別にファミレスが嫌いなわけじゃなかった。
君は、あの子との記念日には絶対ファミレスなんて選ばなかったんだろうなって、そういう「差」をはっきりと思い知らされることが、嫌いなだけだった。
◇
君と付き合って三か月が経った。
半端な数字だけど記念日だった。私たち今日で付き合って三か月らしいよ、というメッセージは日付が変わった瞬間に送りたかったけど重い気がして、夜明けを迎えてからしか君に送れなかった。
らしいよ、という言葉で、私だって別に記念日なんてそこまで意識はしてないけど一応ねって感じを出すあたり、我ながら可愛げがない。
君からは数分後に既読がついたけれど、おめでとうの言葉付きの、ポメラニアンのLINEスタンプしか返ってこなかった。
二人のことなのに、まるで他人事みたいだな。いやに虚しくなりながら、すぐにトーク画面を閉じる。
私に可愛げがないのは、君が私に可愛げを求めてくれないからだし、どうせ私が伝えなかったら君は記念日に気づかないままだった。あの子の時は絶対そうじゃなかったくせに。
そういうの全部がどろどろとした憂鬱に結びつく。記念日にわざわざ憂鬱になりたくはないのに、君のせいで、君のことが好きなせいで、朝っぱらから、世界が終わるくらいに憂鬱です。
お互いに三限がある日は、二限終わりに文系の学部棟の真ん中にあるコンビニで待ち合わせて、全学棟のだれもいない講義室で一緒にお昼を過ごすことになっていた。
君は、つるんでいる友達と遅れてやってきて、「ごめん、ちょっとぐだぐだ喋ってた」とまったく悪いと思っていないような態度で私に謝った。
君の友達の、彼女変わったんだ、こいつ次はこういうタイプなんだって顔にはもう慣れて、そろそろ違和感もなくなる頃なんじゃないのと期待している。
「今日、千夏の分も一緒に買おうかな」
「どうしたの、急に」
「えー、めでたいから?」
祝うにしてはしょぼすぎるし、そんなことで私の機嫌をとれると思わないでほしい。そう思ったけれど、ありがとー、と流す。
コンビニで昼食を買って、空いている講義室を探す。歩くのが速い君を、私は早歩きで追いかける。追いかけて、追いかけて、あとどれだけ追いかけたら、君は私に追いかけなくても大丈夫だよって思わせてくれる?
「ねー、千夏さん」
「うん?」
「なんか、この三か月あっという間だったかも。相性いいよな、俺ら。俺は千夏と付き合うの、しっくりきてるし、そっちもそうでしょ」
「だね」
「千夏といても、全然疲れないからいい。摩耗しないからずっと続くかもなって、今の俺は思ってんのね」
「なんか他人事みたい。でも、疲れないならよかったじゃん?」
「うん。はは」
見つけた空き講義室の隅で、机を挟んで向かいあって座っている。君は、コンビニの菓子パンを頬張って、うすく笑う。とん、と机の下で靴の先を君の足にあてたら、「え、なんで」とちょっと困惑していた。
ずっと続いてほしい、でも少しくらいは疲れてほしい。私、なのに、変な困らせ方しかできない。あの子ならきっと可愛く拗ねることもできるのだろう。
「楽」
「ん?」
「今日の夜って、バイトないんだっけ」
「今日ないよ。どうする? 俺の部屋くる?」
「いや、一応ね、記念の日だし、なんかちょっと二人でお祝いとかどうかなって。さっきのコンビニの奢りがお祝いだったならごめんだけど」
「あー、それはさすがにないよ。でも、記念日に祝うって発想、よく考えたら意味不明じゃん? 言うて、まだ三ヶ月だし」
「そうかな。確かに。えー、でも、どうだろ、意味はあるんじゃない?」
君が、昔からそういう考えの人間だったのならいい。確かに、記念日のお祝いなんて意味不明。相手を選ばずに君がそうなら、それはもう本当にそれでいい。でも、違うって知っているから、あ、私との関係に君は手を抜いてるんだ、って感じてしまう。
君は、かつての私が、君と付き合ってたあの子のインスタグラムをはりつくように見ていたことを知らないから、あの子と自分のことは私にばれてないと思っている。
摩耗しない君のそばで、君が摩耗しないことに、私は摩耗する。
ちょっと微妙な態度をとってしまったからか、君は、んー、と逡巡してみせた後、あ、と何かひらめいたような顔をした。
「久しぶりに、俺、ファミレス行きたいかも。ファミレスでなんとなく祝う?」
