雪希と別れた僕たちは、再び帰り道を歩き始める。

「雪希ちゃんには災難だったけど、アキトくんの格好いいところが見れたのは、良かったかなー」
「友達の振りをしただけだし、別にカッコよくもなんともないでしょ」

 色眼鏡を何重にもかけたひまりちゃんに、僕はいつものように苦笑を返す。

「またまた謙遜しちゃってー。雪希ちゃんも、アキトくんに助けられてキュンって来てたみたいだし」
「何をバカなこと言ってるのさ。ひまりちゃんじゃあるまいし」

「むむっ! アキトくん、今のはどういう意味かなー?」
「言葉どおりの意味だけど? 胸に手を当てて考えてみなよ?」

 するとひまりちゃんがなぜか僕の手を取って、自分の胸へと押し当てた。
 むにゅりと、女の子にしか存在しない柔らかい感触が、僕の手のひらに返ってくる。

「どうどう?」
「ちょ、ひまりちゃん!?」

 突然のハレンチ行動に、慌てて手を引いた僕を見て、

「あはは、アキトくん照れてるし~♪」
 ひまりちゃんがケラケラと楽しそうに笑う。

「あのね、ひまりちゃんももう高校生なんだから、そういうのはやめないとだよ」

「もっともらしいことを、顔を真っ赤にして早口で言われても説得力ないでーす」
「むぐっ……」

 などと他愛もない(?)兄妹の会話をしながら、僕とひまりちゃんは家路を歩いて行ったのだった。


◇ ひまりタイム ◇

 その日、つまりは高校の入学式の日の夜。
 お風呂に入ってパジャマに着替えたわたしは、部屋の窓からお月さまを眺めながら、今日という日を振り返っていた。

「今日のアキトくんは、最近のアキトくんとはちょっと様子が違ってたよね。なんだか昔に戻ったみたいだったし」

 誰もやらないクラス委員に立候補したし、ナンパされていた雪希ちゃんを助けにも行った。
 小さい頃と違って、中学生の頃のアキトくんはあまり積極性を見せなかったのに、今日はまるで小学校の頃に――わたしを助けてくれた頃に戻ったみたいだった。

「最近のアキトくんもそれはそれでアンニュイな感じがして素敵だったけど、今日のアキトくんは別格だったなぁ。キラキラって感じで格好良かったぁ……むふふ……」

 今日のアキトくんを思い出すだけで、わたしの胸はうるさいくらいに高鳴っていく。

「でも、格好よすぎるのも問題だよね」

 アキトくんが助けた女の子――雪希ちゃん。
 ナンパから助けたことで友達になった、さらさらの黒髪が本当に綺麗な、お姫様のような女の子。
 だけど――。

「間違いなく、あれは恋する乙女の目だったよね。うん、アキトくん検定10段のわたしには分かるんだから」

 アキトくんのわずかな動作にも逐一反応して、すごく嬉しそうな顔をしていたから、すぐに分かってしまった。

「うーむ。これはちょっと、手ごわそうかも……」

 自分で言うのもなんだけど、わたしは結構可愛いと思う。
 中学の時は「女神ひまり」なんて、男子から呼ばれることもあった。

 だけど雪希ちゃんは別格だった。
 まるで物語のお姫様が、現実の世界へと飛び出してきたみたいだ。

 美少女レベルが他を圧倒していた。

 なのに全然偉そうなところもなくて、自分の美しさをひけらかすでもない。
 あれで友達がいなかったなんて、いったい何の冗談だろう?

「あれかな? 美人過ぎて、周りから一方的にやっかみを受けちゃった系かな?」

 かく言うわたしにも、そういう経験があった。
 もちろん、わたしにはアキトくんって素敵なお兄ちゃんがいたから、全然へっちゃらぴーだったんだけど。

 それはそれとして。

「雪希ちゃんは観察を続ける必要があるよね。強力な恋のライバルになりそうだし。しかもアキトくんもまんざらでもないみたいだったし!」

 あれだけの美少女に好意を寄せられたら、難攻不落のアキトくんもころっと落ちるのでは?
 正直、不安でいっぱいだ。

「でも負けないもん。友達でも、それとこれとは話が別だし。アキトくんは渡さないんだから。というわけで、まずは妹の立場を存分に生かさないとね」

◇ ひまりタイム END ◇