足音の変化は、あなたにしか聞こえていない可能性がある。

Bさんの趣味は散歩だ。
朝の早い時間、誰もいない道を歩くのが好きなのだという。

「たぶん、人間が嫌いなんだと思います、視界に人がいると、どうしても緊張しちゃう」

頭を空っぽにして歩けることが幸せだった。
だが、ある時、違和感を覚えた。

「足音が、こう、変わることがあったんです」

コツ、コツ、という定期的な音が、時折、カツ、カツ、と金属的な音に変化した。
ソールに画鋲でも刺さったのかと確かめたが、何も見つからなかった。

「なのにときどき、絶対に違う音がするんです。それも、右足だけ」

Bさんにとっての数少ない楽しみが奪われた。
道端のガードレールに腰をかけて確認するが、異常は発見できなかった。

「嫌だったんですけどね……」

Bさんが目を閉じ、丹念に靴裏を触って調べると、硬い金属の感触があった。

「でも、やけに大きかったんです」

見てわからないはずがなかった。
だが怒り心頭だったBさんにそうしたことを考える余裕はなく、指に力を込めた。

回しながら引き抜く感触は、やけに長く続いた。

「釘でした」

太く錆びた釘が、Bさんの靴裏のちょうど真ん中に刺さっていた。

「五寸釘っていうんですか? それだったと思います」

Bさんが見せてくれた靴には、たしかに靴裏を貫通する穴が空いていた。
それなりの長さがあったと分かる。
Bさんに怪我はなかった。

「釘は、いつの間にか消えていました」

その後、その靴に足を通す気にもなれず、片足だけでBさんは帰宅した。
呪いの類だったのではないかと、日々を注意して過ごしたが、Bさんが怪我を負うことはなかった。

「代わりに父が、大怪我を負いました」

右足を切断する一歩手前だったという。

「心から安心しました」

Bさんは現在、母親と二人で暮らしている。