「――昼なのに潮風が寒い~! きたよ江ノ島、メリークリスマス!」

「テンション上がるのは分かるけど、叫ばないでよ。日向さん」

 耀くんは少し、私と距離を空けながら言ってくる。
 もう、折角のクリスマスに二人きりで撮影旅きたんだからテンション上がって当然なのにな。

「耀くん、海なんだよ? 埼玉にいたら来られない場所だよ?」

「今年は熱海で見てるから。まぁ江ノ島の写真は撮りたかったから、僕も嬉しいけど」

 全く、耀くんは相変わらずだなぁ。
 どこか冷めてるけど、それでも最初に川で会った時より変わったかな。
 前向きに、私が出した『深みのある解像度』って問いの答えに一生懸命な姿は……うん。
 凄く素敵。

 それに――。

「――心臓が治ってからは初めての海でしょ?」

「それは、そうだけど」

 耀くんの心臓が、奇跡的に治った。

 生きることを諦めなかったから、画期的な治療を乗り越える機会を得たんだ。
 そんな制限も時限もなくなった耀くんとの撮影旅。
 この一瞬を楽しまないで、どうするんだって話だよね。

「来年を迎えられるか分からないって言ってた僕が、坂道だらけの江ノ島にこられるなんてね。奇跡ってあるもんだね」

「そうだよ! 耀くんが頑張ったからこそ、奇跡を引き寄せられたんだよ」

「そう、だね。だけど僕は、今日こそ問いの答えを見つけてみせるから。日向さんに正解って言わせて、綺麗なだけの写真を卒業する」

「お? いいね、いいね。夜にはイルミネーションも一杯になるらしいから、楽しみにしてるよ?」

「湘南の宝石ってイベントだっけ? 人工的な光が入ったのも風景写真に入るのかな……」

 前向きに頑張って、写真に直向きなのは良いけど……。
 少しは私とイルミネーションを楽しむとか思ってくれても良いのになぁ。

「ね、今日は何の日?」

「突然、何?」

「いいから! ほら、一二月二十五日と言えば?」

「え? ぁ……。クリスマス?」

「そう、正解! ちなみに、周りはカップルだらけだね。何も知らない人達からは、私たちもカップルに見えてるかもね?」

「……また、からかわないでよ」

 あ、照れちゃってる。
 途端にキョロキョロと周囲に視線を向けちゃって……。何か、可愛いな。
 それに――そういうところなんだよなぁ。

「ちゃんと周りを見なきゃダメだよ?」

「それも、『深みのある解像度』へのヒントなの?」

「そうだね~。これも大ヒントかな!」

「そう、なんだ。……分かった、ちゃんと周りを見て撮る」

 スマホを片手に、耀くんは目をキリッとさせた。
 この真剣に撮影をするぞって切り替えが、また……。
 うん、眩しい。
 悔しいから口にはださないけどね。
 それから私たちは、人で溢れる江ノ島に入り――人波に飲まれた。

 離れないようにと、お互いに何度も目線を送り合う。
 この距離感のくすぐったさが、また堪らない。
 もし突然、私が『はぐれないように』とか言って手を繋いじゃったら……。
 耀くん、どんな反応するのかな? 少しは、私を意識してくれるのかな?
 心臓も治ったんだし、私だって遠慮なく……。

「それにしてもさ、何で今日の撮影旅は江ノ島だったの? よりにもよって、クリスマスに……。まるでカップルみたいじゃないか」

「ん? もしかして耀くん、意識しちゃってるの?」

「……してない。ただ、写真に人が写らないようにって気になっただけだよ」

「別に友達同士じゃダメってルールが有る訳じゃないんだからさ。今日の特別を楽しまなきゃ!」

 耀くんと衝撃的な出会いをしてから、もうすぐ一年。
 特殊な友達同士の関係が続いてるのが、少し歯がゆい。
 きっと変な所で意固地な耀くんなら、写真の答えを見つけられてないからとか……。
 色々と躊躇っちゃうんだろうなぁ。

「今年中、いや今日こそ答えを見つけてみせるから」

「楽しみにしてるよ!」

「本当に思ってる? 日向さんは、本心がどこか見えないから……」

「あ、酷いなぁ~。私の本心を今年中に見つけるのも課題にプラスしちゃおっかな」

「勘弁して……」

「冗談だよ。さ、先ずは龍恋の鐘に行こうっ!」

 本心を出し過ぎたら、きっと耀くんに心配をかけちゃう。
 でも、今のは本音だよ? 強がりなんかじゃない。
 本当に私は、耀くんと旅をする一瞬一瞬が楽しいんだから――。


