伝染する怪異――。あまりにも破壊力のある言葉に背筋が震えた。
 これが本当なら、私の身も危ない事になる。
 よくある商法だと、少し前の私なら笑っていただろう。実際ホラー小説には実話を装い読者を巻き込む手法がしばしば見られる。誰かが頭の中で考えた作り話より、実話だと言われたほうが、怖さをリアルに感じやすいからだ。ホラー作家なら、一度は大勢を震撼させる怪談を書きたいと願うものだし、読者を選ばないこの手法は、その願望を叶えるにはもってこいだ。
 つまり、実話っぽい怪談小説の多くは、根も葉もないフィクションなのだ。
 考えてもみて欲しい。いくら小説とはいえ、聞いた人が死んでしまう怪談など世に出しては、出版社や筆者が訴えられかねない。もちろん呪いで殺人罪なんて成立しっこないが、真っ当な人間なら、自分の出版した本で誰かが死ぬなんて後味の悪いことは避けたいと思うだろう。
 だが、ごくまれに本物が混じっている時がある。罠のようにそっと、これは実際にあった話で、読んだあなたももう関係者なのだと後から囁く、そういう悪魔に魂を売ったような性質の悪い本を書く作家がいるのだ。Nがそういう類の作家でないという保証は、どこにもない。
 実際、本を読んだHは死んでいるわけだし。
 私は思わずページを手繰る手を止めた。

 ピキッ、ピキピキッ。
 
 タイミングよく家鳴りがして、飛び上がりそうになる。心臓が転げ落ちるかと思った。このまま先を読み進めて、本当に大丈夫だろうか。
 危険を感じたら本を閉じるよう、Nは口を酸っぱくして忠告をしていた。今やめたら白い女の怪異に関わらずに済むだろうかなどと、半ば本気で考える。
 なにげなく窓の外に目を向けと、なんの変哲もない夜の町が広がっていた。

 まだ引き返せるのか、それとも、道はすでに繋がってしまったのか。

 ぼんやり考えている間にまた、ミシミシッと家鳴りがした。思わず藍色の闇に目を凝らす。道の向こうから白い女がやって来る様子はない、いつもの夜だ。
 どうしてこんなにも怯える羽目になってしまったのだろう。
 臆病者のくせに、怖い話が好きな自分が悪い。分かってはいても、どうにも釈然としない。R子はなぜ私にメールを寄越したのか。おまけに読んだ友人が死んだという、曰くつきの本まで郵送してきて。
 なんだかとてつもない悪意に巻き込まれたような気がした。
 今さらではあるが、死亡事故の動画が流れるかもしれないURLをエックスで「秘密の動画」などとして晒した己の浅はかさを呪った。すぐにツイートを削除しなくてはと、例のアカウントを開く。どうせ反応などないだろうとタカを括っていたが、想定外のリプライやリツイートがあった。

「残念ながら、私は見れませんでした」
「どんな秘密か気になります」
「白い女がいた」
「見たらいい事あるでしょうか?」
「アドレスの一部、liveを反対に打ち換えたら見られます」
「幸運の動画ですね」
「死人を見てしまった」
「不謹慎」

 そんな言葉が並ぶ画面を、私はしばらくぼうっと眺めていた。
 一つの発言に対して、こんなにも反応があったのは初めてだ。この反応の良さはどうしたことだろう。目に見えない力が働いているとしか思えなかった。おまけに、ダイレクトメッセージまで来ている。