あー。なるほど。ファミレス。
◇
ディズニーランドでお揃いの服を着て眩しそうに目を細めている君と可愛い笑顔を浮かべた癒し系の彼女のツーショット。彼女のストーリーにあげられていたハイブラの香水と写真の隅っこの「なんでもない日にサプライズうれしかったな~」の小さな文字。「三か月記念にくれました」の文字とセンスのいい花束の写真。ホテルの窓から見える綺麗な夜景とそれを眺めてたところを振り返り「うわ、撮られてた、盗撮するなよ」と嬉しそうに変顔をする君に「もー、やめてください。でも連れてきてくれてありがと。きれー」と彼女の可愛い笑い声が続く動画。「一年記念日に彼と小旅行、喧嘩もたくさんするけど、いつもこんな私を好きでいてくれる人」という言葉と大量のツーショットや旅の風景が音楽に合わせて切り替わる洒落た動画。
君がまだ前の彼女と付き合っていた時に、見たくないのに何度も見にいってしまっていた、彼女のインスタグラムのアカウント。
そこに写っていた君は発光しているみたいに幸せそうで、気持ちも言葉も物も経験も、お金がかかることからお金にかえられないものまで全て、彼女に惜しみなくあげていたことも、それくらい彼女のことが好きなことも、彼女の発信からは嫌になるくらいに伝わってきた。
まだすべてを鮮明に思い浮かべることができてしまうな。それくらい、私は懲りずに毎日毎日見にいっていた。
彼女のアカウントのストーリーのハイライトや投稿からすべての君が消えたのは、ちょうど三ヶ月半前だった。
その頃、朝起きて真っ先にすることが、彼女のインスタグラムのアカウントを捨て垢からこっそりのぞいて新しい君を探すことだったから、二人の間に何かあったんだろうなということはすぐに分かった。
もともと、私と君と彼女は、一回生の時の秋学期、一般教養科目で、受講者が十人にも満たない不人気の基礎セミナーをたまたまとっていたことで知り合えた仲だった。私は彼女とも面識がありセミナーの時期はよく喋っていたし、単位を取り終わるよりも先に、君と彼女が付き合ったことを、君と彼女の両方から報告されて知った。
単位を無事にとり終えると同時に彼女との縁は切れたけれど、君とは大学の食堂で偶然会ったら一緒に食事をするくらいの、他にかぶっていた教養科目の情報をLINEで交換するくらいの、全学棟で偶然会ったら数分立ち話するくらいの、友達のようなそうでもないような関係がずっと続いていた。私だけが、ずっと好きだった。
〈いきなり、ごめん。違ったら無視でいいけど、七音ちゃんと別れたの? 私も最近彼氏と別れたばっかりで、同じ感じだったら慰め合えるなと思って。そういえば、私たち、飲みに行ったことはなかったよね〉
彼女のインスタグラムから君が消えた日の夜、思い切って君に連絡した。送った後に、長文すぎたなと後悔した。しかも、彼氏なんて君を好きになってからは一度もできてないのに大胆な嘘までついてしまった。
それでも、送信取り消しボタンを押さなかったのは、友達のようなそうでもないような関係から、前進するにしても後退するにしても、このタイミングしかないって思ったからだった。
翌朝、君からは、〈別れたよ笑 倦怠期乗り越えられなかったの向こうが笑 飲みに行きたい笑〉と、もはや痛々しいくらいの「笑」が句点の代わりにつけられた返信が来た。
笑ってないくせに馬鹿じゃん。ずっと、君が彼女と別れることを望んでいたくせに、いざ本当にそうなんだって分かったら、君が世界でいちばん可哀想な男のように思えて、私まで悲しくなってしまった。
傷のなめ合いをする体で大学近くの大衆居酒屋で開催された二人だけの初めての飲み会は、大いに盛り上がった。
私の架空の元カレも大活躍で、君の失恋の傷口を、私は真剣な相槌と架空のエピソードで頑張ってちろちろと舐めた。君も、数々の裏切り行為をされて、しまいには避妊もせずにしたがることが増えたから苦渋の決断で元カレを振るにいたった私を、慰めてくれた。大好きだったのに、どうしても許しちゃいけないことってあるよね。もちろん、全部嘘だ。