「何、ここ……」

「凄い! 絶景だね!」

「いや、確かに絶景の撮影スポットなんだけど……。カップルが多すぎるし、フェンスに大量の鍵が引っかかってるんだけど……」

「そりゃそうだよ? あの南京錠に名前を書いてフェンスにかけるとね、固い絆で結ばれるんだってさ! ロマンチックだよね」

 耀くんは居心地悪そうにしてるけど、それでも目は島と海のつくる絶景に向いてる。
 あえて写真に集中するつもりだなぁ。
 さっき、周りをよく見てねってヒントを出したんだけど……。
 きっと私が口だしをしすぎちゃったら、耀くんは自分を責めたまま。
 自分を真に認めてあげられないだろからなぁ。
 本当の笑顔になってくれるように、ここは私も別行動をしよっかな。

「私、少し散歩してくるね!」

「こ、ここに僕を一人残し……。いや、うん。ゆっくり邪魔にならないよう撮影してるよ」

「うん、また後でね~」

 焦ったような耀くんだったけど、カップルを見ないようにして、スマホを風景に向けては首を傾げてる。
 多分、頭の中では『深みのある解像度』について自問自答してるんだろうなぁ。
 私もそうだったけど、自分で必死に迷って進んだからこそ得られるものってあるもんね。
 頑張る耀くんを置いていくのに少し胸は痛むけど、階段を一人降りる。

「すいません、これください」

 階段を降りたところに、南京錠は売られてる。
 私は置かれていたペンを手に取り、自分の名前と耀くんの名前を南京錠に書く。
 う~ん……。
 一人で二人分の名前を書いたら、効果ないかな?
 そもそも、耀くんと本当に恋人同士になるのかも分からないしなぁ。
 でも、いつか本当に恋人同士になれて……。
 その時に『ほら、見て!』とかサプライズできたら、面白そう。
 少しドキドキする胸を押さえて、希望のある未来を思い描く。
 結構悩んだけど……。フェンスの端っこ、そう簡単に見つからない場所に南京錠を結んだ。
 カチッと音が鳴ると同時に、大量のLEDが灯った。
 ビクッとして周りを見ると、陽が落ちかけてた。
 周囲の綺麗と騒ぐ声に、私はどれだけ迷ってたんだろうと少し悔しくなる。
 慌てて耀くんの姿を探すと――不思議と、すぐにその姿を見つけられちゃった。
 耀くんが言ってたけど……まるで、太陽の方を向く向日葵みたい。
 ちょっと恥ずかしい想いを消すように、そろそろっと耀くんの傍に近寄る。

「――ばぁっ!」

「と、突然フレームの下から出ないでくれるかな? ああ、もう。日向さんを撮ったみたいになっちゃったじゃん」

「いいじゃん! その写真も、後でちょうだいね!」

「はぁ……。分かったよ。まぁ、日も沈んで撮り頃が終わってたからいいけどさ」

 この様子だと、深みのある解像度の答えとして見せてくれる写真は撮れなかったのかな?
 まぁ、そうだよね。

「ね、耀くん! 見て! すっごい綺麗だし、カップルだらけだ!」

「そう、だね。ここは迷惑になるかな。どっか移動しようか」

 う~ん……。その感想だけかぁ。
 これは、私の考える答えを言ってくれるのは、まだ先かも。
 それは悲しいけど……。
 ずっと回答に辿り着かなければ、ずっと一緒に撮影旅を続けてくれるかな?
 なんて、意地悪なことを考えちゃダメだね!
 ちゃんと耀くんが自分なりの答えを見つけてくれそうな場所といえば……。

「ね、江ノ島シーキャンドルに行こうよ! 展望デッキからは、色んなものが見えるんだってさ!」

 人も景色も、沢山の情報が入ってくる場所かな。
 江ノ島が見渡せる場所で、もう少しヒントを出すぐらいはいいかも。
 あくまで耀くんが自分で気が付いてくれて、明るく自信を取り戻せるぐらいには。
 うん、そうやって笑う耀くんを早く見たいな。
 楽しみつつ、全力で耀くんの力にならないと!
 耀くんの袖を引くように、私は江ノ島シーキャンドルへ向かって足を弾ませた――。
 

 江ノ島シーキャンドルの上から、島全体を祝福するように彩るイルミネーション。
 その中を幸せな表情で通る人々。
 そして遠くに見える暗い海、真っ暗な山々。
 耀くん、この光景を見て何を考えてるんだろう。
 すっとスマホを降ろした耀くんは、少し身体を前のめりにさせ下を見つめた。

