そいつは普通に地味な感じの、白っぽいシャツにチノパンの二十代くらいの男だった。「大きな栗の木の下で」って童謡が勝手に流れて、画面に首を振りながら近づいてくる子供の幽霊が映るって有名な、某カラオケ店の十三号室で、お決まりのメンバー五人とそいつと六人、まずは歓談しましょうって流れになって乾杯した。
六月のじとじと雨の降る日だった。部屋に入った時、妙に寒いなと思ってエアコンを切ったが、それでも底冷えがする。とはいえ会が盛り上がると、寒さは気にならなくなった。
怖い話に限らず、勤め先や学校の愚痴、猥談などを大声で話しながら、スナックや揚げ物をつまみ、アルコールやジュースで乾杯する。そんな気心の知れた集まりで、新顔は笑っているように見えなくもない薄い表情で「へぇ」とも「ふぅん」ともつかない、曖昧な相槌を打っていた。
一応、場のリーダー的ポジションだった俺は、新顔に何度か水を向けたが、新顔はほとんど話さなかった。まぁ、喋るよりも聞くほうが好きな奴もいるよな。って、適当に構いつつ仲間と騒いでいるうちに、いつのまにか午前二時近くになっていた。
誰からともなく、そろそろ怪談しましょうという流れになり、雰囲気作りのために部屋の明かりを落として、新顔を誕生日席に座らせて囲んだ。
「これは僕の友人が体験した話です」
低いような高いような声で、新顔が語り出した。
「友人の学校には、シロコさんという言い伝えがありました。とにかく死ぬほど怖い怪談で、話を聞いた人のところに、実際にシロコさんが尋ねてくるとか、話を聞いた人は死ぬ、または死ぬほど恐ろしい目に遭うそうです。
なのに、シロコさんの階段の内容を知っている人は、学校中を探してもいない。要するに、噂だけが独り歩きしている状態でした。
友人は特にオカルトマニアというわけではありませんでしたが、とにかく好奇心が旺盛で、友達や登山部の先輩、担任や顧問など、いろいろな人にシロコさんの話を聞いたそうです。ですがやはり、誰一人として怪談の内容は知りませんでした。物凄く怖い話らしい。と口をそろえて言うばかりです」
「なんか、小松左京の『牛の首』みたいだね」
メンバーいち読書家のフミノが口を挟んだ。
「えっ、なにそれ」
「ウッシーはもう少し本を読めよ。有名な話だぞ」
コンドウが渋い顔でツッコミを入れる。
「ただ、シロコという名前や連れに来るという噂から、人もしくは人に近い姿であること、白が関係しているだろうということ、こは子、つまり女の怪異ではないかということが、共通認識として挙がっていました」
新顔はそこで言葉を切って、氷の融けきったウーロン茶を飲んだ。
ぽたっ、ぽたっとグラスから水滴の落ちる音が聞こえるくらい、室内は静まり返っていた。口を挟んだメンバーも、固唾を飲んで続きを待っている。
なかなか語り上手だな、と俺は素直に感心した。新顔が語り出してから、心なしか部屋の温度が急に下がったように感じた。画面の光を反射するメンバーの顔も、青褪めて見える。なんだか生首が浮いてるみたいだと思った途端に寒気が走って、俺は新顔に続きを促した。
「では続けます。友人はとにかくシロコさんについて知りたくなって、面識のない生徒や用務員、しまいには元OBや学校以外でも、シロコさんについて尋ねるようになりました。僕も聞かれたのですが、その時の友人の様子は異様な感じがしました」
「異様な感じって、どんな?」
メンバーの一人が口を挟む。
「目が変なんですよ。どこを見ているのか分からないような。顔も丸顔の福福しい感じだったのに、すっかりやつれて。僕は調べるのをやめるよう、友人に言いました。でも、ぜんぜん聞かないんです。
『今やめたら気になるだろっ!』って、歯を剥いて怒るんですよ。人懐っこくて、穏やかで、絶対に声を荒げるような奴じゃなかったのに。それで僕にSNSのやり方を教えてくれって迫るんです。機械音痴で、いまどき珍しいガラケー派だったのに……。
教えたらまずい事になる気がしました。でも物凄い形相で『教えろ』って迫られて。そその時つかまれた痕がほら、二の腕に残ってしまって」
そう言って新顔は、七分丈の袖を捲った。日に焼けていない貧相な腕に、爪の痕らしき三日月形が茶色く残っていた。
