「自治会からのお知らせとお願い」
●●●地区にお住いの皆さまへ。白い女に注意してください。
最近、この辺りで不審人物が見かけられています。夕暮れ時、子供たちの下校時間になると現われるようです。実際に、●●小学校の児童が声をかけられています。
不審人物は女性で、年齢は二十から五十代くらい、長い黒髪と白い服が特徴です。また、靴を履いていなかったという証言もあります。
たいていは脇の細道や電柱の裏などに潜んでおり、児童に声をかけたり、腕を引っ張るそうです。追いかけられた子もいます。
小さなお子さんのいる家庭は充分に注意していただき、日が暮れたらなるべく子供だけで外を出歩かせないように、ご配慮ください。小学生、中学生以上のお子さんも同様に注意してください。一人でいると、女に声をかけられる危険が増します。
自治会では子供たちの安全を守るため、しばらくの間、有志によるパトロールを実施します。パトロールは週二回、二名以上で行う予定です。
つきましては各班にパトロール日を割り当てましたので、ご協力をお願いします。別紙にパトロールの日程表をつけましたので、都合のいい日に名前を書きこんでください。各班長様はお手数ですが、とりまとめをして当番表を作成し、後日、班員に連絡をお願いします。
あわせて自治会では、学校に集団下校の要請をすることを検討しています。
住民の皆さまにおかれましては、日頃から隣近所の方に挨拶やお声掛けを積極的に行い、不審者が居つきにくい町づくりをしましょう。
子供たちの安全を守るために、どうかご協力ください。
回覧を読み終えると同時に、ぞっとした。Nの物語が現実に侵食してきたような気がしたのだ。
だがこのあたりは『ある本』にあった、●山のある町とはまるで似つかない。それに白い女の物語を読んだのは私だけだ。私への障りが私の住む地域一帯にまで障るのは、さすがに理屈に合わない。
百歩譲って、ダイレクトメールを寄越した大学生は、私のせいで巻き込まれたといってもいいだろう。彼に動画のURLを聞いて、アクセスできてしまった友人もだ。もしも彼らと同じように、私の掲載したURLをコピーして誰かに広めた人間が複数いるとしたら、さらに関係者が増えるかもしれない。そうなれば今のように地域を巻き込んだ怪騒動になることもあるだろう。
汚染、いや怪談パンデミックとでもいうべきか。聞いた人から聞いた人へと、白い女の障りが伝播していくのであれば、それこそ際限なく呪いは広がっていくだろう。
もしかして私も氷山の一角にすぎないのか――。
白い女の怪異はすでにあらゆる方法、媒体を通じてあちこちに広がっているのかもしれない。そんな妄想じみた疑念が頭を過った。この回覧にある白い女も、別のルートで広まった『ある本』の障りなのかもしれない。
「なんて、考えすぎか」
思わず一人ごちる。パトロールが面倒でついマイナス思考に陥ったのだ。そう勝手に納得して、回覧板に判を押す。
急ぎの回覧だと言っていたので、見たら早く隣家に回さなければいけない。
私は窓の外に目を向けた。黒い影絵になった町を、残照が赤々と燃やしている。あの電柱の陰に白い女が潜んでいるかもしれない。そう思うと、外に出るのが怖かった。
やっぱり回覧は明日にしよう。
私はパソコンの前に座り直した。大学生フォロワーからのダイレクトメールを閉じようとして、ふと、真っ白ラーメンが気になった。
夕食時で腹が減っているのだろう。それとも、白と言う言葉に過敏に反応しているのかもしれない。そう思いつつ、リンクをクリックする。