「そいつは俺のもんだ」

 勘違いは起こってしまうもの。
 それはヴァルツも理解している。
 そのため、自分が疑われるだけなら許せるのだ。

 だが──

「てめえごときが触れんじゃねえ」

 仲間を危険にさらされた時だけは、怒りを(あら)わにする。

 対して、イリーガはニッとした顔を浮かべた。

「おお、こいつは怖えなぁ」
「……」

 ヴァルツは冒険者資格を持っていない。
 ゆえに、ランクは定かではない。
 この場で分かるのは、イリーガが『Aランク』ということだけ。

 Aランクは上位一%の領域。
 同業者からすれば“化け物”だ。

 イリーガ視点では、ようやく得意分野に持ち込めたといえるだろう。

「持っとけ」
「はっ!」

 イリーガは、人質のメイリィを配下に預ける。

 同時に取り出したのは──『大斧(おおおの)』。
 二メートル近くあるイリーガの身長よりも、さらに大きい。
 特注品なのか、刃の面積も広い。

 これがイリーガの武器なのだろう。

「そうこなくちゃなあ! ヴァルツ・ブランシュ!」
「……!」

 大斧をかざし、一気にヴァルツに詰め寄るイリーガ。
 その速さは、大きな武器を持っているとはとても思えない。

 ──冒険者たちからすれば(・・・・・・・・・)の話だが。

「その程度か?」
「……ッ! なに!?」

 片手に持つ剣一本で、(なん)なく大斧を防ぐヴァルツ。
 体格差、武器の重さから考えれば、ありえない事態だ。

「なっ!?」
「イリーガ様の大斧が!?」
「片手一本だと!?」

 これには周りの配下たちも驚きを隠せない。
 両者を決定づけるのは──魔法の差。

「フッ」
「……! チィッ!」

 ヴァルツの属性魔法に気づいたイリーガ。
 とっさにヴァルツから距離を取る。

「……悪くない反応だ」
「貴様!」

 だが、イリーガは怒りの目を向けた。

 大斧の一部が崩れかけていたのだ。
 人間でいう壊死(えし)に近い。

「──【崩壊(ほうかい)】」

 これはヴァルツの新たな【闇】の用途。
 特性である【弱体化】を物質(・・)に付与することで、それを限りなく無に近づけるのだ。

 あと一秒離れるのが遅ければ、イリーガの大斧は内側から崩壊し、バラバラになっていただろう。

「今さら(おじ)()づいたのか?」
「チィッ……!」

 今までの【闇】は、相手の魔力を利用して【弱体化】させていた。
 
 だが夏の修行により、ヴァルツは魔力の有無に関係なく、触れた(・・・)あらゆる物に対して【弱体化】を付与できるようになっていた。
 
 イリーガは大斧を握る手を強める。

(肉弾戦は危険か。ここは距離を取りつつ……)

 しかし、ヴァルツはそれを許さない。

「【光・身体強化──()】」
「……!」

 相手が来ないなら、こちらから近づくまで。

「どこを見ている」
「──!? ガハァッ!」

 一瞬にしてヴァルツを見失ったイリーガ。
 どこだと顔を振るも、ヴァルツはすでに背後。
 そのまま剣を腕に刺す。

(こいつ、さっきの数段速いだと……!?)
 
