「クソご先祖様(魔王)が……!」

 土煙の中から、キラリと光ったヴァルツの剣。
 その矛先は──マティス王の胸。

「ぐおぉ……!」
「王よ!」

 声を上げるマティス王と、隣のエルメ。
 だが、マティス王の手がヴァルツの剣を掴む。

「貴様」
「……!」

 さらにそのまま、ニヤリとした表情を見せた。

「なぜ気づいた」
「チィッ!」

 邪悪な魔力を感じ取り、とっさに距離を取ったヴァルツ。
 剣は刺さっていなかったようだ。

「良い反応だ」
「ハッ、嬉しくねえな」

 その心持ちはやはりといったところ。

(さすがにこれじゃ倒せないよな)

 そんな状況にエルメが声を上げる。

「ヴァルツ・ブランシュ、貴様!」
「……てめえも魔王(そっち)側だったか。教師にしては悪い口だな」
「お前が言うか!」

 だが、ヴァルツは表情を変えず。
 ある程度の予想はついていたようだ。

 そうして、エルメがマティス王の前に出る。

「貴様の相手は私がする!」
「……フッ」

 主に手を出した怒りのまま、エルメは前方に魔法陣を展開する。

 だが──

「それは違う」

 ヴァルツは何もせず(・・・・)

「お前の相手は俺じゃねえ」
「──ぐぅっ!?」

 その瞬間、エルメの体を炎の矢が(つらぬ)いた。
 よろめきながら、エルメはそれが飛んできた方向を振り返る。

「お前たちは……!」

 そこにいたのは──四人の少女。

「やっぱりね! 私は最初から怪しいと思ってたわ!」
「ほんとかなあ」

 リーシャにシイナ、

「ボクの目からは逃れられなかったね」
「標準、よし!」

 そしてサラとコトリ。
 原作メインヒロインたちが集合していたのだ。

「ほっ!」

 それから、四人はヴァルツの近くに着地する。
 どうやらエルメの相手はこの四人がするようだ。

 しかし、エルメは(わら)う。

「フフフ……ハッハッハッハ!」

 その表情は、どこか余裕を持っている。

「お前たちが相手だと。笑わせる!」

 彼女たちでは力不足だと言いたいらしい。
 不気味に笑いながらエルメは続けた。

「第一、貴様らでは『闇獣』すら倒せまい!」

 先ほどエルメが大量に召喚した『闇獣』。
 それらは全て、Bランク冒険者たちと張り合うほどの強さを持つ。

 しかし、シイナが右手をポンと左手に乗せる。
 
「あー、それってもしかして」
「……!」

 そのまま、おいでと後方に手招きをした。
 ぞろぞろとやってくるのは──『闇獣』。

「この可愛い子達のことかな」
「バカな……!」

 だが、その『闇獣』たちはすでにシイナに使役されていた。
 彼女の【癒】属性によるものだ。

「グルルルルル……」
「ギャウウ……」
「シャアァァァ……」

 エルメの魔法は上書きされ、彼に牙を向く。

 これで舞台は整った。

「さあ、はじめるわよ!」
「だね!」

 リーシャは杖を握り直し、シイナは『闇獣』を()でる。

「じゃあ、ボクと──」
「私が支えます!」

 その後方では、サラとコトリも構えを取った。

 そうしてすぐさま、シイナが『闇獣』へ発破(はっぱ)かける。

「全員、突撃ぃー!」
「「「グオオオオオオォォォ……!」」」
 
 まるで容赦(ようしゃ)のない一斉攻撃だ。
 さすがのエルメも後退せざるを得ない。

「チィッ!」

 だが、ちょうどエルメが退避した場所に、リーシャの魔法が降り注ぐ。

「【炎の雨(フレイムレイン)】……!」
「なに!?」
 
 これにはサラの属性が関与している。

()えてるよ、その動き」

 サラの属性は【探】。
 あらゆる物事に対して、情報を得ることができるという。
 その力を応用して、エルメの退避場所を予測したのだ。

 リーシャはさらに魔法を詠唱する。

「行くわよ、コトリ!」
「はい!」
「【炎の貫通矢(フレイムアロー)】……!」

 リーシャが放った【炎の貫通矢(フレイムアロー)】。
 威力が高い分、命中率が低いことが弱点の魔法だ。

 それをコトリが軌道修正する。

「当てます!」

 コトリの属性は【支】。
 他人の魔法の威力を高め、精度を高めることができる。
 いわゆる支援役(バッファー)にぴったりの属性だ。

「ぐぅああああッ!」

 四人の合わせ技の連続により、見事にエルメを後退させ続ける。
 この連携ならば勝機すら見えそうだった。

 そして、

「……」

 それを遠目から眺めるヴァルツ。
 思っていることはただ一つだ。

(くれぐれも無理はしないでくれよ、みんな)

 そう思いながら、ヴァルツの頭には数日前の記憶が蘇っていた。


────

 ヴァルツの帰還を祝っている酒場。
 Bランク冒険者のセリダが口にした。

「マティス王、今度は学園にも(おもむ)かれるそうですよ」
「なんだと……!?」

 その情報に、ヴァルツは声を上げる。

「どうしたんだよ、ヴァルツ様」
「ええ、様子が変よ」
「黙れ!」(ごめん、少し静かに)

 とてつもなく嫌な予感が焦らせているのだ。
 ヴァルツは思考を巡らせる。

「……!」

 そして、全てが(つな)がった。

「……ハッ」

 その事実には、思わず笑いが込み上げてきた。

「ハッハッハッハ!」

(そういうことかよ!)

 夏休みが終わった後からの違和感。
 それらが全て裏では繋がっていたことに気づいたのだ。

 知らないシナリオが生まれていたこと。
 エルメという存在。
 そして何より、マティス王がどうしようもなく違う姿に見えたこと。

 ヴァルツは口にした。

「俺は王を殺す」
「「「……!?」」」

 それはあまりにも唐突すぎる言葉。
 だがそれでも、周りの者は一度聞き返す姿勢を見せる。

 代表して尋ねたのは、ダリヤ。

「何か理由があるのか、ヴァルツ様」
「……ああ」

 これまでのヴァルツの行い。
 それを(かんが)みて、この場にヴァルツをただの傲慢公爵だと考えている者はいない。

 何か考えがあるはずだと思ったのだ。

「奴は──魔王だ」
「「「……!?」」」

 その言葉が始まりだった。

 傲慢な意志力により苦労したが、その場にいた者はヴァルツと考えを共有。
 数日後へ向けた作戦会議が始まる。
 
 この場にいた者たちは真剣に信頼したのだ。
 国家に反逆することになろうとも、マティス王よりもヴァルツのことを。

 そうしてヴァルツは、マティス王が魔王だと確信が持てた場合、その場で戦うことを決意。
 ヴァルツは「自分一人でやる」と言ったが、周りの者はそれを許さない。

 酒場にいた者は、みな協力体制を取るのだった。
 

────

「……」(みんな……)

 そんなことがありつつも、ヴァルツは口下手なりにヒロインたちに念押ししてある。

 絶対に無茶だけはするなと。
 最後は自分がやると。

 こうして、本当に舞台が整ったのは、ある意味ではこちらの方でもある。

「やろうか。魔王」

 ヴァルツは真っ直ぐに剣を向けた──。