「気は進みませんでしたが、友人にアカウントの作り方やスレッドの立て方、ルールなどを一通り教えました。友人は『ありがとう、ありがとう』と何度も頭を下げて。申し訳ないけど、なんだか気持ち悪いなと思いながら、その日は別れました。
それからしばらくは、どうしても自分から連絡する気になれなくて。高校も違うので、友人とはなんとなく疎遠になってしまいました。
二カ月ほどして、友人からメールが来て、久しぶりに遊ぶことになりました。指定されたネットカフェで待ち合わせをしました。個室に入るなり友人は『シロコさんが会いに来るんだよ』と、嬉しそうに話し始めました。どういうことか尋ねると、学校や家を問わず、たびたび白い影が視界を横切りようになったそうです。
『この前なんか授業中に、教室の隅でじっとシロコさんが俯いててさ。追わず「来たー!」って叫んじゃったよ』
そう言ってゲラゲラ笑いだした友人は、完全に正気じゃない感じでした。
『お前が教えてくれたから、スレも立てて「シロコさん知ってますか」って聞いたんだよ。そしたら、似たような話ならって、白い女の話が出てきてさ。結構みんな知ってるんだよ』
そう言いながら友人は、パソコンを操作してそのスレッドを見せてくれました。白い女の文字がたくさん踊っているその板は、かなり賑わっているようでした。なんだか薄気味悪くなって黙っていると、友人が僕の顔を、どこを見ているか分からないような目でじっと見つめて、言うんです。
『大丈夫、お前のところにももうすぐ来るよ』って」
新顔はそこでピタリと口をつぐんだ。眼鏡の奥で、虚ろな黒い瞳が浮かんでいる。かと思うと、ふうっと視線が、部屋の隅に向かって泳いだ。
つられて視線を送り、俺はどきりとした。一瞬、白いものが視界に映った気がしたのだ。俺はいつの間にか股の前でがっちり組んでいた両手に、視線を落とした。
「僕は急に怖くなって、適当に言い訳すると、一人分の料金を払って店を出ました。
『シロコさん、シロコさん、シロコさん……』
友人は叫びながら、ずっとゲラゲラ笑っていて、店員や他の客に怒鳴られても、お構いなしでした」
淡々と続ける新顔の声を聴きながら、俺はふと、つきあわせた膝の数が多いような気がした。チノパン、つるりとした白い膝、黒いスカートに隠れた膝、ダメージジーンズから覗く膝、ハーフパンツの毛だらけの膝、自分の膝、白いスカートの膝――。
やっぱり多い。メンバーは全員で六人、うち女性は二人だけだ。
どの膝が、知らない奴の膝だろう。
一、二、三、四――数え間違いかもしれないと思って、もう一度数えてみる。
「ねぇ、なんだか寒くない?」
カチカチと歯を鳴らしながら呟いたレナに「うん。冷房、効きすぎかも」とフミノが応じ、白いスカートがふわりと揺れた。となると黒いスカートは誰だ? 俺は顔を上げて、黒いスカートの主を見た。フミノだった。
「シロコさんってなんでしょうか? 友人の学校の怪談だったはずなんです。なのに、いつのまにか、僕にもシロコさんが見えるんです。これってどう思いますか。誰か答えてください。シロコさんはいるんですか」
新顔の声が徐々に激しくなっていく。
「おい、すげぇ真に迫ってるな」
「つーかほんと寒くなってきたよ。誰か、冷房切ってくんない?」
イワっち、ウッシーが口々に言う。俺はふわりふわりと動く白い影を目で追った。あれはレナだろうか。いやレナは目にも眩しいホットパンツを穿いていた。
ぶつっと音がして、モニターが消える。一瞬、目の前が真っ暗になった。
「うそっ、停電?」
「なにっ? 地震?」
カタカタカタ。
壁に掛けられた大型テレビが揺れている。本当に地震かもしれない。このカラオケ店、耐震は大丈夫だろうか。などと考えながら、とっさに頭を庇い姿勢を低くする。他のメンバーもボックスソファーとテーブルの間に、屈みこむようにしている。
「やだやだっ、怖いって」
「ニュースは? 震度とか出てるっ?」
パニックの声があちこちから上がる。そんな中、新顔だけはソファーに座ったまま、ぼんやりと宙を見ていた。
「おいっ、何してるんだよ! 危ないから伏せろって」
