ヴァルツと魔王が(たい)()した直後。
 学園内、冒険者たちのエリア。

「おらおらあッ!」
「ふふっ。毒はお好きかしら」

 ダリヤとマギサ。
 ヴァルツの師匠二人を中心に、次々に『闇獣』を()(ちく)していく。

「ラストね♡」
「グ、ギャギャ……」

 その力はまさにSランク冒険者。
 ここ一帯の『闇獣』は大体片付いたようだ。

「ハッ、口ほどにもねえ」
「本当よねえ」

 数はかなりいたため、時間はかかった(・・・・・・・)
 だが、それぞれの個体はそこまで強くもなかったのだ。
 ならば、もっと強い個体を一体だけ召喚する手もあったはず。

「なんとも、きな臭えな……」

 だからこそダリヤは考えてしまう。
 この『闇獣』は生徒を倒すためではなく、何か他の目的(・・・・)のために召喚されたのではないかと。

 そんな中、二人を敬愛するBランク冒険者のセリダが駆け寄って来た。

「ダリヤ様、マギサ様!」
「どーした」

 しかし、彼女はどうも焦っている様子。

「生徒から話を聞いたんですが! 何か校内に不気味なものがあるって!」
「不気味なものだと? ……ッ!」

 そこでようやく気づく。
 先程のダリヤの考えは当たっていたのだ。

 『闇獣』は殺す目的ではなく、あくまで時間稼ぎ(・・・・)だったのだと。

「チィッ! どこだ、案内しろ!」
「こちらです!」

 ダリヤたちはすぐにその場所へ向かった。




()(しゃく)な!」

 エルメがギロリとした(ぎょう)(そう)で声を上げる。
 メインヒロインの四人が善戦しているのだ。

「ライオンちゃんは前へ、ネコちゃんは戻って!」

「グゴオオオ!」
「ギャアアア!」

 シイナの【癒】属性で(ほだ)された『闇獣』たち。
 もはや、彼女の指令の元に動く軍のようだ。

「ちぃっ!」

 そこにリーシャの魔法を突き刺す。

「サラ、コトリ!」
「任せて!」
「はい!」

 シイナの『闇獣』たちが肉弾戦をしつつ、リーシャの魔法で一定の距離を取る。
 二人をサラとコトリが支えるといった陣形だ。

「いいね、リーシャさん!」
「ええ、シイナも!」
 
 四人はヴァルツの言いつけをしっかりと守っていたのだ。
 それもそのはず、彼女の心の中には思いがある。

(あとはヴァルツ様が!)
(あとはヴァルツ君が!)

((あとはルシアが!))

 それぞれ浮かべる人物は違えど、思いは一つ。

 たとえ相手が魔王だとしても、二人を戦いに集中させれば必ず勝機は訪れる。
 そのためにエルメを魔王から引き()がすのだと。

「フフフ……」
「「「!?」」」

 だが、それを察したのか、エルメは不敵に笑う。

「分かっていない。君達は実に分かっていない」
「なにがよ!」
「フフフ、では特別にお答えしましょうか」

 リーシャの声に、エルメは静かに答えた。
 
「策はすでに(・・・)打たれているのです」
 
 エルメはチラリと遠くに視線を向けた。
 それは魔王とヴァルツがいる方向。

「そろそろでしょうか、我が(あるじ)よ」




「やろうか。魔王」

 マティス王、否、魔王に剣先を向けたヴァルツ。
 対して魔王は──(わら)った。

「ククク……ハッハッハッハ!」
「あ?」

 その笑い方は、皮肉にもヴァルツと似ている。

「我とやろうだと。片腹痛いわ」
「何が言いたい」
「そんなもの、とっくに必要はないのだ。我の願いは叶われつつある」
「……!」

 途端に、マティス王の顔がぐにゃりと(ゆが)む。
 同時に服飾は原型を留めず、中からは邪悪な色の肌が飛び出す。

「……ッ!」(これは……!)

 その邪悪な色の体はみるみるうちに大きくなり、やがてヴァルツは見上げた(・・・・)
 自身の何倍もの頭身があったのだ。

≪この姿も久しいな≫

 圧倒的存在感。
 いるだけで膝がすくむようなプレッシャー。

 これが魔王の真の姿なのだろう。
 
「……チッ!」(まじかよ!)