「日向さん……。島なんて、日本には沢山あるよね?」

「うん、そうだね。日本地図とか見ても、たくさんあるね」

「さっき聞こえてきたんだけどさ、何で江ノ島は恋人の聖地とか呼ばれてるんだろう?」

 その視線の先には、手を繋いだり腕を組んでいる人々がいた。
 風景にばかりカメラを向けてた耀くんが……。
 嬉しいな。

「それはね、江ノ島に伝わる〝五頭龍と天女伝説〟が関係してるんだよ!」

「詳しいんだね」

「調べて旅先を選んだんだもん。本当は『龍恋の鐘』にいったときに聞かれるかなとか思ってたんだよ!」

「完璧なガイドになれるね。日向さんは、いつも笑顔だから人気になりそう」

 嬉しいことを言ってくれるね。
 笑顔って、自分にも人にも大切だから、そういられることが嬉しい。
 それに、そういられるようにしてくれる耀くんにも感謝だな。

「じゃあ、ちゃんとガイドしないとね! 昔々、鎌倉の沼に身体が一つで頭が五つある龍が住んでいました。この龍が悪いことをして、沢山の人々を苦しめてたんだ。そんな時、凄い地鳴りと同時に江ノ島が海底から浮き上がってきたの」

「それ、自然災害とか火山活動とかでしょう」

 もう、夢がないことを……。
 現実的でいいけど、この伝説がロマンチックなのはここからなんだから。

「素敵なのはここから。――江ノ島には、美しい天女が舞い降りたの。その美しさに五頭龍は、結婚を申し込んだんだ」

「凄く欲望に忠実な龍なのは分かった。それで結ばれたから、恋人の聖地なの?」

「ううん。天女は、これまで龍がしてきた悪い事を指摘して断ったの。それから龍は、これまでの行いを悔い改心したんだよ」

 そう、今までの自分じゃダメだって改心して……。
 自分を変えたんだ。凄く素敵で、そうなりたいと思えるお話。

「その言葉を信じた天女は結婚して、龍も実際に今までの行いを変えるべく尽くしたの。それでも、身体は段々と老いていく。命の終わりが近付いているのを感じたんだね」

「命の終わりを……。それで?」

「龍は言いました。『これからは山となって、この地を守りたい』って。そうして龍は、江ノ島の大願にある滝口山となり、今でも江ノ島を見守ってるんだ」

「もしかして、だけど……。龍恋の鐘から見えた山って、その滝口山?」

「そうだよ。悲しいけど、素敵なお話だよね。命が尽きても、ず〜っと見守ってるなんてさ」

 耀くんは少し顔を曇らせて、今日撮った写真をスクロールしてる。
 龍恋の鐘から撮った写真を見つめて、何かを考えてる。
 この様子なら、私は――もう必要ないのかもな。
 必要とされなくなっちゃうのかも。
 役目を終えた私は、もう耀くんに必要と思ってもらえないのかな?
 そうだとしたら、寂しいな。もっと必要と思ってもらえるように頑張らないと!
 繋がりとか、思い出とか――。

「――ねぇ、日向さん」

「ん? どうしたの?」

 ちょっと声が上擦ったかも。
 バレてない、よね?

「今から付き合ってくれない?」

「ぇ?」

 つ、付き合う?
 私が耀くんと!?
 いや、それは幸せなんだけど!
 いい、のかな!?

「あのヨットハーバーのイルミネーションのところに」

「……はぁ~」

「だ、ダメかな? もっと近くから見たいって思ったんだけど」

 全くもう……。
 こういうところ、無意識なんだろうな。いや、私が意識しすぎなんだろうなぁ。
 でも、こういう一瞬一瞬が楽しいな。からかわれたのは、後で倍返しだ!

「うん、いいよ! 行こう行こう!」

「でも、さっき一瞬だけど嫌そうな顔を……」

「そんなことないよ? ちょっとガッカリしたけど、今は楽しいから」

「ガッカリ? まぁ楽しいならいっか」

 良くはないんだけど、これが耀くんらしいとも言えるかな。
 今は、耀くんから行きたい場所を言ってくれたことが嬉しい。
 クリスマスの夜風に吹かれながら、耀くんとヨットハーバーへ向かった――。

