月日が流れるのはあっという間ですね。僕は中学生になりました。第一志望の私立中学の受験の日、不思議なことがあったのでお伝えします。
僕はその日、消しゴムを忘れてしまい困っていました。すると隣の席の女の子が貸してくれました。Tちゃんという、ショートヘアに猫みたいな目をした、ボーイッシュだけど可愛い子でした。
僕はTちゃんとすっかり仲良くなり、テストが終わった後も「二人とも受かったらいいね」なんて言いあいながら、一緒に教室を出ました。
昇降口付近は、迎えに来た親でごった返していました。
「あれ?」
僕は思わず立ち止まりました。沢山の人に混じり、白い女がいたのです。
青白いゴムのような肌に、ぬらぬらと黒い髪。ふいに小学二年生の夏の記憶が蘇えり、背筋がぞおっとしました。
女がゆっくりとこちらを振り返ります。
青黒く罅割れた唇がパカリと開きました。真っ黒な口に釘のような歯が無数に並んでいます。齧られたら物凄く痛いでしょう。想像しただけでゾワゾワしました。
女はどう見ても人間ではありませんでした。なのに、誰も女を気にする様子はありませんでした。
もしかして、僕にだけ見えているのだろうか。
そう思ったとたん、女と目が合った気がしました。といっても、女の瞳は左右がてんでバラバラの方向を向いていて、どこを見ているのか分かりません。彼女にはどんなふうに世界が見えているのでしょう。
「どうかしたの?」
立ち止まった僕に気づいて、Tちゃんも立ち止りました。傾げた首の向こうに白い女の姿が見え、次の瞬間、勢いよく向かってきました。
大きく開いた口の中で、蛭のような黒い舌がぬらぬらと蠢いています。
逃げなければ。でも、足が地面に張りついて動きません。僕はとっさに目を閉じました。
どれほどそうしていたでしょう。
「ユミ、テストどうだった?」
「ばっちりだったよ、ママ」
頭上から降ってきた暢気な会話に恐る恐る顔を上げると、白いワンピース姿の大柄な母親が、母親をそのまま小さくしたような娘と抱き合っていました。
「ねぇ、大丈夫?」
Tちゃんが心配そうに僕を覗き込みました。僕はどうにか頷いて歩き出しました。
駅に向かう途中、僕はすっかり記憶から抜けていた、小学生の時の体験を話しました。Tちゃんは神妙な顔で聞いていました。
春、僕とTちゃんは見事合格し、同じ中学に入学しました。地元ではそれなりに有名な進学校で、入って一週間のうちに早速、英語の小テストがありました。
翌日、六限目の授業の後、僕とTちゃん、それにB君が、担任で英語の教師のE先生に放課後、残るように言われました。
赤点でも取ってしまったのか。
三人で不安な顔を突き合わせていると「三人に、六月の学年キャンプの実行委員を頼みたいんだけと」と、E先生は言いました。
僕の通う私立中学は学校行事を大切にしていて、文化祭や体育祭はもちろん、夏には学年別のキャンプ、冬にはスキー旅行もありました。
「社会勉強としてキャンプの運営を生徒に手伝わせるのが、習わしなの」
「ええー、なんで俺たちなんすか?」
ノリのいいB君が、軽い調子で言いました。
「気に入ったからよ。テストの成績もよかったし」
E先生は紅く艶やかな唇をきれいに吊り上げて笑いました。
「とりあえず、今週キャンプ場の下見に行くんだけど、A君、つき合ってくれる?」
ちょっと面倒だと思いましたが、くっきりと大きな目でじっと見られると嫌とは言いづらく、僕はしぶしぶ頷きました。
僕はその日、消しゴムを忘れてしまい困っていました。すると隣の席の女の子が貸してくれました。Tちゃんという、ショートヘアに猫みたいな目をした、ボーイッシュだけど可愛い子でした。
僕はTちゃんとすっかり仲良くなり、テストが終わった後も「二人とも受かったらいいね」なんて言いあいながら、一緒に教室を出ました。
昇降口付近は、迎えに来た親でごった返していました。
「あれ?」
僕は思わず立ち止まりました。沢山の人に混じり、白い女がいたのです。
青白いゴムのような肌に、ぬらぬらと黒い髪。ふいに小学二年生の夏の記憶が蘇えり、背筋がぞおっとしました。
女がゆっくりとこちらを振り返ります。
青黒く罅割れた唇がパカリと開きました。真っ黒な口に釘のような歯が無数に並んでいます。齧られたら物凄く痛いでしょう。想像しただけでゾワゾワしました。
女はどう見ても人間ではありませんでした。なのに、誰も女を気にする様子はありませんでした。
もしかして、僕にだけ見えているのだろうか。
そう思ったとたん、女と目が合った気がしました。といっても、女の瞳は左右がてんでバラバラの方向を向いていて、どこを見ているのか分かりません。彼女にはどんなふうに世界が見えているのでしょう。
「どうかしたの?」
立ち止まった僕に気づいて、Tちゃんも立ち止りました。傾げた首の向こうに白い女の姿が見え、次の瞬間、勢いよく向かってきました。
大きく開いた口の中で、蛭のような黒い舌がぬらぬらと蠢いています。
逃げなければ。でも、足が地面に張りついて動きません。僕はとっさに目を閉じました。
どれほどそうしていたでしょう。
「ユミ、テストどうだった?」
「ばっちりだったよ、ママ」
頭上から降ってきた暢気な会話に恐る恐る顔を上げると、白いワンピース姿の大柄な母親が、母親をそのまま小さくしたような娘と抱き合っていました。
「ねぇ、大丈夫?」
Tちゃんが心配そうに僕を覗き込みました。僕はどうにか頷いて歩き出しました。
駅に向かう途中、僕はすっかり記憶から抜けていた、小学生の時の体験を話しました。Tちゃんは神妙な顔で聞いていました。
春、僕とTちゃんは見事合格し、同じ中学に入学しました。地元ではそれなりに有名な進学校で、入って一週間のうちに早速、英語の小テストがありました。
翌日、六限目の授業の後、僕とTちゃん、それにB君が、担任で英語の教師のE先生に放課後、残るように言われました。
赤点でも取ってしまったのか。
三人で不安な顔を突き合わせていると「三人に、六月の学年キャンプの実行委員を頼みたいんだけと」と、E先生は言いました。
僕の通う私立中学は学校行事を大切にしていて、文化祭や体育祭はもちろん、夏には学年別のキャンプ、冬にはスキー旅行もありました。
「社会勉強としてキャンプの運営を生徒に手伝わせるのが、習わしなの」
「ええー、なんで俺たちなんすか?」
ノリのいいB君が、軽い調子で言いました。
「気に入ったからよ。テストの成績もよかったし」
E先生は紅く艶やかな唇をきれいに吊り上げて笑いました。
「とりあえず、今週キャンプ場の下見に行くんだけど、A君、つき合ってくれる?」
ちょっと面倒だと思いましたが、くっきりと大きな目でじっと見られると嫌とは言いづらく、僕はしぶしぶ頷きました。