叫びながら顔を上げて、俺は凍りついた。画面に草原と青空、その中央に白い服を着た、髪の長い女が佇んでいた。
「おおきなクリの~木の下で~♪」
無邪気な、だが機械じみた子供の声で歌が流れる。
画面の中の女がゆらりと揺れた。震動が激しくなり、立ちあがれない。テーブルの上でグラスがカタカタ、カチャカチャと賑やかな音をたてている。壁掛けのテレビが今にも落ちそうだ。
「ちょっとぉ、誰よぉ。こんな時にっ」
「マジ勘弁しろって。なんでよりによって、この選曲なんだよ」
レナとイワっちがヒステリックな声で叫ぶ。
「○×$×◎☆」
ウッシーとフミノは体を丸めて震えながら、意味不明な悲鳴を上げている。俺はその間も、画面から目が離せなかった。
「なーかーよーく、あそびましょー」
音楽が急にスローテンポになる。甲高い子供の声が一気に間延びして、地の底から響くような低く歪な声になる。反対に、女が物凄い勢いで画面に近づいてくる。カクカクと奇妙に揺れている。真っ黒な口内が見える。笑っている。
目は、あれは一体どこを見ているのだろう。嫌だ。見られたくない。とっさに俺は顔を伏せた。
「○×▼§♯◎◎×」
新顔が何か叫ぶ。ウッシーたちと同じく言葉になっていない。俺はきつく目を閉じて、低く床に伏せた。新顔の顔を見たくなかった。きっとロンパった、カメレオンみたいな目をしているに違いない。もしかしたら俺ももう。
「○×▼§♯◎◎×ーー!」
まだ新顔が叫んでいる。高いのか低いのか分からない声だ。
「おーはーなぁ~し、し~~ま~しょーー」
嫌だ、遊ぶのもお話もしたくない。俺はいつの間にかそう呟いていた。呟きながら、画面の中の女がどうなったのかが気になってくる。
もしかして出てきてしまっただろうか。
瞼がゆっくりと持ち上がっていく。
青白い足が見えた。裸足だ。薄汚れた白い裾が青黒く血管の走った脛の上あたりで、ふわりふわりと揺れている。
そこからの記憶は定かじゃない。誰からともなく部屋を飛び出して、店員に呼び止められてどうにか会計だけ済ませて、そのまま解散となった。
その後、板は解散になって、ウッシーたちとは一切連絡を取ってない。もちろん、新顔がどうなったかも分からない。
後から調べて分かったことだが、あの日、市内では地震なんてなかった。
六月のじとじと雨の降る日だった。部屋に入った時、妙に寒いなと思ってエアコンを切ったが、それでも底冷えがする。とはいえ会が盛り上がると、寒さは気にならなくなった。
怖い話に限らず、勤め先や学校の愚痴、猥談などを大声で話しながら、スナックや揚げ物をつまみ、アルコールやジュースで乾杯する。そんな気心の知れた集まりで、新顔は笑っているように見えなくもない薄い表情で「へぇ」とも「ふぅん」ともつかない、曖昧な相槌を打っていた。
一応、場のリーダー的ポジションだった俺は、新顔に何度か水を向けたが、新顔はほとんど話さなかった。まぁ、喋るよりも聞くほうが好きな奴もいるよな。って、適当に構いつつ仲間と騒いでいるうちに、いつのまにか午前二時近くになっていた。
誰からともなく、そろそろ怪談しましょうという流れになり、雰囲気作りのために部屋の明かりを落として、新顔を誕生日席に座らせて囲んだ。
「これは僕の友人が体験した話です」
低いような高いような声で、新顔が語り出した。
「友人の学校には、シロコさんという言い伝えがありました。とにかく死ぬほど怖い怪談で、話を聞いた人のところに、実際にシロコさんが尋ねてくるとか、話を聞いた人は死ぬ、または死ぬほど恐ろしい目に遭うそうです。
なのに、シロコさんの階段の内容を知っている人は、学校中を探してもいない。要するに、噂だけが独り歩きしている状態でした。
友人は特にオカルトマニアというわけではありませんでしたが、とにかく好奇心が旺盛で、友達や登山部の先輩、担任や顧問など、いろいろな人にシロコさんの話を聞いたそうです。ですがやはり、誰一人として怪談の内容は知りませんでした。物凄く怖い話らしい。と口をそろえて言うばかりです」
「なんか、小松左京の『牛の首』みたいだね」
メンバーいち読書家のフミノが口を挟んだ。
「えっ、なにそれ」
「ウッシーはもう少し本を読めよ。有名な話だぞ」