 
 船へと津ながるロープに飾り付けられたイルミネーションが綺麗で、波に揺れる姿は蛍みたい。
 これはこれで、凄く綺麗だなぁ。

「日向さん、お待たせ」

 ベンチに座る私の元に、耀くんが戻ってきた。
 自販機で買ったらしい温かいお茶とコーヒーが差し出された。

「お茶をもらおうかな? いくらだった?」

「いいよ、お金は」

「ダメだよ。奢ったり奢られたりじゃなくて、耀くんとは対等でいたいの!」

「お詫びだから。僕は、やっぱ暗くて無神経なやつだから……。日向さんの笑顔を一瞬でも曇らせる言動をしちゃったみたいだから。せめて、ね」

 自分を貶めるようなネガティブなところは抜けないんだなぁ。
 だけど、温かいお茶を押し付けて、当たり前のように隣に座ってくれる姿を見て、心が温かくなる。
 最初だったら、一緒にベンチになって座ってくれないような距離感だったよね。
 それに、お茶とかコーヒーどころか、お水も気軽に飲めなかったのを覚えてる。

「耀くん、コーヒーが飲めるぐらいに心臓も良くなって嬉しいよ」

「カフェインを気にしなくて良いぐらいになるなんてね。諦めないで良かった。こんなに最高の時間を過ごせるんだから」

「え? 今のは告白?」

 私が冗談めかして言うと、耀くんはコーヒーを吹き出して戸惑ってる。
 良い反応だなぁ。可愛いというか、愛しい。
 からかって、からかわれて。この関係が楽しい。
 ずっと、終わってほしくないなぁ。

「か、からかわないでよ! 安物の服だけど、コーヒーがついたら……っ」

「慣れないブラックコーヒーを飲んだからじゃないかな?」

「ち、違うよ! 日向さんが、その、付き合うとか言うから!」

「あははっ! ごめんね。でも、嬉しかったなぁ」

 私には、クリスマスにこんな心が温かくなる関係なんて絶対にないと思ってた。
 耀くんは、私に沢山の初めてを教えてくれるんだね。
 多分、今の私は最高の笑顔だと思う。
 この一瞬を、ぜひとも残したい!

「ね、記念撮影しようよ!」

「僕、風景写真ばっかり撮ってきたから……。人を上手く撮るのは自信ないんだけど」

「関係ないよ? 一緒に写るんだから」

「……え? 一緒に?」

 驚いてる。
 自分が被写体になるなんて、全く考えてもなかった顔だな。
 上手く撮るだけが写真じゃないんだよ。
 嬉しい瞬間を記録するのも、大切な写真なんだから。
 用意していたものをバックから漁り、耀くんに差し出す。

「はい、自撮り棒だよ」

「用意が周到すぎる」

「最初から私の目標には入ってたからね!」

「……分かったよ。ただ、それでも構図にはこだわらせて。少しでも綺麗に……。いや、良い写真として撮りたい」

 綺麗なだけじゃない写真にこだわるのも大切だけど、もう条件は十分だと思うんだけどなぁ。
 それでも、この一緒に写る一枚にどれだけ真剣に向き合ってくれたか。
 これも、最高の思い出になるかな。うん、気分は最高だ!

「折角だし、海とかを背景に撮ろうよ! ほら、立って立って」

「ちょ、ちょっと! 引っ張らないで! 自分で立つから!」

 耀くんの隣に立ち、耀くんはカメラと周囲を見渡してる。
 周囲には、島内より数は少ないけど幸せそうなカップル達。
 耀くんは目線を右往左往させ動揺して――私と方が触れ合った。
 てっきり、耀くんはすぐに離れちゃうと思ったけど……。
 そのまま、構図を考えるように自撮り棒を操作してスマホに写る構図を調整してる。
 ど、どうしちゃたんだろう?

「そ、その……。どうせなら滝口山を写す構図を考えると二人が近い方が良いというか。あ、いや、周りに当てられたというかマナーというか。嫌ならすぐに離れるけど。うん、離れた方がいいよね! ごめん!」

 もう、煮えきらないところ……やっぱり良いなぁ。
 恋愛慣れしてない初々しさが逆に安心しちゃうよ。
 女慣れしたイケメンなら、バシッと格好良く決めちゃうんだろうけどね。
 私は、こっちの方が好き。

「いいよ! このままこのまま! 耀くんは、くっつくの嫌?」

「い、嫌じゃない。むしろ僕も、日向さんと……。その」

 いくら初々しいのが好きって言っても、私にだって限界はある。
 だったら――。

「――えいっ!」

「ひ、日向さん!? いくら何でも、寄りかかるのは……っ」

 だ、大胆すぎたかな?
 だけど、耀くんが悪い! ここは抱き寄せるぐらいあってもいいじゃん!
 私が嫌じゃないって言ってるんだからさ!
 それにしても……耀くんの胸、バクバク言ってる。
 緊張してるのが、心臓の鼓動を通して伝わる。
 耀くんの心臓さん、頑張ってくれてありがとう。
 耀くんが生きられるように元気に動いてくれて、ありがとうね。
 生きてる耀くんの体温が伝わるのが、本当に嬉しい。
 真冬の川の冷たさとは、本当に正反対。
 耀くんが操作する自撮り棒が震えてるのを見ると、耀くんも緊張してるのが伝わってくる。

