠は右龍の腕をそっと確認する。
「さっくんよりは多分酷くなさそうだけど、消毒と包帯はしとくね」
「はい」
「……あ」
風翠が何か思い出したように顔を上げる。
「でも、先にお風呂にしよっか」
「お風呂?」
「うん。返り血も多少浴びてるだろうし」
風翠は棚からタオルを取り出す。
「服とか準備してくるから、先に脱衣所行ってて」
「あ、ありがとうございます……」
右龍は脱衣所へ向かう。
その背中を見送りながら、風翠は小さく息を吐いた。
「……隠すの下手だなぁ、うーちゃん」
───
本当は、俺は、ずっと痛みを我慢していた。
左龍に心配されたくなかったから。
自分が怪我をしたと知れば、きっと心配する。
だから言わなかった。別にそれほど酷い傷でもなかったから。黒い服を着ているから、多少の血なら目立たない。なんなら任務で浴びた返り血もある。
だからバレないと思っていた。
だが、
「……やっぱり、すごいな。風翠さんは」
誰にも気づかれないと思っていた傷を、あっさり見抜かれた。
湯気の立つ浴室。
右龍は湯船に浸かりながら、ゆっくり息を吐いた。
身体の緊張が少しずつ抜けていく。
けれど、傷口はじんじんと疼いていた。
「……っ」
腕に視線を落とす。
湯に温められたせいか、傷口が脈打つように痛む。
そして長く細く息を吐いた。
しばらくして風呂から上がった。
浴室の扉を開けるとふわっと美味しそうな匂いがした。
「……あ、うーちゃん。出た?」
浴室の扉を開けた右龍に、風翠が声をかける。
「そこの右にタオルあるから、好きに使って」
「ありがとうございます!」
右龍はタオルを手に取る。
傷口に触れないよう慎重に身体を拭いていく。
服を着ようとしたところで、ふと動きを止めた。
「……」
袖を通せば、傷口に布が擦れそうだった。
無理に着るより、風翠に手当てしてもらった方がいい。
そう判断し、右龍は服を手にしたままリビングへ戻った。
「よっし、うーちゃん。手当しよっか」
風翠が笑顔で迎える。
その時だった美味しそうな2人前の夕食が目に入った。
「……すごい、美味しそうですね」
右龍が思わず呟く。
「でしょ」
風翠は嬉しそうに笑った。
「ほら、座って」
右龍が椅子に腰掛ける。
風翠は右龍の腕を確認し、傷口に触れないよう丁寧に処置を始めた。
「痛かったら言ってね」
「はい」
包帯を巻き終え、風翠が軽く確認する。
「どう? 包帯、キツくない?」
右龍は腕を少し動かす。
「大丈夫です」
「よし。できた」
「ありがとうございます」
「じゃ、夜ご飯食べよ」
「はい!」
二人で手を合わせる。
「「いただきます」」
右龍は料理を一口食べる。
そして、すぐに顔を明るくした。
「……美味しいです!」
「ほんと?」
「はい!」
風翠は安心したように笑う。
「良かった。笑」
任務の疲れも、腕の痛みも。
温かい食事を口にしているうちに、少しずつ遠ざかっていく。
二人の間に会話が途切れても、不思議と気まずくはなかった。
ただ、食器の触れる音だけが静かな部屋に響いていた。
やがて、二人とも綺麗に完食する。
そして軽る礼をいい部屋を出ようとすると
「うーちゃん」
「はい?」
「左龍には言わないから安心してね」
「……え?」
風翠が少しだけ笑う。
「うーちゃんが怪我してたこと」
「……!」
右龍の目が僅かに見開かれた。
「助かります」と言いかけた瞬間その声に重ねるように
「でもね」
風翠は少しだけ声を落とす。
「うーちゃんが左龍を心配させたくないのも、ちゃんと分かってるよ」
「だから、今は黙っておく」
右龍は俯いた。
「……ありがとうございます」
「ただし」
「?」
「無理して黙ってるのは、なし」
風翠の声が少しだけ真剣になる。
右龍は何も言えなかった。
「左龍を守りたいなら、なおさら自分も大事にしなきゃ」
「……はい」
「よろしい」
風翠は満足そうに頷いた。
「じゃぁおやすみうーちゃん」
「おやすみなさい風翠さん」
互いにあいさつを交わし右龍は風翠の部屋を出て、自室へ向かって廊下を歩いていた。
任務の疲れが残っている。
今日はもう寝よう。
そう思っていたところ、廊下の角から白夜が歩いてきた。
「あ、右龍」
「白夜。まだ起きてたんだ」
「うんって言ってもまだ十時だよ?」
「確かに。まぁ俺は疲れたから寝るよ。白夜は夜更かしほどほどにね笑」
「うん笑おやすみ」
「おやすみ、白夜」
二人はそのまま別れた。
右龍が自室へ向かう一方、白夜は零のいる部屋へ戻って行った。
