その感触は、あなたにしか分からない可能性がある。
Eさんの趣味は触れることだ。
特にビニール袋の感触が好きだという。
「あの独特の感触、たまらないんですよね」
最初は、ちょっとしたゴミを捨てるために持ち運んでいた。
「便利なんですよねビニール袋って。花粉症の時期とか、ゴミ箱がない時の代わりになります。必要がないときは小さく折りたたんでおけるから邪魔にもならない。なにより、感触が素敵です」
だが、2020年からビニール袋は有料化された。
「困りましたよ、数少ない無料の趣味だったのに、ほんの少しとはいえ支払わなきゃいけなくなったんですから」
有料化とはいえ5円ほどだ。
しかしEさんは違うと感じた。
「たまたま出会って、気が合い、仲良くなる。そういうプロセスにお金が発生するのは、間違っている気がします」
ビニール袋は工業製品だが、Eさんからすれば個性があるのだそうだ。
「本当に、ほんの少しなんですけどね、違いがあるんです。最高に素敵な子は、いつまでも撫でたくなる艷やかさがあるんですよ。本当に一日中手放したくない」
四年前、最後に手にした無料ビニール袋は、Eさんにとっては運命だった。
「……他のと、ぜんっぜん違った。衝撃でした」
無料終了に合わせた特別サービスかとメーカーに問い合わせたが、そうした事実は確認できなかった。
「頭の中にある最高に素晴らしい感触が100点だとしたら、大抵のビニール袋は90点なんです。ちょっと、ほんの少しだけ惜しい部分がある。けど、これは100点でした。120点ですらないんです、本当に頭の中の理想そのままの手触りだ」
それまではたまに触れる程度だったが、ポケットに入れて持ち運ぶようになった。
いつでも好きなタイミングで触るために。
「通常、ビニール袋の原料であるポリエチレンは劣化するんです。時間経過はもちろん、熱や光にも弱い。だから、持ち運ぶなんで言語道断なんですが、どうしても我慢できなかった」
一年が経ち、二年が経ってもその感触は変わることがなかった。
「奇跡ですよ。神様からの贈り物だ」
それだけでは終わらなかった。
「三年目くらいですかね、いつものように撫でていると、動いたんです」
ほんのかすかに揺れ動いた感覚があった。
「もちろん、そんなことあるはずがないって分かってます。けど、あの時からこいつは、エステルは動くようになったんです」
それはちょうど、小動物が身動ぎするような感触だったという。
触れるのではなく、ビニール袋の方から触れられたのは初めてだった。
「あれは、感動でした」
生きているのであれば、食事が必要だ。
Eさんはポリエチレンの原料であるナフサを購入した。
ライター用の燃料として販売されていたものだったが、これはお気に召さなかった。
「だから、ポリエチレン樹脂を与えてみたんです」
白い砂粒のようなそれを与えた。
折りたたんだビニール袋の下のものだけが消えた。
「嬉しかったなぁ」
以来、Eさんはその「ペット」を飼い続けている。
手放すことのできないパートナーだ。
たまに噛みつかれるが、それですら嬉しいという。
ただ、どれほど頼んでも、Eさんがポケットの中を見せてくれることはなかった。
Eさんの趣味は触れることだ。
特にビニール袋の感触が好きだという。
「あの独特の感触、たまらないんですよね」
最初は、ちょっとしたゴミを捨てるために持ち運んでいた。
「便利なんですよねビニール袋って。花粉症の時期とか、ゴミ箱がない時の代わりになります。必要がないときは小さく折りたたんでおけるから邪魔にもならない。なにより、感触が素敵です」
だが、2020年からビニール袋は有料化された。
「困りましたよ、数少ない無料の趣味だったのに、ほんの少しとはいえ支払わなきゃいけなくなったんですから」
有料化とはいえ5円ほどだ。
しかしEさんは違うと感じた。
「たまたま出会って、気が合い、仲良くなる。そういうプロセスにお金が発生するのは、間違っている気がします」
ビニール袋は工業製品だが、Eさんからすれば個性があるのだそうだ。
「本当に、ほんの少しなんですけどね、違いがあるんです。最高に素敵な子は、いつまでも撫でたくなる艷やかさがあるんですよ。本当に一日中手放したくない」
四年前、最後に手にした無料ビニール袋は、Eさんにとっては運命だった。
「……他のと、ぜんっぜん違った。衝撃でした」
無料終了に合わせた特別サービスかとメーカーに問い合わせたが、そうした事実は確認できなかった。
「頭の中にある最高に素晴らしい感触が100点だとしたら、大抵のビニール袋は90点なんです。ちょっと、ほんの少しだけ惜しい部分がある。けど、これは100点でした。120点ですらないんです、本当に頭の中の理想そのままの手触りだ」
それまではたまに触れる程度だったが、ポケットに入れて持ち運ぶようになった。
いつでも好きなタイミングで触るために。
「通常、ビニール袋の原料であるポリエチレンは劣化するんです。時間経過はもちろん、熱や光にも弱い。だから、持ち運ぶなんで言語道断なんですが、どうしても我慢できなかった」
一年が経ち、二年が経ってもその感触は変わることがなかった。
「奇跡ですよ。神様からの贈り物だ」
それだけでは終わらなかった。
「三年目くらいですかね、いつものように撫でていると、動いたんです」
ほんのかすかに揺れ動いた感覚があった。
「もちろん、そんなことあるはずがないって分かってます。けど、あの時からこいつは、エステルは動くようになったんです」
それはちょうど、小動物が身動ぎするような感触だったという。
触れるのではなく、ビニール袋の方から触れられたのは初めてだった。
「あれは、感動でした」
生きているのであれば、食事が必要だ。
Eさんはポリエチレンの原料であるナフサを購入した。
ライター用の燃料として販売されていたものだったが、これはお気に召さなかった。
「だから、ポリエチレン樹脂を与えてみたんです」
白い砂粒のようなそれを与えた。
折りたたんだビニール袋の下のものだけが消えた。
「嬉しかったなぁ」
以来、Eさんはその「ペット」を飼い続けている。
手放すことのできないパートナーだ。
たまに噛みつかれるが、それですら嬉しいという。
ただ、どれほど頼んでも、Eさんがポケットの中を見せてくれることはなかった。