 だがそれ以上に、ヴァルツはその本質に焦りを感じていた。

 魔王の体を構成しているのは、ほとんどが魔力。
 もはや魔力の巨大な(かたまり)だ。

 それはまるで、暴走した時のキュオネを想起させるかのようだった。
 当然、キュオネの何十倍もの魔力総量を誇る。

 その全てが──【闇】属性。 

≪我が真の姿に恐れよ≫
「……」

 しかし、魔王の姿にヴァルツは若干目を伏せた。

(やはり、マティス王はすでに……)

 王の部屋で(よみがえ)った幼き頃の記憶。
 実際に(ちょう)(あい)を受けたのは転生前だが、それでもヴァルツの体が温かさを覚えていた。

「お前を殺す」(お前を絶対許さない!)

 その想いをヴァルツは力に変える。
 だが、魔王は至って余裕のまま。

 『我の願いは叶われつつある』
 その魔王の言葉の真意がいよいよ導かれる。

≪決着はすでに着いている≫

 その瞬間、地面が揺れる。

≪発動せよ≫
「……!?」(なんだ!?)

 激しく揺れている。
 広大な敷地を誇る学園中が。

 ──否、この王都中(・・・)が。




 激しい揺れを確認した、近くの地点のエルメ。
 彼はニヤリと表情を浮かべた。

「ついに始まるのですね、魔王よ」

 これはエルメの仕掛けによるもの。
 ヴァルツが王都を離れている間、密かに設置していた魔法陣だ。

 それをたった今、魔王が発動させた。

「あとは祈るのみ」

 エルメは学園を含め、冒険者協会や王城など、王都の主要場所に魔法陣を設置していたのだ。
 それが(とどろ)き、王都中が激しく揺れている。



 そして、魔王が両手を掲げた。

≪全ての王都民よ。今こそ、我の魂となるが良い≫

 王都中に設置された魔法陣。
 それが一斉に、天に向かって漆黒の柱を伸ばす。

 まるで王都全体を囲う鳥籠(とりかご)を作るように。
 
「……!!」

 それと共に、ヴァルツに(ひび)いたのは『共鳴』。
 ヴァルツは確信した。

(これは【闇】の魔力……! って、待てよ!?)

 さらに、とっさに思い出した嫌な事。
 イリーガの件に巻き込まれた夜に、ヴァルツが連れ出した不審な男性のことだ。

 魂を奪われたような男性は、あの後に無事に目を覚ました。
 だが、『魔力が()(かつ)したまま戻らない』という。
 原因は不明。

(まさか……!)

 あの男から感じ取った魔力は、今感じる魔力と同じもの。

(あれは、魔王の()(わざ)……!)

 となれば、事態はより悪くなる。

 この王都の中で唯一(・・)
 ヴァルツだけが事の重大さに気づいた。

(魔王から魔力を奪われれば元に戻らない……?)

 この推測は当たっていた。

 魔王は魔力を根源から奪い取る。
 奪われた人間は、二度と魔力が戻ってこない。

≪さあ、王都の下僕どもよ≫
「……!!」

 魔王は今、王都に住む全ての者から魔力を奪い取ろうとしている。
 それが行われれば、文字通りの()(めつ)を迎える。

「……フッ」

 そうして、ヴァルツは笑った。
 覚悟を決めた(・・・・・・)のだ。

 思い出すのは、転生してからこれまでの日々。
 
 最初は傲慢(ごうまん)な口調に苦労した。
 だが、メイリィに(じい)や、ダリヤにマギサと、段々と本心を知ってくれる者が増えた。

 そして迎えた学園本編。
 そこでは、気が付けばメインキャラクターは周りにいてくれている。

「ククク……」

 だがそれでも、自分は悪役。
 ならばその役を有効に使ってやろうと。

「ハッハッハッハ!」」

 (ごう)を受け入れることはもう慣れた。

(それで、みんなが救われるのなら……!)

