びっしりと細かな文字で埋め尽くされた便箋に、思わず寒気を覚えた。返事を出すか、正直なところ迷った。これ以上やり取りを続ければ、A君のいる遠く離れた●●県と繋がってしまう。そんな嫌な予感があったのだ。なにより、A君の手紙からは悪意めいたものを感じた。
 これだけ情報があれば、新作のネタとしては充分だ。白い女の怪異が実在するかどうかは差し置いても、これ以上A君に深入りするのは愚かな気がした(頭の狂った人間というのは往々にして幽霊より恐ろしいのだ)。
 危険に飛び込んでこそ怪奇作家だという声もあるかもしれないが、筆者が求めているのはあくまで娯楽としての恐怖だ。命を危険に晒してまで追い求めたいとは思わない。
 だが、まだA君に手紙をネタに本を書いてもいいか確認していない。人に聞いた話から着想を得て原形がわずかに残る程度に作品化するのであれば、法律上問題は無いだろうが、助けを求める声を無視してネタだけを拝借するのは、いくらヤクザな商売をしている身とはいえ後味が悪い。

 迷った末に、筆者は返事を出すことした。この先A君に何が起こるのか、白い女とは一体なんなのか、どうしても気になったのだ。
 幸い、時間は売るほどある。まずは白い女について、あちこちの出版社に尋ねたり、図書館に通ったりして調べた。数少ない作家業の伝手もフル活用した。
しかし、はかばかしい情報は得られなかった。こうなれば、●●県にフィールドワークに行くしかないだろう。
 これはある意味、僥倖かもしれない。誰も知らない怪談を、いの一番に作品にできる機会はそうそう無い。作家とオカルトマニアの血が騒ぎ、張り切って返事をしたためた。

 その後しばらく返事はこなかった。やっぱり悪戯だったのかとがっかり半分、安心半分で別のネタを探そうと思い始めたころ、再びA君から手紙がやってきた。