「ひ、日向さん。構図、決まったよ。準備はいい?」

「うん、いつでも私は大丈夫!」

「い、嫌だったら言ってね……」

 何のことだろうと思ったら――耀くんの空いてる方の手が、そっと私の手に触れた。
 手を握ってるなんて、とても言えない程度。
 それでも、そっと震える耀くんの手と触れ合ってる。
 渾身の勇気を振り絞ってくれたんだ。
 こんなの、嫌な訳ないよ。嫌なら、耀くんの胸に頭なんて預けない。
 ああ、最高の思い出が撮れちゃうな。
 きっと、これが私の人生最高の一枚になるんだろうなぁ。

「それじゃ撮るよ! 五秒タイマーだからね?」

「うん! 人生で最高の待ち秒間だ!」

「いくよ、五――」

 あ、ちょっとイタズラ心が湧いてきちゃった。
 この方が、きっと楽しいよね? 心に残れちゃうよね?

「四、三……」

「耀くん、ずっと一緒に笑お――」




「――夏葵? あんた、何て顔でゴロゴロしてるの?」

「ぇ……。お、お母さん!?」

「ご飯だから呼んだのに返事もなくて、何かあったのかと思ったじゃない。二ヘッと幸せそうに寝てたなんて……。よっぽど素敵な夢を見てたのね」

「ゆ、め? あ、あぁ~……もうっ! あと三秒遅く起こしてよぉ~っ!」

 何て最悪なタイミングで起こしにくるの、お母さん!
 折角、耀くんと最高の瞬間だったのに!
 二度寝したら続き見られないかな!?

「あら、何で三秒なの?」

「そ、それは……。その」

「そのスマホ……。何か計画を立ててたの?」

「あ、うん。その、耀くんとの撮影旅の予定を……」

 そうだ。
 私は、これから耀くんと行く撮影旅の予定と、『深みのある解像度』の答えに辿り着いてくれるような調べ物をしてたんだった。
 それで寝落ちしちゃって……。ああ、もう!
 恥ずかしいけど、最高の夢だったのに!
 よく考えれば現実の耀くんじゃしてくれないようなことが沢山あったけど!
 だからこそ貴重だったのに!

「クリスマスの予定? もう、望月くんとの旅が楽しみなのは分かるけど、まだ夏休み前よ?」

「い、いいじゃん! それだけ楽しみなんだから!」

「ふふっ。良い笑顔ね。貴重なものが見られたわ」

「もう! すぐリビング行くから、少し一人にして!」

 お母さんは嬉しそうな顔を浮かべて、私の部屋のドアをしめた。
 はぁ~……。一気に力が抜けた。
 スマホを開きアルバムを見れば、耀くんと一緒に写った写真は……やっぱりない。

「向日葵畑で、小さく顔が写った写真だけ……。これじゃ、小さいかなぁ~……」

 最高の一枚を、私を救ってくれた耀くんに撮ってほしいなぁ。
 そんなことを考えながら、開いてたネットを見れば『五頭龍と天女伝説』のページが目に入った。
 そっか。これを調べてたから、あんな夢を見ちゃったのかぁ。
 天女と、五頭龍かぁ。

「五個もあるんだったら、一つぐらい……」

 一瞬気持ちが暗くなりかけたけど、ぶんぶんと振り払う。
 それより、明日のことを考えて笑おう!
 天女じゃないけど、私の太陽くんのことを考えれば楽しく変えてもらえるんだから!

「次も、その次も、耀くんとどんな旅をしようかな。どんな反応をしてくれるかなぁ」

 クリスマスだけじゃない。初詣とか、楽しみながらイベントだらけ。一緒に行けたら、最高だろうな。

 考えるだけで、自然と頬が緩む。
 耀くん、頑張ってくれるんだろうなぁ。
 私が近付いたら、夢みたいな反応をしてくれるかな?

「あ~、もう! これからも毎日、楽しみだなぁ~!」

 耀くん。こんな楽しい感情をくれて、ありがとうね。
 夢じゃなく本当に耀くんの心臓が治って、一緒に素敵なクリスマスが迎えられますように――。


                        了


 

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