ヴァルツが【光の放出(ホワイトホール)】を放って、少し。

「大丈夫ですか?」
「ありがとうございます」

 ルシアが順に人質の縄をほどいている。
 彼らの顔にはすっかり不安はなくなっていた。

 そして、
 
「……っ」
 
 それを横目でチラチラ見つめるヴァルツ。

(僕も解放してあげたいのに!)

 どうやら『人々を解放する』という優しい行為は体が(こば)むらしく。
 またも、ヴァルツの強力な意思力が働いているのであった。

 それならばと、ヴァルツは下方へ視線を戻す。

「どんな気分だ?」
「……ぐっ」

 目の前にいるのは、魔王教団の者たち。
 彼らは手足を縛り上げられた上、ヴァルツの【闇】によって動けなくされている。
 どう足搔(あが)いても逃げることはできない。

「本当は殺すところだったがな」

 だが、ヴァルツは殺し(それ)を選択しなかった。
 彼の中の「正義のヒーロー」像はそうではないからだ。

 またその考えは、ルシアも一緒のようだ。

「……」

 ヴァルツは、先ほどのルシアの言葉を思い出す。
 破壊魔法を放つ瞬間の言葉だ。

『ヴァルツ君! その人たちを──』

 あの後のセリフは、ヴァルツには手に取るように分かった。

『殺さないで』

 そう言いたかったのだろう。
 実際にそれは当たっていた。

(僕と君は似ている……なんて言ったら、元のヴァルツは怒るだろうか)

 二人は理解しているのだ。
 “憎しみは憎しみしか生まない”と。

「……」

 ヴァルツはふと前に視線を向ける。

 そこには、放った【光の放出(ホワイトホール)】の破壊の跡が残っている。
 トンネルを掘ったように大きな穴が空き、先には地上の姿も見えている。

 あの物理的破壊魔法は、施設を破壊したのだ。

(教団のアジトは、ここのみだったはず)

 ずっと隠れて生きてきた教団には、研究施設はこの場所しかない。
 唯一の居場所がなくなった教団は、これ以上研究はできないだろう。 

「お前達は終わりだ」

 さらに、今さっきルシアによって王国警備隊へ通報が入った。
 到着するなり教団は連行されるだろう。

 ヴァルツは、あくまで『罪を(つぐ)なわせる』ことを選択する。
 これが彼なりの『ヒーロー像』なのだ。

 そんなヴァルツに、老人が口を開いた。

「ヴァルツ・ブランシュ、貴様は甘い」
「……」
「いずれ後悔するぞ」
「フッ」

 それでも、ヴァルツは傲慢(ごうまん)な笑みを浮かべる。

「それがどうした」
「……!」
「その時は後悔(それ)ごと叩き潰す。今回のようにな」

 そうして、向こうから優しい声が聞こえた。

「君で最後だね」
「あ、ありがとうございます……!」

 ルシアの人質解放が終わったようだ。
 そちらをヴァルツもチラリと確認する。

(よかった!!)

 全員ケガもなく無事だったようだ。

「……ヴァルツ君、ちょっといいかな」
「ああ」

 それから、ルシアがヴァルツの方へ向かってくる。
 正確には教団の方へだ。

 そして、教主に向かい合ったルシアは一言。

「アトラ村を知ってますか」

 アトラ村(それ)は、ルシアの故郷の名前。
 魔王教団によって滅ぼされた村だ。
 
 ここまでくれば、教主も嘘をつかない。 

「知っておる」
「村を襲ったのは、あなたたちですね」
「そうじゃ」
「……」

 だが、教主はニヤリと笑った。

「だったら、我らをどうする?」
「……ッ!」

 その言葉に、一瞬目を開くルシア。

「……ふぅ」

 それでもすぐに落ち着きを取り戻す。
 一つ深呼吸を入れ、再び教主に向き合った。

「罪を、しっかりと罪を見直してください」 
「それだけか?」
「……はい」

 ルシアの目にはどこか怒りも感じられる。
 それでも彼は淡々(たんたん)と述べた。

「罪を見直し、次は人に役に立ってください。これ以上、人を不幸にしないために」

 それだけを言い残し、ルシアは背を向けた。
 怒りを抑えきれなくなる前に、目を(そむ)けたかったのだろう。

(ルシア……)

 それでもやはり、中のヴァルツと共通するものがある。
 ルシアもまた『罪を(つぐ)なわせる』ことを選択した。
 これ以上、憎しみを連鎖させないために。

 そして、人質の元へ戻ったルシア。
 彼の元にみんなが集まる。

「助かりました!」
「すげえかっこよかったぜ!」
「さすがはルシアだ!」

「い、いや、僕は全然!」

 人質解放の英雄として、もてはやされているみたいだ。
 
「……」

 寂しいヴァルツの周りとは対照的に。

(どうして!)

 やはり人望の差なのかもしれない。
 ──だが、そんなヴァルツにも仲間はいる。

「ヴァルツ様!」
「ヴァルツ君!」

「……!」

 リーシャとシイナだ。
 二人はルシアにお礼をした後、ヴァルツの元へ駆け寄ってきた。

「私は信じておりました! ヴァルツ様!」
「本当に助かったよ!」
「……邪魔だ」

 目を逸らしながら鬱陶(うっとう)しそうにするヴァルツ。
 それでも内心ではホッとしている。

(二人とも、本当に良かった)

 さらに、もう一人。

「ヴァルツ・ブランシュ君!」
「!」

 そこには、相変わらず探偵の格好をした少女──サラだ。

 以前にキュオネが暴走した時より、彼女はヴァルツの行動に不信感を覚えていた。
 主に、言動と行動が見合っていないということについて。

 そして、意を決したようにサラが口を開く

「君はやっぱり……」
「フン」

 しかし何かを言いかける前に、ヴァルツが視線を逸らした。

魔王教団(こいつら)が気に入らなかっただけだ。お前たちはおまけに過ぎん」
「……ふっ!」
「何がおかしい」

 対して、サラは思わず笑った。

 すでに気づいているのだ。
 ヴァルツが本当は良い人だということは。

「じゃあ今は、そのおまけとやらに感謝しておこうかな!」
「……!」
 
 また、それを機に他の者たちもヴァルツの元へ寄ってくる。
 
「た、たたた、助かりました!」
「感謝しかございません」
「私なんかでは目障りでしょうが、本当に心より感謝を!」

「……!」

 どこかまだ(おび)えた様子、かしこまった様子はある。
 それでも、確かに感謝はされている。

 そんな言葉に、ヴァルツはくるりを背を向けた。

「……愚民(ぐみん)共が」

 ヴァルツの意思力が、勝手にそうさせたのかもしれない。

「ヴァルツ様……」
「も~いじっぱりめ!」

 その光景には、リーシャとシイナも嬉し気な表情を浮かべる。
 同時に、入口からは到着した王国警備隊の姿が見えた。

「そこまでだ!」
「まず人質の安全を確保!」
「教団を連行する!」

 この場のヴァルツの役割は終わったのだろう。
 ならばと、背を向けたまま口にした。

「俺は帰る。後は好きにしろ」

「え、ヴァルツ様!」
「最後までいなよ~」

 リーシャとシイナが声を掛けるが、今は聞く耳を持たない。

「黙れ。俺に指図するな」

 そう言い残してヴァルツは飛び出す。
 少々強引にも思えるその行動。

「……フン」

 だがそれは、とても傲慢には見えない表情を隠すため、意思力が働いたからなのかもしれない。