コンドウが渋い顔でツッコミを入れる。
「ただ、シロコという名前や連れに来るという噂から、人もしくは人に近い姿であること、白が関係しているだろうということ、こは子、つまり女の怪異ではないかということが、共通認識として挙がっていました」
新顔はそこで言葉を切って、氷の融けきったウーロン茶を飲んだ。
ぽたっ、ぽたっとグラスから水滴の落ちる音が聞こえるくらい、室内は静まり返っていた。口を挟んだメンバーも、固唾を飲んで続きを待っている。
なかなか語り上手だな、と俺は素直に感心した。新顔が語り出してから、心なしか部屋の温度が急に下がったように感じた。画面の光を反射するメンバーの顔も、青褪めて見える。なんだか生首が浮いてるみたいだと思った途端に寒気が走って、俺は新顔に続きを促した。
「では続けます。友人はとにかくシロコさんについて知りたくなって、面識のない生徒や用務員、しまいには元OBや学校以外でも、シロコさんについて尋ねるようになりました。僕も聞かれたのですが、その時の友人の様子は異様な感じがしました」
「異様な感じって、どんな?」
メンバーの一人が口を挟む。
「目が変なんですよ。どこを見ているのか分からないような。顔も丸顔の福福しい感じだったのに、すっかりやつれて。僕は調べるのをやめるよう、友人に言いました。でも、ぜんぜん聞かないんです。
『今やめたら気になるだろっ!』って、歯を剥いて怒るんですよ。人懐っこくて、穏やかで、絶対に声を荒げるような奴じゃなかったのに。それで僕にSNSのやり方を教えてくれって迫るんです。機械音痴で、いまどき珍しいガラケー派だったのに……。
教えたらまずい事になる気がしました。でも物凄い形相で『教えろ』って迫られて。そその時つかまれた痕がほら、二の腕に残ってしまって」
そう言って新顔は、七分丈の袖を捲った。日に焼けていない貧相な腕に、爪の痕らしき三日月形が茶色く残っていた。
「気は進みませんでしたが、友人にアカウントの作り方やスレッドの立て方、ルールなどを一通り教えました。友人は『ありがとう、ありがとう』と何度も頭を下げて。申し訳ないけど、なんだか気持ち悪いなと思いながら、その日は別れました。
それからしばらくは、どうしても自分から連絡する気になれなくて。高校も違うので、友人とはなんとなく疎遠になってしまいました。
二カ月ほどして、友人からメールが来て、久しぶりに遊ぶことになりました。指定されたネットカフェで待ち合わせをしました。個室に入るなり友人は『シロコさんが会いに来るんだよ』と、嬉しそうに話し始めました。どういうことか尋ねると、学校や家を問わず、たびたび白い影が視界を横切りようになったそうです。
『この前なんか授業中に、教室の隅でじっとシロコさんが俯いててさ。追わず「来たー!」って叫んじゃったよ』
そう言ってゲラゲラ笑いだした友人は、完全に正気じゃない感じでした。
『お前が教えてくれたから、スレも立てて「シロコさん知ってますか」って聞いたんだよ。そしたら、似たような話ならって、白い女の話が出てきてさ。結構みんな知ってるんだよ』
そう言いながら友人は、パソコンを操作してそのスレッドを見せてくれました。白い女の文字がたくさん踊っているその板は、かなり賑わっているようでした。なんだか薄気味悪くなって黙っていると、友人が僕の顔を、どこを見ているか分からないような目でじっと見つめて、言うんです。
『大丈夫、お前のところにももうすぐ来るよ』って」
新顔はそこでピタリと口をつぐんだ。眼鏡の奥で、虚ろな黒い瞳が浮かんでいる。かと思うと、ふうっと視線が、部屋の隅に向かって泳いだ。
つられて視線を送り、俺はどきりとした。一瞬、白いものが視界に映った気がしたのだ。俺はいつの間にか股の前でがっちり組んでいた両手に、視線を落とした。
「僕は急に怖くなって、適当に言い訳すると、一人分の料金を払って店を出ました。
『シロコさん、シロコさん、シロコさん……』
友人は叫びながら、ずっとゲラゲラ笑っていて、店員や他の客に怒鳴られても、お構いなしでした」