レモンサワー、ハイボール、レモンサワー、ハイボール、白黒つけられないままにすごい速さで交互に飲み続ける君は、レモンサワーの三杯目、つまり合わせて五杯目で酔ってしまって、テーブルにだらしなく肘をついてゆっくりと瞬きを繰り返した。とろけそうな君の目に、私はコークハイをちびちびと飲みながら、ひそかに見惚れていた。
「好きだったんだけどね。けっこう、死ぬほど。いや死ぬほどは嘘だけど、かなり、好きだった」
君の呟きは、店内に流れていたあいみょんに揉まれてすぐに消えた。
「分かるよ。私も、好きだったから」
君のこと、きっかけは何か分からないけど、たぶん、彼女よりも先に、君が彼女を好きになるよりも先に、私は好きになっていた。
俺のは坂本龍一リスペクトだから他のやつらとは違いますねとか何とか言って、こだわりのテクノカットを貫いていたところ、寝坊した日は黒縁の眼鏡をかけてきてたけれどそれが笑えるほど似合っていなかったところ、スマホの待ち受け画面がシャムキャッツだったところ、そういう渋さや抜けてるところもとても好きだった。顔も声も背の高さも、変にすれてないけれど、変に真面目でもなさそうなところも好きだった。
「倦怠期っていっても、俺は別にそんなことないよ。あっちが先に冷めた感じで、わりと一か月くらい前から、あ、これはもうそろそろ終わるかもなってうすうす気づいてた」
「そんな感じなんだ。意外」
「俺、犬みたいだったかも。なんかね、でも、ずっと犬みたいにできたらよかったけどさ、俺だけ必死になるのも途中で疲れてきて、そしたら、もう私のことは前より好きじゃないんだとかね、あいつは、二人の関係が悪くなっていく責任は全部俺にあるような感じで言ってきて。俺とあいつ、全然違うことに耐えられなくなって、別々の部分を壊し合ってけど、でも、そしたらいつかは全部壊れるじゃん、当たり前に。まあ、もう別れたし、戻るとかもないし、前に進むしかないよなとは思う。思うっていうか、立ち止まってても意味ないから」
「前向きだー。見習いたいよ、ほんと。さすがサッカーやってるだけある」
「いや、関係ない関係ない。しかも、俺、サッカーは自分がやるんじゃなくて、見る側ね。でも、そうだな、次は追う恋愛より、追われる恋愛の方がいいのかも。幸せにしてやりたくて無理するんじゃなくて、オッケー、一緒に幸せになるかって落ち着いた感じの」
「分かる。幸せになり合いたいんだよね、結局は」
「結局はそう」
私が君を幸せにしたいし、君は私を幸せにしてほしいけど、そういうのはどう思うの。あいみょんは、サザンオールスターズに変わって、議事録に残したら、意味ないだろこの会話って嘲笑されてしまうような私と君の言葉の応酬はその後もしばらく続いた。
君は、酔いながらも泥酔にはいたらず、私は最後まで酔いきれないまま、店員さんが「お席の時間です」と言うので、きっちりと割り勘をして店の外へ出た。
外は暗くて星なんてひとつも出ていなくて、酔ってふにゃふにゃとしていた君をヘッドライトで半分だけ照らした軽自動車が、私たちの後ろをすーっと通り過ぎて行った。
じゃあ、と君から別れを切り出されるよりも先に、「まだ、帰りたくない夜だ、何かね」と私は思い切って言った。君は、「だったら、俺の部屋来る? 近いし。俺はどっちでもいいけど、もうちょっと傷のなめ合いするのもありか」と言って、うすく笑った。
自暴自棄になってるんだろうなってなんとなく気づいたけれど、私は酔っぱらったふりをしてわざと変な角度で頷いて「いく」と答えた。
君の部屋にはまだ彼女の私物が当たり前のようにたくさん残っていて、そのどれもに打ちのめされながら見渡していると、君は背後から私のお腹に手を回して、「もうなんでもいいから、はやく慰めあうのがいいんじゃね」と耳元で言った。そのままベッドまでいって、雑に抱きしめられた。
雑な抱擁から、雑なキス。ムードもへったくれもなく雑に始まるセックスは大体最後まで雑で、それでも君に触れてもらえて触れられるだけで、私は自分の熟した片想いを成就できた錯覚さえ起こせてしまった。
思ってたよりも君は果てるのが遅いって知ったこと、君の脇腹に見つけた小さなほくろ、細身のくせに筋肉はしっかりとついていて体毛の薄い身体、もうほとんど入ってなかったコンドームの箱にひそかに嫉妬したこと、終わった後に一緒にふざけてお風呂に入って、これこのままセフレのパターン?って冗談で聞いたら、どうだろでもまだ俺ね寂しいかも、って自暴自棄を続けたままの君が可愛く甘えてきたこと。誰の走馬灯にもならないような陳腐な夜だけど、私にとっては奇跡だった。
