その後数日、僕の脳裏にあの海獣は何度も姿を現した。振り払っても、消えない。
 そこで、仕方なく次の週末にまた車を走らせて、あの海岸に向かった。この前同様、人がほとんどいない早朝だった。
松林の中の空き地に車を止め、歩いて砂浜に出た。朝日に海面がきらきらと輝いている。
風もなく、波は静かだ。
僕は砂浜に腰かけ、海面をじっと見つめた。あの海獣がまた現れることを期待していた。
 何も起きない。
 僕は歩き出した。どこに行こうというのではない。ただ、歩き始めたのだ。
 松林の中は風が吹き抜けていて、気持ちいい。
 人のざわめきのような音を立てながら、風が林を吹き抜けていく。
 林を抜けたときには、雑踏の中を通り抜けたかのような心地よさがあった。
 真っ白な広い砂浜が遠くの岬まで続いていた。人っ子一人いない。砂の上には、いくつも貝殻のかけらが落ちている。海水に濡れて変色したところには、折り返す水の流れで砂が掘り返された痕が幾筋か残っていた。
 そのまま、岬を目指して歩き続けた。
 この砂浜には人工物が何もない。林一つ隔てただけで、風景は一変してしまっていた。
だれもいないと寂しい砂浜だ。太陽に日差しは強かったが、不思議に暑くはなかった。
 何かが起きそうな予感がふと沸き起こってきて、僕は海を見渡した。
 きらきらと輝く海に、白波が寄せている。それが、一瞬、大きく揺れた。
 何者かが顔をだし、宙に跳び上がった。
 海獣だ。
 目を凝らして、じっと見つめていると、二度三度と跳び上がる。とても大きな生き物だ。写真を撮ろうとすると、またいなくなってしまうのではないかという気がして、ただじっと見つめていた。
 硬い鱗でもあるのだろうか、太陽の光を浴びてきらきらと光っている。それは、海の輝きと似ていた。もしかしたら、海のしずくが光っていたのかもしれない。
「あなたにも、あれが見えるのですか」
と、不意に背後から声を掛けられた。