手紙は東西南北あらゆる地方から来ていた。そしてY氏の言った通り、どれも共通項があった。いくつかの手紙を読み終えて、一気に筆が進んだ。筆者はその日から自室に籠り、朝夕ひたすら原稿用紙にペンを走らせた。凄い作品がかけそうだ。Aの手紙や●●●●町での体験も合わせれば、物凄い本になる。これで売れない怪奇小説家の汚名は返上できるだろう。あのKに並ぶことも夢ではないかもしれない。
 その後は夢現だった。気づいた時には、原稿用紙の束が机に折り重なっていた。ほとんど記憶も無いまま書きつけたラストの章を読み返す。

 そこにはこの先の結末が書かれていた。

 筆者ははっと我に返った。逃げたつもりが、すっかり罠に嵌められていた。こんなもの、すぐに捨ててしまわなければ。
 とっさに、原稿用紙の束を小脇に抱える。
 部屋を出ようとした時だった。

 どんどんどんどん

 誰かが戸を勢いよく叩いた。
 筆者は反射的に、窓まで後ずさりした。大丈夫。そう自分に言い聞かせるが、胃がキリキリと痛み、目の前がぐらぐら揺れる。
 操られるように、二階の窓から外を覗く。想像した通りだ。電柱の後ろに、白い女がいる。
 
 A君の手紙を読んだあの時から、逃げ場などなかったのだ。きっとKも一足先に逝ってしまったのだろう。あるいは結末を少しでも遅らせようと、往生際悪く逃げ出したか。

 ●●●●町からばら撒かれた恐怖は、とうに日本中に広まっていた。
 筆者もまた、恐怖の苗床として選ばれたのだ。

 記憶や感情を抹消しない限り、逃げることなどできない。アレは少しずつ、少しずつ近づいてきて、魂を恐怖で蝕んでいく。
 すべてはただ己が存在するため。
 彼女の実存の条件は、恐怖という形で知覚されることなのだ。つまりどんな説得も謎解きも無意味。できるのは考えないことだけ。脳が正常に動く限り、感情が正常に動く限り、彼女からは逃げられない。唯一許されるのは、誰かに擦りつけて僅かな時間を稼ぐことだけ。

 がちゃ。がちゃがちゃ。

 背後でドアノブが動くのが、窓ガラスに映った。
 すぅっと音もなく隙間が開き、青白い顔が覗く。

「○○×××◎☆××」

 てんでバラバラの穴のような瞳と目が合う。
 途端に視界が左右にぶれて闇に包まれた。