 普段は全身に行き渡らせる【光・身体強化】。
 その分を足だけに集約し、今までと比べものにならない速さを実現する。
 これも夏の修行の成果だ。

「さっきのは全力じゃなかったのか……!」
「知らん」

 先程は近くにメイリィがいた。
 万が一を考えてスピードは抑えていたのだ。
 これが今のヴァルツの本気の速度である。

 そして──

触れた(・・・)ぞ」
「……!」

 その一言で、イリーガは絶望する。
 とっさに(よみがえ)るのは、先ほどの大斧の壊れた部分。
 ヴァルツが触れている肩がビキっと音を立てる。

「ぐああああああ!」

 この肩はすでに使い物にならない。
 イリーガは利き腕を失ったのだ。

 そしてヴァルツは、

()が高いぞ」

 二メートル近い図体が気に入らなかったようだ。

「──(ひざまず)け」
「……がっ!」

 これは今までと同じ【闇】の使い方。
 魔力経由で【弱体化】をくらったイリーガは、ガクっと(ひざ)を付く。
 ──だけでは済まない。

()いつくばれ」
「……ぐぁっ!」

 魔王教団の時と同じ命令だ。
 ヴァルツが触れている間、彼の命令は絶対。
 イリーガはうつ伏せに拘束される。

 ──だが、まだだ。
 よっぽどメイリィを巻き込んだことを怒っているらしい。

(うず)めろ」
「……ッ!?」

 ヴァルツは【弱体化】を地面に付与。
 地面が軟弱化したことで、イリーガの頭が地面に真っ直ぐ突っ込む。

「……ッ!!」

 もはや声など出ない。

 カリスマ冒険者ともてはやされるイリーガ。
 彼が頭から地面に突っ込むという、未だかつてない姿となっていた。 

「満足か」
「……ぐっ、ハァハァ……」

 そうして、【闇】の拘束と引き換えに、ようやく顔を出してもらえる。

 今までは『対多数』に対しての魔法が多かったヴァルツ。
 修行を経て『対単体』にも仕上げてきている。

 そんなヴァルツに、ギリっと歯を食いしばるイリーガ。

(こいつには、勝てねえ……!)

 そう直感し、決死の思いで配下たちの方へ声を上げる。

「お前らぁ! 人質の女を殺──え?」

 だが、その言葉は途中で止まった。

 配下たちが全員片付けられていたのだ。
 二人(・・)の存在によって。

「久しぶりだなあ、イリーガよ」
「はぁ〜い、ガキんちょ」

 ヴァルツの師匠であるダリヤとマギサだ。

「な、なぜあの二人が……!?」
「今さら気づいたのか。()(どん)が」

 イリーガと剣を交える際、二人が駆けつけたことに気づいたヴァルツ。
 メイリィが拘束されているにもかかわらず、自ら前に出たのはこのため。

 二人の実力を知るヴァルツは、メイリィを二人に任せたのだ。
 
 そうして、珍しくダリヤが鋭い目に変わる。

「イリーガよお」
「……っ!」
「お前、いつからそんなに偉くなった?」

 カリスマ冒険者とはいえ、イリーガはAランク。
 Sランクであるダリヤが格上なのだ。

「私たちがいないからって調子に乗っちゃったのかしら」
「そ、それはっ」
「──いけないわね」
「……っ!」

 またそれは、マギサも同じく。
 Sランク二人を前に、イリーガは(ちぢ)こまった。

 そんな中、ヴァルツが二人に尋ねる。

「てめえら、知り合いなのか」

「みたいなもんだな」
「一緒に依頼をしたことがあったかしら」

 同じ冒険者同士、(つな)がりはあるようだ。
 関係性を見る限り、ダリヤ・マギサが先輩なのだろう。

「ヴァルツ様」
「なんだ」

 そうして、ダリヤがヴァルツに持ち掛ける。

「冒険者には冒険者なりの(おきて)がある。こいつの処分は俺たちに任せてもらえねえか?」
「……いいだろう」

 断る理由などない。
 ヴァルツは掟を知らない上、何より……

「悪い子にはお仕置きが必要ね」
「「「ひぃっ!」」」

 今のマギサに逆らいたくなかったからだ。
 また、ダリヤはふっと笑ってヴァルツに語る。

「やっぱりヴァルツ様は優しいんだな」
「何の話だ」
「いや? こっちの話だ」
「……黙れ」
 
 容疑をかけられても、すぐに手は上げなかったこと。
 メイリィが人質にされて初めて手を上げたこと。

 ダリヤとマギサはヴァルツの本質をしっかり見抜いている。
 さすが師匠といったところだろう。

 そして、

「ヴァルツ様~!!」
「……!」

 解放されたメイリィがヴァルツに駆け寄る。

「ヴァルツ様!」
「……ぐっ」

 いつものタックルさながらの抱き着きだ。

「怖かったです!」
「……」

(ごめんね、メイリィ。君を巻き込んで)

 心の中でそう思うが、当然口からは出ていかない。
 ヴァルツはそっとメイリィの肩に手を乗せた。

「二度と俺の所有物には手を出させん」(もう二度とこんな目には遭わせない)
「……! はいっ!」
「……うぐっ」

 その言葉に、再度抱き着くメイリィであった。

 そして、イリーガ達を拘束したダリヤ。
 向こうを指しながら、声を上げる。

「ヴァルツ様! あそこに何かがあるんだろ?」
「……ああ」

 その方向は──『魔王の(ほこら)』。
 「真実を探る」と家を空けたダリヤとマギサも、独自にこの場所に辿り着いていたようだ。

イリーガ(こいつら)は見張っておく。行ってきてくれ」
「ああ」




 そうして、いざ『魔王の祠』を足を踏み入れたヴァルツ(とメイリィ)。
 そこで見たものとは──
 
「……ッ!」

(魔王が(まつ)られた(せき)()が、壊されている……!)

 最悪を想定させる事実だった。