「──【二律背反(アンチェイン)】」

 ヴァルツは魔法空間を展開させる。
 それは他人から魔力を奪い、自らの(かて)にする空間。

「……ッ!!」

 夏を経て、さらなる強化を果たしたヴァルツ。
 その空間範囲は学園全て(・・・・)を包み込んだ。

 空間内において、ヴァルツの命令は絶対。

「──力を寄こせ」

 その命令通り、学園中で悲鳴が起こる。

「ぐあっ!?」
「なんだ!?」
「これは……!?」

 次々に(ひざまず)く生徒たち。
 だが、まだ終わらない。

(これじゃ、王都全ては救えない……!)

 生徒たちからもらった魔力を使い、さらに(・・・)大きく魔法空間を展開する。

「はああああああああああッ!」

 魔力を奪い、範囲を広げ、また魔力を奪う。
 そうすることで、急速に範囲を広げていく。

 やがて気が付けば──

「ハァ、ハァ……!」

 王都中が【光】と【闇】が入り混じる空間に支配された。

 ヴァルツの【二律背反(アンチェイン)】は王都全土(・・・・)を巻き込んだ。

 これには、王都中に混乱が巻き起こる。
 突如巨大な揺れが起きたと思えば、次は謎の空間に支配されたのだ。
 事情を理解しない王都民にとっては訳が分からないだろう。

「なんなんだよ一体!」
「もう助けて!」
「いやああああああ!」

 空間内の状況は魔力を通してヴァルツに伝わる。

「……」(王都の人々が……!)

 それでも、ヴァルツはつらぬいた。
 悪という役を。
 背負うと決めた(ごう)を。

(みんなごめん。それでも、僕は……!)

 ヴァルツは絶対の命令を下す。

「てめえら全員、力を寄こしやがれ……!」
(みんな、僕に力を預けてくれ……!)

 そして、その名を放つ。
 できれば使いたくなかったその技の名を。

「【強制簒奪(フォース・ゲイン)】……!」

 その瞬間、ヴァルツへ一気に魔力が集約する。

 学園の人々。
 王都の人々。

 空間内ほとんど(・・・・)の者の魔力が、ヴァルツへと急速に集まっていくのだ。

 当然、王都中では騒ぎがより激しくなっていた。

「ぐあああああ!」
「なんだこれは!」
「ま、魔力が……」
「助けてくれ……」

 声を上げていた王都民。
 それが一人、また一人と倒れていく。

 ヴァルツがマギサとの修行時代になっていた、『魔力枯渇状態』へと(おちい)っているのだ。

「全部だ。全部寄こせ……!」

 通常は徐々に(・・・)とヴァルツへと奪われる魔力。
 それが【強制簒奪《フォース・ゲイン》】により、魔力が尽きるまで一気にヴァルツへと奪われるのだ。



 同じく学園内。
 ここでも当然、人々は【強制簒奪《フォース・ゲイン》】の効果を受けていた。

「きゃあああああ!」
「今度は、何なの!!」
「か、体が……」

 しかし所々では、違う反応も見えた。

「ヴァルツ様……」
「ヴァルツ君……」

「ヴァルツ様、任せたぜ」
「勝つのよ、絶対」

 ヴァルツの優しき心を知る者たちだ。
 彼らはヴァルツに全てを(たく)して気絶していく。

(((あとは任せた……)))



 そうして、再びヴァルツの戦場。

≪これは驚いたぞ≫

 ヴァルツの【強制簒奪《フォース・ゲイン》】が終える。

「ハァ、ハァ……」

 魔王に魔力を奪われれば、二度と戻らない。
 対して、ヴァルツに魔力を奪われるだけならば、一晩眠れば戻る。

(みんな、今だけは我慢してくれ)

 ならばと、魔王に魔力を奪われる前に、ヴァルツは王都中の魔力を奪ったのだ。
 先に奪ってしまえば、魔王に奪われる魔力は存在しない。

「クックック……」

 全ての罪を受け入れる覚悟で。
 悪役をつらぬくことを決めて。

「ハッハッハッハッハー!」

 だが、結果的には魔力は遥かに大きくなった。
 今のヴァルツは──間違いなく強い。

「終わらせてやる。全てを」

 その強さに呼応するよう、ヴァルツの【闇】がさらに深く(・・)なった──。