はじめまして。私は小学校五年生の女の子です。初めてお手紙でドキドキしています。今日はどうしても相談したいことがあって、お手紙しました。

 うちの学校ではシロコさんがブームです。シロコさんは優しい女神さまで、学校の校庭にお供え物をすると、夢を叶えてくれるのです。お供えするのは人形で、校庭の砂と自分の髪の毛か爪を、手作りの人形に詰めます。大きさは手の平くらいです。それを誰にも見られないように校庭に埋めて、一週間、真夜中に鏡に向かってお祈りするのです。

 夏休みに私は、友達と三人でこのおまじないを試しました。
 その日、私はMちゃんと、Sちゃんの家でお泊り会をしていました。Sちゃんの家は広くて、私たち三人は子供だけで離れに泊りしました。Sちゃんの両親はとてもオープンな人で、子供だけで夜過ごすことも難なくOKしてくれました。夜遅くまでお喋りやゲームをして、すごく楽しかったです。

「そろそろする?」

 午前零時前、さっきまで退屈そうにしていたMちゃんが言いました。Sちゃんが少し緊張した顔でテーブルに鏡を立てました。アンティーク調の可愛い楕円の鏡でした。私とMちゃんも持ってきたスタンドミラーをテーブルに置きました。
 お泊り会の目的は、みんなでおまじないをすることだったのです。

「シロコさん、シロコさん、おいでください」

 オレンジの豆電球に照らされた暗い洋室で、私たちは鏡を覗き込み唱えました。
 人形は昼の間にみんなで校庭に埋めてきました。学校は夏休みに入っていたので簡単に、誰にも見られず人形を埋めることができました。探偵ごっこにハマっている男子に、掘り返される心配も当分ありません。
 仕切っていたのはMちゃんですが、言い出しっぺはSちゃんでした。SちゃんはJ君と両想いになりたかったのです。J君は格好良くてスポーツも勉強もできる人気者で、バレンタインには毎年大勢の女子からチョコをもらっています。だからSちゃんは、おまじないの力を借りたかったのです。でも、一人でおまじないをする勇気が無かったので、私とMちゃんを誘ったのです。

「シロコさん、シロコさん、おいでください」

 二回目の呪文を唱えました。
 
 かたかたかたっ。夏だというのに突風でも吹いたのでしょうか。窓が音を立てました。
 じじじっ。オレンジ色の光を灯すシャンデリアも、音を立てて点滅しました。

「シロコさん、シロコさん、おいでください」

 それでもSちゃんは悲鳴ひとつ上げず三回目の呪文を唱えました。いつもはノリの悪いMちゃんも、熱心に祈っています。私は少し怖いような気がしながらも、みんなに合せて祈りました。
 しんと部屋が静まり返りました。
後は目を閉じて、心の中で願いを伝えて終わりです。このおまじないはコックリさんと同じで、途中でやめてはいけないそうです。とはいえそれは一回一回の話で、七日続けなくても願いが叶わないだけで特に問題は無いそうです。

 どうせ続かないし。
 そう思って私は適当にお願いごとをしました。お願いごとをしたら鏡の中の自分を七秒見つめます。

「えっ?」

 私は思わず小さく声を上げました。じとっとした顔で見つめ返してくる鏡の中の自分の後ろを、白い影が過ったのです。Sちゃんの飼い猫のシロさんでしょうか。振り返りましたが、暗い窓が見えるばかりで何もいません。

「ねぇ、Mちゃん。途中でノックみたいなの聞こえたよね?」
「聞こえたよ。シロコさん、本当に来てくれたのかも」
 頬を上気させたSちゃんに、Mちゃんが薄く笑って答えます。
「だね。一週間後が楽しみっ」

 Sちゃんはすっかりはしゃいで、おまじないの正式なやり方を教えてくれたMちゃんと盛り上がっています。私はなんだか置いてきぼりをくらったような気持ちで、話に混じろうとMちゃんに尋ねました。