その後しばらく、ずるずるとセックスをするだけの関係が続いて、ある日酔った勢いで、「私、楽のこと好きなのかも。傷心だったからかもしれないけどね。いったん付き合うっていうのはどうなの」と思い切って聞いたら、君も酔っていたのか「いいよ。こういうはじまりも別に悪いわけではないもんな」と誰も責めていないのに誰かに言い訳するような感じで頷いた。
それで、君は私の彼氏になって、私は君の彼女になった。ずっと好きだったくせに、好きなのかもだなんて、嘘を吐いた私に、俺も好きだよ、と君は嘘を吐き返してはくれなかった。
それでも、付き合ってからの君は、優しくて、知らなかった顔をたくさん見せてくれるようになって、君の触れ方を教えてくれて、私は毎日どきどきしていたけれど、態度には出さないように必死になっていた。
もともと君は、根がわりと優しい人だ。でも私にくれる優しさは特別なものというよりは、誰にでも配れるようなそういう類の優しさばかりだった。私は、猫のふりをした犬なのに、猫としてしか接してくれないのが君だった。
セックスで求められるだけではこころまでは満たされない。本能じゃない部分で、寂しさを誤魔化すため以外の目的で、あの子の代わりじゃなくて、ただ私を、まっすぐ求めてほしい。そういうことを、ずっと思っていて、これからもたぶんずっと思い続けることになる気がしていた。
◇
「千夏? おーい、ちーなーつちゃん」
「あ、ごめん、めちゃくちゃぼーっとしてた」
「珍しいじゃん。で、どうする夜?」
付き合う前のこと、付き合ってすぐの頃のことを思い出していた。
君は、優しく笑って机に頬杖をつく。反対の手で私の髪を撫でて、リラックスした表情で小さな欠伸をする。
今の君は、私のことをまったくもって好きじゃない、というわけではないんだと思う。少しは私を好きになってくれていると思う。君の好意を私はたまにはきちんと受け取ることができる。
でも、物足りない。だって私は、何でもない日に好きな子に香水を贈る君も、喧嘩ばかりなのに彼女を愛してた君も、それよりも何よりも、一回生の秋学期、講義中に彼女を愛おしそうに眺めていた君の眼差しを知っている。だから、全然物足りない。
「……ぼーっとしたついでに思い出したけど、私、今日あれだった。バイトのシフト変わってあげたの忘れてた」
「あ、そうなんだ。その後、会うとかでも俺はいいけど」
「いや、今日はやめとく。よく考えたら、確かに記念日ってほんと大したことないもんね」
「それは、ほんとにそう。なんか、今更だけど、千夏って理解ある彼女の代表例みたいな感じあるよね」
「なにそれー、嬉しくないんですけど」
「はは。なんでよ」
嬉しいわけがないだろ、死ねよまじで、嘘、幸せに生きて、でも、もっと私に真剣になって。君の「ファミレス」の五文字でつくられた棘を心臓にもろに食らいながら、笑えているのだから我ながら感心する。
シフトをかわってあげただなんて嘘だけど、私はどうしても君と今日はファミレスに行きたくなかった。君は私の嘘を何一つ疑うことなく、また菓子パンを頬張った。
君が私を疑わないのは、私を信じてるからじゃなくて、私にそこまで興味がないからだって、多分、君自身も分かっていないけど、私には分かる。
雑にはじまったセックスが終わりまで雑なままであるように、セフレからゆるっと交際にいたった私と君がいつまで付き合い続けられるのか分からない。でも、今はまだ、破綻を明るみにだしたくはなくて、オッケー、一緒に幸せになるかって感じの恋愛を、私の方は偽装している。
君がそれに気づくのが先か、私が限界を迎えるのが先か、ぎりぎり後者な気もするけど、まだしばらくは耐えられる。
君が好きだけど、だから、同じように好きになってほしいだけ。あの子と同じようにじゃなくてもいい。むしろ、私にだけのものがいい。別の愛でいい。
それはそうなんだけど、「差」は、感じさせないでほしい。お願いだから、手を抜いてることも、私との恋愛を舐めてることも、もう少し、うまく隠して。それくらいしようと思えるくらいには、私に尽くして。私を、悲しくさせないで。
