がたがたがたがた
 
 動画を見たという大学生からのダイレクトメールを読んでいたら、玄関のほうから物凄い音が聞こえた。私は思わずマウスをいじる手を止めて、じっと息を潜めた。
 窓の外は夕闇が迫っている。いくら生活音を止めたところで、二階の部屋の明りが煌々としていれば、居留守はすぐにばれるだろう。
 そっと窓辺に近寄り、窓の下を覗く。家の前に郵便や宅配のバイクや車は停まっていない。来訪者は玄関戸の真ん前に立っているらしく、屋根に遮られて姿は見えなかった。
 
 一体、誰が来たのだろう。
 
 独り身の私を訪ねてくる者は、そういない。それもこんな夕食時に来るなんて。
 出るか迷った。その間も玄関はガタガタ音を立てている。
 
 ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン
 
 しびれを切らしたのか、来客がチャイムを鳴らす。
 立て続けに何度も何度も、鳴らし続ける。
 夕闇に煌々と光る窓を見上げる来訪者の姿が、頭に浮かんだ。いるのは分かっている。そう言いたげな上目遣いのジト目が、やけにリアルに想像される。
 
 ピンポーン、ピンポーン
 がたがたがたがたがた
 
 私は恐怖を飲みこみ一階に向かった。内心、相手が諦めて帰ってくれるのを期待しつつ、音を立てないようゆっくりと階段を下りながら、まるで小学生のA君みたいだと思う。
 
 ピンポーン、ピンポーン
 がたがたがたがたがた
 
 客は相変わらず、せっかちに急かしている。玄関の擦りガラスにぼんやりと黒い影が見えた。大きすぎると思ったが、気にしないようにして鍵を開ける。
 戸を開けた瞬間、白い女が見えた気がして肝が冷えた。

「ひっ」
「こんばんは。回覧です」
 
 思わず息を飲んだ私を、顔の薄い女が不審そうに一瞥する。よく見ると、部屋着みたいなワンピース姿をした、はす向かいの家の奥さんだった。

「急ぎだそうなので、見たら早めにお隣さんに回してください」

 つっけんどんに言うと、奥さんはさっさと帰ってしまった。心なしか不機嫌に見えたのは、居留守を使おうとしたのがバレたからだろうか。
 私は「どうも」などと間抜けな返事をして、軽く首を竦めた。やれやれと思いながら戸を閉めようとして、ぴたりと手が止まる。
 目だ。零れんばかりに見開かれた目が、ギョロギョロと蠢いていた。白目がどろんと濁って青黒い血管が走っている。瞳の色はなんとも形容し難い奇妙な色だ。

 ばしんっ。

 私は勢いよく戸を閉めた。
 たぶん見間違いだろう。玄関の鍵を閉めると、私はそっと階段を上がった。パソコンの前に座り、回覧に目を通す。