<ヴァルツ視点>

 日差しが目に入り込んできて、僕はむくっと体を起こす。

「……チッ」(……朝か)

 昨夜、冒険者たちから(おそ)われそうになった。
 勘違いで人を傷付けたくなかった僕は、王都外れの森へ退避した。

 そうして一晩が経ったらしい。

「……学園か」

 今日は週明け。
 また学園が始まる日だ。
 また一週間を楽しみにしていたんだけど、何やら事態に巻き込まれてしまった。

「……」

 それにしても、一体なんだったんだろう。
 あの人達、見た目は明らかに冒険者だ。

 だとしたら何かの依頼?
 僕を殺せとの依頼なのだろうか?

「チッ」(うーん)

 誰からも恨みを買っていない……とはとても言えない。
 何しろこんな態度だし。
 それでも、殺されるほどの恨みを買った覚えはない。

「……」

 みんなは大丈夫かな。

 メイリィはたしか父さんのところへ行くと言っていたな。
 何かを察してくれていたら嬉しいけど。

 今からでも帰るべきだろうか。

「……っ」(……いや)

 ここで帰っても、かえって街が騒ぎになるだけだ。
 それは僕としても本望ではない。
 ここはみんなを信じるべきだ。

 あとは……

「おい」

 僕はふと(そば)に目を向ける。

 そこには、昨夜の不審者。
 一緒にいるのは多少怖かったけど、この人も魔法をかけられていただけ。
 解除さえしてしまえば大丈夫だろう。

 だけど、冒険者たちはこの人にまで危害を加える気だった。
 そんなことをさせてたまるかと思って連れて来たんだ。

「おい」
「……」

 だけど、ずっと返事がない。
 死んだように眠っているだけだ。

「チッ」(おかしいなあ)

 この人に付与されていた【闇】は解除した。
 それで戻ってくれるかと思ったが、そうはいかなかった。

 あのゾンビみたいな声は上げなくなったけど、代わりに目を覚まさなくなってしまった。
 未知の魔法とかなのだろうか。

「……」(まあ、仕方ないか)

 それでも、この人を救わないつもりはない。
 ヒーローは誰でも助けてなんぼだ。

 この人がいるから傲慢(ごうまん)な態度になってるのは、ほんのちょっとだけやりづらいけど。

「……」(さてと)

 一息つき、僕は立ち上がる。
 いつまでも、ここでこうしているわけにもいかないし。
 それに、昨夜から気になる場所もある。

 僕はぐっと胸のあたりを掴む。

「……っ」

 森に入ってから、やけに体の内側が(うず)くんだ。

 これはまるで、ルシアの【光】と共鳴した時のような感覚。
 この森に何かが隠されているというのだろうか。

 まずはそれを解決したい。
 もしかしたら、今回の一件にも(つな)がっているかもしれないし。

「足手まといが」(肩をお借りしますよ)

 僕は目を覚まさない男性を(かつ)ぐ。

 ここまできたんだ。
 放っておけるはずもない。
 
「……あっちか」

 そして進行方向を定めた。
 なんとなく、この体の内側が行きたがっている方向だ。

 この先に何が待つと言うのだろうか。







<三人称視点>

 森をずっと進んだ先。
 ヴァルツはおそらく何時間も歩いて来ただろう。

「……!」

 そこでようやく、ヴァルツはその足を速める。
 木々が段々と少なくなっていることに気づいたからだ。

 きっとこの先に何かがある。
 そう思って抜け出した時、

「これは……!」

 現れたのは──大きな建造物。

「……っ」(まじ、かよ……!)

 石で造られた、階段状のピラミッドのような形。
 見る者を圧倒するような迫力とサイズだ。

 一階には入口があり、中へ進むことができる。
 だがヴァルツは、そうする間でもなく(・・・・・・・・・)中に何があるかが分かった。

「……こいつは」

 これはとある人物の墓。
 この世界『リバーシブル』において、ルシア(プレイヤー)は目にすることはないが、ヴァルツにとっては重要な遺跡だ。

 これは──『魔王の(ほこら)』。
 魔王が祭られているという遺跡は、こんな場所に存在したのだ。

「面白れえじゃねえか」(すごい……)

 しかし、不思議な点はある。

 それは、こんな建造物が今まで(おおやけ)にされていなかったこと。

 ヴァルツは王都でも『魔王の祠』の話は聞いていない。
 ここに辿り着くまでに何か秘密でもあるのだろうか。

 ──そんなことを考えていた時、

「ここだろうとは思っていた」
「……!」

 後方からかけられる声。

(まさかもう(・・)聞くことになるとは)

 ヴァルツは相手を確信しながら、ゆっくりと後ろを振り返る。

「……お前か」

 そこにいたのは、昨夜に会った冒険者とその配下たち。
 相変わらず、(そろ)いも揃って屈強そうな体つきをしている。

「お前とはひどいじゃないか。俺の名はイリーガだ」
「そんなのは聞いていない」
「ふっ、噂通りの男だな」
「……」

 こんな口調で答えるものの、実際のヴァルツは少し驚いていた。

(この人があのイリーガか……)

 知っている名前だったのだ。

 イリーガはいわゆる“カリスマ冒険者”。
 王都で過ごしていれば、一度は聞くこともあるだろう。
 冒険者ランクは「A」だ。

 そうしてイリーガは、『魔王の祠』に視線を向けながら続ける。

「ここは魔王に関する場所なんだってなあ」
「……ああ」(そうみたいだ)
「何を(たくら)んでやがる?」
「てめえに言う義理はない」(何も企んでなんか!)

 しかし、ここでヴァルツの傲慢口調が牙を向く。

「ふっ、やはり何かあるのだな」
「黙れ」

 ヴァルツは、ただ導かれるまま歩いて来ただけ。
 企んでいることなど無いのだ。
 それでも、必死に弁明するという行為をヴァルツが受け入れない。

「そうか。白状しねえのか」
「……」

 そんなヴァルツに対し、イリーガは配下へと指示をした。

「おい。あれを持ってこい」
「「「はっ!」」」

「……?」(あれとは?)

 そうしてつかの間、イリーガ達の前に一人の女性が連れ出される。
 ヴァルツは思わず目を見開いた。

「てめえ……!」
「おっ、これには反応すんだな」
「黙れ!」

 その女性は──メイリィ。

「ん! んー!」

 メイリィは口を(しば)られたまま、声を上げる。
 手足も拘束されて身動きができないみたいだ。

「おい」
「どうした、白状する気になっ──」
「その女を放せ」
「……!?」

 だけど、交渉するまでもなく、僕はイリーガの一瞬で接近。
 【光】による高速移動だ。

「──っとぉ! あぶねえ!」
「チッ……!」

 だがギリギリ、ヴァルツの剣は弾かれる。
 さすがはAランク冒険者と言うべきだろう。

「いきなりかよ!」
「そいつを放せと言ったはずだが」
「ほう。そんなにこの女が大事か!」
「……」

 口調は答えないが、ヴァルツの思いは決まっている。

 昨夜逃げたのは、勘違いをしている相手を傷付けたくなかったから。
 ヒーローに憧れる彼にとって、そんなことで傷つけ合うのはごめんだ。
 
 だが、状況が変わった(・・・・・・・)

「そいつは俺のもんだ」
「……!」
「てめえごときが触れんじゃねえ」
 
 ヴァルツは、仲間に手を出す奴は許さない。