淡々と続ける新顔の声を聴きながら、俺はふと、つきあわせた膝の数が多いような気がした。チノパン、つるりとした白い膝、黒いスカートに隠れた膝、ダメージジーンズから覗く膝、ハーフパンツの毛だらけの膝、自分の膝、白いスカートの膝――。
やっぱり多い。メンバーは全員で六人、うち女性は二人だけだ。
どの膝が、知らない奴の膝だろう。
一、二、三、四――数え間違いかもしれないと思って、もう一度数えてみる。
「ねぇ、なんだか寒くない?」
カチカチと歯を鳴らしながら呟いたレナに「うん。冷房、効きすぎかも」とフミノが応じ、白いスカートがふわりと揺れた。となると黒いスカートは誰だ? 俺は顔を上げて、黒いスカートの主を見た。フミノだった。
「シロコさんってなんでしょうか? 友人の学校の怪談だったはずなんです。なのに、いつのまにか、僕にもシロコさんが見えるんです。これってどう思いますか。誰か答えてください。シロコさんはいるんですか」
新顔の声が徐々に激しくなっていく。
「おい、すげぇ真に迫ってるな」
「つーかほんと寒くなってきたよ。誰か、冷房切ってくんない?」
イワっち、ウッシーが口々に言う。俺はふわりふわりと動く白い影を目で追った。あれはレナだろうか。いやレナは目にも眩しいホットパンツを穿いていた。
ぶつっと音がして、モニターが消える。一瞬、目の前が真っ暗になった。
「うそっ、停電?」
「なにっ? 地震?」
カタカタカタ。
壁に掛けられた大型テレビが揺れている。本当に地震かもしれない。このカラオケ店、耐震は大丈夫だろうか。などと考えながら、とっさに頭を庇い姿勢を低くする。他のメンバーもボックスソファーとテーブルの間に、屈みこむようにしている。
「やだやだっ、怖いって」
「ニュースは? 震度とか出てるっ?」
パニックの声があちこちから上がる。そんな中、新顔だけはソファーに座ったまま、ぼんやりと宙を見ていた。
「おいっ、何してるんだよ! 危ないから伏せろって」
叫びながら顔を上げて、俺は凍りついた。画面に草原と青空、その中央に白い服を着た、髪の長い女が佇んでいた。
「おおきなクリの~木の下で~♪」
無邪気な、だが機械じみた子供の声で歌が流れる。
画面の中の女がゆらりと揺れた。震動が激しくなり、立ちあがれない。テーブルの上でグラスがカタカタ、カチャカチャと賑やかな音をたてている。壁掛けのテレビが今にも落ちそうだ。
「ちょっとぉ、誰よぉ。こんな時にっ」
「マジ勘弁しろって。なんでよりによって、この選曲なんだよ」
レナとイワっちがヒステリックな声で叫ぶ。
「○×$×◎☆」
ウッシーとフミノは体を丸めて震えながら、意味不明な悲鳴を上げている。俺はその間も、画面から目が離せなかった。
「なーかーよーく、あそびましょー」
音楽が急にスローテンポになる。甲高い子供の声が一気に間延びして、地の底から響くような低く歪な声になる。反対に、女が物凄い勢いで画面に近づいてくる。カクカクと奇妙に揺れている。真っ黒な口内が見える。笑っている。
目は、あれは一体どこを見ているのだろう。嫌だ。見られたくない。とっさに俺は顔を伏せた。
「○×▼§♯◎◎×」
新顔が何か叫ぶ。ウッシーたちと同じく言葉になっていない。俺はきつく目を閉じて、低く床に伏せた。新顔の顔を見たくなかった。きっとロンパった、カメレオンみたいな目をしているに違いない。もしかしたら俺ももう。
「○×▼§♯◎◎×ーー!」
まだ新顔が叫んでいる。高いのか低いのか分からない声だ。
「おーはーなぁ~し、し~~ま~しょーー」
嫌だ、遊ぶのもお話もしたくない。俺はいつの間にかそう呟いていた。呟きながら、画面の中の女がどうなったのかが気になってくる。
もしかして出てきてしまっただろうか。
瞼がゆっくりと持ち上がっていく。
青白い足が見えた。裸足だ。薄汚れた白い裾が青黒く血管の走った脛の上あたりで、ふわりふわりと揺れている。
そこからの記憶は定かじゃない。誰からともなく部屋を飛び出して、店員に呼び止められてどうにか会計だけ済ませて、そのまま解散となった。
その後、板は解散になって、ウッシーたちとは一切連絡を取ってない。もちろん、新顔がどうなったかも分からない。
後から調べて分かったことだが、あの日、市内では地震なんてなかった。