著者はA君の住む●●県の中央に位置する●●市にやってきた。●山沿いに位置する田舎町だ。立派なホームのわりに駅前はがらんとして、少し進んだところに新興住宅、その奥に古い住宅が広がっていた。
 古い住宅の背後は低くなだらかな●●山、その奥を高く険しい●山が囲い、東に進むにつれて人家はまばらになり、道が狭くなっていく。低い山はハイキングにちょうどよく、奥の高い山に繋がるルートもあるらしい。高い山のほうは秋は紅葉、冬は樹氷が見られ、季節によっては登山客で多少は賑わうそうだ。

 筆者が宿泊する予定の民宿は低い山の麓にあり、小さいが温泉もあるという。市内を巡るバスは一日数便で、移動は車がないと不便そうだ。
 A君の家は駅から二キロちょっと離れた古い住宅街にあった。駅まではギリギリ自転車で通える距離だ。歩くにはしんどいので、懐具合を気にしつつ駅前に停車していたタクシーを捕まえる。

「登山ですか」

 年配の妙に愛想のいい運転手に民宿の場所を伝えたところ「そうは見えないけど」といわんばかりの声で尋ねられた。
 ミラー越しに視線を感じつつ「調べもので」と答えた。

「調べもの、ですか?」

 不思議そうに首を捻る運転手に、じつは作家であると伝えると「すごいねぇ」と少々大袈裟な反応が返ってきた。

「小説を書くための取材でいらしたわけですか。それで、何をお調べになるんです?」

「このあたりにまつわる伝説なんかを。何かご存知ですか」

「えぇ。まぁ色々と。お姫様の悲恋の伝説とか、人間の子供を育てた狸の話とかね」

「女の怪異が出てくる話はありますか」
 筆者は単刀直入に尋ねた。

「え?」

「いわゆる怖い話です。実は私、怪奇作家でして」

「へぇー珍しいね。確かに●山には不思議な話がいっぱいあるけどねぇ」

 やや鼻白んだ顔をしつつ、運転手は語りだした。