「雪希《ゆき》! 待たせちゃったみたいでゴメン! 先生の話が長引いちゃってさ!」

 調子に乗っていた頃の昔のイケイケな自分を思い出しながら、自信たっぷりに、爽やかな笑顔とともに右手を上げて、僕は上白石さんに元気よく声をかけた。

「上白石さん」ではなく名前で「雪希」と呼んだのは、僕たちが親密な関係であるとチャラ男に思い込ませるためだ。

 もちろん上白石さんと僕とは今日初めてクラスメイトとして認識しあっただけの関係性だけど、チャラ男を追い払うためなので今だけ限定で許して欲しい。

 僕の声に反応して、上白石さんはハッとしたように僕に視線を向けてくると、

「神崎君」
 見るからにホッとしたような顔を見せた。

 僕も名前を覚えてもらっていたことに、内心でホッとする。
 名前も知らないのに友達だと言い張るのは、さすがに無理があるからね。

 もちろん僕とチャラ男は、上白石さんとの親密度で言えばそう変わらない。
 ほぼ初対面。

 が、しかし。
 他校のチャラついたナンパ野郎よりは、面倒なクラス委員にわざわざ立候補した真面目そうなクラスメイトの方が、はるかに安心できるはずだ。

「マジほんとごめんな雪希。雪希の大切な時間を浪費させちゃってさ」
「え? あの、えっと……」

「うわっ! 声も出ないくらいにガチ怒ってる感じか!? ほんと悪かった! この通り! 許してほしい!」

 矢継ぎ早に言葉を続けた後、僕は間髪入れずに両手を合わせてごめんなさいのポーズをしながら、頭を下げた。

「あ、ううん。ぜんぜんそんな」

 僕の話に、最初こそキョトンとした顔を見せていた上白石さんだったが、

「マジ全力で埋め合わせするからさ。何でも言ってね」
「あ、そういう……はい、期待してますね」

 すぐに僕の意図に気付いてくれたみたいで、話を合わせてくれた。

 よし、上白石さんとの意思疎通はバッチリ。
 後は一気に畳み掛ける!

「ところでその人は誰? 見たことないけど、雪希の友達?」
「いいえ、ぜんぜん知らない人です」

「知らない人? ふーん。あんた、雪希に何か用なのか?」
 言いながら、僕は上白石さんからチャラ男へと視線を移した。

「あ、いや。なんでもないってーか……」

 親密度が桁違いな(ように見える)僕の登場により、チャラ男は己の敗北を悟ったようだった。
 なんともバツが悪そうに視線を逸らしたチャラ男は、上白石さんの手を掴んでいた手を離すと、逃げるように無言で去って行った。

 OK!
 ミッション、コンプリート!

 緊張が解けて大きく息を吐くとともに、心の中でガッツポーズをした僕に、

「神崎君、助けていただき、ありがとうございました」
 上白石さんが腰をしっかりと折ってお辞儀をしながら、感謝の言葉を伝えてきた。

「あはは。たまたま見かけて放っておけなかっただけだから、気にしないで」

 そんな上白石さんに、僕は軽い言葉で返す。

「そんな、すごく助かりました! わざわざ演技までしてくれて」
「下手な演技でごめんね。上白石さんがすぐに話を合わせてくれて、僕も助かったよ」

「ふふっ、意図はすぐに分かりましたから」

「それと馴れ馴れしく名前で呼んじゃったのも、ごめん」
 これはやはり謝っておくべきだろう。

「いえ、私はそういうの気にしませんから」
「そ、そう? 上白石さんが気にしてないなら、よかったかな」

「あの、雪希で――」
「え?」

「せっかくなのでこれからも雪希って呼んでくれませんか?」
「ええっと」

「これも何かの縁だと思うんです。それに上白石って長くてちょっと呼びにくくありません?」

「それはちょっとあるかも。まぁそういうことなら、そうさせてもらおうかな」
「はい♪」

 上白石(6文字)と雪希(2文字)だもんな。
 後者の方が呼びやすいのは間違いない。
 だからそこに特別な意味はないと思う。

 やけに嬉しそうだなって思わなくもなかったけど、まさか僕に一目惚れしたとかではないだろう。

 なんて話をしていると、

「アキトくん、グッジョブ♪ 上白石さんは災難だったね~」

 監視員の業務を終えたひまりちゃんが、満面の笑みを浮かべながら、とことことやってきた。