ディズニーランドに誘えなくても、誘ってくれなくても、何でもない日にサプライズしてくれなくても、花束をくれなくても、小旅行だなんて夢のまた夢でも、セックスが雑でも、私が君にとって、理解があるだけの都合のいい彼女でも、あの子を忘れて気を紛らわせるためのつなぎでも、私たちの関係を祝うのはLINEスタンプのポメラニアンだけでも。私は君が好きで、好きで、好きで。
「終わってるよね、ほんとは最初から」
「ん。何?」
「何でもないけど、理解ある彼女ではないからね、私」
「あー、……ちょっと怒った?」
「別に。でも、やっぱり言っちゃうとね、記念日は大切にしたい派です。あともっと楽に好きになってほしい派でもある。だるいこと言ってるかも」
「……ちゃんと、好きにはなってるよ。千夏には伝わってないのかもしれないけど」
そう言って、君は少し面倒くさそうに自分の鼻先をかいた。どうしたら、可愛い私のままで君と喧嘩できるようになるんだろうって、私は考えながら、「伝わってはいるから、ありがとうとは思う。楽と付き合えて、本当に幸せだし」と早速、理解ある彼女になってあげた。
その日の夜、君のマンションからは遠いところにあるファミレスに一人で行った。
どんな自分でいっても、いつも変わらず迎え入れてくれる、それがファミレス。だから、私、ファミレスのことは嫌じゃなくて、むしろ好き。頼んだハンバーグに添えられた野菜の盛り付けが雑でも、サラダのドレッシングのかけ方が下手くそでも、安くて美味しくて簡単に豪遊できるから好き。
デートでファミレスに連れて行かれたとか、ファミレスでプロポーズされて冷めたとか、世の中には私と似たような女の子たちの不満がたくさんあって、ファミレスを馬鹿にしてるだろお前らとか的外れの反論や、ファミレスに気軽にいけるくらいの気取らない関係の方が落ち着くって分かってからが恋なんていうまあまあ苛立つ反論もある。
でも、私は、別にファミレスが嫌いなわけじゃなかった。君は、あの子との記念日には絶対ファミレスなんて選ばなかったんだろうなって、そういう「差」をはっきりと思い知らされることが、嫌いなだけだった。
どの女の子にもきっちり割り勘をする男の割り勘は許せても、狙っている女の子には格好つけて奢るくせに他の子にはそうじゃないっていう不平等な男の割り勘は許せない。そういうのと同じように、あの子には格好つけたり背伸びをしたり、それこそ犬みたいになれたくせに、私とはそういうんじゃないからとか、疲れないのがいいとか、自分自身の好意の差を、耳障りのいい言葉で正当化しているところが、本当は本気で気に食わない。
割り勘も、ファミレスも、問題の本質はそのものにはなくて、結局、他の人にはしていたのに、自分に対しては、いいところをみせようとか、もっと好きになってもらおうとか、ダサくても間違っていても、何でも、そういう風に頑張って格好つけようとしてくれないところに悲しくなるし虚しくなるのだ。
「お待たせいたしました、トマトハンバーグのセットとミートドリアでございます。あとで、ほうれん草のソテーもお持ちいたしますね。ティラミスは食後の方がよろしいですか?」
「あ、はい、食後でお願いします」
「かしこまりました。では、また、そちらのベルでお呼びください。ごゆっくりどうぞ」
店員が去って、ミートドリアから先に食べ始める。
気分が晴れる兆しはなし。テーブルの上には、二人前ほどの料理が並べられていて、そのかたわらで私のスマホも光っている。ごめんやっぱり別れたい、君とのトーク画面のところには、送信できない、送信するつもりも一切ない、でも一パーセントほどは本心の、私の言葉が打ち込まれている。
君は、私がこんなに重い女だってことを知らない。
スプーンにすくったドリアをスプーンごと口に含んだまま、打った文字を消して、また新しく打ち直す。やっぱり今日バイト終わったら楽のところいっていい?、君はスマホを触っていたところだったのか、私が送ったメッセージには一瞬で既読がついて、オッケーって言葉付きのポメラニアンのスタンプがトーク画面に現れた。
あの子と君の付き合って三か月の記念日。あの子は君から花束をもらっていた。
私と君の付き合って三か月の記念日。私はひとりファミレスでドリアを咀嚼している。