その光景は、イタズラではない可能性がある。

Dさんの朝は早い。
今の時期であれば日が出るよりも前に出る。

「本当にまだ夜で、妙に悲しい気持ちになります」

特に住宅地を歩いている時は尚更だ。

「だって、どの家も電気がついてないんですよ? 一人だけこっそりと出歩いてるみたいじゃないですか」

繁華街にほど近い丙玲(へいれい)三丁目の一軒家だけは違った。

「いつでも明かりが煌々とついてました。街灯もそこだけは多くて、心強い気分になるんですよ」

ブロック塀に囲まれ、家の様子は見えないものの、誰かがいる気配はしていた。

「あんまりちゃんと聞いてはいなかったんですけどね、明るい話し声もしていました」

毎朝、彼らから元気を分けてもらった。

「けど、その……」

その家はブロック塀で囲まれている。
内部の様子が伺えるのは、透かしブロックのためだ。

透かしブロックとは、風通しをよくするため一部に穴を開けたものだ。
全てをくり抜くのではなく、半円を三個重ねたような形を残し強度を保った。

「そこから指が出ていたんです」

隙間から、人の指が出ていた。厚さがあるブロックだ、子供が冗談半分で手首まで入れ、指だけ伸ばしたのだとDさんは推察した。

「ただ、普通に危ないですよね」

LEDの白い街灯が照らしているとはいえ、日が出ていない暗さだ。
気づかず人が通れば、指を折ってしまう。

何かを待ち受けるようにブロック塀から突き出た白い指。

「だから、それを握ってみました」

冗談半分の行動であり、迂闊な行動を注意するためだ。

「……人形かな、と最初は思いました」

人の指の感触ではなかった。

「子供でも、骨の硬さがあります。だけど、そういうのはどこにもなかった」

強く握れば潰れ、千切り取れる実感があった。

「人間の指を模したイカがいれば、きっと似たような感触です」

驚いたDさんは、驚きのあまり停止した。

「そこを狙ったみたいに、手首を握られたんです」

Dさんは指を握ったままだ。
だが指と同じ感触が、ゆっくりと巻き付いた。

「声すら出なかったですよ」

瞬間的に振りほどくことができたのは幸いだった。

「……一瞬見えたのは、指の群れでした」

大半は白かったが、黒く硬そうな指も見えたという。その指先だけは鋭角に尖っていた。

取り逃がしたことに気づいたのか、指の群れは瞬時に引っ込んだ。

「釣り、だったんだと思います」

その手段は、指だけではなかった。

「私が心強く思った家の明るさも、聞こえていた声も、ぜんぶ油断させるためのものだった」

気づけば空き地になっていた。
ブロック塀こそあるが、4年前から空き地であると確認が取れている。

「私という獲物を取り逃がし、警戒させたと気づき、釣る場所を移動したんです」

しかしDさんは、またあの指に会いたいのだという。

「だって、そうでしょ。当然じゃないですか」

理由を問いかけると、平然と答えた。

「釣りって、好物をエサとしてつけるものなんですよ? あれは、食えるんです」

Dさんは現在、銃刀法違反にならない程度の刃物を持ち歩いている。