「もっと死ぬ気でこい、リーシャ(お前)!」
「……っ! ヴァルツ様!」

 学園入学まであと半年を切った。
 修行も仕上げの段階だ。

「やる気がないならやめるか?」
「いいえ!」

 そんな中、僕はリーシャと手合わせをしている。
 二人とも学園に行くならということで、周りで師匠たちに見守られる形で、お互いに切磋(せっさ)琢磨(たくま)しているんだ。

「遠慮はいらんぞ」
「は、はい!」

 当然手加減はする。
 でも、僕も心を鬼にして甘えさせはしない。
 彼女がそれを望まないのは分かっているから。

「いきます……!」
「ああ、殺す気でこい」

 それに、リーシャの魔法は中々のものだ。
 油断すれば一杯食わされるほどに。

「はああああッ!」

 彼女の属性は【炎】。
 最もオーソドックスで扱いやすい属性だそうだ。

「【豪炎(マグナフレイム)】……!」
「──甘い」
「……! きゃっ!」

 良い魔法だったけど、正面から打ち砕いてリーシャに迫る。
 剣を突き立てたところで勝負ありだ。

「まだまだだな」(すごく強くなったよ)
「くっ……!」

 実際、修行を積むごとにリーシャの火力は上がっている。
 学園では、よくて上の下という成績だったはずだけど、ここまで力を付けたのは素直にすごいことだと思う。
  
 そうして、勝負がついたところで師匠二人が寄ってきた。

「お疲れ様、二人とも」
「リーシャ様、惜しかったわよ~」

 今の手合わせに満足してそうな顔だ。
 僕は分からないけど、リーシャの成長が嬉しいのだろう。

「でも、私はまだヴァルツ様には遠く及びません!」
「大丈夫よ。ヴァルツ様が強すぎるだけ」

 リーシャはいつも本気で悔しがる。
 僕の隣に立てるようになりたいと。
 こういう想いが彼女を強くしているのかな。

 そして──

「ヴァルツ様」
「なんだ、ダリヤ」

 僕の方には、少し真剣な眼差しのダリヤさんが話しかけて来る。

「例の真剣勝負。午後からやるか?」
「……!」

 それは待ちに待った言葉だった。
 師匠と弟子の手合わせではなく、ガチの真剣勝負の話だ。

「今のヴァルツ様なら勝負に値する。そう判断した」
「ほう」

 胸がドクンと高鳴る。
 今の僕は口角を上げていることだろう。

「ああ、やるぞ」




 お昼を軽く済ませて、中庭。

「久しぶりだぜ、この感覚はよお」
「……」
 
 剣を構え、真っ正面からダリヤさんと向き合う。
 ニヤっとしているのは変わりないけど、いつもとは雰囲気が違う。

「やるか。ヴァルツ様」
「ああ!」

 その雰囲気を感じ取り、僕も血が()き立つ。
 今のダリヤさんは、一人の相手として俺を見てくれている。
 これが本気のダリヤさんか……!

「クク……」

 このプレッシャーを前にして改めて感じる。
 彼はやはり最高峰の剣士なのだと。

「では、始めるわよ」
「ヴァルツ様! 頑張ってください!」

 審判に位置に立つマギサさんに、その隣に並ぶリーシャ。
 二人が見守る中──勝負は始まった。

「始め!」

「だらあ!」
「……!」

 開幕、ダリヤさんが突進をしてくる。

「なんてな!」

 ──と見せかけての横からの攻撃だ。

「だろうな」
「おぉ!?」

 でも、これは見切っていた。
 どれだけこの人と打ち合ってきたか。

 『冒険者はずる賢く生きないといけない』。
 何度も聞いていた言葉だ。

「やるじゃねえか、ヴァルツ様」
戯言(ざれごと)を。さっさと本気を出せ」
「そうかい」

 ダリヤさんが全身に魔力を込める。
 そして僕も同じく。

「【魔力装甲】」
「【光・身体強化】」

 ダリヤさんは属性魔法は得意ではない。
 でもその分、無属性魔法には磨きがかかっている。
 やはり魔法が通ってからじゃないと本当の戦闘は始まらないな。
 
「本番だぜ、ヴァルツ様」
「最初からそうしろと言っただろうが」

 僕たちは再び距離を詰める──。



「おらおら!」
「──!」

 幾度もの攻防の後、お互いの剣が重なり合う。

「どうした!」
「チィッ!」

 ──押されている。
 この事実が僕を焦らせ、ヴァルツをイラつかせる。

「まだ早かったか?」
「ぬかせ!」
「それが甘い」
「……!」

 そうして出来た一瞬の隙。
 焦りから来る型の乱れだ。

 これで僕の負け──

「……!」

 そう直感した時、心の奥底から何かが(あふ)れそうになる。
 直後、カーンと甲高い音が目の前で響いた。
 
「なんだと?」
「!」(え?)

 今、何が起きた?
 自分でも分からないまま、いつの間にか離れているダリヤさんを見て状況を考える。

 僕がダリヤさんの剣を弾いたのか?
 今の絶対に間に合わないタイミングで?

 僕はまるで意識をしていないのに。

「……!?」
「ヴァルツ様!?」

 そして、体が勝手に動く(・・・・・)
 
 なんだ!?
 体が制御できないぞ!?

「ぐっ!?」

 さらに、体からドス黒いものが溢れ出てくる。

「ヴァルツ様?」
「ぐ、うぁ、ああ……!」

 この感覚は!
 属性魔法を学んだ時に一瞬だけ感じた、ドス黒いものに似ている!?

「ぐあああああ!」

 視界が、視界が覆われる……!







<三人称視点>

「ぐあああああ!」

 あと一瞬もあればダリヤの勝ちだったところで、ヴァルツは突然苦しみ出す。
 相対(あいたい)するダリヤは戸惑うばかりだ。

 そして──

「……」

 苦しみは終わったのか、急に静かになるヴァルツ。
 腕はだらんと伸ばし、体は力が抜けているようだ。
 だが、その姿は違和感しかない。

「ヴァルツ様?」
「……」

 姿形はヴァルツそのもの。
 しかし、目付き、雰囲気、体から溢れ出る黒い何か……目の前の男は、今までのヴァルツとは何かが決定的に違うことは明らかだった。

 そんな姿に、ダリヤは思わず口にしてしまう。

「いや……誰だ(・・)、お前は」