俺たちが『家電量販店』の入口に向かうと、そこでは監視カメラに映っていた男がまだ倒れていた。

 俺たちが目の前に来ても体を起こさないということは、俺たちに奇襲を仕掛けるために倒れているわけではなさそうだ。

「もし、大丈夫ですか?」

 アリスが倒れている男性をしばらく揺すると、男の眉がぴくりと動いた。

「ん……ん?」

「あ、起きた」

 それからぼうっとした目で俺たちを見た後、男は何かに気づいたように勢いよく体を起こしてその場に正座をした。

「し、失礼しました! 満足に食べ物を食べれていないので、気を失ってしまいましました!」

 俺にそう言ってきた男の顔を見てみると、栄養が足りていないのか頬がこけているようだたった。二、三十代の男性にしては肉付きもよくはない。

「あの、もしかして、この館の主様でしょうか?」

「館?」

 俺は男の言葉を聞いて首を傾げる。

 それから、男の視線の先が『家電量販店』だったことに気づいて、俺は納得した声を漏らした。

 そうか。家電量販店を知らない人からしたら、これが館に見えるのか。

確かに、異世界で七階建ての建物なんて中々ないだろうし、結構な富豪だと思われているかもしれない。

「まぁ、館ではないけど、そういう感じですかね」

 ここで丁寧に説明する必要もないだろうと思ってそう言うと、男は勢いよく頭を下げてきた。

「お願いいたします! 我らに食糧を分けていただけないでしょうか!」

 俺は男の必死な様子を前に言葉を失いかける。

 頭を下げながら震えている男の様子を見ると、ただの乞食というわけでもなさそうだ。

 正直、『家電量販店』の中のものなら在庫はいくらでもあるから分けることは可能だ。でも、見ず知らずの人に事情も聴かずに食糧を分け与えるのは危険な気がした。

 それこそ、夜襲でもかけられかねないしね。

 しかし、そうは言っても、こんな状態の男を放置することなんてできるはずがない。

「とりあえず、話を聞かせてもらえますか?」

 俺がそう言うと、男は頭を上げて重く頷いて続ける。

「私はラインと申します。元々アストロメア家の領民でした。しかし、度重なる重税を払うことができず、村の物を集めて夜な夜な逃げてきました。他国へ逃げようと思って十分な食料を馬車に積んできたのですが、魔物に襲われて食糧を持っていかれてしまいまして……」

「な、なるほど。アストロメア家の領地から」

 俺は気まずさから頬をかいて男から視線を逸らす。

 ダーティやその部下たちの会話を盗み聞ぎしたことがあったが、彼らは民から支払われる税金をがっつり中抜きしている。

 彼ら曰く、中抜きをして領地の資金がなくなったら、また増税すればいいらしい。

 そんな悪役貴族のテンプレみたいな領地経営をした結果、この男のような被害者を生むことになったのだろう。

 さすがに子どもの俺では何もできなかったと言っても、この男の人を前にして全く責任を感じないわけではない。

「あの、一つご質問をさせていただいてもよろしいですか?」

 すると、男がちらっと俺の後ろにある『家電量販店』を見てから、遠慮気味に手を上げた。

「なんでしょうか?」

「なぜ『死地』にこれほどの館をお造りなられたのですか? ここはどこの国のものでもない土地。近隣諸国が今さらここを開拓することはないと思うのですが……もしかして、遠方から来て、この地で建国を考えてらっしゃるのですか?」

「け、建国?」

 俺はどうしたそんな考えになるんだと眉を潜めて声を裏返させた。

 ……いや、待てよ。そうか。そう考えるのも無理はないのか。

 周辺諸国はこの地を領地にしようなんて考えたりはしない。これまで領地にしようとして何度も失敗した過去があるからだ。

それなら、この地のことを全く知らない遠くから来た者一旗揚げようとしていると考えられないこともないか。

 それに、事情を知らなければ、こんな大きな建物が一瞬でできたとは思わない。そうなると、大きな資金を持って本気でのこの地を開拓しようとしているとも考えられる。

 なるほど、この男が言っていることもそこまで見当外れという訳ではないのか。

 俺がそんなふうに考えていると、男は再び頭を深く下げて地面におでこを付けた。

「助けていただいた暁には、命を懸けて建国のお手伝いをさせていただきます! 村の者たちを説得し、村の者たちにも手伝わせますので!」

「い、いや、別に建国するわけじゃ……」

「どうか! どうかご慈悲を!!」

 俺が否定しようとすると、男は食糧を分けることを断られたのかと思ったのか、おでこを地面に擦りつける。

 これ以上否定を続けたら、この男の人のおでこで地面に穴が開きそうだ。

 俺はそう考えて小さくため息を吐いてから、眉を下げて笑う。

「アストロメア家が迷惑をかけた結果ですからね。もちろん無視はできませんよ」

「迷惑、ですか?」

 男は微かに顔を上げて俺の顔をちらっと見た。

 まぁ、いきなりそう言われても言葉の意味が分からないか。

「挨拶が遅れました。元アストロメア家の六男、メビウスと言います」

「え? あ、アストロメア家の方だったんですか⁉」

「安心してください。元ですよ、元」

 俺は勢いよく立ち上がって後退った男の誤解を解くため、これまでの境遇を少しだけ男に話すことにしたのだった。