「ねぇ、Mちゃんは何を願ったの?」

「なーいしょ」

 Mちゃんは細い目をさらに細くし、薄い唇をにぃぃと横に引っ張りました。Sちゃんはどうしてこんな子を気に入ったのだろうと、私は薄気味悪く思いました。


 次の日はSちゃんの両親に大きな流れるプールに連れて行ってもらいました。運動は苦手なMちゃんはずっと浮き輪につかまってぼんやりしていましたが、私とSちゃんは巨大なスライダーを何度も滑って、大はしゃぎしました。
 家に帰ると私は、おまじないの続きをせずに寝ました。遅くまで起きているのは眠いし、面倒だったからです。でも真夜中に目を覚ました。

 コンコン。

 誰かが部屋の窓を叩いたのです。見ると白い手が控えめに、窓の右下をコンコン、コンコンと叩いていました。手首から下は窓枠に隠れていて見えません。
 私は慌てて布団を頭から被りました。あれは何でしょう? もしかしてシロコさんがおまじないを放り出したことに怒って、やって来たのでしょうか。

 途中でやめても大丈夫って言ってたのに。

 コンコン、コンコン。

 ノックは止みません。私は歯をガチガチ鳴らしながらぎゅっと目を閉じて、夜が明けるのを待ちました。
気がつくと朝になっていました。昨夜のあれは夢だったのだと思いました。でもちょっとだけ怖くて、その夜はカーテンを閉めて寝ました。

 真夜中、コンコン、コンコンとノックが聞こえました。
 反射的に窓を見ると、カーテン越しに青白い月明かりが射し、手の影を浮かび上がらせていました。昨日と違って肘の下あたりまで見えています。

 もしかして少しずつ出てきてる…?

 そう思った瞬間、ぞっと寒気が走りました。おまじない中に、鏡にシロコさんらしきモノが映ったと言っている子は何人かいました。でもシロコさんが来たという話は聞いたことがありません。

 私は怖くなって、翌日Sちゃんに電話しました。

「えぇ、私の所には来てないよぉ。おまじない成功してないのかな。せっかくMちゃんにちゃんとしたやり方を聞いたのに……」
 
 がっかりした様子のSちゃんに、私はそれ以上何も言えませんでした。Mちゃんにも聞いてみようと受話器を手に取り、私はふと考えました。

 Mちゃんは何を願ったのだろう。

 好きな人はいない、友達も少なくていい、成績は普通でそれ以上は望まない、運動も苦手なままでいい、将来の夢も特に無い。そんな無い無い尽くしのMちゃんが、あの夜やけに熱心に祈っていました。

 もしかして私と同じことを願ったのだろうか。

 Mちゃんの蛇のような一重の瞳を思い出して、私は震えました。Sちゃんと私が二人で盛り上がっていると、Mちゃんは決まって黙り込み、じっと平たい目で私を睨んでいるのです。嫉妬の籠ったねちっこい瞳で。私も、根暗なくせにSちゃんに上手く取り入ってグループに入ってきたMちゃんが邪魔でした。だからあの夜、Sちゃんなんていなくなればいい。そう願ったのです。

 コンコン コンコン
 コンコン コンコン

 答えるようにノックが鳴りました。まだ昼間なのにと思いながら、私は居間の窓に目を向けました。
 青白い腕が窓を叩いていました。斜め下から黒い頭がゆっくりと覗いてきます。女です。黒髪の不気味な女が、目をぎょろぎょろさせて私を見ていました。
 私は部屋に逃げました。明日も、明後日もあの女が来るかもしれない。考えただけで怖くておかしくなりそうです。

 あれがシロコさんなんでしょうか。願いを叶えてくる優しい女神さまは、悪い願いも平等に叶えてくれるのでしょうか。でもまだ七日経っていません。Mちゃんの願いが成就するはずは無いのです。
 Mちゃんが教えてくれた正式な手順が怪しいと、私は思っています。人形に詰めるのは爪でも髪でもいいのですが、Mちゃんは左手の小指の爪と、赤い糸で束ねた髪を一房入れるのが正しい方法だといい、私たちはそれを実行しました。

 このままだと何が起こるのでしょう。考えただけで怖くて眠れません。どうしたらいいか教えてください。